「やりたいことがわからない」20代・30代にとって「今」は大きなチャンスかもしれない―小説家・真山仁さん

新型コロナウイルスの影響に端を発し、働き方や生活環境など世の中が大きく変わり始めています。これまでにない変化の中で、改めて今後のことを考えている若いビジネスパーソンも多いのではないでしょうか。一方で、感染拡大防止のため行動が制限される鬱々とした状況は変わりません。そういった中で、これからのために私たちができることは何なのか。小説家の真山仁さんにお話をうかがいました。
小説家・真山仁さん_プロフィール画像

プロフィール

真山 仁(まやま・じん)

1962年、大阪府生まれ。87年に同志社大学卒業後、中部読売新聞入社。89年に退社、フリーライターに。04年に『ハゲタカ』(ダイヤモンド社)で小説家デビュー。近著に『ロッキード』(文藝春秋)、『それでも、陽は昇る』(祥伝社)など。

今は動くときではなく、むしろ、これからに向けて蓄えるとき

新型コロナウイルスの影響を受け、私たちの生活は今も大きな変化の中にあります。行動が制限される中、働き盛りの20代・30代のビジネスパーソンが、これからのためできることは何なのでしょうか。まずは、そこからお話をうかがいました。

コロナ禍で、若いビジネスパーソンの皆さんは大変だと思います。特に、コロナ禍のさなかに社会人になった方は、入社後すぐに在宅勤務になったり、出社を制限されたりして、会社に対する所属意識を持てないままの方も多いのではないでしょうか。

でも、ちょっと考えてみてください。もし入社後に人事部長に呼ばれ、「申し訳ないが、人数を1人多く採りすぎた。採用を取り消させてくれないか」と言われたならば、どうでしょう。極端な例ではありますが、その方がずっと辛いはずです。ステイホームでストレスが溜まるという声をよく聞きますが、他国のコロナ対策に比べれば、日本はある意味、自発的な行動規制が主なので、まだ自由があると思います。小説を書いていると、違う視点から物事を見る癖(くせ)がついてくるのですが、自分のいる場所をさまざまな視点から相対的に見てみれば、今いる場所の恵まれた部分も見えてくる。少しは気持ちが楽になるかもしれません。

今のような状況下で、多くの人が「どうして自分だけが」と思っています。入社の年と重なったなんて運が悪い。いつになったらもっと自由に外出できるようになるのか。人は半径10メートル以内の情報で、物事を判断しがちです。置かれた状況の近い友人たちの間で「つらい」「許せない」と盛り上がってしまう。こういうとき、ネガティブな情報はいくらでも入るものです。だからこそ、視野を広げることが大事です。地球上の全員が「今は動かずに過ごしてほしい」と言われているのだと肯定的に考えれば、自分のいる場所がまた少し違って見え、「仕事観」も変わっていくのではないのでしょうか。

とはいえ、若い世代の皆さんの中には、少しでも早く結果を出したくて、予定通りに行かなくなった人生をもどかしく思う方もいるでしょう。でも、あえて言いたいのは、今年は動くときではないということ。一般に「ゼロサム社会」と言いますが、誰かが不況のときは、別の誰かは活況にある。地球上で起こることは大概がプラス・マイナス・ゼロなんです。しかしながら、コロナ禍は全世界に影響しているので、今は誰も得する人がいません。もちろん、フードデリバリーサービスが繁盛するなど、一部の業種が伸びて注目を浴びますが、心に留めておくべきは、今は非常事態だということです。この状態がずっと続くわけではない。数年後の世の中は変わっているはずですから。

つまり、非常事態は、いつかは終わります。だから、そのときに向けて、何をすべきかを考えた方がいい。今、多くの人にあるのは時間です。自分を見つめ、足場を固めるために、勉強すればいいんです。では何を勉強すべきか。皆さんは自分の業務以外、社内のサービスをすべて把握していますか?また、社内のトラブルがどうして起きているか、知らないことも多いはずです。時間がある今こそ、普段なら関わらずに終わる分野にも目を向けてみてはどうでしょう。例えば、自社の業務やサービスで何が弱くなっているかを見てみれば、新たな発見があり、取り組むべき課題が見つかるかもしれません。勉強と言われると、人生の問題と捉えて「これからはAIの時代だ」「これからの社会に必要なのはこれだ」と大きなことに目を向けがちですが、大事なのは今、自分のいる場所です。自分が今、なにがしかの名刺を持つ立場にいるのなら、まずは、そこを突き詰めた方がいい。

そう聞いて、嫌だなと感じたならば、今の仕事は自分に合っていないということかもしれません。自分の仕事を突き詰めていくと、その仕事が自分に合っているのか、本当にやりたいことなのか、はっきりしてくるはずです。多くの社員は「何かが違う」と思いながら、日々のノルマに追われて、気づけば30代、40代になっている。世の中全体が立ち止まっている今は、実はそこを見直すチャンスでもあるのです。

自分の会社の仕事を改めて見直してみたら、関係がないと思っていた業務やサービスに「こんなに面白い仕事があった」と感じるかもしれない。オンラインのコミュニケーションが活発化していますから、上手に使えば、いくらでも同業者のヒアリングができます。そうやって世界を広げていくと、世の中全体が見えてきて、自分の立ち位置がわかるんです。これは、どんな仕事をする上でも、非常に大事なことです。コロナが終息して普通の毎日が戻ったら、この間に力を蓄積した、とんでもなく仕事のできる若手社員も出てくるのではないでしょうか。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

やりたいことがわからないなら「新たな出会い」を増やす

「やりたい仕事がわからない」と悩む若いビジネスパーソンも少なくない中、やりたい仕事や自分に合う仕事は、どうしたら見つかるのか。そのヒントは、今いる場所の「やりたくない」にあると言います。一体、どういうことでしょうか。

若いころから私は、小説家になるのが目標ではありませんでした。小説を使って、世の中の問題点を提示したかった。つまり、小説は手段なんです。言い換えれば、就職は手段なんです。職業は「なる」ものではなく、「使う」ものであり、その手段を使って、自分が何をやりたいかが重要なのです。

冒頭で、人は半径10メートルで判断しがちだという話をしましたが、半径10メートルには、もうひとつ危険な要素があります。SNSで「いいね!」を言い合える人とつながっていると、なんとなく周りから認められているような気分になれる。でも、厳しい言い方をすれば、社会に出て自分に100%同意してくれる人なんてほぼゼロと考えていい。「お前、何もわかっていないな」と言われたら、誰だって嫌ですが、そもそも誰もが自分と違う考え方をしているのが当然ですから、怖がらずに「じゃあ、教えてください」と言えばいいのです。

若い人たちは、周りに「いいね!」と言われるかどうか、非常にナーバスになっているようです。でも、それがどれだけ自分の世界を狭めているかに気づいた方がいい。価値観が似ている人の中にいても、新たな出会いは少ないでしょう。時間のある今だからこそ、普段読まない小説を読んだり、あえて世代の違う人と腹を割って話したりしてみてください。自分とは全然違う考え方、生き方があると気づくはずです。「自分とは違う」という出会いにこそ、やりたいものを見つけるチャンスがあります。

なぜなら、自分とは「違う」ものに出会うと、その反対側にある「私はこれが好き」「やってみたい」が見えてくるからです。やってみて、何かが違うと感じたら、「どこが違うの?」と問うてみる。やりたいことというのは、そうやって具体的に探すものです。漠然と考えているだけでは、見つけるのは難しい。自分探しの旅に出ても、何も収穫がなかったという話をよく聞きます。

誰でも子どものころになりたい職業があったと思います。小学校時代の「野球選手になりたい」は、素敵な選手に憧れて、そう思っただけかもしれない。でも、大人になってからの「なりたい職業」は、明日からのあなたの生活に直結します。今いる場所を足がかりにして、「何かが違う」をヒントに、その裏にある「やりたいこと」を探っていく。

今、やりたくない仕事をしていると感じているなら、具体的にその仕事の何が嫌なのか、そこに、やりたい仕事に気づくヒントがあるのです。もともと商品開発を目指した人が、理想通りの職に就くのは無理だと気づく。そこで落ち込むのではなく、ならば、好きな商品を売るなかで、新しい商品を企画できないかと発想を切り替えたら、もともとの希望とは違う販売職や営業職にも誇りが持てるはずです。やりたいことは案外、近いところに潜んでいるものなんですよ。

小説家・真山仁さん_インタビューカット

8,568通り、あなたはどのタイプ?

やりたいことで周りに認められるには時間がかかる。今がそれを見極めるチャンス

真山さんは経済小説でデビューしましたが、意外にも、経済に興味はなく、むしろ苦手だったそうです。25年間望んできた「小説家デビュー」と「苦手な経済」が同時にやってきた時、どんな判断をしたのでしょう。

 私はもともと国際政治を描いた社会派のミステリー小説を書きたくて、15歳で小説家になると決めました。自分が好きな小説家は元新聞記者が多かったので、まず新聞記者になろうと考え、大学も新聞社に就職の強いところしか受けませんでした。そうやって一心にやってきましたが、デビューまでには25年かかっているんです。

新聞社を3年弱で退社して、フリーライターをしていましたが、難しい経済をわかりやすく書けるライターが必要と重宝がられて、仕事のひとつとして、経済学の先生のゴーストライターをしていました。そういうお付き合いのあったダイヤモンド社から、あるとき、生命保険会社のOBと二人で生保破綻の小説を書くという話をいただいたのです。もともとはミステリーが書きたかったし、経済は全然詳しくなかったし、その上、共著という条件。正直、迷いました。ただ当時は40歳で、とにかく結果を出したかった。小説を使って世の中の問題点を提示するには、まず小説家としてのスタートラインに立たないと話にならない。やりたいことをやる前に死んでしまうのは嫌だと思ったんですよ。

これまで受験や入社試験でも第一志望には入れなかったので、私には、「自分はなかなか門をくぐれない人間だ」という自覚があったんですね。当時はライターの仕事をしながら、夜中に投稿する小説を書いていて、睡眠時間は2、3時間でしたから、このままでは体も持たない。経済小説であっても、ミステリーであっても、最大のポイントは書いた小説が出版されること。まずは小説家としてデビューして結果を出せば、自分の描きたい小説が書けるようになるだろうと考えを切り替えました。それで、今回の小説がある程度成功したら、次は単著で書かせてもらう条件で引き受けたのが、香住 究というペンネームで発表した『ダブルギアリング 連鎖破綻』(2003)でした。

その翌年、真山 仁として『ハゲタカ』でデビューし、ドラマや映画にもなって注目していただきましたが、私自身の思惑とは別のところで「経済小説家」という肩書きは十数年続き、未だに『ハゲタカ』の真山 仁と言われます。今となっては、代表作があるのはありがたいことだと思えますが、2014年に『そして、星の輝く夜が来る』という、それまで書いてきた経済や政治とは路線の違う、東日本大震災後被災地の小学校を舞台にした物語を書いた時には「従来のキャリアを捨ててまで、キレイ事を書きたいのか」と言う方もいました。

2021年2月に『そして、星の輝く~』に続くシリーズの3作目『それでも、陽は昇る』を出しました。東日本大震災から10年・阪神淡路大震災から26年の今、二つの被災地を結んで復興について考えた一方で、福島の原発について考える番組に呼ばれました。小説を通じて社会に選択肢を提示したいと続けてきたことで、同じように常識とされていることに疑問を持つ大切さをわかってくれる人が、少しずつ増えてきたように感じます。

「経済小説の真山 仁」と言われ続けてきましたが、小説家として呼吸がしやすくなったのは、ここ2~3年で、徐々に、もともと書きたかったような小説が書けるようになってきました。私には背中を追いたいと思っている作家が二人いて、英国の推理作家P.D.ジェイムズと昨年末に亡くなったスパイ小説の巨匠ジョン・ル・カレなのですが、若いころは読み終えただけで満足するような難解さがあったのに、この二人の書く小説は年をとるほど瑞々しくなった。社会にド直球でシビアな現実を突きつけても、枯れていて力が入っていないから、若い人にもすっと届く。私もそういう書き手になりたいと思っています。これからもやりたいことをやっていいと認めてもらえるように、一生小説を書き続けていきたいですね。

小説家になりたくてなった以上、私には、次の職業という選択肢はありません。もう逃げようがないんです。夢を達成するというのは、それだけ覚悟がいることなんだと思っています。だからこそ、自分がやりたいのは何なのか、若いころにじっくり考える時間を持つことは、とても大事です。みなさんは、今がそのチャンスだということに、ぜひ気づいていただきたいと思います。

取材・文/多賀谷浩子 写真/ホンゴユウジ
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