【編集長対談】既存技術をベースに新たな領域へ――電子部品のトップメーカー・村田製作所が今、本気でDXに注力する理由とは?

村田製作所はコンデンサや高周波デバイス、モジュールなど、世界トップクラスのシェアを誇る電子部品メーカー。海外売上比率が約9割というグローバル企業でもある。

そんな村田製作所では現在、「Vision2030」という長期構想を推し進めており、成長戦略の1つとしてDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を掲げている。同社の情報システム統括部でDXを推進する須知史行氏に、村田製作所のありたい姿、これからの村田製作所が目指すものなどについて伺った。

村田製作所・須知史行氏と『リクナビNEXT』編集長・藤井薫株式会社村田製作所 コーポレート本部 情報システム統轄部 副統括部長
須知史行氏(写真右)

株式会社リクルート 『リクナビNEXT』編集長 藤井 薫(写真左)

 

日々「技術を錬磨」することで事業を拡大してきた

藤井薫編集長(以下、藤井) 須知さんは現在、村田製作所のDX推進を担当されていますが、これまで長らく企画畑を歩まれてきたと伺っています。これまでのご経歴を簡単に教えていただけますか?

須知史行氏(以下、須知) 1994年に新卒で村田製作所に入社し、今年で29年目になります。最初は経理部に配属され、主に管理会計という領域で予算管理や原価管理を担当していました。その後企画部(現経営戦略部)に異動し、全社価格管理を担当。その後、全社の中長期計画と人的資本計画などを9年間担当しました。

2008年からは、MLCCという当社の主力事業である積層セラミックコンデンサ事業の企画業務を計9年間担当し、その間、福井村田製作所への赴任も経験しました。また、その後、2017年に製造部門責任者としてシンガポールの現地法人に赴任、2019年に帰国し、経営戦略部の責任者を経て、2022年6月より情報システム統括部の副統括部長を務めています。

藤井 村田製作所の創業者である村田昭氏が1954年に創った「技術を錬磨し」から始まる社是が非常に印象に残っています。「錬磨」は、鍛えて磨き上げること。日々コツコツと技術を磨き上げる姿勢が、世界的なトップメーカーである今の姿につながっているのだと感じます。須知さんはそんな村田製作所の歩みを企画サイドから、そして現場サイドから見続けて来られたのですね。

須知 おっしゃる通りです。日々の地道な錬磨が今につながっていると私も感じますし、従業員も皆そう捉えていると思います。今風のかっこいいビジョンではありませんが、市場や顧客のニーズを捉える現場、新しいものを生み出す現場、そして、モノづくりの現場で、社是の精神を実践してきたからこそお客様に評価していただき、事業を拡大して来られたのだと思います。現在、連結売上高で2兆円を見据えるほどの企業規模に成長しましたが、従業員皆がこの社是を理解し、自身の根幹に持って日々働いています。

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電子部品の定義が変わりつつある今、「変革」が喫緊の課題に

村田製作所・須知史行氏

藤井 そんな村田製作所が、DXを含めた新たな事業創造、事業変革に力を入れているとのこと。今、DX推進に力を入れる理由、背景について教えていただけますか?

須知 昨年策定した長期構想「Vision2030」で初めて正式に「DX」という言葉を使いましたが、当社のDXは今に始まったものではありません。

国内外のムラタグループ社員全員が共有するスローガンに「Innovator in Electronics」というものがあります。「エレクトロニクスの改革者」という意味で、「エレクトロニクス産業のイノベーションを先導していく存在でありたい」という思いが込められています。エレクトロニクスはDXの手段の一つ。つまり村田製作所は、DXのマーケットで成長してきたとも言えます。そして、モノづくりの会社として、モノづくり現場でのデジタル活用は早くから進めてきました。

とはいえ、一方で「このままではいけない」という危機感も強く持っています。世の中が目まぐるしく変化していますが、企業規模が大きい当社は、変化の影響をより強く受けるようにもなりました。
また、エレクトロニクスはラジオやテレビ、そしてPCやスマホ…と発展してきましたが、今や車もどんどん電装化され、インターネットを介してあらゆるものがつながるIOTの時代となりました。そして、環境やウェルネスといった分野においてもエレクトロニクスの可能性は広がっていきます。電子部品メーカーである我々にとっては大きなビジネスチャンスとも言えますが、お客様の課題が複雑化する中、これまでのようにハードとしての電子部品の提供だけでなく、課題解決に直結するようなソリューション提供も併せて行うべき場面が増えると思われます。

マーケットが変化し、電子部品の定義すら変化しようとしている。そんな変化に対応するためには、当社も当然ながら自己変革をしていく必要があります。このような現状に対する危機意識や使命感を受けて、敢えて「Vision2030」内でDXという言葉を使い、自己変革への決意を強調しました。

ちなみに当社ではDXを「dX」と表記しています。Dを小文字、Xを大文字にしているのは、トランスフォーメーション(変革)をより意識したいという姿勢の表れです。

藤井 セラミックコンデンサやキーデバイスの世界トップメーカーであり、このままでも十分事業成長が見込めるはずなのに、健全な危機感を持って事業改革に臨まれている点に並々ならぬ覚悟を感じます。

須知 実際は試行錯誤ではありますが、今挙げたような危機感を含め、オープンに議論できる土壌がある点が当社の強みでもあります。

元々は奥ゆかしい社風であり、どちらかというと同質性の高い会社。「目立たないけれど、実はすごいことをやっている」という姿勢を大切にしてきましたが、これからはもっと対外的にも積極的に発信していきたいと考えています。「エレクトロニクスの改革者」たるべく、外部と連携した共創プロジェクトなど、オープンイノベーションも積極化しています。

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既存の技術から、全く新しいビジネスモデルを創出する

藤井 「Vision2030」の成長戦略では、「標準品型ビジネス」「用途特化型ビジネス」「新たなビジネスモデル創出」という3層のポートフォリオが紹介されています。これはそれぞれ、どういうことを指しているのでしょうか?

村田製作所の「3層ポートフォリオ」図

須知 当社のDX戦略は、この3層ポートフォリオで説明することができます。
まず1層目であり土台となるのが「標準品型ビジネス」。主力製品であるMLCCなどを中心とした電子部品類です。ここは基盤事業として、今後も村田製作所の成長をけん引することになります。

そして2層目が「用途特化型ビジネス」。通信モジュールやセンサーデバイスなど、特定のお客様とすり合わせながら製品開発を行う領域です。この層では、事業領域の拡大と新たな付加価値の創造を目指しています。
この1層目、2層目はいずれも既存事業ですが、まだまだビジネス拡大余地は大きく、DXによるプロセス変革でさらに高い成長が見込めると考えています。

そして3層目が、「新たなビジネスモデル創出」です。1層目、2層目との組み合わせや、これまで培ってきた知見を活かしつつ、従来の枠組みにとらわれることなく、幅広い領域にチャレンジします。すぐに芽が出るものではないですが、将来的にポートフォリオの柱に成長させることを目指し、クイックサクセス、スモールサクセスを繰り返していきたいと考えています。

藤井 「Vision2030」の中で、「4つの事業機会」として通信、モビリティ、環境、ウェルネスを挙げていますが、これらも3層目のチャレンジテーマになってくるということですね。3層目のビジネスを具体的にイメージできるような、すでに動き始めている事例はありますか?

『リクナビNEXT』編集長・藤井薫
須知 例えば、交通量を見える化するトラフィックカウンタシステムが挙げられます。高精度なセンシングにより交通データを収集、分析し、それをもとに渋滞緩和に役立てるほか、戦略的な広告宣伝を行うことができるなど、事業展開を進めています。

コミュニケーションの質を見る化するソリューションの提供も始めています。これも当社のセンシング技術をもとにしたもの。センシングで得た情報をどう活用し、どのような意味を持たせるのか考えることが、新たなビジネスモデルの創出につながると考えています。

藤井 既存の技術が、全く新しい価値創出へとつながっているのですね。

須知 まずは自社のことを理解していないと、そもそもどうやって変革するのか計画も立てられないはず。これまでやってきたことは何か、今どういう状態にあるのか、将来何をやっていきたいのか、これから我々が提供すべき価値は何なのか、を明確に言語化しないと、なかなか自己変革のための推進力は生まれません。すなわちDXの土台は「自社理解」にあると捉えています。先ほど、見える化によるソリューション提供の話をしましたが、自社についても事業や技術、そしてプロセスの見える化を進めることが、DX成功の第一歩だと考えています。

目指すのは、自律性、全体性、進歩性を備えた「自律分散型」の組織

村田製作所・須知史行氏

藤井 現在、村田製作所では「自律分散経営」に注力していると伺いました。具体的にはどんなことを行っているのですか?

須知 自律分散経営は、「自律性」「全体性」「進歩性」の3つの要素で構成されています。「自律性」は、文字通り従業員一人ひとりが自律的に行動すること。「全体性」は、会社の全体像を共有して協調すべきつながりを作ること。そして「進歩性」は、一人ひとりが常にアンテナを張り、新しいものを取り入れる姿勢のことです。

現場にただ任せるだけでは統制が取れないし、かといってトップダウンのマネジメントでは現場の自由を奪ってしまう。そして現状に満足していると、変革に対してどうしても現状維持バイアスがかかるものです。したがって「自律性」「全体性」「進歩性」の3つの要素がバランスよく推進されることを理想としていますが、難易度が高いことも理解しています。

現在、当社役員層中心に現場との対話を増やしながら、皆がより納得のもと3つの要素を推進できる方法を探っている最中。特に現社長の中島は、従業員に頻度高くメッセージを発信し、可能な範囲で経営情報を含め包み隠さずオープンにしていますが、これにより現場のマインドセットの変革が徐々に進んでいると感じます。

デマンドサイドなど異分野での経験を持つ人の活躍に期待

村田製作所・須知史行氏と『リクナビNEXT』編集長・藤井薫

藤井 村田製作所では、中途入社者も多数活躍されていますね。3層目の「新たなビジネスモデル創出」においては、サプライ(供給)サイドだけでなく、デマンド(需要)サイドの経験を持つ人も必要になるのでは?

須知 その通りです。特にチャレンジングな3層目の領域においては、今まで以上に多様なバックグラウンドを持つ人に来てほしいと願っています。当社のリソースに新しい視点を取り入れ、新たな価値を創造していただけると嬉しいですね。

村田製作所はこれまで比較的同質性が高い組織で、「皆まで言わずともわかる」という暗黙知の中でスピード感を持って事業成長してきた部分があります。その一方で、多様性という面では後れを取っていると自認しています。ダイバーシティ&インクルージョン(多様な人材が集まり、それぞれの特性や能力を発揮している状態)を目指し、女性の活躍推進や専門職人材の活躍促進など、多様な人材の活躍を支援する仕組みづくりに注力しています。

一方で、中途入社、新卒入社関係なく、それぞれの強みや魅力を活かして活躍しています。当社は非常に風通しがいい組織で、皆がフレンドリーで壁もなく、互いに教え合いサポートし合う文化が根付いているのも特徴。余計なストレスがなく、中途入社者でもすぐなじめるとの声が多いですね。

ただ、いい意味で放任であり自由なので、指示待ちではなく自ら仕事を見つけに行く姿勢は求められます。わからないことがあれば周囲に聞いてもらえれば、すぐに教えてもらえるので、どんどん行動して自分の仕事を生み出してほしいですね。サポーティブな組織をうまく活用しながら、自身の強みを思う存分発揮してほしいと思います。

 

プロフィール

株式会社村田製作所
コーポレート本部 情報システム統轄部 副統括部長 須知史行

1994年4月、村田製作所に新卒入社。経理部で財務会計や管理会計を担当。1999年に企画部に異動し、全社価格管理、中長期計画や人的資本計画などを担当。2008年より、MLCC(積層セラミックコンデンサ)の事業企画、事業戦略を担当し、シンガポール製造工場の責任者も経験。2022年6月より現職。

株式会社リクルート
『リクナビNEXT』編集長 藤井 薫

1988年にリクルート入社後、人材事業の企画とメディアプロデュースに従事し、TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長などを歴任する。2007年からリクルート経営コンピタンス研究所に携わり、14年からリクルートワークス研究所Works兼務。2016年4月、リクナビNEXT編集長。2019年よりHR統括編集長就任。コーポレートコミュニケーション、コンテンツマーケティング、政策企画室調査室を兼務。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。

WRITING:伊藤理子 PHOTO:鈴木慶子
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