家族の介護は、いつ直面するかわかりません。現役社会人である20代から40代の“若者ケアラー”が、介護離職(※家族などの介護をするために会社を辞めること)しないための方法、部下が介護に直面したときの対処法などについて、介護支援の専門家である川内 潤さん(NPO法人「となりのかいご」代表)にお話をうかがいました。
プロフィール
川内 潤(かわうち・じゅん)さん
1980年生まれ。上智大学文学部社会福祉学科卒業。老人ホーム紹介事業、外資系コンサル企業、在宅・施設介護職員を経て、2008年に市民団体「となりのかいご」設立。2014年に同団体をNPO法人化し、代表理事に就任。介護支援コンサルティング、普及啓発を中心に活動し、年間約500件の相談に応じている。厚生労働省「令和2年度仕事と介護の両立支援カリキュラム事業」委員。
NPO法人となりのかいご公式サイト
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コロナ禍で、親を介護する「若者ケアラー」が増えている
新型コロナウイルスの影響で、昨年末ごろから介護相談件数は、若い世代からのケースも含め増えています。
親がコロナに感染して重篤化したり、ステイホームで行動が制限されているため、脳への刺激が減ったり、歩行範囲が狭まるなどして、高齢者が介護を誘発しやすい状況が続いているからです。
また、テレワークが増えたことにより、身近に親がいるケースでは接する頻度が増え、親は子どもに依存し、子どもは親の変化に敏感になる傾向も見られます。
親が何かと子どもを頼り、子どもも親の世話をやきはじめると、親は自分でできることもしなくなり、介護の誘発につながっていきます。
一方、こどもは親の老化を目の当たりにして、焦りや不安が大きくなり、それが仕事に影響を及ぼすようになっていくのです。
親が遠方に住んでいても、同じような状況は起こりえます。親と思うように会えないことから連絡頻度が増え、不安が増していき、会社に頼んで実家からのテレワークに切り替えるなどして、依存関係を深めてしまうケースも少なくありません。
しかし、介護の観点から見ると、テレワークや介護休暇、介護休業は必ずしも有効だとはいえません。
なぜなら、テレワークによって今までのような「仕事が忙しいから、会いに行けない」という言い訳が成り立たなくなり、親子の距離感を個々人の判断に委ねることになってしまうからです。
いずれ介護の負担が増大し、「親か仕事か」の選択を迫られれば、子どもは「親をとるのが正しい選択だ」と考えがちです。そして、その考えが介護離職を後押ししてしまうのです。
安易に介護離職をしないための4つのポイント
「介護離職をする過半数の人が、介護を始めて1年以内に離職している」というのが介護離職の実態です(※)。
※参考: NPO法人となりのかいご(2020)介護離職白書 p.41(pdf)
これだけを聞くと、仕事と介護との両立を頑張った結果できなかったから、と思われるかもしれません。
ところが実際には、両立を頑張った結果できないと判断して辞めているのでなはく、親はまだ自立できる状態なのに、親の変化に慌ててしまって離職しているケースも珍しくないのです。
これでは、介護するための離職なのか、自分を安心させるための離職なのかわかりません。
では、どうすれば介護離職を避けられるのか――その方法について、マインドとアクションの両面から紹介します。
1.介護に対する認識を変える
やや乱暴な言い方ですが、介護離職の最大の問題は“親孝行の勘違い”です。「親が困ったときに、そばにいて手を差し伸べることが親孝行だ」「親が嫌がって関係が悪くなっても、介護に直接かかわることが子どもの務めだ」と考えている人は多いと思います。
※参考: NPO法人となりのかいご(2020)介護離職白書 p.40(pdf)
ですが、こうした思い込みで介護を抱え込むと、お互いにイライラして親子関係が悪化したり、介護離職して共倒れになってしまいます。
さらに言えば、介護のプロに介入してもらうタイミングを逃すことになり、結果的に親の状態を悪化させてしまうことにもなりかねません。
特に若者ケアラーの場合、福祉・介護に触れるのが初めてなので、まずどこに相談すればいいのか迷うことでしょう。
インターネットで検索すれば、地域包括支援センターだという情報は得られますが、親がどんな状態だったら相談すべきなのかがわかりません。
何より、親に言うと「そんな必要はない」と拒絶され、親の許可なく外部機関に相談することに躊躇する人がほとんどです。
その結果、「親は大丈夫だと言うけれど、やはり心配。だったら自分がやるしかない」という思考にはまり、介護離職に向かってしまうのです。
こうした事態を避けるためには、“子どもが親を直接支援する≠親孝行”と理解し、自分の不安と親の支援を切り離して考えることが大切です。
老いていく親の姿を目の当たりにすれば、子どもは平常心ではいらません。まずは自分の生活を考え、その中で介護に充てられる時間を把握する。そして、自分で抱えきれない部分は介護のプロに任せて、親と会う頻度を調整するよう心がけましょう。
2.地域包括支援センターに連絡する
親の異変に気づいたら、とにかく地域包括支援センターに連絡し、「どうすればいいのかわからない」と相談しましょう。
介護に関する情報はインターネットでも収集できますが、文面を追うだけではわかりにくい事項・専門用語も多いので、誤解を避けるためにも、介護に詳しいプロに相談するのが賢明です。相談は電話でも可能ですし、匿名でも受けつけてくれます。
親のためにも、相談はできるだけ早いタイミングでしましょう。
というのも、地域包括支援センターでは介護予防のための情報やプログラムも提供しているからです。早めに相談することが、介護状態を予防することにもつながります。
そして、必ず離職する前に相談し、親の状況だけでなく「自分が仕事をしている(だから、直接介護に携われない)」ことも伝えましょう。
なぜなら、仕事をしているかどうかは、家族の介護力を推し量るのに欠かせない重要な情報だからです。
地域包括支援センターに相談したあとは、
↓
・介護認定の申請を行う
↓
・介護認定を受ける
↓
・ケアマネ(以下ケアマネジャー)と相談して介護サービス内容を決める
という流れで支援がスタートします。
匿名でも相談しづらいケースのひとつとして、ほかの家族、たとえば祖父母介護の場合、その子である自分の親が拒否したり、父の場合は母が、母の場合は父が強く拒否するという状況が挙げられます。それでも、まずは匿名電話で相談していいのです。支援センターでは、そのような状況にも理解があり、相談を受け付けています。
3. 相談先に情報を提供し、自分は「調整役」に徹する
介護と仕事をどちらも頑張ろうと思ったら、つぶれてしまいます。両立の秘訣は、仕事のペースは変えず、介護はできるだけ外部リソースを頼ることです。
ポイントは、地域包括支援センターのスタッフやケアマネジャー、ヘルパーなどの介護のプロと、親や家族との調整役となることです。
介護における家族の重要な役目の1つは、親に関する情報提供です。
家の中での親の体調や行動、性格は、家族しか把握できません。中には親が隠そうとしていることもあるでしょう。トイレの失敗、などのようなデリケートな話題であっても、隠さず伝えることが、適切な支援計画やサポートにつながるのです。
もう1つは、マネジメントです。
自ら介護支援チームのプロジェクトリーダーとなって、メンバー(ケアマネジャーやヘルパーなどのスタッフ)に、どんな情報を提供すれば適切な支援を受けられるのか、どうすればスタッフが高いモチベーションで最善の介護を提供してくれるのかを考え、調整していきましょう。
意外かもしれませんが、ビジネスで培った交渉力やマネジメント力は、親の介護にも役立つのです。
参考までに、外部をうまくマネジメントして乗り切った事例を1つ紹介します。
70代の父親が脳梗塞で入院しました。父親は病院を嫌がり「1日も早く退院したい」と言い張ります。病院からは、右半身麻痺のためリハビリ病院への転院を勧められているのですが、母親も自宅に戻りたがる父に従わざるを得ない状況でした。母親は「大丈夫だから」と言いますが、母親にも腰痛があり、Aさんの心配は募るばかり。コロナ禍で会いにいくこともできず、困って相談に訪れました。
<私からのアドバイス>
母親を説得しようとすると関係が悪くなるので、説得はしないこと。母親の愚痴を聞いてあげられるのはAさんだけなので、聞き役に徹して母親の不安や心情、父親の状況などをつぶさに把握すること。そして、その情報を病院の医療ソーシャルワーカー(医療SW)に伝えるようアドバイスしました。
<その後の経緯>
Aさんから連絡を受けた医療SWが、母親と担当医師にヒヤリングを行い、Aさんと母親と医療SWで電話打ち合わせを実施。医療SWからは「いま自宅に戻したらどんな事態が起こり得るか」を話してもらい、母親もようやく冷静さを取り戻しました。
「帰宅したいという父親の望みをかなえるには、リハビリを頑張ることが一番」と理解したことで、母親の自責の念も薄れ、父親もリハビリ病院に転院。その間に、Aさんは介護認定を済ませ、訪問リハビリなどの支援策を整え、自宅のバリアフリー改修を行って、父の退院を迎えることができました。
<ポイント>
Aさんのように独身である場合、親元に移動しやすいなど、言い訳できない状態になってしまう可能性が高くなります。ですが、Aさんは一度も実家に戻ることなく、医療SWやケアマネジャーと一緒に「親にとって何が最善か」を考え、マネジメントすることで、きちんとした介護体制を整えることができました。
ケアマネジャーには、母親が腰痛持ちであることや、人に気を遣う性格であることも伝えていたので、母親の介護疲れの緩和にも役立っています。こうして、Aさんは仕事のペースを変えることなく、子どもとしての役目を果たすことができました。
4.国や勤務先の制度を有効に活用する
介護が始まるからといって、働き方を変える必要はありません。むしろ、介護が仕事に影響しない体制を整えることが理想です。
とはいえ、急に駆け付けなければいけないことも予想されます。そのような不測の事態に備えて、上司や同僚への事情説明は早めに済ませておきましょう。「親の介護で休むこともある」と事前に伝えて、予防線を張っておくのです。
近年は、対象家族1人につき3回まで通算93日まで休業できる介護休業(※)や、対象家族が1人の場合は年5日まで取得できる介護休暇など、介護に関する法整備が進んでいます。また、介護休業/休暇をより長く取得できる制度を導入している企業も増えています。
※参考:介護休業について│厚生労働省
ですが、こうした休みも使い方次第です。
例えば国の制度による介護休暇は、取得単位が年に5日と決まっています。こうした休みは実際に介護するために利用するのではなく、介護支援体制を整えるための打ち合わせなど、自分がマネジメントとして動くために活用するのが有効です。
介護する社員の転勤や異動に配慮する企業もありますし、介護のための転職を考える人もいるでしょう。しかし、私の知っている限り「介護のために異動や転勤、転職をして親元に転居してきたが、うまくいかなかった」というケースがほとんどです。
なぜなら、親との接触頻度が増えて険悪になったり、介護をやり遂げても「親のために自分のキャリアを調整した」という禍根がいつまでも残るからです。
特に若者ケアラーにとって、これからも続く長い人生を考えると、こうした問題を含む介護離職はできるだけ避けたほうがいいのです。
部下に相談されたら…周囲ができること
自分の部下が介護に直面したら。
上司は、とにかく話を聞いてあげましょう。無意味な提案や自分の武勇伝は語らず、部下が「話しながら自分の考えを整理できる」よう、聞き役に徹してください。
プライベートな介護の話題は気軽に打ち明けることができないため、溜め込んでマイナス思考に陥ってしまいがちです。そんなときこそ、身近な存在である上司が話を聞いてあげることは、大きな支援となります。
とことん話を聞いたうえで、「この会社なら両立できる」「君は必要な存在なんだから、必ず戻ってきて」と言葉をかけてあげてください。「話してくれてありがとう」と伝えることも、大切なポイントです。そして、まだ専門家に相談していないようなら、地域包括支援センターに連絡するようアドバイスしてください。
ちなみに、介護に関する管理職向けの研修で伝えている3つのNGがあります。
【部下へのNG対応1】
「大変だと思うし、当然の権利なんだから介護休暇を取って、そばにいてあげなさい」という言葉。理由は、これまでに述べた通りです。
【部下へのNG対応2】
「自分の経験値を話す」こと。介護は原因やフェーズによって一人ひとり状況が異なるので、参考になりません。
【部下へのNG対応3】
「入院させたら?」「親族に頼んでみたら?」などの提案です。介護という慢性的状況と付き合っていく人へのそこまで踏み込んだ提案は、家庭それぞれの事情があると考えると、するべきではありません。
最後に
「介護はいつまで続くか」は誰にもわかりません。病気の進行によっては、予想のできない変化が続くこともあります。
しかし、いかなる場面でもできるだけ振り回されず、たとえば親の介護であれば、これまでの親子関係を大切にしながら、最期まで親を大切に想う気持ちを持つことが介護のあるべき姿です。
そのためにも、自分だけで抱え込まず、信頼できる介護のプロたちによる支援体制を構築していくこと。
これこそ、自分のキャリアを考えることも重要な20代から40代の若者ケアラーだからできる、最高の親孝行ではないでしょうか。
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