「リカレント教育」という言葉をご存知ですか?リカレントとは反復や循環を示す言葉で、リカレント教育とはすなわち「社会人が仕事で求められる能力を学び直す」ことを指します。
「人生100年時代」を受け、以前から文部科学省や厚生労働省を中心にリカレント教育の拡充に注力していますが、ここにきて将来を再考したビジネスパーソンが学び直しに注目する動きが高まりつつあります。どんな学びの機会があるのか、そして学び直しの際に陥りがちな注意点とは何か、専門家に伺いました。
プロフィール
ルーセントドアーズ株式会社 代表取締役 黒田 真行さん
1989年リクルート入社。以降、転職メディアの制作・編集・事業企画に携わる。2006年~2013年まで転職サイト「リクナビNEXT」編集長。2013年リクルートドクターズキャリア取締役などを経て、2014年ルーセントドアーズ株式会社を設立。「ミドル世代の方々のキャリアの可能性を最大化する」をテーマに、日本初の35歳以上専門の転職支援サービス「Career Release40」(→)を運営。
プロフィール
株式会社リクルート スタディサプリムックシリーズ編集長 金剛寺千鶴子さん
スタディサプリムックシリーズ編集長。1988年リクルートに新卒入社。宣伝、人事、採用関連メディアの商品企画・編集長を経て、2007年より現領域に異動。リクルート進学総研(→)と社会人領域メディアの編集を兼務。『スタディサプリ社会人大学院 2022年度版』(リクルートムック)が8月6日に発売
目次
「リカレント教育」は人生100年時代に向けた重要な国策の一つ
世界一の長寿国であり、「人生100年時代」と言われる日本。一方で、スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表する「デジタル競争ランキング2020」においては日本は27位と前年に比べて4ランクダウン、とくに「人材のデジタル・技術スキル」では63カ国中62位と低迷。ITニーズが拡大する中で、IT人材のひっ迫が目に見えている状況です。
加えてコロナ禍の影響もあり、我々を取り巻く社会情勢は大きく変化しています。この変化に対応するには、各々が継続的に学びを通じて能力やスキルを身につけることが重要視されています。
そこで、国を挙げて注力しているのが「リカレント教育」。例えば厚生労働省では、労働者や求職者のリカレント教育機会の充実を図り、文部科学省では教育機関における「リカレント教育プログラム」拡充支援などを行うことで、社会人の学び直しを後押ししています。
チャレンジしやすい「学び直し」の方法とは?
そして実際、「もっと知識を増やしたい」「新たな武器をつけたい」と学び直しに動くビジネスパーソンが増えています。
「社会人の学びを阻害する大きな要因は、時間とお金と距離だと言われています。コロナ禍による在宅勤務の拡大で時間に余裕が生まれ、かつICT(情報通信技術)環境が整ったことで学校に通わずともオンラインで学べるようになり、阻害要因の2つについて制約がなくなったことで、学びに関心を持ち実際に行動に移している社会人が増えています。社会人を受け入れている大学や大学院では、入学を検討するビジネスパーソンが増えていると聞きますし、私が携わっている学び系ムック本の売れ行きも非常に好調。『スタディサプリ~社会人大学院2021度版』は前年の約2倍、『スタディサプリ~通信制大学2021度版』は前年の約1.3倍の売れ行きとなっていて(いずれもリクルート刊)、学びに対するニーズの高まりを肌で感じます」(金剛寺さん)
学び直しには、社会人大学院や通信制大学のような高等教育機関での学習以外に、スクールやセミナー、書籍やアプリによる独学などさまざまな方法がありますが、独学の場合は高いモチベーションを維持しないと継続しにくいという難点も。そこで、教員や職員によるフォロー体制があり、同級生との交流やディスカッションなどフィードバックの機会がある社会人大学院や通信制大学が注目されています。
その中でも、忙しいビジネスパーソンでも比較的チャレンジしやすい方法としては、空いている時間に通信教育で学び、正規の大学の卒業資格も得られる「通信制大学」が挙げられます。さらには、期間も比較的短めで、かつ学びたいテーマだけを学べる方法として、「科目等履修制度」や「履修証明プログラム」といったものがあります。
金剛寺さんに、それぞれの特色やメリットについて具体的に解説してもらいました。
科目等履修制度
社会人に対して大学・大学院での学習機会を拡大させるために設けられた制度のこと。大学・大学院に正規入学せずとも、正規課程の科目をオンラインや対面授業で履修できる。科目数は1科目からOKというところが多く、興味があるテーマだけをピンポイントで学ぶことが可能。1科目履修したら、次の学期にもう1科目と、ピンポイント利用を続けてスキルアップを図ることもできるので、時間に制約のあるビジネスパーソンに剥いている。もし本格的に学びたいテーマが見つかり、正式に社会人大学院に入学することになった場合は、単位として認められる点もメリット。
履修証明プログラム
大学・大学院が、社会人を対象に一定のまとまった学習プログラムを開設し、その修了者に対して履修証明書を交付するというもの。プログラム全体の時間は60時間以上で、半年から1年程度のプログラムが一般的だが、対面授業とオンライン授業を組み合わせて3カ月程度の短期集中プログラムを設けているところもある。学びたい分野に関する知識が体系的に身につけられるので、「科目等履修では物足りないけれど、社会人大学院などへの正規入学はハードルが高い」と感じる社会人に向いている。履修証明が出るので、学んだことを履歴書でアピールすることも可能。
通信制大学
卒業すると学位を取得できる正規の大学ながら、テキスト学習やメディア学習など通信教育が中心で、時間の拘束が少ないのが特徴。出勤前や帰宅後、通勤途中などのすきま時間に学べるので、通学できない人や、限られた時間を有効に使いたい人などに向いている。一定のスクーリング(対面授業)の機会が設けられているところも多く、教授や同級生との交流機会を持ったり、実技を習得したりすることもできる。いわゆる筆記試験がなく、書類選考のみという大学がほとんどである点、学費が通学制の大学の約4分の1程度である点もメリット。
「知識をただインプットするだけでなく、仕事に活かしたいならば、他者からのフィードバックを得ることで知識をさらに深め、自身に定着させることが必要。オンライン学習や通信教育は、時間・空間を越えて自分のペースで学べる独学のメリットがある一方、モチベーションの維持が難しいという面も。一方、教員や学生仲間からフィードバックを受けたり、意見交換の機会が持てたりすると、学習を継続しやすくなるだけでなく、思考が深まり学修内容が自分のものとして定着するでしょう。仕事やキャリアのために学ぶ人は、知識の一方的なインプットに偏らない学習方法を選択してほしいと思います」(金剛寺さん)
学びをキャリアにつなげるには、「目的」に合った学びを選ぶこと
学び直しが注目される一方で、「せっかく学んだのに活かせない、キャリアアップにつながらない」という声も聞かれます。元「リクナビNEXT」編集長であり、現在は転職支援サービスを手掛ける黒田さんは、そんな現状に対し「学び直し自体が目的になってしまっている人が多すぎる」と指摘します。
「リカレント教育が注目されている理由はさまざまありますが、最も大きな理由は産業構造の変化によるもの。重厚長大系の業界は縮小し、黒字でも早期退職制度を導入して人員削減を行う企業が出る一方で、IT産業は拡大し、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進できる人材の受給は逼迫しています。このアンバランスさを解消するために、リカレント教育が推奨されているという側面があります。そして、重厚長大企業など斜陽業界に在籍し、『そろそろ自分にも火の粉が降りかかりそうだ』と危機感を覚えている人が、IT系など伸びている業界への転身を目指して学び直しに動いています。
ただ、『学び直し』自体を目的にしてしまっている人が多いのが問題。この分野を学んでおけば何らかの役に立つだろうという考えで学びに臨んだものの、その学びをうまくキャリアに結び付けられない…というケースを山ほど見ています。大事なのは、目的を先に考え、そしてそのために必要な学びは何かを考える、この順番を間違えないこと。学び直しはあくまで目的を叶えるための『手段』なのです」(黒田さん)
どんな業界であれば「食っていけそうか」を自分なりに考える
ただ、中には「何を目的にすればいいのかピンとこない」という人もいることでしょう。そんな人に対して、黒田さんは「向こう何十年、どんな世界でならば飯を食っていけるのか、自分の頭で考える作業が必要」と言います。
「例えば今30歳ならば、ほとんどの人はあと40年以上働く必要があります。向こう40年間、どんな業界のどんな仕事だったら需要がありそうかを自分なりに考えるべきだと思います。とはいえ、正確な未来予測なんて誰もできませんから、まずは日常で見聞きしているニュースなどをもとに、気楽にいくつかの選択肢を挙げてみましょう。難しく考えすぎず、『紙媒体はどんどん部数が減少しているけれど、ネットメディアはまだ成長しそうだ』とか『ラグジュアリーブランドが苦戦しているけれど、ファストファッションやECは伸びしろがありそうだ』などというレベルでOKです。
そしていくつか挙げた中から、自分が比較的興味を持てそうなものは何か、力を発揮できそうなものはどれかを考え、その業界の有名企業はどんな人材募集をしているのかチェックを。その中から自分の経験からできそうなもの、あるいは少し学べばできそうなものを選び、そこで活躍するための能力やスキルを強化する学びは何かを考え、挑戦しましょう。なお、自分で考え、学び、転職した結果、数年後に『やっぱり違っていた』と思っても、また同じことを繰り返せばいいだけのことです。何十年もずっと成長し続けることができる業界・仕事なんて、そもそもないのですから」(黒田さん)
なお、「安易に資格取得に動くのは最も損なやり方」と黒田さんは指摘しています。
「そもそも、資格があるだけで実務経験がない人を雇ってくれる企業などありません。何かに役立つだろうから…とMBAや税理士の資格を取る人がいますが、同じことを考える人は山ほどいるので、多くの場合はほぼキャリアには役に立ちません。繰り返しになりますが、人材の需給バランスが崩れている日本においてビジネスパーソンが取り組むべきは、産業構造はこれからどう変化するのだろう、その中で自分はどんなことができそうだろう、それをやるために必要なスキルは何だろう…と考えること。そして、そのスキルが足りないとか、もう少し強化しておきたいという場合に、学び直しを行う。何歳になってもこの順番で考え、行動し、学び直しを繰り返すことで、人生100年時代の中でも長く活躍し続けることができるはずです」(黒田さん)
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