スズキが進める人事制度改革とは?さらなる事業成長のために目指す「個の力の向上」と「ミドル・シニア人財活用」【編集長対談】

四輪車、二輪車、マリン製品などを幅広く手掛ける、輸送機器メーカー大手のスズキ。特に軽・小型自動車で強みを持ち、2024年度の軽自動車の新車販売台数でシェアトップを誇るほか、海外展開にも注力しており、インドの自動車市場では販売台数トップとなっています。

そんなスズキでは、将来的な持続的成長の実現を目指し、人事制度を全面的に刷新するなど、さまざまな改革を実行しています。人事制度改革の具体的な内容や、これからのスズキが目指す方向性などについて、代表取締役社長の鈴木俊宏氏に伺いました。

スズキ株式会社 代表取締役社長 鈴木俊宏氏
(お名前)
スズキ株式会社 代表取締役社長 鈴木俊宏氏(写真左)

株式会社リクルート HR 統括編集長、『リクナビNEXT』編集長 藤井 薫(写真右)

「お客様の立場で考える」ことで成長してきた

藤井薫編集長(以下、藤井) スズキでは、今年の2月に2030年度を最終年度とする中期経営計画を発表されました。2030年度末に売上収益(売上高)8兆円(2024年度は5兆8252億円)、営業利益8000億円(同6429億円)、営業利益率10%(同11.0%)を目指すという目標を立てておられます。インドを始めとする新興市場を含め、さらなる成長を掲げていますが、どのような将来像を描いておられるのでしょうか?

鈴木俊宏社長(以下、鈴木) 2025年度を最終年度とする中期経営計画を進めていましたが、すでに目標数字を達成できたことから、1年前倒しで新たな中期経営計画を策定しました。

中期経営計画を策定する際には、それぞれスローガンとなる名称も掲げていますが、今回の名称は「By Your Side」。お客様に寄り添い、そしてあなたに寄り添い、共に成長していく」という想いを込めています。

我々はものづくりの会社であり、お客様に評価され「こんなものが欲しかった」と言っていただける商品を作るのが使命です。

今から100年以上前、1909年に創業しましたが、当時は織機の製造からスタートしたスタートアップ企業でした。お客様の立場に立って要望を聞き、改良を繰り返すことで、今のような企業規模にまで成長してきました。そのため、中期経営計画を達成するためには、「お客様の立場に立つ」ことが何より重要だと考えています。

藤井 お客様視点でのものづくりの姿勢は、御社の行動理念にも表れていますね。

鈴木 おっしゃる通りです。社が大事にしている「小・少・軽・短・美」という行動理念は、無駄を省いた効率的で高品質なものづくりの基本方針である「小さく」「少なく」「軽く」「短く」「美しく」を略したものであり、海外拠点を含め広く社内に浸透しています。

現場へ行き、現物を見たり触ったりして現実的に判断する「現場・現物・現実」、意思決定の速さ、人と人との距離の近さ、変化に対応できる柔軟性を重視する「中小企業型経営」も行動理念として掲げ、大切にしています。いずれもお客様に寄り添いスズキができることを考え、スピード感を持って決断していくという姿勢を示しています。

株式会社リクルート HR統括編集長、『リクナビNEXT』編集長 藤井 薫

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「個の成長」の加速と「個の稼ぐ力」の強化を目指す

藤井 その中、人的資本の増強を目指し、昨年4月に人事制度を全面的に刷新したことが話題になりました。

鈴木 今回の人事制度改革のポイントは、職能資格制度の導入、評価制度の見直し、60歳以降の働き方の見直し、給与・手当・初任給の見直し、の4つです。成長戦略を描く中で、これまでの人事制度のままでは達成できないのではないか、時代に合わせた人事制度に刷新すべきではないかと考え、大幅な見直しを行いました。

これまでは、どちらかというと結果を出し、業績に貢献してきた人が評価されやすい傾向にありましたが、これからは「個の力」を高めることが重要であり、一人ひとりの能力そのものをしっかり評価できる制度設計にするべきだと考えました。

そのために、各職系・階層ごとの役割と社員一人ひとりの職務遂行に必要な能力要件を明確化した新たな職能資格制度へと移行し、業績と職務能力の向上をそれぞれ評価できるように変更。従業員一人ひとりの挑戦と行動を促すことで、「個の成長」の加速と「個の稼ぐ力」を強化し、組織全体の成長につなげたいと考えています。

藤井 目のまえの仕事において何が評価されるのか、どんな知識やスキルが必要とされるのかが明確化されると、働く個人にとっては進むべき方向がわかりやすく、能力開発に向けてのモチベーションも上がります。ただ、数多くの職種や役割がある中で、一つひとつの能力要件や評価ポイントなどを明確化していくのは大変だったのでは?

鈴木 人財開発本部のメンバーが主体となって取り組みましたが、確かに大変な作業でしたね。

これまではどちらかというと、「先輩の背中を見ながら必要な経験・スキルを身につける」というOJTがメインでした。しかし、すべての人が身につけられるとは限らず、難しさを感じていました。

会社として個の力の向上を目指すのであれば、必要とされる知識・スキル・ノウハウ・経験を明示するのは、職務能力の増強に不可欠です。その中で、「お客様が本当に欲しいものは何か?」を考え抜く力も磨かれるのではないかと考えています。

人事制度は一度作ったら終わりではなく、見直し、育てていくものだと捉えています。年功序列が長かったこともあり、人事制度を刷新してもしばらくはどうしても多少のひずみは生じることと覚悟しています。不具合や現状にそぐわない部分が見つかったら、すぐに修正・改善していくことで、人事制度も成長させていきたいと考えています。

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インドを中心に、海外市場での成長余地は大きい

藤井 御社では、早くから海外展開に着手されていて、200以上の国と地域で販売網を持っておられます。特にインド市場で圧倒的なシェアを誇っていることも有名で、今回の中期経営計画では、インドにおける自動車のリーディングカンパニーとしてシェア50%を目指すことも明文化されています。

インドを含めた海外の可能性について、ぜひ社長の見解をお聞かせいただけますか?

鈴木 インドや中東、アフリカなど、海外市場はまだまだ伸ばす余地があると考えています。特にインドには1982年にいち早く進出し、インドの自動車産業の成長と歩調を合わせながら進んできました。当社が現地での生産量を増やすことで、インドの自動車産業の成長に貢献してきたとも自負しています。そして、手ごろな価格の軽自動車をベースとすることで、インドの方々に愛され、国民車として広く認知されています。

一方で、インドの人口約14億人のうち、スズキはまだ4億人ほどしかつながりがありません。この4億人は富裕層が中心であり、残りの約10億人は主に農村部の人たちですが、10億人にスズキの自動車に乗っていただくためには、農村部の稼ぐ力や経済力を高める必要があります。

当社はかねてから、地域の文化やそこに住まう方々に寄り添い、ともに新たな可能性を探求する姿勢を大事にしていますが、インドの新たな可能性の一つとして着目したのが「牛」です。インドにおいて神聖な動物とされている牛は、国内で3億頭も飼育されていて、その3億頭の牛糞を活用すると、1日当たり3千万台の車を動かすことができると試算されています。そこで、牛糞からバイオガスを生成するバイオガスプラントを設置・運営し、生成されたガスをCNG車両(天然ガス自動車)の燃料として活用する事業に取り組んでいます。バイオガスの残渣も有機肥料として活用できるため、世界的な土地改良に利用されれば、農村部の所得が上がり、自動車の需要も高まるのではないかと期待しています。こちらも冒頭お話した、「現場・現物・現実」で、お客様に寄り添い、共に成長していくスズキの「By Your Side」の好例だと思います。

インドとは歴史があり関係性も深いため、これからもインドの経済力の底上げに尽力していきたいと考えています。

スズキ株式会社 代表取締役社長 鈴木俊宏氏

シニアを始め多様な人財が活躍できる風土がある

藤井 人事制度改革の一つに「60歳以降の働き方の見直し」が挙げられていますが、「60歳を過ぎても気力・体力・環境に問題がなければ、それまでの業務と給与を維持する」というのは、長く活躍したいシニア層にとってはかなりの朗報だったと思います。
多くの企業で、50代後半から60歳ぐらいで役職定年となり、仕事内容が大幅に変わり給与も下がるケースが多い中、シニア層への期待の大きさを感じます。

鈴木 以前の人事制度では、一定の年齢が来たら役職を降りなければならず、モチベーションが低下する人が多かったと思います。それまで活躍していた人が、急にやる気を失ってしまったという姿も見てきました。

しかし、重要な経験やスキルを持っている人には、可能な限り長く働いてもらいたいと考えており、その思いを人事制度にも反映した形です。

組織としては世代交代や若返りも必要ではありますが、シニア層に奮起してもらうことで、後進の育成や技術の伝承も進むことでしょう。ご自身の力を思う存分発揮してもらいながら、スズキの継続的な成長をサポートしてほしいと考えています。

藤井 これまでのお話を伺うと、スズキには働く個人にとってたくさんのチャンスがあり、打席も多いと感じています。現在は別の会社で働くベテラン層にも、経験を活かし活躍できるチャンスがあるのでしょうか?

鈴木 おっしゃるように、当社には国内外にたくさんのポジションがあります。中期経営計画のもと、さらなる成長を目指すためには、人手も技術も知見もまだまだ足りないと認識しています。スズキで育ち経験を積んできた既存社員はもちろん、シニアなどベテラン層を始め他社で活躍している方々も、これまでの経験・スキル、知見を活かせるポジションは多いと思います。活躍の場は広がっているので、他社で磨いてきたものを活かして、当社で得意分野を伸ばしてほしいですね。

キャリア採用の方に望みたいのは、「スズキに同化しないでほしい」ということ。これまでの勤務先のいい点と、入社して気づいたスズキのいい点をうまく融合して、これまでにない視点をもとに新しい風を吹き込んでほしいですね。当社は多様性を大事にしていて、社歴や立場、役職などに関係なく意見を言い合える風土があるので、自由に発信して周囲に刺激を与えてほしいと願っています。

自動車業界は、技術革新と急速な社会変化を受け「100年に一度の大変革期」にあり、モビリティサービスへの転換も迫られていますが、その分チャンスも大きいと捉えています。そのためには、多様な人財が切磋琢磨し合い、個の能力を高めることが必要。一人ひとりが「お客様にとって、これからのモビリティはどうあるべきか」を考え抜くことが、今までにない新たな商品・サービスにつながると期待しています。

藤井 社長のお話を伺っていると、イギリスの経済学者・シューマッハーの言葉「スモールイズビューティフル」を思い出します。資本力を活かして大量生産する装置産業としてのダイナミックな顔を持つ一方で、インドなど現地とともに小さな意思決定を繰り返したり、「小・少・軽・短・美」をもとに細やかに無駄を削り磨き上げたりすることにも注力されていて、まさに“両利き”の経営を成功させているという印象を持ちました。

従業員一人ひとりが多様性を発揮して個の力を高めつつ、さまざまな業界で知見を持つ人がジョインすれば、さらなる価値提供が期待できると感じました。本日はさまざまなお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

プロフィール

スズキ株式会社
代表取締役社長 鈴木俊宏氏

東京理科大学大学院理工学研究科修士課程修了後、1983年日本電装株式会社(現:デンソー)入社。1994年1月にスズキ株式会社に入社し、生産、商品企画、海外駐在など幅広い業務を経験。商品企画統括部部長、専務役員、経営企画室室長などを経て、2011年に副社長。2015年6月に社長に就任。

株式会社リクルート
HR統括編集長、『リクナビNEXT』編集長 藤井 薫

1988 年リクルート入社以来、人材事業に従事。TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長、リクルートワークス研究所 Works編集部、リクルート経営コンピタンス研究所などを歴任。デジタルハリウッド大学特任教授、千葉大学客員教員。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭

 

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