転職なら社会人のための転職サイト【リクナビNEXT】|求人、転職に関する情報満載! 2018/05/25 UPDATE 毎週水・金曜更新!

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親の定年退職をきっかけに、福岡のゲームアプリ制作会社にUターン転職

Aさん:ゲームアプリプログラマ→マーケティング担当

ゲーム制作会社で楽しい日々が続いたが、地元・九州に転職を検討

福岡県はソフトウェアやコンテンツ産業の拠点であり、自治体も積極的にこうした産業の振興を図っており、関東・関西からのU・Iターン転職者も数多い。福岡の中心部である天神に本社を構える株式会社グッドラックスリーは、スマートフォンゲームなどの企画、開発、運営などを行うベンチャー企業。誰もが知っている人気キャラクターが登場するスマホゲームなどが人気の成長企業である。Aさんは、この会社のマーティング担当としてゲームへの集客を図り、収益の最大化につなげるためのさまざまな施策の立案・実行を行う。

宮崎出身のAさんは大分の大学を出ると、機械加工メーカーのエンジニアを経験後、東京で起業した先輩に誘われてホームページの制作会社に転職。しかし、数年後に会社が倒産し、たまたまソーシャルゲームに少し携わった経験があったため、前職のゲーム制作大手に入社した。

「成長企業だったので残業も多く、徹夜明けに仲間で食事に出かけるなどハードながらも楽しい生活を送っていました。ただ、30歳が目前に迫り親が定年退職したことをきっかけに、将来に不安を覚えました。このまま長男の自分が40歳、50歳になって親が入院した時に、東京だとすぐに面倒見られない。地元九州へ戻る方が将来的に良いのかもしれないと考えるようになりました。」

当初は実家のある宮崎への転職を考えたが、ゲーム会社の求人はなく、複数の人材エージェントからも「福岡以外の求人は難しい」と言われた。最終的に実家に近く、やりたいことが探せる福岡を次の勤務地として選んだ。

成果がすぐに表れるマーケティングの仕事は「手応え十分」

ゲームの仕事は大きく「コンテンツの開発」と「運営」の2種類に分かれる。開発はゲームの設定やルールに基づき技術者として実際のプランニング、プログラミングなどを計画・実行する。一方、運営は開発したゲームの集客のために売り上げなど各種データを分析し、開発部門にフィードバックし、イベント・キャンペーンなど販促企画の立案、実行などを担う。Aさんは前職ではプログラマとして開発に携わっていたが、一部ユーザーを増やすために集客業務にも関わったことがあった。

「企画のメンバーと『こうやったらもっとユーザーが増やせるんじゃないか』とか『このイベントなら売り上げを伸ばせるはずだ』と意見交換するのが楽しくて、運営の企画プランナーの仕事に強い興味を持ちました。それで、どうせ転職するなら次は企画をやりたいなと考えるようになりました。」

こうして、福岡に本社があり、ゲームのマーケティング担当を募集していた現在の会社に転職。イベントそのものの内容を考えていくのは開発チームだが、イベントに合わせて集客計画を提案し、実施するのがAさんの仕事だ。具体的にはプレスリリースや広告出稿、キャラクターのイベント企画の際にゲームの販促を抱き合わせで実施するといった業務をこなしていく。成果がすぐ数字で表れるだけに「手応えは十分」だという。

リーズナブルな家賃、おいしい食べ物、そして人の温かさが福岡の一番の魅力

「東京では小田急線で狛江から池袋や秋葉原に通っていたので、毎朝満員電車には非常にストレスを感じていました。今は自宅から会社まで徒歩15分です。家賃は安いし、食べ物は魚をはじめなんでもおいしい。天神界隈は交通も買い物も便利ですし、何よりやさしく、情に厚い人が多いのが福岡の魅力ですね。」

では、仕事面での、福岡で働くメリットはどこにあるのだろうか。また、スマートフォンのゲームアプリ業界で働く魅力とは。

「例えばゲームの広告を出そうという時に、九州内の他の地域ではそもそもゲーム関連を扱える広告会社を探すのが難しいですが、福岡なら何社か代理店の拠点もあり、直接会ってディスカッションすることもできます。打ち合わせはメールやスカイプでもできますが、やはり直接会って温度感を共有することも重要です。技術やトレンドなど、さまざまな情報も集まってきやすいのが福岡なんです。

私の経験上、ゲーム業界はトレンドの移り変わりも激しく、よっぽどの大手でない限り、絶対安泰とは言えない業界だと思っています。それにサービスは24時間稼働ですので、状況次第では徹夜や障害時には時間を問わず対応することだってあります。そういう意味で、ある程度の覚悟が求められる業界ではありますが、それ以上にみんなで何かを創る達成感ややりがいもあります。10年後、20年後もおそらく福岡で働いていると思います。」