DXで現場負担を軽減できるか──介護ベンチャーが排泄センサー・ロボット・AIで挑む業界改革

DX(デジタルトランスフォーメーション)推進により、あらゆる業界・企業において仕事や働き方が変化しています。深刻な人材不足と長時間労働、アナログな現場環境などの課題を抱える介護業界も、先端テクノロジーを活用した製品やサービス創出によって変革の兆しが出てきました。今回は、要介護者の排泄を「におい」で検知するシート型排泄センサーを手掛ける株式会社aba代表の宇井吉美氏に、介護業界の課題、DX化の進展とそれによる現場の変化、今後の展望を伺いました。

株式会社aba 代表取締役社長兼CEO 宇井吉美氏

株式会社aba 代表取締役社長兼CEO 宇井吉美氏

千葉工業大学在学中に介護者を支援するためのロボット開発を行う「学生プロジェクト aba」を発足。その後、プロジェクト内の開発を製品化するべく、2011年に株式会社abaを設立、排泄ケアシステム「Helppad(ヘルプパッド)」の開発を開始。

深刻な労働力不足、現場業務は未だアナログ状態

──宇井さんが介護者支援ロボットに出会ったのは高校時代、abaを起業したのは大学在学中の2011年とのこと。介護領域に進もうと思ったきっかけは何ですか。

宇井:高校2年生のとき、筑波大学のオープンキャンパスで初めて介護ロボットに出会いました。中学時代に祖母がうつ病になり、介護が必要になったのですが、家の中が一気に暗くなり精神的にきつかった。そのとき「人の力だけで人を救うのは無理がある」と感じた経験があったので、この介護ロボットとの出会いは私にとって衝撃的で、「この分野に進みたい!」と強く思いました。

そして、「介護×ロボティクス」の研究に注力している千葉工業大学未来ロボティクス学科に進学。20歳のとき、研究の一環で特別養護老人ホームに実習に行ったのですが、そこで介護者支援ロボットを作ろうとしていることを伝えると、職員の方に「おむつを開けずに中の状態が知りたい」と言われたのです。

それを機に、ロボット技術を用いて排泄を感知できないかと研究を重ね、要介護者の排泄を「におい」で検知するシート型排泄センサーを開発し、起業しました。

Helppad(ヘルプパッド)

要介護者の排泄を検知できるシート型排泄センサー「Helppad(ヘルプパッド)」
いつ、誰が、尿・便を排泄したのかを記録し、AIを用いて傾向を分析して排泄パターンを算出できる。介護現場のおむつ交換負担を減らし、業務負荷を軽減できる製品として注目されており、現在本社所在地である千葉県を中心とした介護現場で活用されている。

──当時の介護業界におけるIT化は、どのような状況にあったのでしょう?

宇井機械やPCに対して苦手意識を持つ人が非常に多く、ITやロボットはそこまで入り込めていませんでした。例えば、介護現場での見守りカメラも、今でこそ「見守り」という位置付けで普及が進んでいますが、当時は「要介護者を監視するのか」「高齢者を見張って何がしたいんだ」などの声が多く、人手不足が深刻であるにもかかわらず本格導入される気配すらありませんでした。

潮目が変わったのは、2015年頃から介護ロボット導入の補助金が支給されるようになったこと。これを機に、「機械に任せられるところは任せ、人にしかできないことに時間を割くべきだ」という風潮になってきました。その後、徐々に現場での介護ロボット活用事例が増え、そこでの知見が業界内でも展開されるようにもなり、今では「介護ロボットなんて」と真正面から否定する人はかなり減ったと感じています。

とはいえ、介護ロボットの普及はまだ緒に就いたばかり。IT化も、以前よりは進んだものの、現場はまだまだアナログな状況です。例えば、要介護者のご家族との連絡手段や現場でのやり取りは、いまだに電話やFAXがメイン。また、要介護者の情報は、各施設が介護ソフトで管理していますが、介護サービスの種類ごとに分かれているため、ソフト間で連携が取れていないという現状もあります。

例えば、1つの介護事業者が、特別養護老人ホームとショートステイ、デイサービスを行っているケースは珍しくありませんが、それぞれの事業が別々のソフトを使わざるを得ず、連携も取れていないため、「デイサービスを利用しているAさんが、ショートステイを利用する」といった場合、Aさんの情報を紙で印刷して共有する、などというアナログな情報共有が行われています。

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介護ロボットがビジネスとして難易度が高い理由

──なぜ、このような状況に陥っているのでしょうか。

宇井:まず、介護ロボットはものづくりにおいても相当難しい分野と言えます。その一番の理由には、ステークホルダー(利害関係者)が多いことが挙げられます。

例えば、飲料用ペットボトルであれば、飲む人のことだけを考えてデザインしますが、介護ロボットは最低でも「要介護者(介護サービスを受ける高齢者)」「介護者(介護する側)」、そして「施設経営者」という3人のステークホルダーが存在します。この3者が「三方よし」な状態を目指さなければならない。ものづくりに携わる者としても非常に難しさを感じている点です。

要介護者に対しては、負担なく日常生活を送るためのサポートを行わなければなりません。介護者に対しては、オペレーション負荷を抑えつつ介護をサポートする方法を考えなければならない。そして施設経営者には、コスト削減や現場負担の削減メリットを感じてもらう。これらを同時に、テクノロジーで実現するのは、非常に難易度が高いのです。

実際、私が初めてケアテック(介護テクノロジー)という分野を知った2005年当時の介護ロボットは、廃番になっているか、販売はしているものの普及していないかのどちらか。たくさんの技術者が思いを込めて作ったものであっても、そのほとんどが上記のような理由で普及できていないのが実情です。

宇井吉美氏

次に、介護用のソフトウェアについて。一般のビジネス用ソフトウェアとは異なり、介護用ソフトは一度導入すれば数年は離脱することがほぼないです。そのため、離脱防止のためにユーザビリティを向上させる、その一環で他社ソフトとの連携を積極的に行う、という思考がなかなか働きづらいです。

そもそも介護ソフトは、個人のセンシティブな情報を管理する必要があるため、オンプレミス(自社インフラ)で管理・運用されることが大半です。ただでさえ開発工数がかかる中、さらに「他社のソフトとも連携できる」開発は、メーカー側の負担が大きすぎるのです。

──これらの課題を解消するには、どういう手段が考えられるのでしょう?

宇井「国による支援」が必要不可欠だと考えています。要介護者一人当たりの単価は「介護報酬」として国に決められており、介護事業者の売り上げ拡大に限界がある以上、そう簡単には投資の意思決定をしにくいのが現状。保障を手厚くしつつ導入を義務化するなど、国がズバッと手を入れないことには、現状はなかなか変えられないと考えています。

例えば、国の政策支援により、病院における電子カルテ化が一気に進んだ歴史があります。日本の高齢化の進行スピードを考えると、電子カルテと同様、介護ロボットや介護ソフト導入に関するある程度の「強制力」を働かせる段階ではないかと感じています。

さらに根本的に解決するのであれば、介護事業者のビジネスモデル自体を変える議論も必要です。現在の介護保険の仕組みでは、前月にケアプランを立てる必要があります。例えば「来月のAさんケアは夜2回おむつを替えること」と、職員が要介護者の手助けをする回数が事前に決められてしまいます。

しかし、我々が扱う排泄センサーは、排泄リズムをつかみ、臨機応変におむつ交換の回数を見直すことで職員の負荷を軽減するのが目的。「前月に2回しか交換できないと決められてしまう」現行サービスとは合いません。センサー技術がどれだけ進化しても、介護保険側の仕組みが変わらなければ、あまり意味がないのです。

約20年前の介護保険制度施行の際、ケアテックはまだ進んでおらず、現在の姿は予測できなかったとは思います。しかし、今や現場にIoTやICTなどの情報通信技術が導入され始め、センサーと人が協働できるようになりました。ケアテックの活用で現場の働き方を変え、介護事業者のビジネスモデルも変えていく必要があります。

当社は以前から、厚生労働省が進める介護ロボットの開発・普及の促進に携わっていますが、ケアテックを手掛ける事業者として国のさらなる支援、介護事業者のビジネスモデルの見直しなどを訴え続けています。今後は、当社の排泄センサーを入れることで現場の負担がどれだけ減るか具体的に検証し、データを示すことで国に働きかけていきたいと考えています。

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ITの力で「誰もが介護ができる」世界を作り出したい

──宇井さんが考える「介護×DX」の理想の未来を、お聞かせください。

宇井:急速な高齢化の進行と、労働人口減少による人手不足のスピードを考えると、介護業界従事者のみならず「誰もが介護ができる」世界を作る必要があると考えています。そのため、当社では介護者をサポートするAIの開発に着手しています。

大学の医学部や専門の学校で勉強した人が国家試験を経て従事する医療業界とは違い、介護業界は専門的に介護を学んでいない人が多数働いているという特徴があります。しかし、介護職に就いたら、入社1カ月程度から一人で夜勤を任されるなど、早期の独り立ちが求められます。自身の知識装着スピードと求められるレベルの高さにギャップを感じ、早期に退職してしまうケースが後を絶ちません。

経験が浅くても、指導役の代わりにサポートしてくれるAIがあれば、新人介護者は安心して業務に臨めますし、介護を受ける側も適切な介護を受けることができます。実は介護業務の基本であるおむつ交換は難易度が高く、知見に頼る面が多いのですが、AIがおむつ交換の工程を横でチェックしていれば、新人一人でも作業が可能です。

宇井吉美氏

また、高齢者は各関節が拘縮状態(関節が固まってしまう状態)にあるケースが多く、おむつ交換の際に無理に股関節を広げてしまうと脱臼の恐れもあります。でも、AIが作業の様子を検知しアドバイスできれば、このような事故も減らせます。

このAIを、ゆくゆくは在宅介護にも展開して「親が急に倒れ、ある日突然介護することになった」という人であっても、安心して介護ができる世界を作りたいですね。

また、介護者を「時間」と「空間」の縛りから解放したいとも考えています。在宅介護の場合、要介護者の排泄タイミングがわからず、誰かがずっと付きっ切りで見ていなければならない…というケースが少なくありません。しかし、例えば排泄センサーがあれば、排泄のリズムがつかめ、排せつタイミング予測をすることができるため、「ここから2時間は大丈夫そうだ」とスーパーに買い物に行くなど、別の作業ができるようになります。

そして、もう少し先の未来には「ロボットアームを手に入れれば、現場に行かなくても遠隔で介護ができる」という時代が来るでしょう。そうなれば、空間や距離の制限もなくなります。そんなケアテック分野の開発にも、挑戦していきたいと考えています。

介護DXはモノづくりのテーマとして魅力的

──これからの介護業界において、活躍できる人材はどんなタイプだと思われますか。

宇井:介護DXは、ものづくりのテーマとして非常に面白い分野だと思います。
前述したとおり、介護業界はステークホルダーが多いうえに国の規制も多く、普及拡大の難易度が高いことに加え、開発までには5年10年かかるのは当たり前。じっくり腰を据えて取り組まなければならない分野です。

しかし、目の前の課題に向き合い続け、解決できた先に待っている「未来」はめちゃくちゃ明るいものです。そんな未来を、技術者として作り出せる喜びは計り知れないほど大きく、チャレンジしがいのある分野だと思っています。

介護ロボットは、個別のケースに合わせられる「量産品」です。自分が設計・開発したものがたくさんの介護現場で使われ、どの現場でも「柔軟に、毎日同じように動く」ことが求められます。そういった意味でも技術的難易度は高いですが、それだけやりがいも大きく、「日本が抱える社会問題を自分の手で解決したい」という気概ある人にも向いているのではないでしょうか。

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WRITING:伊藤理子 EDIT:馬場美由紀 PHOTO:刑部友康
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