腹部に貼るだけで便や尿の排泄タイミングがわかる排泄予知デバイス「DFree(ディーフリー)」をご存じだろうか?超音波センサーが膀胱、大腸などの動きを捉え、「10分後に便意や尿意が来る」と予測、スマホに通知する。今年4月にクラウドファンディングで予約販売を行ったことで話題を集めた。来年4月には出荷開始予定だ。
そもそもなぜ、このようなデバイスが生まれたのか?開発を手掛けるベンチャー、トリプル・ダブリュー・ジャパンの中西敦士さんによると「自らの粗相体験」がきっかけになったという――
トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社 代表取締役
中西敦士さん
コンサルティング会社勤務後、海外青年協力隊の一員としてフィリピンに2年間赴任。その後、ビジネスを学ぶために渡米するが、留学中のある日に「粗相」を経験したことを機に「排泄タイミングを予知できるデバイス」の開発を思いつく。2015年2月に会社設立、来年4月に「DFree」出荷開始予定。
目次
引っ越し最中の悪夢に茫然。「家を出る前に、便意に気付けていれば…」
事件は2013年9月、米サンフランシスコ近郊のバークレー留学中に起こった。
この日、新たなホームステイ先へと引っ越しをしていた中西さん。それまでの住居から徒歩30分の距離だったため、「車を借りるほどでもない」と自ら荷物を抱えて何往復かするという方法を取った。今となってはそれが不運の始まりだった。
1往復目に洋服を全て運び終え、2往復目。ちょうど半分の距離まで来た時に、「強烈にもよおしてしまった」という。
「引っ越し前に冷蔵庫を空にしたくて、前日の夜に残り物を全てぶち込んで鍋をしたんです。たまたまあったキムチや唐辛子なども全部入れたら、激辛鍋になってしまいました。おかげでお酒も進んでしまいましたし…お腹が緩くなる条件は整っていました」
近くに公衆トイレはなく、日本とは違いトイレを貸してくれるような店もない。「ここは突き進むしかない」と引っ越し先に向かったものの、とうとう限界が訪れた。
「一瞬、頭が真っ白になりました。これからいったい、どうすればいいんだと。このまま引っ越し先に行っても、ホームステイ先のお母さんに追い返されるだろう。でも、戻ってももう服はない。しばらく右往左往して、結局元の家に戻り、隣に住んでいた友人に『何も聞かずにズボンを貸してくれ』とお願いしました」
そのとき中西さんは、「せめて家を出る前に、『便意が来る』ことを知ることができていれば…」と悔しく思ったのだという。また、この運の悪い出来事に深く傷つくとともに、「粗相は人間の尊厳の問題だ」と気付かされた。
超音波で胎児が見られるなら、便も見られるのでは?――素人発想が現実のものに
そんなとき、日本のニュースサイトで「大人用のオムツの市場規模が赤ちゃん用を上回る」というニュースを目にする。「排泄について困っている人は多い。もし○分後に便意や尿意が来るとわかれば、喜ぶ人はきっと多いのではないか?」と考えた。
「超音波で妊婦さんの胎児の様子を見たりしますよね?ならばウ○コも見られるんじゃないの?と思いつきました。私は商学部出身で理系の知識はゼロ、超素人発想でしたが、兄が医者なので試しに聞いてみたら、『超音波で大腸の様子を見て、便秘の具合を診断したことがある』とのこと。原理的には実現可能であることがわかり、まずは試作機を作ってみようと思い立ちました」
インターン先のベンチャーキャピタリストにアイディアを話したところ「行けるのではないか」と背中を押され、現地で知り合った電子回路設計を専門とする日本人エンジニアを巻き込み、2014年7月に試作に着手した。
「私としては、一刻も早くプロトタイプを作りたかったのですが、エンジニアの彼は本職のかたわら手伝ってくれている状態。全くのゼロからの開発であるため試行錯誤も多く、なかなか前に進みませんでした。そこで、精密機器メーカーのエンジニアを経て英国に留学していた中学高校時代の友人に連絡を取り、『手伝ってほしい』とスカイプでお願いしました。ちょうど彼は就職希望先の国際機関の選考に落ちたところで、これからの進路に迷っていたタイミング。運よく(?)仲間に引き込むことができたんです」
排泄に関する研究データが少なく、自分の体で実験を繰り返す日々
一方で、「排泄」に関する研究データが予想外に少ないことに驚かされたという。関連しそうな論文を調べてみても、ほとんど出てこない。直腸に便が入ったら何分後に便意をもよおすのか、などというデータはもちろんなかった。当然、自分の体で実験することになる。
「便が小腸、大腸へと進み、肛門直前の大腸である“直腸”部に入ったときに肛門に圧力がかかり、それが便意へとつながります。直腸の膨らみを超音波で拾うことができれば便意を予測できると判断、超音波を発信するデバイスをお腹に貼れば、変化の兆しをつかめると考えました。その後は、試作機を作っては自分のお腹に貼り、何分後に出たかのデータをひたすら取る日々が続きましたね」
2015年2月に帰国し、さらに本格的に開発を進めた。実は超音波の医療機器を世界で初めて開発したのは日本企業。ノウハウもあり、材料も安くて豊富なのだという。
「DFree」には、超音波センサー、電池、スマホにデータを飛ばすBLE(Bluetooth Low Energy)が内蔵されている。小型化が進んだ日本製の部品などを使い、解析を簡便化することで、名刺サイズのほぼ半分にまで小型化することができた。
同時に、国内の医療機関や研究機関などを回り、さまざまな意見をもらった。どの先生も「その発想はなかった!」と興味を持ち、アドバイスをくれたという。今年4月に行ったクラウドファンディングによる予約販売には、「研究で使いたい」という大学病院からの応募もあったという。
「それぐらい、排泄そのものの研究は『未開の地』。確かに、ウ○コが漏れても死にはしない。でも、死ぬほど恥ずかしいことだし、人としての尊厳にもかかわる。自分たちが漏れを止めるために尽力しなければ、と気持ちを新たにしました」
▲これが「DFree」だ!名刺半分のサイズで、お腹に貼り付けて使用する
人としての尊厳が守られる未来を、この手で実現したい
現在は来年4月の発売に向けて、まずは尿意を予測する機器について最終準備中だ。大手SI事業者と組み、介護施設の協力を得て、ネットワーク環境を整えた環境下でデモを行い、検証する予定。高齢者のおむつ替えのタイミングのお知らせや、トイレ誘導などに役立てられればと考えている。
同時に排便アラートの精度も上げていく。特に軟便の場合に、より手前の段階で変化を捉えられないか、研究中だ。
初めは中西さんが、「ある意味、自分のために」作り始めた「DFree」だが、開発を進める過程で排泄に悩む人の多さ、その深刻さに触れ、使命感が生まれたという。
「世界では、高齢者を始め5億人以上の人が排泄に何らかの悩みを抱えているといいます。過敏性腸症候群でトイレのタイミングにいつも困っている人や、更年期で尿失禁に悩む女性も多いですし、便秘がひどく『排便タイミングを確実につかんで排泄したい』と考える人も相当数に上ります。脊髄損傷により便意を感じない人の悩みも伺いました。いつ出るか自分ではわからずニオイで気付くのが辛い、長時間外出する際は絶食して臨む、などの声が心に突き刺さりました。今は、困っている方々の助けになりたい、いち早くこの『DFree』を届けて安心してもらいたいとの一心で突き進んでいます」
目指すのは、世界中の誰もが「漏らさないで済む」、人としての尊厳が守られる未来。それに向かって今日も中西さんは「DFree」を装着し、排泄と向き合い続けている。
EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭