「人の3倍難しいことができなければ、この難局は乗り切れない」――“魔法のフライパン”の開発に賭けた錦見鋳造株式会社・錦見泰郎氏

日本の鋳物産業は、自動車や機械業界などに、多くの部材の供給。高品質で低コスト製品の安定供給に努め、これらの産業の国際競争力の維持に大きく貢献してきました。鋳物産業界は、このように重要な役割を担いながらも、そのほとんどが中小企業で構成され、経営基盤は極めて弱いといわれています。さらに原材料である銑鉄、スクラップの不足や高騰の影響を受けています。鋳物産業を取り巻く環境は、急激に変化してきました。そのような中で、2001年に「魔法のフライパン」と呼ばれる自社商品の開発に成功した三重県桑名郡木曽岬町にある錦見鋳造株式会社。代表取締役の錦見泰郎氏に「なぜ魔法のフライパンが生まれたのか」「ヒットを続ける要因は」「今後の事業展開」などについて話を聞きました。

プロフィール

錦見泰郎(にしきみ・やすお) 錦見鋳造株式会社 代表取締役

1960年生まれ。1960年創業の錦見鋳造2代目として自動車などの鋳物部品をつくってきた。当時は社長が父親で職人は5人。しかし、日本の鋳物産業は衰退の一途をたどっている。そのような時期に父親から事業を引き継ぎ代表取締役に就任した。

“バブル崩壊”と“食いしん坊”が「魔法のフライパン」開発のきっかけ

社長を引き継ぐと間もなく、バブルが崩壊し、取引先からの値下げ要求がありました。受け入れられないと、どうなるのですかと尋ねたところ、取引先にいわれた「君の代わりはいくらでもいる」という言葉が……。そのときのことは今でも忘れられません。しかし、当然値下げ要求を受け入れることはできません。

このとき、このままでは経営が行き詰まると真剣に悩みました。そこで出した答えが自社商品を持つことでした。下請け企業の厳しさを実感し、鋳物産業はこのままでは衰退してしまう。新商品開発こそが、バブル崩壊による新しい時代を生き抜く、方法ではないのか……。ベストではないかもしれないが、よりベターな選択だと考えました。体力勝負や価格競争ではなく、独自の技術を磨くこと、つまり、独自の技術で新商品を開発することでした。

なぜフライパンだったのか、フライパンをつくろうと考えた理由は意外に単純なことがきっかけでした。それは私が「食いしん坊」だったこと。食べることが大好きだったからです。鋳物とは、溶かした金属を型に流し込み、凝固させ型から取り出して作った金属製品のことです。複雑な形状のものを一体で形づくることができるのが特徴です。これまで50年以上にわたり培ってきた精密鋳造技術を生かすことで、世界初の薄い鉄鋳物のフライパンが作れるのではないかと感じたのです。思いついたら即行動、さっそくフライパンづくりに着手したのでした。

従来からある鉄製のフライパンはとにかく重い。これではプロでないとなかなか使いこなせません。それだったら鋳造の利点を生かし、薄くて軽く、一般家庭でも使いやすいフライパンに挑戦しよう、ということで実際に作り始めました。当時、板厚が4~5mmが常識だったものを常識破りの1/3の厚さ、1.5mmにしようと自ら高いハードルを設定しました。私は「人の3倍難しいことができなければ、いまの難局は乗り切れない」と考えをモットーとしており、今回のような難局を何としても乗り越えてやるという意気込みが強かったからです。

魔法のフライパンの原料は鉄、炭素、ケイ素。1500度の熱で溶かしてつくっています。鉄鋳物を丈夫にするために炭酸素を入れるのですが、入れ過ぎるともろくなってしまいます。どの程度炭酸素を入れることで、より丈夫なフランパンに近づけるか、来る日も来る日も研究を続けました。

試行錯誤の繰り返し、失敗が続きました。しかし、あるとき偶然、炭酸素の量ではなく、原料そのものの配合を間違えたことが完成への大きなターニングポイントでした。間違ったことで急にフライパンの出来がよくなったのです。絶妙な配合を見つけ出したことで、薄くて丈夫な鉄鋳物のフライパンを実現しました。この配合は私しか知らない企業秘密です。ついに2001年「魔法のフライパン」が完成。厚さ1.5mm、重さ980グラム、薄いのに「熱伝導率が高い」という誰もがつくったことのない理想のフライパン。開発スタートから10年もの歳月が流れていました。

「魔法のフライパン」ができるまで

▲鉄の溶け具合を確認

▲鉄を鋳型に流し込む

▲一つひとつ手作業で磨きをかける

▲間もなくフライパンの完成です

「フライパンを売る」という新たな課題

社内には職人しかいません。営業は私が自ら行うしかありませんでした。

「一流シェフから高い評価を得られればほかにもきっと売り込みやすいだろう」と考え、最初は宮中晩餐会などで料理を担当するホテルのシェフにプライパンを持ち込みました。そんなとき、1人のシェフが、フライパンに興味を持ってくれました。そして実際に仕事をするときに使ってくれることになりました。

実際に使っていただくことができ、そのシェフから高い評価をいただくことができました。努力が報われた。本当にうれしく、そのときのことは今でも忘れられません。実際に使い心地がいいのかという面ではまだ実績がなく、実は最後まで確信が持てていませんでした。しかし、プロのシェフからのお墨付きをもらったことで「自信から確信」に変わりました。

その後、販路拡大に向けて販売店への営業をかけました。まず目をつけたのが東急ハンズ。良品を数多く取り揃える東急ハンズに買い物に来るお客さまの目が肥えていて、きっとこのフライパンも受け入れてくれるはずだ、と考えたからでした。

実際に営業で訪問すると、最初は担当者の方も乗り気ではありませんでした。けんもほろろに返されることもありましたが、シェフからも認められた高品質のフライパンだからテスト販売をさせてほしいと、通い詰め、東急ハンズのある店舗で試験的に「魔法のフライパン」を陳列していただけることになったのです。するとあっという間に完売し追加注文をいただくことに。今では東急ハンズの全店舗で取り扱っていただけるようになりました。これがきっかけとなり、テレビや雑誌などで「魔法のフライパン」が取り上げられることが増え、一時は注文から納品まで1年待ちとお客様にご迷惑をおかけすることもありました。現在も2カ月程度お待ちいただいている状況です。

「魔法のフライパン」がヒット商品となった背景には、いくつかの要因があります。薄くて軽いことはもちろん、熱しやすく冷めにくい、食材のうまみ成分を逃がさず、前面に均等に焼き目がつくので、料理の出来上がりに差がつきます。また、耐久性、熱伝導率の良さは科学的な調査で実証されています。使えば使うほど油がなじみ焦げつきにくくなるので、一生ものとして使うことができます。料理をおいしくするということが価値となり、お客様の支持をいただいたと考えています。手に入るまで多少待つことになっても使いたいと思われる商品だと自負しています。

世界市場、新製品開発。まだまだ進化を続ける

工場を増築するなど、設備や環境への投資は常に行ってきましたが、現在魔法のフライパンは1日100個の生産が限度です。自動化は無理な生産工程なので、一人ひとりの社員が、毎日一生懸命フライパンづくりに取り組んでします。もちろん、設備投資にかかる費用の問題もありますが、自信をもって出荷できるひとつ一つのフライパンをつくるために、手作業は欠かせません。

そのためにも、社員が働きやすい環境の整備に努めています。完全週休2日、勤務時間は8時から17時15分。残業や休日出勤はありません。居心地がいいのか、ここ6、7年辞めた社員はいません。アットホームな会社です。自分自身の性格だと思いますが、「気合い」「根性」という言葉が嫌いです。大切なことは「道理で考えること」といつも社員にいっています。もっともっと社員にも挑戦できる環境をつくっていきたいと思います。

また数年前から、国内のみならず、海外市場も積極的に開拓しています。この11月に上海で開催される国際日本市への出店も決まっていますし、中国ほか、フランス、フランクフルト、シカゴなどでもイベントに出展してきました。海外でも高品質、日本発の「魔法のフライパン」が評価されています。

もちろん、次の「魔法のフライパン」づくりにも取り組んでします。現状よりさらに20%薄く、板厚1.2%にして、さらなる高品質化をめざしています。詳細はまだお話しすることはできませんが、新商品として鋳物製の玉子焼き器の開発を急いでいます。今後もあきらめずに挑戦を続けます。

文:種村俊幸  撮影:KiiT

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