すでに28万人!「ネスカフェ アンバサダー」とは何か?――「元気な外資系企業」シリーズ〜第3回ネスレ日本

大きな変革の時代。企業でも、さまざまな取り組みが進む。では、海外に本社を持つ外資系企業では、どんな取り組みが推し進められているのか、探ってみる外資系特集企画。第3回は、ネスレ日本の「新事業」だ。

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日本発のコーヒーマシンの開発

最近ではテレビCMでもすっかりお馴染みかもしれない。ネスレ日本の「ネスカフェ アンバサダー」。だが、どのくらいの人が、その詳しい仕組みを知っているだろうか。そしてまた、スタートしてわずか4年で28万人もの人が「ネスカフェ アンバサダー」となり、ネスレ日本のビジネスを大きく躍進させていることをご存じだろうか

「ネスカフェ アンバサダー」は、これまでになかった、まったく新しいチャネル、まったく新しいコミュニティとして機能しているのだ。

コーヒーマシン「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」のマーケティング担当として「ネスカフェ アンバサダー」プログラムを立ち上げ、現在は通販事業の責任者をしている、ネスレ日本Eコマース本部ダイレクト&デジタル推進事業部部長の津田匡保氏に聞いた。まず背景にあるのが、ネスレ日本という会社の基本的な考え方だ。

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Eコマース本部ダイレクト&デジタル推進事業部部長 津田匡保氏

「大切なのは、いかに世の中の問題解決をするか、ということです。例えば、もともとネスレは乳児用シリアルの会社としてスタートしましたが、これは1人の薬剤師が乳幼児の栄養問題を解決しようとしたところから始まっています。また、日本ではコーヒーの『ネスカフェ』ブランドで知られている会社ですが、これもブラジルで起きた問題を解決するところから始まった事業でした。コーヒー豆が大豊作になり、このままでは価格が暴落してしまうと海洋投棄が増加。この問題に対して、液体を粉にする技術をコーヒーにも応用したんです」

世の中の問題解決に軸足を置いて事業を展開している姿勢は、今も変わらない。これが、企業としてのDNAになっている。

「ネスレは全世界に35万人の従業員を持って事業展開していますが、国ごとに問題は違うんですね。それを掘り下げて解決することによって、イノベーションになり、新しい価値を作り出すことができる。それは、結果的にビジネスにつながっていく、という考え方なんです」

グローバルでは150年、日本でも100年の歴史がある。

「私たちは日本での事業を担っています。だから、海外に出て行くことはできないんです。日本がどんな状況にあっても、日本で成長していかないといけない。だから、日本における問題を掘り下げていくことが必要なんです

例えば、高齢化。単身世帯の増加。デフレ。人口減少…。こうした日本の変化、問題点は、日本のコーヒー文化にも影響を与え始めていた。

コーヒーメーカーで一度に数杯分のコーヒーを淹れても、家族が少ないわけです。もっと簡単に、おいしいコーヒーが飲める方法はないか。一人でも気軽に入れられるものが必要になっているのではないか。そんな考えのもとで、2009年に発売したのが、コーヒーマシン「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」でした。「ネスカフェ ゴールドブレンド」などの専用カートリッジで、一杯分ずつおいしいコーヒーが淹れられるマシンです。今は世界で販売されていますが、実は日本発の発想で生まれた製品でした

f:id:k_kushida:20170221181910j:plain▲ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ

外資系だから本国に言われたままのことをやっている、のではない。日本の問題を掘り下げた結果だったからこそ、日本発のイノベーティブな商品が生まれたのだ。そして、このコーヒーマシンが、爆発的にヒットする。

「家庭用に販売を始めましたが、驚くほどの売れ行きでした。2010年には年間50万台を超えたんですが、日本のコーヒーマシンの市場は年100万台だったんです。販売台数で、いきなり1位に躍り出ました」

そして翌年、転機が起こる。東日本大震災である。

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コーヒーマシンのまわりに人が集まってくる

ネスレ日本の本社は神戸にある。1995年の阪神淡路大震災で被災経験を持っていたこともあり、東日本大震災後、いち早く支援に立ち上がった。その取り組みのひとつが、仮設住宅を回って本を貸し出す移動図書館に同行し、「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」を被災地に贈ることだった。

「簡単にあったかくておいしいコーヒーが飲める、と好評をいただきました。しかも集会所などでは、コーヒーマシンのまわりに人がどんどん集まってくるんです。仮設住宅では、家に籠もってしまう人たちも少なくないと言われていました。しかし、コーヒーが飲める、ということで人々が集まってきたんです。しかもマシンの使い方をめぐって、会話のきっかけが生まれたりもする。集会場がカフェのように笑顔で賑やかになった。「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」には、こんな力もあるんだ、と気づきました

震災後、日本全体が沈んでいた。集会場を元気にできたように、日本の職場を元気にできたら、と考えた。

「職場でコミュニケーションが薄れ、心を病む人も出るなど社会問題も起き始めていました。「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」で、コミュニケーションが活性化できるのではないか。人が集まる場所をつくり、笑顔で賑やかにすることができるのではないか

日本で消費されるコーヒーは年間約500億杯。このうち家庭が約6割。その4割のシェアを、ネスレ日本は持っていた。ところが、家庭以外では、ネスレ日本のシェアはわずか3%。家庭以外の市場の6割はオフィスだった

調べてみると、日本には600万の事業所があった。そのほとんどが、20人以下のオフィス。大きなオフィスでは自動販売機なども充実していたが、小さいオフィスではそうはいかない。だが、9割はそうした小さなオフィスだった。

「コンビニコーヒーがヒットしたのは、こうした小さなオフィスの人たちが買っていったことも大きいと感じました。外で買えばコーヒーは数百円。しかし、「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」を使えば、1杯30円程度の単価でコーヒーを提供することができる。しかも、職場のコミュニケーションを円滑化させられる。もちろん私たちのビジネスの市場として魅力的ですが、職場を活性化するという問題解決にもつながる。お互いにウインウインの関係をつくることができると考えたんです

だが、600万の事業所を一つひとつ営業していくわけにはいかない。もとより、コーヒーマシンの導入を提案するとすれば、各事業所の総務のセクション。とても対応してもらえるとは思えなかった。実際、多くの会社がこうしたスモールオフィス向けのビジネスに挑もうとして苦労していた。大きなマーケットがあるとわかっていても、どう入っていくか、難しさがあったのだ

「みなさん本当に忙しいんです。これ以上、仕事は増やしたくない。新しいことはやりたくないわけですね。だから、私たちも最初からコーヒーのベンダーになるつもりはなかったんです。そして同時に、デジタルで解決をしたいと考えていました」

こうしてで生まれたのが、「ネスカフェ アンバサダー」だったのである。

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面倒見のいい人を職場で輝かせられる

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どの職場でも、世話好きな職場のムードメーカーがいたりするもの。面倒見がよく、いろんなことに気づき、自発的に動いていく。職場のみんなのサポートを積極的にしたり、仲間からの信頼も厚い。そういう人たちに、「職場のみんなで飲めるコーヒーマシンを無料で提供するので使いませんか」という提案をしてみたらどうだろうか…。

「ネスカフェ ゴールドブレンド」などの専用カートリッジは有料。その決済をするのは、アンバサダーの役割。コーヒーを飲んだ同僚は、1杯30円を支払う。それをまとめて、自分のクレジットカードで精算する。コーヒーの注文も担う…。

「そんな人たちが本当にいるのか、という思いもありました。そこで、50台限定でオフィスモニターを募ることにしたんです。そうしたら、大した告知もしてないのに、1000を超える応募があって。しかも驚いたのは、モニターしてもらい、お願いしていたレポートが、本当に丁寧に書かれていたことです。これには、私も感動しました。実はこのレポートは、今もオフィスで大切に保管しています。私の宝物なんです」

会社を窓口にするのではなく、個人で「私がやります」と手を上げてくれる人に窓口をお願いする。職場のために、みんなに喜んでもらえたら、と一生懸命にやってくれる人。そんな人にアンバサダーになってもらえたら、より職場で輝いてもらえるかもしれない。職場で主役になる応援ができるかもしれない。

「自信を得て、北海道でテストを行うことにしました。すると、大変な数のご応募をいただいて」

これは今もそうだが、アンバサダーに手を上げてもらった職場には、ネスレ日本のスタッフが一台一台、設置に出向いている。ここで、いろんなコミュニケーションを直接、交わすのだという。

「オフィスで一番盛り上がるのは、このマシンの設置のときなんです。社内から大勢、人が集まってきて、人だかりができる。我先にコーヒーを手に取っていかれますね。そういうところで、私たちはリアルな声をたくさん聞くことができたんです」

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▲職場に設置されている様子

例えば病院では、看護師長が看護師からお金を集めて、みんなのぶんのコーヒーをまとめて買いに行く、といった習慣が普通にあった。「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」で、もう買いに行く必要はなくなった、と喜ばれた。北海道のテスト販売で手応えを得て、一気に全国展開へと舵を切った。

「オフィスといっても、実際には本当にいろんな形態があることも知りました。一般のオフィスは4割ほどで、お店のバックヤード、サロン、カルチャースクール、船の操舵室や神社など、本当に幅広いんです。始めたことで、わかったことがたくさんありましたね。コーヒーはどこでも飲まれますから、日本中、どんなところでも広げていけるチャンスがあるということもわかりました」

しかも、アンバサダーからは日々、さまざまな情報が寄せられる。それはそのまま、ネスレ日本のビジネスの改善に、さまざまな問題の解決につながっていくのだ

「私たちはサービス自体をどんどん良くしていきたいと考えています。そのための声をたくさんもらうことができるようになりました。しかも、その場だけのモニター、というようなものではないんです。一緒に取り組みを共創し、絆もある仲間のような感覚で、声をもらうことができるんです

極めて貴重なマーケティングの場を手に入れることができるようになったのだ。

アンバサダーのコミュニティが生まれている

「ネスカフェ アンバサダー」がスタートしたのは、2012年。以来、わずか4年で約28万人ものアンバサダーが生まれた。驚異的な数字である。アンバサダーは報酬がもらえるわけではないのだ。言ってみれば、職場のボランティアなのである。そして今なお、1日平均数百件の応募が続いているという。

「テレビでのプロモーションも行っていますが、最も多いのは口コミを経由してのものです。認知は高まっていて、なんとなくは知っていたが、まわりに聞いてぜひやってみたいと思った、という声が多い。評判が、応募を呼んでいるということです。それだけに、サービスの中身がますます大事になっていると考えています」

そしてこのアンバサダーは、もうひとつの進化を見せている。それが、アンバサダーのコミュニティが生まれていることだ。ホテルでの会合、アウトドアイベント、工場見学、コーヒー豆の産地ツアー、ワークショップなど、さまざまなプログラムが組まれ、多くのアンバサダーが参加している。

「アンバサダー同士の自発的なつながりも、たくさんあるようです。フェイスブックやLINEのグループもあったりする。みなさん、とても仲良くされていますね」

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▲アンバサダーのコミュニティ活動(ベトナムツアー)の様子

考えてみれば、さもありなん、だろう。「ネスカフェ アンバサダー」に手を上げる人たちである。おそらく似たところが、たくさんあると思うのだ。同じような考え方、同じような哲学を持った人たちと、たくさん出会うことができる。実際、イベントの場はとても熱いという。

「アンバサダーという場をつくってもらえてうれしい、と感謝の声をいただくこともあります。そしてみなさん、私たちをとても応援してくださる。『キットカット』はどうすればもっと職場で受け入れられるか、なんてテーマでワークショップを進めてもらったら、本当に真剣に素晴らしい意見がたくさんもらえました」

ネスレ日本が手がけているボランティア活動にも、呼びかけたら、たくさんの申し出があったという。

「ボランティアには興味はあるけど、何をしていいかわからなかった、機会がなかった、という声をたくさんもらいました。「ネスカフェ アンバサダー」としてのボランティアなら、安心してできる、と」

集会からイベント、ツアー、ボランティアまで、言ってみれば、大人の文化祭のような取り組みが、「ネスカフェ アンバサダー」の間で繰り広げられているのである

「これからも、日本の課題を解決していきたい。できることは、まだまだたくさんあると考えています。たとえば、青森では、高齢者の健康やコミュニケーションの活性化のために、調剤薬局でのコミュニティづくりをサポートしています」

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▲青森の調剤薬局に「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」が設置されている様子

28万人ものアンバサダーがいるといっても、日本の事業所は600万。実はまだ約5%でしかない。この仕組みは世界に出始めている。企業とのコラボレーションもスタートした。大変なビジネスが、実は生まれているのだ。

WRITING:上阪徹 PHOTO:小出和弘

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