【あの有名企業の異分野進出】音響メーカーのオーディオテクニカが「寿司」で成功した理由

 ヘッドホンやイヤホンなどオーディオ周辺機器メーカーとして知られる、オーディオテクニカ。「音響」のイメージが強い同社が、「寿司ロボット」を手掛けていることをご存じだろうか?寿司の「シャリ玉」を自動で作る機械で、スーパーなどの持ち帰り寿司や、宅配寿司、回転寿司などに使われており、現在なんと世界第2位のシェア(オーディオテクニカ調べ)を持つというのだ。

 一体いつ、どんなキッカケで、全くの異分野である「寿司」に進出したのだろうか?東京・町田市にあるオーディオテクニカ本社を訪ねた。

■レコードがなくなる!?80年代の経営危機を、社員のアイディアが救った

 同社の創業は、1962年。当時の主要事業はレコードプレーヤー用のカートリッジの製造・販売だった。カートリッジとは、レコード針が拾ったレコード表面の溝の振幅を、電気信号に変える装置を収めたものだ。その後、ヘッドホン、マイクロホンなど、オーディオ周辺機器にも領域を広げた。
 しかし、1982年にCDが発売されたのを機に、「オーディオはアナログからデジタルに移行する」と判断、新たなビジネスチャンスを見出すため、オーディオ以外の領域への進出を模索し始めたという。その時に生まれたのが、このシャリ玉を作る機械。実は同社で30年もの歴史を持つ事業だったのだ。

 詳しく紹介してくれたのは、特機部特機営業課の斎藤隆志さんと、技術課の中平陽子さん。特機部は、業務用シャリ玉製造機「すしメーカー」や、業務用の酢合わせ機「シャリメーカー」などを扱う部門で、斎藤さんは技術営業として、中平さんは技術者として、食品加工機械全般に携わっている。

 実際に「すしメーカー」を見せてもらった。ご飯の投入口に酢飯を入れると、かくはん装置が酢飯に空気を含ませ、その後、シャリ玉の「型」で形が整えられ、ローラーを経て受け皿にシャリ玉が一つひとつ置かれていく。この、シャリ玉が置かれていくテーブルが、ちょっとレコードのターンテーブルに似ている気がするが…いくら新たな事業に進出するといっても、「オーディオ」から「寿司」というのは、あまりに一足飛びな気がするが…なぜ、寿司だったのか?

「オーディオ分野において、アナログからデジタル化への移行が始まり、今後の経営基盤が危惧された1980年前半に、社内で新規事業アイディアを募るコンテストが行われたのがきっかけです。当時、売り上げの8割を占めていたカートリッジの先行きが危ういということから、多くの社員が危機感を持って臨み、従来の事業領域や技術領域にとどまらない自由なアイディアがさまざま集まりました。その中から、いくつかビジネス化されたうちの一つが、このシャリ玉成型機だったんです」(斎藤さん)

■家庭用が爆発的ヒット!その後、業務用に方向転換し世界にも普及

 当初は「家庭用」として、バラエティーショップなどで販売された。プラスチック製の容器にシャリを入れ、ハンドルをぐるぐる回すとシャリがぽとっと落ちてくるという簡易的な作りだが、当時は今のように回転寿司が普及しておらず、寿司と言えば「ハレの日に食べるごちそう」。自宅で簡単にシャリ玉が作れることがウケて、爆発的に売れたという。

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▲これが初号機の家庭用すしメーカー「にぎりっこ」だ!酢飯がローラーを経て落ちてくる作りは、現在でも踏襲されている。なお、当時はTVCMも放送しており、イメージキャラクターはケント・デリカットだった

「しかし、こういうものは皆さん一度使うと満足されてしまうようで、1年程度でパタっと売れなくなってしまいました。そんなとき、食品器具などの問屋街であるかっぱ橋の方から、『業務用で出してみては?』と提案されたんです」(斎藤さん)

 そこで本格的に技術者が動いた。プラスチックの小型機械を、大型のステンレス製に変え、手動のハンドルにモーターを付けて自動で回せるように。オーディオテクニカでは、創業当初から、製品を作るための“製造ライン”を自社で製作しているが、その製造ラインの技術ノウハウが活かされたという。

 業務用の発売開始は、1987年。初めは細々と売れていたが、1991年のバブル崩壊を機に一気に全国に普及した。不景気により低価格の持ち帰り寿司や回転寿司が人気を集めたほか、人件費節減による外食産業の機械化が追い風となったという。その後、「シャリのほどよいふわっと感」の実現や、分解し洗いやすい形状への改良が重ねられ、今に至っているという。昨今の海外での寿司ブームや日本食ブームに乗り、現在では世界約50カ国で同社の「すしメーカー」が使われているという。

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▲現在の「すしメーカー」。シャリ玉の受け皿がレコードのターンテーブルに似ているのは、「メイン事業は音響関連機器なので、あえてそういう作りにしている」(斎藤さん)そうだ

■社員の自由なアイディアを尊重する、チャレンジングな社風

 2002年に入社した技術者の中平さんは、「寿司ロボットが作りたい」とオーディオテクニカに就職を決めた。工学部生産機械工学科卒、機械が好きで食べることも大好き。就職活動中に同社の求人を見て、「願ったり叶ったりの環境だ!」と思ったのだという。以来、寿司ロボット一筋12年、細かい機種改良を繰り返したり、新しいラインナップを開発するなど、寿司分野の屋台骨を支える存在だ。

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▲音響関連機器に携わりたくてオーディオテクニカを就職先に選ぶ学生が圧倒的に多い中、中平さんは「寿司ロボットを設計したくて」新卒入社

 最近では海外出張の機会が増えてきた。技術者として、海外での新規導入の際に同行し、現地でのセッティングを行うためだ。

「海外では、米の種類も違えばお水も違うし、現地の人の好みも異なります。日本では“ひと肌で、口の中でほろりとほどけるシャリ”が好まれますが、地域によってはシャリが冷えていないとダメだったり、堅く握るほうが好まれるケースもある。シャリの大きさもさまざまです。現地での条件や嗜好に合わせ、現地で試作を繰り返し、細かい最終セッティングをするのは技術者の仕事。2014年はロサンゼルスやハワイ、パリなどに出張しましたが、アジアでの引き合いも多く、今後はアジア地区の出張が増えそうですね。夢は、全世界にすしメーカーを普及させ、世界どこに行ってもおいしいお寿司が食べられる環境を作ることです」(中平さん)

 オーディオテクニカの魅力として、中平さんは「社員の自由なアイディアを尊重し、チャレンジさせてくれる環境があること」を挙げる。無理では?と思われることも、「まずは1回やってみてから判断しよう」という社風なのだという。

「入社1年目のときに、シャリだけでなく、三角おにぎりや俵型のおにぎりなども握れる、“マルチにぎりメーカー”のアイディアを提案しました。機械で作ることを考えると、おにぎりはシャリよりもさらに複雑な構造であり、より“外はしっかりと、中はふわっと”が求められます。従来の技術の延長では難しいものであり、実際に売れるかどうかも未知数でしたが、新人の私にも『チャレンジせよ』との指示が。その後、すしメーカーの開発のかたわら、ローラーだけでおにぎりを成型できるように工夫を凝らし、2年もかかって完成させました」(中平さん)

 結果的には、「寿司もいなりもおにぎりも作る必要がある」スーパーや仕出し弁当店などで需要が伸びており、主力製品に成長しているという。

「これだけの時間を、売れるともわからない新製品に割かせてくれる環境を、嬉しく思いますね。そもそも、30年前に全くの領域外である寿司ロボットに本気で着手したあたり、相当チャレンジングな会社ですよね(笑)」(中平さん)。

 今でも、社員によるアイディアコンテストは定期的に行われているという。これから先、寿司を超える意外な分野への進出がメディアをにぎわせる日も、あるかもしれない!?

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EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:中恵美子

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