生産性向上を掲げる企業は増えていますが、作業効率化など規模の小さな取り組みとなっているケースも少なくありません。こうした取り組みが本当に日本の生産性向上、ひいては人々の幸せな働き方につながるのでしょうか?
クラウドサービスを提供し、米国Microsoft社の認定パートナー企業で、日本で最優秀の実績を挙げた企業としても表彰された、株式会社FIXER(フィクサー)の代表取締役社長・松岡清一さんは、日本における生産性向上のポイントは「勝てないビジネスからの脱却」にあると指摘します。さまざまな企業・自治体のIT化を支える同社が唱える生産性向上の根本的な解決策、一人ひとりが幸せに働く方法を聞きました。
▲株式会社FIXER(フィクサー) 代表取締役社長・松岡清一さん
日本の生産性水準が低い本当の理由
―さまざまな生産性向上論を耳にしますが、松岡さんは新たな視点からの生産性向上を訴えていると聞きました。どういうことでしょうか?
松岡 一般に言われている生産性向上論には、大きな誤りがあると考えています。生産性を高めるための作業効率化や人材育成をしても、ほとんどの企業では仕事量が減っていませんよね。生産性が上がらない本当の理由は社員が怠けているからではなく、企業が勝てない領域でビジネスを続けていることにあるんです。米国を中心に、世界のビジネスはプロダクトアウト型の製造業からITを主役にしたサービス業にシフトしているのに、日本企業の多くは、新しい価値を創造できずにいると思います。その状況を無視して、現場に突然、「生産性向上!」を押し付けられても、それは経営の無責任を現場におしつけているとさえ言えます。
このことは、世界トップクラスの労働生産性を誇るルクセンブルクを見ると明らかです。かつてルクセンブルクは鉄鋼業などのものづくり産業が盛んな国でした。しかし、鉄鋼業の生産性は下がってしまった。そこで、ものづくり産業の成功体験を潔く捨て、利益率の高い金融やITへと産業の中心をシフトし、今の高い生産性を実現したのです。一方で日本は、この「製造業の成功体験」からなかなか抜け出せない。仕事の質の測り方も工場生産の時給換算のままなことが多く、無形のITや仕事の中身の価値を評価する仕組みがないため、いまだに長く働く人が評価される現状があります。
私が考える生産性向上とは、利益率を上げることです。そして、利益率の高いビジネスは、価値の高い情報・データが流通する仕組みを作ることです。GoogleやAppleも、ITによってサービスをデザインし、モノではなく情報が流通する仕組みをブランド化して利益を上げています。そのことをもっと多くの日本企業の経営者に気づいてもらって、みんなで勝てるビジネスにシフトしていくべきだと私は考えています。
―生産性向上として現在行われている施策は、現場レベルのものが多く、社員を疲弊させてしまうケースがあります。残業削減が結果的に持ち帰り残業を増やした、などは代表的です。社員はどうすればよいのでしょうか?
松岡 間違った生産性向上論に巻き込まれないためには、社員は生産性が上がると自分にどんなメリットがあるのかを上司に直接聞き、自分で考えることが必要です。本来、会社として生産性を上げるというのは、社員の一人あたりの利益も高めることなんですよ。生産性が上がって利益が出れば社員に給料を多く払うことができますし、希望する人には能力開発のために投資することもできます。
仮に上司がはっきりと答えられず、「Aさんが言っていたから」などと答えたとしたら、その二次情報で納得せずに、一次情報を探して取りに行くべきです。その上で、やはり自分で考えることが大事。誰が言っているかではなく、何が正しいのかをもっと突き詰めて議論するといいでしょう。
「利益=人気」全社員が利益を高める働き方
―FIXERの場合、生産性を上げるためにどのような取り組みをしていますか?
松岡 情報やデータに価値を乗せて勝負しないといけない時代において、ITを核に事業をしているのが大前提です。その上で、利益を上げられる人材を育て、利益を上げれば適正に評価される仕組みを日々進化させる努力をしています。利益が可視化されにくい人事や経理などバックオフィスの社員も含めて“利益で評価”されるようにしているんです。たとえば、人事担当者は自分が採用した人が利益を上げると評価される。このように部門ごとにKPIを設定し、利益を数値で管理できるようにしました。もちろん、利益を上げた社員にはボーナスに反映する形できちんと還元しています。
―もし外的要因で利益が上がらなかった場合は、どうなるのでしょうか?
松岡 利益に外的要因が絡むのは事実です。でも、それを一番の言い訳にしてしまって内的要因の分析ができていないのであれば、その人には成長を促す必要がありますね。パフォーマンスが高い社員は外的要因の報告はしても、それを言い訳にはしないものです。
最終的には本人が自分の問題に気づくしかないのですが、会社としてはその人に“気づき”を与えられるような機会を設けて、成長の余地をデザインすることが役割だと考えています。あるプロジェクトで失敗したなら、それより少し難易度を下げた仕事を与えて成功させ、次にまた難易度を上げて挑戦させる。このような社員の生産性を高める取り組みには、当然マネージャー側の能力も求められます。
―生産性の高い社員は、実際にどのような働きをしていますか?
松岡 生産性が高いのは、上司に言われたからではなく、お客様のために課題を解決できている社員ですね。そういった社員はお客様に褒められるし、愛される。当社のビジネスはBtoBですが、お客様の先にはさらにエンドユーザーがいます。ですから社員には、誰に喜ばれるのかまで自分で考えて行動し、きちんと結果を出すことを求めています。そうすることで、当社で働く人が社会から評価され、幸せを感じられる状況を実現できると考えています。
生産性を高めて利益を上げるのは、会社が儲けたいからだと思われる人もいるかもしれません。私が考える利益とは、つまるところ“人気”なんです。お客様から人気がある社員は利益を上げられます。社員の人気が高まれば、会社の利益が上がっていく。私が経営者として社員に機会を与え続けるのは、言い換えると人気を高めて幸せになってほしいからなんです。
生産性向上の先に目指す、日本の未来
―どうして松岡さんは、ここまで深く生産性向上に取り組まれているのでしょうか?
松岡 創業の想いがずっと変わらず自分の考えに影響しているように思います。創業前からクラウドの時代が来ることを予想していたので、社会の生産性を高めて社員を幸せにするには、この新たな技術を取り入れて変わっていくべきだと考えたのです。残念ながら当時はほとんど理解してはもらえませんでしたが……。その時の「自分たちが自分たちのやり方で、未来を指し示してみせる!」という決意が今につながっています。
―生産性を上げることで、どのような未来が拓けていくのでしょうか?
松岡 今の私たちが最初にすべきなのは、人口減少という食い止められない事実に対して、日本人らしい努力や知恵で世界にお手本を示すことだと思っています。それにはやはり、生産性を高めることです。日本の良さを発揮して国全体の生産性を高めていく方法の一つは、日本人の繊細な感性と勤勉な態度を最新のテクノロジーに具現化して輸出していくことではないでしょうか。
たとえば世界的に売れている製品であっても、要求の高い日本企業のニーズにすべてフィットしているわけではありません。そこに、日本人が考える日本企業向けのサービスを価値として付加できれば、さらに価値を高めることができると考えています。こういった「グローバルサービスに価値をアドオンしている」という評価のされ方をしている日本のサービスって、まだないと思うんですよ。日本人らしい繊細さがサービスにのって輸出されたときに、世界から「やっぱり日本って、いいね」と言われる。それが、日本企業の価値の出し方のひとつの具体的な方法だと思います。自分たちにしかできない事を、自分たちの意志で堂々とやり、それが世界で評価される。そういった未来が実現できるところまでやっていきたいですね。