デジタル技術の活用で地域課題を解決しつつ、現場主導で新しい価値を生み出す――ダイハツが進める「ボトムアップ型のDX」【編集長対談】

軽・小型自動車を主力とする自動車メーカー、ダイハツ工業。軽自動車の新車販売シェアでは、17年連続でシェアトップ(2023年3月現在)を誇る。「お客様に寄り添い、暮らしを豊かにする」ことをビジョンとしており、海外でも広く事業展開している。

そんな同社では、数年前より本格的にDX(デジタルトランスフォーメーション)を推し進めている。そして、2025年度にはDXビジネス人材を1000人育成する方針を明らかにしている。同社のDXをけん引する下西 明(しもにし・あきら)氏に、ダイハツのDX推進の背景や具体的な戦略、今後目指す姿などについて伺った。

ダイハツ工業株式会社 コーポレート統括本部 DX推進室 アドバイザー  下西明氏、リクナビNEXT編集長藤井薫
ダイハツ工業株式会社 コーポレート統括本部 DX推進室 アドバイザー
下西 明氏(写真左)

株式会社リクルート 『リクナビNEXT』編集長 藤井 薫(写真右)

2025年度までにDXビジネス人材を1000人育成

藤井薫編集長(以下、藤井) 下西さんは自動車エンジンに関わった後に、DXに関わるようになったと伺っています。これまでのご経歴を、簡単にお聞かせ願えますか?

下西明氏(以下、下西) 大学で機械工学を学んだ後、新卒でダイハツ工業(以下、ダイハツ)に入社。自動車エンジンの設計開発に長らく関わってきました。その後、低燃費技術開発の責任者などを経て、現在は全社のDX推進に関わっています。

ダイハツでは、2020年よりビジネスに精通したAI人材育成に取り組んでいます。当時私は、顧客の視点でクルマづくりの本質を研究し、把握したニーズを迅速に具体化するための組織「くらしとクルマの研究所」の所長を務めていましたが、私にも経営トップ直々に「AIを学び、実装まで行う」というミッションが下りました。以来2年間、AIの活用・実装に取り組みつつDX推進を手掛けています。

藤井 自動車業界は電動化、自動化など100年に一度の大変革期にあると言われていますが、まさにその大変革に関わっておられるのですね。

ダイハツ工業株式会社 コーポレート統括本部 DX推進室 アドバイザー  下西明氏

下西 ダイハツでは2023年1月、新たなDXビジョンを発表しましたが、2017年に策定した中長期経営シナリオで、大規模な事業変革の方針を打ち出しています。その中で、従来の「モノづくり」に加えて、お客様や地域との接点を拡大し、人々の生活を豊かにするという「コトづくり」を新たに示し、この2軸で事業を推進することを明言。ダイハツならではのモノづくり、コトづくりを、デジタル技術を活用しながらスパイラルアップさせるという目標を打ち出し、さまざまな取り組みを実行してきました。

グループスローガンの「Light you up」も、この中長期経営シナリオ発表時に掲げています。「Light」には、「光」「軽やかさ」の2つの意味があり、お客様一人ひとりの暮らしを照らし、きめ細やかな商品・サービスを提供することで、輝いたライフスタイルを提供すること、そして暮らしや環境への負担が少ないスモールカーで軽やかな気持ちを提供することをミッションに置いています。

この中長期経営シナリオで打ち出した変革に関する方針やスローガンが、今回の新たなDXビジョンのベースになっています。

藤井 DXビジョンではいろいろな方針が発表されていましたが、特に「2025年度までにDXビジネス人材を1000人育成する」という目標に、DXに対するダイハツの本気度を感じました。

下西 BI(Business Intelligence)ツールの活用やアプリ開発などに領域を拡大し、2025年度までには全部署でデジタル技術が活用できるようDXビジネス人材を1000人育成する計画。最終的には全社員をDXビジネス人材化するという目標を立てています。

世の中の急速な変化に伴い、我々も変革を急ピッチで進めねばならないという危機感を持って臨んできましたが、社内を見渡すと、未だ「デジタルを活用し切れている」とまでは言えない現状がありました。明確な目標を掲げることで、今まで以上にデジタル活用に本腰を入れたいと考えています。

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デジタル活用による効率化、ビジネス強化、価値創造を同時に行う

リクナビNEXT編集長藤井薫
藤井 新しいDXビジョンについて、改めて詳しく教えていただけますか?2050年のカーボンニュートラル実現やCASE(※)、MaaS(Mobility as a Service)といった急激な環境変化に柔軟かつスピーディに対応するため、新たに「DXビジョンハウス」というものを策定されたそうですね。

※CASE=Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(カーシェアリングとサービス)、Electric(電気自動車)の頭文字をとった造語。

ダイハツ「DXビジョンハウス」

下西 今回打ち出したDXビジョンハウスでは、「人にやさしいみんなのデジタル」というDXスローガンを掲げています。その下にビジネス変革の姿として、従来のモノづくり、コトづくりの2軸に「ヒトづくり」の軸を加えた3軸で、変革を推し進めたいと考えています。DX推進は、何よりヒトの力があってこそ。働き方改革による従業員のエンゲージメント向上も目指しています。

藤井 なるほど。そしてその下に業務変革の姿=DX1~3という3つの柱があるわけですね。

下西 DX1「デジタルを広める」で、今やっている業務をデジタルに置き換え、効率化と生産性の向上を目指し、DX2「今を強くする」でデジタルを活用して業務変革を行い、商品や業務プロセスの強化を図り、DX3「未来をつくる」でこれまでとは全く異なる視点でお客様とデータでつながり、新たな価値を提供する…この3本柱を業務変革の実行施策として据えています。なお、1、2、3とステップを踏んで実行するのではなく、3つ同時にアジャイル推進する計画。DX1、2を行う過程で業務効率化が進み、その余力を随時DX3に向けていきたいと考えています。

そして、これらを支える土台として、「データ・IT基盤/技術」「デジタル人財・組織」「データドリブンな意思決定」「マインド意識改革」の4つに、これまで以上に注力していく計画。特に、モノづくりの中核にいるミドル層の意識改革やリテラシー教育に尽力したいと考えています。従来のモノづくりの現場では、「新しい手法を用いて正解が見えない中でもチャレンジし続ける」という経験をしている人は少なく、今回のようなデジタル活用によるアジャイル推進に抵抗感を持つ人は少なからずいます。これらの取り組みはまだ緒に就いたばかりですが、このDXビジョンハウスをもとに、意識改革が不可欠であることを現場に啓発していきたいと考えています。

ダイハツ工業株式会社 コーポレート統括本部 DX推進室 アドバイザー  下西 明氏

藤井 DX3「未来をつくる」に該当するような新しい取り組みの中で、すでにビジネスとして成果を上げているものはありますか?

下西 まず挙げられるのは、福祉介護分野です。ダイハツでは以前から福祉車両の開発には力を入れていますが、2018年には通所介護事業者向け送迎支援システム「らくぴた送迎」を、そして2022年には新たなモビリティサービスである福祉介護・共同送迎サービス「ゴイッショ」をスタートしています。これは、福祉介護施設を利用されているお客様の声や地域自治体様の困りごとをもとに、施設ごとの送迎利用時間や送迎ルート、ドライバーさんの人数といった情報を活用し、効率的な送迎計画や運行管理を支援するクラウドシステムを開発し、地域一体でご利用いただけるサービスです。

そして、高齢化と後継者不足を受けた農業支援。京都の丹波篠山市で試験的に、ドローンを活用した農薬散布のサポートを行っています。我々が強みを持つ軽トラックは、全国の農家にお使いいただいています。実際に社員が軽トラックにドローンを積んで農家を回り、作業を手伝いながら現場の課題に耳を傾けています。今後も最新の技術を取り入れながら、農作業における負担軽減に取り組んでいきたいと思っています。

また、先ごろ「Nibako(ニバコ)」という移動販売をサポートするサービスもスタート。軽トラックと荷台に乗せる荷箱のセットをレンタルするサービスで、出店場所も紹介。移動販売の可能性を広げることで、地域に新たに人が集い、新しいコミュニケーションが生まれ、地域活性化につながると考えています。

私たちDX推進室は、これらの「未来をつくる」新しい取り組みにおいて、アプリや関連システム開発といったDX視点で参画しています。

藤井 一般的にダイハツ=スモールカーの会社というイメージが強いと思いますが、小型車だからこそ、多くの地域の利用者の声を活かし、社会課題解決の成果を上げているのですね。特に、人口減と高齢化が加速する地方の福祉介護や農業といった産業の生産性向上は「待ったなし」。これまで培って来た地域で得たデータや関係資本を活用すれば、さらに地域力向上への可能性が広がりそうですね。

下西 おっしゃる通りです。DX3では、さらに未来に目を向けたワクワクできるようなサービス開発にも積極的に取り組んでいきたいと考えています。そのためにもまずは、もっと当たり前のようにデジタルを活用する土壌づくりに注力していきたいですね。

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一社員の行動が、全社的なAI活用のムーブメントにつながった

藤井 モノづくり、コトづくりに続く新たな軸「ヒトづくり」についても伺えればと思います。ダイハツでは2020年ごろから、AI人材育成に注力しているとのことですが、具体的な取り組み内容を教えていただけますか?

下西 2020年に全社員のAIスキル向上を担う「東京LABOデータサイエンスグループ」が新設され、太古無限さんがグループリーダーに就任しました。元々は彼が、仲間とともに機械学習ワーキンググループを自主的に立ち上げ、AIを活用した業務改善を進めたことがきっかけ。AI人材の育成は、まさに現場社員からボトムアップで始まった取り組みです。
ダイハツ工業 東京LABOデータサイエンスグループ グループ長 太古無限氏▲東京LABOデータサイエンスグループ グループ長 太古無限(たいこ・むげん)氏

太古無限氏(以下、太古) 初めは2017年ごろ、同じエンジン開発部門の有志3人とともに非公式に始めた活動でした。当時、社内ではAI 活用が全く進んでおらず、現状に危機感を覚え、仲間とともに「コードを書いて実験する」を繰り返しました。

その後、2019年に私が、有志による業務外活動である「ダイハツ技術研究会」の幹事を引き受けたことを機に、技術研究会内で「機械学習研究会」というAI活用のプロジェクトを立ち上げ賛同者を募ったところ、約100人が集まったんです。そして各人が業務内でAI活用を行い、事例を作っては共有し合うという活動を続ける中で、徐々に社内で認知が広がり、正式な全社的活動になりました。

藤井 具体的にはどのような事例が挙がっているのでしょう?

太古 基本的には、「AIを活用することで、普段の業務をどう効率化するか?」に取り組んでいます。例えば、これまで目視で行っていたプレス成型のチェックに画像解析技術を取り入れ、より精度高く効率的に異常が検知できるようにしたり、エンジン音の判定にAIを取り入れて、細かいノッキング音(異音)を判断できるようにしたりする、など。

いずれも「業務に役立つ実績を作り、実際に実装する」ことにこだわっています。入社1年目でAIの実装にメインで関わっている若手もいて、いい流れができていると感じます。このムーブメントを全社に広げていきたいと考えています。

下西 少し前までは、製造現場にAIを取り入れようと言っても、取り合ってくれない昔気質の人もいましたが、今はカイゼンの一環として取り入れたいという前向きな意見が増えています。現場主導で動き、着実に実績を上げてきたことが、今のAI人材育成方針の土台を形成しています。

技術研究会やLABOの活動を見ていると、AIに興味を持つ若い人の参加が多く、自主的に学びたいと集まっているところに頼もしさを覚えますね。BIツールの活用も広がっていて、本格的にDXの機運が高まっていると感じます。

先ほど、「経営トップから直々に、AIを学び実装まで行うという指示を受けた」とお伝えしましたが、初めは知識も少なく本当に苦労しましたね。ただ、以前の部下であり、すでにAI活用に取り組んでいた太古と共に並走しながら、着実に現場での実装につなげてきました。現在DX推進室のアドバイザーという肩書きをいただいていますが、自分自身では「現場からボトムアップでDXを進めているエンジニアの一人」だと思っています。これからも、現場で手を動かしながらDX推進に注力していきたいと考えています。

ダイハツ工業株式会社 コーポレート統括本部 DX推進室 アドバイザー  下西 明氏

藤井 世界に誇る大企業ながら、危機感を持って変革しようとしているダイハツに興味を持ったり、実際に現場でAI活用を推し進めたいと思ったりした若手ビジネスパーソンもいるかと思います。どんな思いを持った人に、ジョインしてほしいと思われますか?

太古 ダイハツには製造現場で培った技術力と、膨大なデータ、そしてアイディア=妄想が豊富にあります。当社にはない尖った経験や視野を持つ人が新たに加われば、思いもよらない化学変化が起こせるはず。こういう環境にワクワクしてくれる人に、ぜひ来てほしいですね。

下西 ダイハツのDXへの取り組みは、ボトムアップで本格的にスタートしました。現場の声が今のムーブメントにつながっていることは、経営陣も認識しています。

元々、地域に寄り添い、お客様に寄り添い、課題解決のためにどんどん新しいアイディアを試していこうというチャレンジングな風土はありましたが、より一層、若い人の意見やアイディアが通りやすく、実現しやすい環境になっていると実感します。そういう環境で思う存分力を発揮してみたい人に、仲間に加わってほしいと願っています。

藤井 経験の浅い若手でも、新しく入ってきた人でも、想いがあればどんどんバッターボックスに立って思い切りバットを振れる環境があると感じました。ありがとうございました。

 

プロフィール

ダイハツ工業株式会社
コーポレート統括本部 DX推進室 アドバイザー
下西 明氏

1984年4月、ダイハツ工業株式会社に新卒入社。自動車エンジンの開発・設計に携わる。2008年に第2エンジン部部長、2011年にシャシー設計部部長、2017年に製品企画部部長、2019年に開発コネクト本部副本部長に就任。その後、くらしとクルマの研究所所長を経験した後、DX推進室アドバイザーに就任。

株式会社リクルート
『リクナビNEXT』編集長 藤井 薫

1988年にリクルート入社後、人材事業の企画とメディアプロデュースに従事し、TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長などを歴任する。2007年からリクルート経営コンピタンス研究所に携わり、14年からリクルートワークス研究所Works兼務。2016年4月、リクナビNEXT編集長。2019年よりHR統括編集長就任。コーポレートコミュニケーション、コンテンツマーケティング、政策企画室調査室を兼務。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:鈴木慶子
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