イノベーションの源は「お客様の声」にある!「モノづくり×イノベーション×はたらく論」対談企画第2弾――日産自動車 VP/アライアンスグローバルダイレクター・吉澤隆氏×『リクナビNEXT』編集長・藤井 薫

変化のスピードが加速する時代、多くの企業が生き残りをかけて「イノベーション」の創出に力を入れています。同時に、未来の創発を生み出す、個人と組織の関係にも変化が起きつつあります。

「モノづくり×イノベーション×はたらく」をテーマとする本連載企画では、日本のメーカーにおいてイノベーションの現場の最前線で活躍する方々をゲストに迎え、『リクナビNEXT』編集長・藤井薫と対談。「イノベーションを生み出すために必要なものとは」「個の力と組織の力が響き合う鍵とは」について語ります。

第2回となる今回は、日産自動車で電子技術・システム技術開発本部の理事を務める吉澤隆さんです。

日産・吉澤氏とリクナビNEXT編集長・藤井薫 イノベーション対談

プロフィール

日産自動車株式会社
電子技術・システム技術開発本部 理事(VP/アライアンスグローバルダイレクター)

吉澤 隆氏(写真左)

1987年入社、主にボディー電子システム・部品開発に従事。1999年から2004年まで米国ミシガン州に駐在し、現地生産車両の開発業務。その後電子の品質プロセス構築を担当後、フランスルノー社とのアライアンス推進を担当。2013年から電子アーキテクチャ―開発部部長、2016年から電子技術・システム技術開発本部担当。

 

株式会社リクルートキャリア 『リクナビNEXT』編集長

藤井 薫(写真右)

1988年にリクルート入社後、人材事業の企画とメディアプロデュースに従事し、TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長などを歴任する。2007年からリクルート経営コンピタンス研究所に携わり、14年からリクルートワークス研究所Works兼務。2016年4月、リクナビNEXT編集長就任。リクルート経営コンピタンス研究所兼務。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)

「コンセプトメイク」に強い欧米、「実現力」に長けた日本

日産・吉澤氏とリクナビNEXT編集長・藤井薫 イノベーション対談風景1

藤井薫編集長(以下、藤井)吉澤さんはアメリカに駐在経験があり、フランスのルノー社とのアライアンス推進も手がけてこられたのですね。「イノベーションを起こす」という観点において、欧米企業と日本企業の違い、強み・弱みをどう感じていらっしゃいますか。

吉澤隆氏(以下、吉澤)欧米企業は、「ビジョンを描く」「コンセプトを創る」という工程が好きだし、得意だと感じます。新興の自動車メーカーであるアメリカのテスラ社にしても、デザインやビジネスモデルなど新しいことに取り組む力は、正直「すごいな」と思います。チャレンジに対して物怖じしない。やるべきことを決めたら突き進む。

その点でいえば、日本人は慎重ですよね。「やるべきだ」と思っても、それと同時に「本当にできるのか」を考える。まずは確実に実行できるプランを固めてから……となりますよね。でも、「一度決めたことを実行する力」は非常に強いと思います。日産自動車(以下、日産)の車の開発においても、「○年に量産を開始する」と決めたら、全員一丸となって成し遂げますから。

藤井「決めたことを守る」、確かに日本は徹底していますね。日本を訪れた外国人の方々は、電車が時刻通りに来ること、数分でも遅れるとお詫びのアナウンスが流れることに驚くようですし。あの精密機械製造で世界のトップを走るような国でも、公共交通では、電車が時刻通りに来ないと聞いたことがあります。

吉澤先日、ヨーロッパ出張時、ある国の高速鉄道に乗車しようとしたとき、予約していた号車が「なかった」んです。本来の編成の半分しか車両がない状態でホームに入ってきた(笑)。「とりあえず乗ってくれ」と言われ、混雑した車内で我慢するはめになりました。日本ではあり得ませんよね。

一般的にヨーロッパの高速鉄道網は、日本よりきめ細かいし、運営する仕組みが考え抜かれていて、新しい手法や技術の導入にも積極的。でも、実行できていない部分も多いように感じます。このように、アイデアが豊富でも完璧に実現しきれないことが、欧米ではあると感じています。その点、日本の「確実に仕上げる」実行力――コミットメントは強いと思いますね。

藤井それは「イノベーション」を起こしていくために、大きな競争力になる?

吉澤そうだと思います。ただ、「約束を守る」という価値観も大切ですが、状況が変われば臨機応変に対応していく姿勢は持つべきだと思います。「確実性」と「柔軟性」、それを両立させていくことが課題です。

藤井そうした面で、ルノーとのアライアンスにより、補完し合い、学び合う関係を築いているということでしょうか。

吉澤フランスの方々は、もともと議論が好きですね。将来を語る、戦略を議論する、コンセプトを固めるところに力を入れるし、イノベーションへの姿勢も強い。協業する中で、彼らの発想力や新しいアイデアを非常にリスペクトしています。一方、彼らから見ると、日産の「決めたことを時間内にやり切る力」は、すごいと思われていると思います。でも、ビジョンやコンセプトメイクにおいても、日本の企業が負けているとは思いませんし、まだまだ伸びしろがあると思います。

藤井リクルートキャリアでは、エンジニアの皆さんに集まっていただき自動車業界の勉強会を開催したことがあるんです。そのとき「ハンドルは丸いままでいいのか」「ここからコーヒーが出てきて走行中に飲めると便利」なんて話題で会場が盛り上がりました。CASEやMaaSといった言葉が飛び交い、100年の一度の変革期を迎えるといわれる自動車業界では、ビジョンやコンセプトを刷新する、まさにチャンスの時期だと感じます。

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とんがるだけがイノベーションじゃない。お客様の声に一つひとつ応えていく

日産・吉澤氏とリクナビNEXT編集長・藤井薫 イノベーション対談風景2
――日産は2019年、運転支援システム「プロパイロット2.0」を発表。高速道路でのハンズオフドライブ(手放し運転)を実現している。プロパイロット2.0を搭載し、10月に発売された日産スカイラインは、第40回 2019-2020 日本カー・オブ・ザ・イヤーのイノベーション部門賞を受賞した。

藤井「プロパイロット」の記事を拝見したところ、自動運転技術を積み重ねていく過程で、お客様からフィードバックを受けて次につなげていく流れが出来上がっているのだそうですね。

未来学者アルビン・トフラーは、著書『第三の波』で「プロシューマー(生産消費者)」という概念を示しました。生産者 (producer) と消費(consumer) を組み合わせた造語です。消費者はただ価値を消費するだけでなく、新しい未来を創るパートナー、プロデューサーでもあるということ。プロパイロットもそのようにして、ユーザーと一緒に進化させているということでしょうか。

吉澤そのとおりです。私たちのイノベーションは、とんがったことばかり考えているわけではなく、お客様にフォーカスすることが起点となっています。イノベーションとは、お客様に驚きと感動を感じていただきながら、それを一過性にしないために、常にお客様の声にしっかり耳を傾け続けることが大事だと思っています。

藤井ハンズオフドライブにおいては、ブレーキなどが「早すぎる・遅すぎる」「車間距離が気になる」といったフィードバックが入ってくる。

吉澤お客様は性能の良し悪しを、「自分で運転しているとき」との比較によって判断します。

例えば、ブレーキ。人間は前の車のブレーキランプが点いた時点で自分もブレーキを踏みますよね。一方、プロパイロットはブレーキランプに反応するのではなく、前の車が減速して車間距離が縮まったことに反応してブレーキをかける。お客様の感覚では「ブレーキのタイミングが遅い」という評価につながる場合があります。

渋滞時の道路での発進も同様です。人間は、自分の前にいる車より1台~2台前の車が動き始めたのを見て、アクセルを踏む準備(心構え)に入り、前の車が動いたら素早くアクセル動作に移ったりしますよね。プロパイロットは、目の前の車が動いて車間距離が開いたことをシステムが検知し、安全を確認し、発信します。それでは「発進が遅い」と感じられるお客様もいらっしゃる。

つまり、走行する上での「機能」には問題なくても、実際の「人間の感覚」に合わせていくことが重要なんです。スカイラインの最新モデルは、時速100kmのスピードでも手放しで走れるんですが、試乗されるお客様に「手を放してもいいですよ」と言っても、最初は「不安だ、怖い」と、ハンドルから手を放すことに躊躇される方もいると思います。だから、安心してもらい、信じてもらわなければならない。それが今、私たちが追求していることです。お客様に関心を持ち、お客様の反応を見ることで、次に取り組むべき課題をつかむ。そこにもイノベーションの芽があると考えています。

藤井作り手(サプライサイド)の初期仮説を、使い手(デマンドサイド)の実感値でリファインし、未来のかたちを共に造ってゆく。まさに「プロシューマー」との共創イノベーション。「技術ありき」ではなく、まず「お客様の声」ありき、と。声と言っても、単なる話し言葉だけでなく、使い手の表情や姿勢などの身体的なシグナルに見る「声なき声」も繊細な感性で取り込んでゆく。製造業の本質的な形とは「声造業」なのですね

吉澤これまでも当たり前に行ってきたことなんですよ。オートエアコンにしてもパワーウインドウにしても、お客様の声を聴きながら改善を積み重ねてきました。そこが、日本の自動車メーカーの強みだと信じています。

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失敗を許容し、多様性を活かす組織からイノベーションが生まれる

日産・吉澤氏とリクナビNEXT編集長・藤井薫 イノベーション対談風景3

藤井ここからは、日産のイノベーションを支える組織・個人にフォーカスして伺いたいと思います。イノベーションを生み出す組織・個人であるためのカギは、何だと思われますか?

吉澤一つは「外に目を向ける」ということ。特にエンジニアは、ともすると内向きになりがちです。日々の仕事の中では、上司から指示されたことをそのままやるだけ、という状態に陥りかねない。だからこそ、意識して外を見る。例えば、自分が設計しているものが、他の自動車メーカーではどのように設計されているのかを比較して、自身の仕事を客観視してみることが重要です。

藤井内田社長のスピーチをお聞きしましたが、「異論や反論が許される会社風土をつくっていきたい」というお言葉も印象的でした。

吉澤日産では、「できない」とは言わず、「できるようにするためにはどうするか」を考えることが推奨されてきましたし、皆、そういう発想です。でも、それが社員にとってプレッシャーになったり、本当にできないのにそれを隠されたりするようになってはいけない。だから、本音を吸い上げられる風土であろう、ということだと解釈しています。あと、「失敗しても怒られない」もセットになっていないといけませんね。失敗したくないと思うと萎縮してしまいますから。失敗しても許容される風土なら、「やってみよう」と声を上げられると思います。

藤井世界最大のITベンダーの会社では、成果を出した「アチーバー(達成者)」より「ラーナー(学習者)」を評価することに比重を移し、「失敗から何を学んだか」を共有するようになって、組織が活性化したのだそうです。やはり「学び」にフォーカスしていますか?

吉澤そうですね。もちろん、品質の悪い失敗製品をお客様に渡すのではなく、開発段階で多少失敗があっても、その経験を学びとして次につなげていけるような仕掛けは必要かなと思います。

藤井AI(人工知能)を使ったシミュレーションなどの手法も広がっていくと、低コストでテスト&ラーンを繰り返すことが可能になるのではないでしょうか。

吉澤それもイノベーションにおいて重要なポイントですね。日本中の道路を実際に走らなくてもシミュレーションテストをすることが可能になれば、失敗を恐れずにできるチャレンジが広がると思います。

藤井最近では、IT企業から自動車メーカーへ、電機メーカーからIT企業へ……など、分野をまたいだ転職が活発になっています。中途入社した「ニューカマー」「レイトカマー」が活躍できる環境はありますか。

吉澤もちろん、自動車業界の変革が進む中で、さまざまな方が活躍できる場が増えています。特にHMI(※)を設計する技術者を強く求めています。

(※)HMI=ヒューマンマシンインターフェース。人と機械が情報をやりとりするための手段。そのための装置やソフトウェアなど

例えば、先にも述べましたが、自動運転技術の開発においては、お客様に安心を感じていただくことがとても大事だと思っています。そのために、「車が周囲をちゃんと認知している」ということを伝えることや、お客様に動作を促すための「言葉や音声によるメッセージ」などがとても重要です。こうした視覚的・体感的な部分の設計は、従来の自動車エンジニアではなく、例えばゲームやアニメーションなどを作っていた人が得意とするところではないでしょうか。開発のやり方は違うかもしれませんが、そこに階層の上下はない。「早く一緒に開発しよう!」「お客様が欲しがっているものを一緒に生み出そう!」という感じですね。

ルノーとのアライアンスを組んでいる日産には、外国人メンバーも多く、「ダイバーシティ(多様性)」のカルチャーが根付いています。だからこそ、いろいろなバックグラウンド、価値観の人たちがお互いをリスペクトし、刺激を与え合いながら共創していける。そんなチャレンジをしたい人にとって、面白い環境だと思います。

藤井構想力の高いグローバルプレーヤーとの協業、プロシューマーとしてのエンドユーザーとの共創、コミットメントが高いハードウエアとしての実装力。多様な国、使い手、作り手、異業種からの転職者の声が交差する「声造業」には、大きな変革と挑戦の機会が溢れていると実感しました。自動運転の未来を創る業界の組織が、一人ひとりの心の声に従い「自ずと動ける」自由でワクワク職場になる未来が楽しみになりました。自動運転ならぬ自動職場。他車との距離だけでなく、上司との距離も心地よい「プロパイロット 職場版」の開発。日本先行発売も待ち望んでおります!

日産・吉澤氏とリクナビNEXT編集長・藤井薫 イノベーション対談風景4

WRITING 青木 典子 PHOTO 刑部 友康
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