全社員の7割が異動・職種変更を経験──なぜ、丸井グループでは積極的な人事異動が行われるのか?

丸井グループでは、グループ会社間の人事異動「職種変更」「パフォーマンス・バリューの2軸評価制度」など、独自の人材育成施策を展開。社員一人ひとりの成長に向けた継続的な人材戦略を推進している。その狙いは、変化に強い社員を育成し、イノベーションを起こしやすい組織風土を醸成することだという。同社の人材戦略と取り組みについて、丸井グループ人事部長の石岡治郎氏に語っていただいた。

人的資本経営イメージ画像
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株式会社丸井グループ 人事部長 石岡治郎氏株式会社丸井グループ 人事部長 石岡 治郎氏
1997年株式会社丸井入社。丸井店舗における販売促進担当として北千住マルイ、有楽町マルイ、博多マルイの開店に携わり、お客さまと共にすすめる店作りを推進。ニーズマーケティング部や経営企画部等を経験し、2017年4月より人事部人材開発課長・人事課長を経て、21年4月から現職。

聞き手を務めるのは、ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会の人材マネジメント 国際標準ISO 国内審議活動責任者である加藤茂博氏、リクナビNEXTの藤井薫編集長。

2005年から始まった組織風土の改革

藤井:リクナビNEXTジャーナルでは、人に投資することで働く個人の才能開花を支援する「人的資本経営」を重視する企業に注目しています。丸井グループでは「グループ会社間人事異動(職種変更)」「パフォーマンス・バリューの2軸評価制度」「ウェルネス経営」「SDGsの取り組み」など、数々の取り組みに挑んでいますね。

また、丸井グループは革新的な店作りでも知られています。百貨店といえば、1階に化粧品売り場があるのが当たり前の中で広い空間の入り口と、幅の広い通路、たくさんの休憩ゾーンなどを作り出したことも印象的でした。

こうした大胆な取り組みの背景には、青井浩社長による企業文化の変革があったと聞いています。結果として、自ら手を挙げる「手挙げの文化」や相手の声に耳を傾ける「対話の文化」が生まれてきた。どのような背景と変革が進められてきたのでしょうか。

石岡:2005年に青井が社長に就任したときに、まず取り組みたいと考えたのが、働き方改革、組織風土改革でした。当時は、成果主義を取り入れている企業が多く、当社も同じように成果に基づく人事制度が導入されておりましたが、結果として、成果が優先されるあまり、職場の環境が悪化し、組織風土もどんどん荒んでいきました。

このような中、2007年に経営理念が制定され、お客さまのお役に立つために、一人ひとりが自ら考えて、自ら行動し、成長・進化していくという目指す姿に向けて、日々の仕事を通じて少しずつではありましたが、風土が醸成されていきました。そうした背景もあって、手挙げや対話の文化が根付いていったと感じています。

加藤:丸井グループの活力は、変わる力があったからこそですね。

石岡:すぐに変わったわけではないですね。経営理念も制定されてから、一人ひとりが考えるきっかけを作ったりしながら、職場との対話を通じて少しずつ浸透していきました。手を挙げる文化についても一緒です。いろいろな取り組みを進化させながら継続して実施していきました。それこそ、今みたいに「手を挙げることが当たり前」となるまでに、何年もかかっています。

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会社が意図的に職種の違う部門へ異動させる

藤井:組織風土を変えるために、「グループ会社間人事異動(職種変更)」をはじめとする大胆な制度も取り入れていますね。

石岡:ずっと同じ職場にいると、「ちょっとやり方を変えてみよう」とか、「こんなことやってみよう」というような、新しい発想や気づきが生まれにくくなります。特に、上司がずっと変わらない職場にその傾向が強く出ていました。

そこで、まずは経験の長い上司を中心に戦略的に異動を進めていき、2013年から全社員に対して「グループ会社間人事異動(職種変更)」を本格的にスタートしました。

例えば、店舗での販売経験しかなかった人がシステム会社のエムアンドシーシステムに異動したり、エポスカードから物流会社のムービングに異動したり、というように、異なる事業会社間の異動を段階的に進めていきました。現在、2021年3月末時点で、約2,800名、69%の社員が職種変更を経験しています。

丸井グループのグループ間異動者数データ画像
出典:「丸井グループ人材開発方針」ページ()をもとに、編集部が作成

藤井:例えば15年同じ職場にいた人が、他部署に異動すると、どんなことが起きるのでしょうか。

石岡:異動する本人からすると、最初は不安や戸惑いばかりだと思います。文字通り、右も左も分からないと思いますので。ただ、少しずつ仕事を覚え、分かるようになってくると、今度はその仕事のこれまでのやり方や進め方に疑問を持つようになっていきます。

「こうした方が、効率が良さそうだ」であったり、「こう進めるともっと良くなるのでは?」という具合です。もちろん、全員がこのケースに当てはまるわけではありませんが、このような気付きがその職場に蔓延っていた固定観念を打破するきっかけとなり、改善や変革につながっていきます。

また、長期間同じ職場にいた方が、異動して新しい職場の上司になる場合は、このような変革に加えて「チームの活性化にもつながる」ということが分かりました。例えば、売場経験15年のショップ長が、未経験の職場にマネジャーとして異動したとします。売場にいた時は、自信を持って指示をしていましたが、新しい職場では知らないことだらけのため、当然その職場のメンバーにいろいろ聞きながら進めていくことになります。

そうすると、先程のような「気付き」につながることに加え、上司がいろいろ聞きながら進めてきたことで、メンバーも意見を言いやすくなり、どんどん提案をしてくるなど、チームが活性化していきます。このような好循環が多くの職場で生まれるようになり、一人ひとりの成長にもつながっていったと感じています。

●丸井グループの職種変更後の満足度調査

職種変更後の満足度調査画像
出典:「丸井グループ人材開発方針」ページ()をもとに、編集部が作成

藤井:あえてカオスを引き起こすことで、駆動力が生まれる。上司を動かすという点もポイントですね。

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個人とチームの「2軸の評価」を、時代に合わせてメンテナンスしていく

加藤:社員が学ぶことができる環境や制度は、導入されているのでしょうか。

石岡:私たちは「学びの場」と呼んでいますが、様々な学びの場を用意しています。ただし、会社から指示してやるものではなく、すべて自ら手を挙げて参加できる場としています。参加するかどうかは本人次第です。

藤井:もう一つ、評価制度も特徴的ですね。「パフォーマンス・バリューの2軸評価制度」。これは、どのような評価制度でしょうか。

石岡:簡単に言うと、バリューは個人評価で、パフォーマンスはチーム評価です。バリュー評価は、経営理念・共創の精神に基づく一人ひとりの主体的な取り組みを促し、新しい発想や高い目標へのチャレンジが次々と生まれるような、強い組織の実現を目的としています。

よって、バリュー評価では、いわゆる短期成果を見るのではなく、個人に備わっている資質について、一緒に働く上司と同僚が評価し、それを個人の評価とします。このバリュー評価の結果が、昇給および、昇進・昇格につながっています。

パフォーマンス評価は、お互いの得意・不得意を補い合い、お客さまのお役に立つためにチームとして成長し続ける、持続的な「チーム」成果の実現を目的としています。従って、パフォーマンス評価では、評価期間中の実績を、個人ではなくチーム全体の成果と捉え、目標達成率に応じて、チーム全員が同じ評価となります。このパフォーマンス評価の結果が、賞与につながっています。

藤井:まさに成果主義時代の課題であった個人主義や短期目線を見直し、革新したのですね。

石岡:ただ、制度は導入して何も見直さなければ、すぐに制度疲労を起こしていきますので、今後も「このままで良いのか」ということを常に問い続けながら、時代の変化に合わせて変えていくことが大切だと思います。

加藤:コーポレート・ガバナンス・コードを改定し、人材戦略についても社外に開示してオープンにしていく流れが生まれていますが、こうした人材に関わる情報の開示については、どうお考えですか。

石岡:人材戦略に基づく情報については、以前より「ESGデータブック」を通じて社外開示を行っています。取り組みに応じて、今後も開示内容を改変してまいります。

「やりたいこと」の解像度を上げ、具現化できる場

加藤:コーポレート・ガバナンス・コード改定の背景は、「地球や人にやさしい会社である」ことをちゃんとアピールできることでもあると思っています。丸井グループでは、社外からどのように見られたいと考えていますか。

石岡:採用の観点で言うと、数年前まで、丸井グループに抱く最初のイメージは、「小売」がほとんどでした。それが、ここ数年で大きく変化してきました。まず、学生のみなさんの企業選びの軸です。これまでは業種・業界軸がほとんどでしたが、最近では企業理念や社会貢献度というような軸で企業を選ばれる学生さんが増えてきました

丸井グループは、社会課題をビジネスを通じて解決することを目指しておりますので、このような軸で企業を探している学生さんニーズにマッチするのではないかと感じています。実際に、インターンや採用イベント等への参加を通じて、「こんなこともやっている会社なんだ!」と認識を深めてくれるケースも多く、丸井グループの内定者の皆さんに伺っても、「理念や社会貢献度で選んだ」という声が、昨年に比べて大きく拡大しました。

だからこそ、インターンやイベントの中では、ビジネスを通じて解決することの大切さをお伝えしています。ただ「地球にやさしい」「人にやさしい」という社会貢献の色合いが強くても、ビジネスにつながらなければ持続できません。

どうビジネスにつなげられるか、という視点を持って、社会のために自身がやりたいと考えていることをどう実現するか。そのような考えをお持ちの方が活躍できる場が、丸井グループにはたくさんあると思います。

丸井グループ 人事部長 石岡 治郎氏写真
株式会社丸井グループ 人事部長 石岡 治郎氏

加藤:「やりたいこと」の持続可能性という観点も重要だということですね。

石岡:やりたいことが、まだぼんやりしていたとしても、丸井グループのリソースを使うことで、自身のやりたいことの解像度がもっとあがるかもしれません。そうすると「こういうこともやりたい、実現したい」というように、やりたいことがもっと大きく広がっていくかもしれません。

手挙げの風土でもお伝えしたように、自ら手を挙げてチャレンジしたい人が活躍できる場がありますので、だからこそ、「丸井グループでこういうことがやりたい」という観点を大事にしてほしいですね。

藤井:様々な社会課題に対してSDGsをテーマに、社員自ら企画して撮影する動画配信コンテンツを拝見しました。社員の方がイキイキと出演されているのが、印象的でした。

「この指とーまれ!」というサイト名や、部署を超えて、若い人とベテランが組んで取り組んでいるのも面白いと思いました。

石岡:こちらの動画配信コンテンツのように、やりたいと思ったときに、有志で取り組むメンバーもいますし、あるテーマに対して社内でプロジェクトとして活動するメンバーもいます。部門横断でメンバーが組んで活動することは、頻繁に行われていますね。こういう取り組みを自発的にやる社員が、もっともっと増えていってほしいと思います。

丸井グループが運営する「この指とーまれ!」コミュニティサイト

一人ひとりが、変わることを楽しんでほしい

加藤:多様な人的資源とやる気があふれ、「こんなことをやりたいので、やらせてほしい」という声がどんどん上がってしまったとしたら、全部に応えることは難しいと思うのですが、どう対応しているのでしょうか。

石岡:人事異動を例に挙げると、半年に一度、全社員に対して自己申告を実施しています。もちろん、一人ひとりの「やりたい」を、すべて応えることは難しいですが、少しでも叶えていきたいと思い、自身のやりたいことを実現するために、これまで頑張って取り組んできたことや、そのためにどんなスキルを身に付けたかなども含めて、自己申告で聞くようにしています。その内容と適性を総合的に勘案し、異動配置を行っています。

加藤:やる気のある人がたくさんいること自体が素晴らしいですね。

石岡:もちろん、本人の意に沿わない異動もあります。半期に一度の異動では、千人単位で動きますので、中には異動したくなかったのに異動したという人もいます。

しかし、職種変更でお伝えしたように、その所属が長かったり、あるいは、そこで培った経験が大いに活きる職場が新たにできたりなど、一人ひとりの活躍を見据えて配置を行っています。本人の希望にすべて応えるのではなく、会社が本人の成長につながるきっかけを作っていくことも大切だと考えています。

藤井:働く人全員で変化を楽しむ。そういう風土作りをしようということですね。

石岡:一人ひとりに、「変わることを楽しんでほしい」と思っています。もちろん、私も含めてですね。

藤井:変化は辛いこともあるけど、楽しい。登山も苦しいですけど、登頂したときの喜びは大きく、達成感もあります。

藤井・加藤:貴重なお時間をありがとうございました。

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インタビュアー

株式会社リクルート HRエージェントDivision ソリューション統括部
ビジネスプロデューサー 加藤 茂博

加藤 茂博ISO人材マネジメント専門委員会「TC260ヒューマンリソースマネジメント」国内審議会 活動責任者。一般社団法人ピープルアナリティクス&HR Technology協会 副代表理事。公益社団法人全国老人福祉施設協議会 外部理事。世界メッシュ研究所 事務局長。横浜市立大学データサイエンス学部 客員研究員。ミシガン大学HRコース、MIT People Analyticsコース修了。経産省委託研究PRJにて5件の特許を取得。ライフデザイン統計学、行動経済学に基づくAction Switch Libraryを開発。

株式会社リクルート
『リクナビNEXT』編集長 藤井 薫

『リクナビNEXT』編集長 藤井 薫1988年にリクルート入社後、人材事業の企画とメディアプロデュースに従事し、TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長などを歴任する。2007年からリクルート経営コンピタンス研究所に携わり、14年からリクルートワークス研究所Works兼務。2016年4月、リクナビNEXT編集長就任。2019年4月、HR統括編集長就任。リクルート経営コンピタンス研究所兼務。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。

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取材・文:上阪徹  編集:馬場美由紀
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