30年間、1度も働いたことのない方に「こういう会社なら働けるかも」と言ってもらえた――「小さなエビ工場」に大逆転をもたらした“会社のルール”とは(第4回)

「働きたい日に、働きたい時間だけ働く」「何時に出勤、退勤してもOK」「無断欠勤OK。事前連絡はしてはいけない」「嫌いな作業をやるのも禁止」

この自由すぎるルールを導入したパプアニューギニア海産の工場長・武藤北斗さんにインタビューする連載企画。シリーズ最終回となる今回は、個人的な仕事観や今後の展望などに迫りました。

プロフィール

武藤 北斗(むとう・ほくと)

1975年、福岡県北九州市生まれ。水産加工会社「パプアニューギニア海産」工場長。芝浦工業大学金属工学科を卒業後、築地市場の荷受け業務を経て、父親が経営するパプアニューギニア海産に就職。2011年の東日本大震災で石巻にあった会社が津波により流され、福島第一原発事故の影響もあり、1週間の自宅避難生活を経て大阪へ移住。現在は大阪府茨木市の中央卸売市場内で会社の再建中。好きな時に働ける「フリースケジュール制」や「嫌いな作業はやってはいけない」などの独自の社内ルールを導入。2016年、武藤さんが朝日新聞に投書した自社の働き方に関する記事が掲載されるとtwitterで大きな話題となり注目される。著書に『生きる職場 小さなエビ工場の人を縛らない働き方』(イースト・プレス)がある。3児の父。
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安心・安全・正直にこだわり続ける

──武藤さん自身の働き方や仕事観について教えてください。

仕事とプライベートの境目はほとんどないですね。一応土日祝は出勤しなくていいことにはなっていますが、四六時中仕事のことを考えていますし、実際に仕事に関係することをしています。仕事はあくまでも生活の一部で人生のすべてではないですが、生きていくためにするものなので、誠実に取り組みたいし、自分の理念を生かしたいと思っています。

▲パプアニューギニア海産のこだわりが詰まった商品。会社のサイトからも購入できる(写真提供:パプアニューギニア海産)

──その理念とは?

僕らは食べ物を作っている会社なので、自分の子どもや家族に食べてもらいたいと思えるような安心・安全なものを、未来に残していけるような形で作っていくことを大事にしています。そのために、食品を作る過程にもこだわっています。エビは何と言っても鮮度が命。鮮度が悪くなると香りも食感も悪くなります。パプアニューギニア近海で獲った天然エビは船の上で急速凍結するのでエビ本来の味と鮮度を保ったまま、大阪の当社工場まで運ばれます。エビは鮮度が悪くなると殻が酸化して黒くなってきます。多くの会社ではそれを防止するため薬品を使っていますが、当社では鮮度優先で作業し薬品を一切使用しません。つまり、当社で扱っているのは天然で、船凍品で、無薬品という三拍子そろった最高級のエビなんです。

▲パプアニューギニアでのエビ漁の様子(写真提供:パプアニューギニア海産)

もう1つはお客様に対しても仕入先に対しても従業員に対しても、誰に対しても嘘をつかないで正直に、誠実にやっていくことを大事にしています。そういう姿勢を長年貫いてきたおかげで、今は皆さんから信頼を得ることができていい形になってきたと実感しています。

──会社として今後やりたいことは?

今はエビの加工業と、加工したエビなどを販売する小さなお店を営んでいるのですが、将来的にはうちのエビを使った料理を提供する飲食店などいろんな業態を立ち上げて、それら同士を繋げて、その中で従業員が行き来できるような、いろんなものが循環できる仕組みを作りたいと思っています。

規模は小さくてもいろんな業態があってうまく回せればおもしろいかなと。また、そういう仕組みを作って全部をバランスよく運営できれば、飲食店はフリースケジュールは不可能だと言われていますが、可能になると思うんですよ。単体ではできないこともいろんなものが繋がって一緒にやれば、できることも増えてくるので、それを実現したいんです。それができたらお客さんにうちの工場を見学してもらった後、買い物をしてもらったり、料理を食べてもらったりと、複合的に楽しんでもらえるのでいいですよね。

▲工場の対面にある販売店(写真提供:パプアニューギニア海産)

8,568通り、あなたはどのタイプ?

「働きたくても働けない人」といかに一緒に働くか

──他に今後の展望があれば教えてください。

当社は当たり前のことをやって、効率も業績も上がっちゃった。こういう前例ができたんだから、せめてもうちょっとうちのやり方を真似してくれる会社が出てきてくれたらうれしいなというのが僕の率直な願いなんです。うちみたいな会社が増えれば働きたくても働けない人が生きてくると思うので。

──どういうことですか?

今、日本では働き手不足が社会問題とされていますよね。確かに人口は減っていますが、働きたくても働けない人も相当数いて、彼らを活かしきれていないだけなんじゃないかと思うんですね。彼らを活かしきれる社会にすれば、今の人口でも働き手は足りると思うし、それを今からやっていかないと日本は発展も未来もなく、世界から取り残される気がするんですよ。

実際、当社には、30年以上1回も働いたことがないのですが「こういう会社なら働けるかも」と入ってきた男性のパートさんもいます。もう少しで入社半年なんですが、面談ではこの先も続けられそうだと言っています。また、先日は今の社会に生きづらさや働きづらさを感じている若者が見学に来てくれていろいろ話したんですが、意気投合しちゃって(笑)。彼らの話を聞いてると感覚的には僕の考えていることと同じなんですよ。うちがやってるフリースケジュール制や、嫌いな作業はやってはいけないというルールや、会社で飲み会を一切やらないということは、彼らが求めていることそのものだったわけです。それと、昨年は特別支援学校の職場体験実習を受け入れて、知的障害のある高校生に2週間、うちの工場で働いてもらいました。

つまり、働き方を変えたことによって効率・業績が上がった当社が次に目指しているのが、社会の中で生きづらさや障害をもっている人とどうやって一緒に働いたり生活していくかということなんです。他人がどうこうじゃなくて自分がどうするんだということだけを考えて実践していると、一緒に働く人が障害をもっているかどうかなんてどうでもよくなるんですよ。今、日本には何らかの障害をもっている人は700万人以上いるそうですが、彼らがちゃんと働けているとは思えないし、働いている人でも心地よく働けていないという話もよく聞きます。

障害をもっているといわれている人たちが偏見の目で見られてることに対して違和感がすごくあって。彼らを遠ざけたり隔離したりしようとすればするほど、そうしている本人さえも苦しんでるような気がするんです。自分から生きづらい世の中にしているような。それは以前、うちの会社の中で自分の地位を守ろうとして他人にプレッシャーを与えていたパートの人たちと似てるような気がします。

職場って社会の縮図だと思うし、会社の中でもいじめは横行しています。それがなくならなければ子どもの世界でのいじめもなくならない。だから大人が障害をもっている人たちと一緒に働いて生活する社会にしなければならない。そういうことをすごく考えるようになりました。だから僕らの会社は小さいので、法的には障害者を雇用しなくてもいいのですが、ゆくゆくは障害をもった人を雇用したいんですよね。働き方を考えていった最終到達地点がここだというのはとても意味があることだと思っています。

──武藤さんの「とにかく争いをなくす」という経営哲学は世界平和に繋がるんじゃないかなと思うんですよね。御社みたいな会社が増えると会社が、地域が、国が平和に、最終的には世界が平和になるんじゃないかと思います。

確かにそこは意識してます。自分の会社だけがよくなればいいとは考えていません。僕らの会社の人数が増えてもたかが知れてますからね。そうじゃなくてこういう考え方や目指しているものを共有する会社が増えていけばいいなとずっと思っています。だからやるべきことは僕らの会社が大きくなるというよりも、このやり方を継続することなんだろうなと。規模は小さくてもいいので、こういう考え方で実行することがちゃんと利益に繋がるというモデルケースになることの方が重要な気がしています。これを何十年も継続していくと本当に日本が変わる時に力になれる気がしているので、あんまり焦らずに淡々と継続していきたいですね。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

後ろに下がってもいいからとにかく動き続ける


──若手ビジネスパーソンへ伝えたいことがあればお願いします。

死ぬ時に後悔しないために、その時々で納得のいく判断をしていった方がいいよということですかね。周りの人の意見を聞いて参考にするのはいいんですが、自分の人生だからまず自分がいいと思ったことをやってみればいいと思うし、一歩でも今とは違う場所に行くことが大事だと思っています。

それは一歩下がるのでもいいんですよ。日本人は下がることをマイナスに捉えがちですが、僕は一歩前に出ることも、一歩下がることもあんまり変わらないと思うんです。とにかく動いていることが重要で、両方同じ価値ある一歩なので。というより、もしかしたら下がることをいつも意識していることが重要なのかもしれない。下がることって僕にとってはプラスなんです。現場との意思疎通さえしっかりできていれば、世間から反対されるようなかなり無茶なことにチャレンジしたり、マイナスだと思われても実行したりしますが、そうすることで気づくことや得るものが多いし、ダメだったらまた戻って変えればいいだけなので。僕は全部そんな感じです。こうやったらうまくいくかなと考えて、いけそうならちょっとやってみて、ダメだったらすぐやめる。トライ&エラー。何かをやったら何かはわかるので、実験しているみたいですごく楽しいですよ。

実際、僕の言うことややることは時間とともにころころ変わります。180度変わっていることも珍しくありません。僕はそれでいいと思っています。多くの人は言動が以前と変わっちゃいけないということに囚われすぎなんですよね。そうじゃなくてそもそも人間は変わるものだし、考え方が変わったら変わったんだとはっきり言えばいいし、間違っていたらごめんなさいと言えばいい。

いずれにせよ一番ダメなのがずっと立ち止まって考えるだけで何にもしないことですよね。長い間何にも起きないのは平坦でつまらないし。

──確かにパートさんとの関わり方など、石巻時代とは真逆ですよね。

そうなんですよ。あれだけパートさんを信頼していなかった僕がこれだけ180度変われたんだから誰でも変われる可能性がある。変わって、人を信頼して大切にして働き方をきちんと整えれば、効率や業績などは絶対ついてきます。だから下がることを恐れずにどんどん動いていけばいいと思います。

文:山下久猛  撮影:山本仁志(フォトスタジオヒラオカ)
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