【編集長対談】モノづくりから「コトづくり」へ――オムロンがDXで実現する「人が活きるオートメーション」とは?

日本を代表する電気機器メーカーであるオムロン。一般的には電子血圧計や体温計などヘルスケア領域のイメージが強いかもしれないが、実は工場の自動化を実現する制御機器や自動改札機などの駅務機器などでもトップシェアを誇る。さらには地方創生、次世代エネルギー、スマート農業など業務範囲は非常に広い。

そんなオムロンでは、2018年にイノベーションプラットフォームとしてイノベーション推進本部を設立し、DX(デジタルトランスフォーメーション)に本腰を入れている。同本部でDXビジネス革新センタ長を務める髙橋昌也氏(写真左)に、同社のDX戦略、およびDX推進で実現したい未来などについて伺った。

オムロン株式会社 イノベーション推進本部 DXビジネス革新センタ長 髙橋昌也氏(左)

オムロン株式会社 イノベーション推進本部 DXビジネス革新センタ長 髙橋昌也氏(写真左)

株式会社リクルート 『リクナビNEXT』編集長 藤井 薫(写真右)

イノベーション推進本部はスタートアップ企業のようなチャレンジングな環境

藤井薫編集長(以下、藤井) 髙橋さんは1年半前にオムロンに入社し、イノベーション推進本部DXビジネス革新センタ長に就任されたのですね。これまではどのようなことをされていたのですか?

髙橋昌也氏(以下、髙橋) 前職は日産自動車でDXを担当、その前は日本GE、日本IBMに勤めていました。この情報だけでは経歴に一貫性がないように思われるかもしれませんが、私はITの力を信じていて、どの環境でも「ITを使ったトランスフォーメーション」に取り組んでいました。

藤井 オムロンを転職先に選ばれた理由は何ですか?

髙橋 これまでグローバル企業3社に勤務しましたが、その中で危機感を覚えていたのが「グローバル市場での日本企業の存在感がどんどん薄れている」という現実。一方で、日本企業はモノづくりにおいては秀でています。日本の製造業の変革に貢献することで、現状を何とか変えたい…と考えていたとき、オムロンが新たな取り組みを行うと聞いて心動かされました。オムロンといえば、日本の製造業を代表するトラディショナルカンパニー。そんな企業がDXによる新規事業創造に注力しようとしていると知り、ぜひチャレンジしたいと思ったんです。

現在、私が所属するイノベーション推進本部DXビジネス革新センタは、データやデジタル技術によるイノベーション創造を目指している部署。日々新しいアイディアを考えては、皆で議論し、PoC(Proof of Concept:概念実証)を繰り返しています。オムロン内の他部署で活躍していた社員や、他社でDX経験を積みオムロンにジョインした人など、さまざまなバックグラウンドを持つ人が集まり、ケミストリーを生み出しています。

藤井 イノベーション推進本部は、新規事業創出を目的に新設されたと伺いました。

髙橋 本部全体でも100名超のまだ小さい組織なので、大企業なのにスタートアップベンチャーにいるような感覚です。仕事の進め方や人材育成の方法、リスクの取り方などすべて本部主体で決めているので何もかも試行錯誤ですが、思いついたことをすぐに試せるフットワークのよさは新しい組織ならでは。さまざまなシーンで、これまでに身につけてきた「ビジネスの筋肉(スキル)」が活かせていると感じます。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

創業者のイノベーション魂を、組織でよみがえらせる

オムロン株式会社 イノベーション推進本部 DXビジネス革新センタ長 髙橋昌也氏

藤井 オムロンが本格的にDXに取り組む理由を、改めて教えてください。

髙橋 オムロンの企業理念は「事業を通じて社会的課題を解決し、よりよい社会をつくる」こと。1933年の創業以来、よりよい社会づくりを第一に考えソーシャルニーズを創造し続けてきた歴史があります。ただ、現在のオムロンは、ヘルスケアや駅務機器分野などで多数のトップシェア製品を保有しています。このように「成功モデル」がいくつか完成すると、それを上回るイノベーションがなかなか起こしづらくなるものです。

今後もよりよい社会づくりを追求し続けるには、新規事業創造による新陳代謝を起こし続けることが重要。そのための新たな価値創造の手法として、DXを強化することになったのです。
オムロンの創業者である立石一真は、稀代のアントレプレナー(起業家)でありイノベーターでもありました。彼のイノベーション魂は、オムロンのDNAとして現在に至るまで脈々と受け継がれています。イノベーション推進本部は、そんな立石一真を「組織としてよみがえらせる」ことを目的に新設された部署でもあります。

藤井 創業以来「変わらない」理念を持ちつつも、「変えていく」ことにチャレンジする。オムロンの転換点ともなり得る重要なタイミングで、髙橋さんはジョインされたのですね。そしてオムロンでは2022年4月、長期ビジョンである「Shaping the Future 2030」をスタートさせました。その中における、イノベーション推進本部の役割を教えてください。

髙橋 これまでオムロンは、お客様の課題を自社の技術や製品で解決する「モノ視点」での価値提供を続けてきました。しかし、社会が目まぐるしく変化する中、全体を俯瞰して市場を捉え、本質的な課題を見出し、それを解決する「コト視点」のビジネスモデルが求められています。われわれイノベーション推進本部は、この「コト視点」のビジネスを追求し、これまで未着手だった新しい領域へも踏み込んでイノベーションを起こしていきます。

具体的には、取り組むべき事業のパーパスとして、「データヘルスケア」「食生産のオートメーション」「製造業のカーボンニュートラル実現支援」「製造“現場”のDX支援」「ディーセント・ワーク(働き甲斐のある仕事)」という5つの“旗”を掲げ、この領域での新規事業創造にコミットしていきます。

『リクナビNEXT』編集長 藤井 薫

藤井 オムロンといえばオートメーション、特にファクトリーオートメーションのリーディングカンパニーというイメージがありましたが、この5つの旗に代表されるように「コト視点」での事業拡張が進んでいるんですね。
そして、長期ビジョンのもと、「人が活きるオートメーション」を推進されているとも伺いました。この「人が活きる」とはどういうことを指しているのでしょう?

髙橋 オートメーションという言葉だけ切り出すと、ともすれば「自動化することで人の働きを奪う」ようなイメージを持たれるかもしれませんが、テクノロジーと人間、それぞれの働きを見直して最適の関係を考えるのが「人が活きるオートメーション」です。

人には、人間にしかできない仕事に集中してもらい、オートメーションは人間がやらなくてもいいことをサポートする。そうすれば、効率化が進み業務スピードも速くなります。役割を再定義して、自動化できる部分は自動化し、人が手掛けるべき部分に力を集中させる。これこそがDXの本質であると捉えています。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

技術ありきではなく、「現場ありき」で考える

藤井 先ほどの「5つの旗」の中で、具体的に進んでいる事業があればぜひ教えてください。

髙橋 「データヘルスケア」における事例をご紹介します。
超高齢化社会が進む日本では、健康寿命の延伸と、持続可能なヘルスケアシステムの実現が急務となっています。その中でわれわれは、介護予防に取り組む人々をサポートするシステムで業務支援を行う「自立支援(介護予防)ソリューション」の事業検証に取り組んでいます。
通常の介護は、高齢者が自分でできなくなったことをお世話するという「お世話型」がメインですが、お世話がいらなくなるよう自立していただくことを目指す「自立支援型介護」が本来目指すべき姿であると考えています。

現在、大分県や大阪府、石川県小松市といった自治体と連携協定を結び、DXビジネス革新センタ 自立支援チームの松本光博さん、和田純一さんが中心となって、現地の介護現場で自立支援ソリューションの検証を重ねている最中にあります。和田さんが現場に入り込んでニーズをつかみ、ソリューション設計を担当。そして松本さんが実装につなげるための企画開発を担当しています。
オムロン イノベーション推進本部 DXビジネス革新センタ 松本光博氏イノベーション推進本部 DXビジネス革新センタ 松本光博氏

松本光博氏 高齢者やその家族が行政の介護サポートをお願いする際、まず地域の包括支援センターに相談します。そして要介護と認定された場合、担当のケアマネジャー(ケアマネ)が状況に応じて適切な介護サービスが受けられるようケアプランを作成します。

その際、高齢者の多くは、例えば「1人ではお風呂に入れなくなったからサポートしてほしい」などと介護サービスを要望しますが、実は根本原因によっては、トレーニングすればまた自分でお風呂に入れるようになるケースは決して少なくありません。適切なサービスを提供すれば、運動機能や生活機能が向上し、自立した生活が送れるようになる可能性があるのですが、介護現場にその理解がなかったり、人的リソースが足りず手が回らなかったりして、なかなか実践されてはいません。このような介護現場の現状と課題を知り、自立をサポートするためのソリューションを企画し、システムをアジャイルで開発しています。

オムロン イノベーション推進本部 DXビジネス革新センタ 和田純一氏

イノベーション推進本部 DXビジネス革新センタ 和田純一氏

和田純一氏 大分県の地域包括支援センターに出向いて情報収集を行い、高齢者やケアマネの方々、自治体の職員の方々など、さまざまなステークホルダーの現実を見聞きしています。そこから得たリアルな情報を我々なりに再解釈し、課題を解決するための提案を提示し、ユーザーとの対話を通じてソリューションへの反映や改良を行う。その繰り返しによって、より効果的でユーザーフレンドリーな価値創出に挑戦し続けています。

また、大分県での先進的な介護予防の取り組みを進めてきた株式会社ライフリー代表取締役の佐藤孝臣さんと共創。佐藤さんが現場で培った自立支援のノウハウをシステムに落とし込み、それを現場のケアマネの方々に使っていただき、意見をもらいながら仮説検証を繰り返しています。

毎週のように大分の現場に飛んでいますが、大変さよりも、より良い社会をつくっているという実感と喜びのほうが勝っていますね。宿題もたくさん出てきますが、現場の期待がモチベーションにつながっています。

藤井 まさに、人が活きるオートメーションですね。

髙橋 技術ありきではなく、現場ありきで考えるのがオムロンらしい「コトづくり」の姿。和田さん、松本さんをはじめ、社員の熱意が伝導し、現場を動かしていく…ありたい姿が実現できていると感じます。

7割OKであれば、3割分のリスクを取ってチャレンジする

オムロン髙橋氏と藤井薫編集長の対談風景

藤井 いまお聞かせいただいたデータヘルスケア領域での取り組みは、「7割の成算があれば、勇気を出してやってみる」という、創業者・立石一真さんの「7:3の原理」が活きているとも感じました。

髙橋 おっしゃる通り、7割がたしっかり検証できていれば、残り3割分のリスクは取って進めようというのがわれわれの方針です。データヘルスケア領域に限らず、7:3の原理で新規事業創造に積極的にチャレンジしたいと考えています。

例えば、「地方創生」は介護とは切っても切れない関係にありますが、京都府舞鶴市と包括連携協定を結び、スマートシティの実現に取り組んでいます。また、食生産の分野でも、農業従事者不足や食の安全性という課題解決を目指し、スマート農業の実現や中国での栽培支援などに取り組んでいます。
いずれの分野でも、「人が活きるオートメーション」を目指し、事業創造・拡大に注力していく方針です。

藤井 大手企業なのにベンチャーのようにチャレンジングな環境で、次世代に活きる事業を創造する。このような環境に身を置き活躍してみたいと思うビジネスパーソンは、きっと多いと思います。

髙橋 そう思っていただけると嬉しいですね。先ほども申し上げましたが、イノベーション推進本部は、さまざまなバックグラウンドの人が社内外から集まっているベンチャー的な組織であり、これまで身につけてきた異分野での「筋肉」も活かしていただける環境があります。また、データヘルスケアの事例で触れたように、現場の課題ありきで考えるには、人と人とのコミュニケーションが重要であり、社員同士の関係性も密でウエット。未経験者には、経験者がメンターとして付き、いつでも気軽に相談しやすい環境を整えています。

私が理想としている組織は、エンゲージメントが高い組織。イノベーション推進本部が目指す方向性と、自分がやりたいことが合致しているという方は、モチベーション高く働き続けられるはずですので、ぜひジョインしてほしいですね。

プロフィール

オムロン株式会社
イノベーション推進本部 DXビジネス革新センタ長 髙橋昌也氏

一橋大学卒業後、1999年に日本IBMに入社し営業や新規事業開発などを担当。University of SouthamptonでMBA取得後、GEを経て日産自動車でグローバルビジネスに関するDX業務に従事。2021年4月より現職。DXによる事業創造を目指し、仮説・事業化検証のエキスパートチームを率いている。
一般社団法人データ社会推進協議会(DSA) 理事、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)デジタルスキル標準検討WG アーキテクトWG委員。

株式会社リクルート
『リクナビNEXT』編集長 藤井 薫

1988年にリクルート入社後、人材事業の企画とメディアプロデュースに従事し、TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長などを歴任する。2007年からリクルート経営コンピタンス研究所に携わり、14年からリクルートワークス研究所Works兼務。2016年4月、リクナビNEXT編集長。2019年よりHR統括編集長就任。コーポレートコミュニケーション、コンテンツマーケティング、政策企画室調査室を兼務。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。

WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭
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