リモートワークの拡大も相まって、ビジネス文章を書く機会が格段に増えた、という人も多いと思います。しかし、「文章の書くのが苦手」という人も少なくありません。そんな人に、ぜひ知っておいてほしいことがある、と語るのは、『文章の問題地図』の著者、ブックライターの上阪徹さん。今回は「文章を書くのが苦手」という人が知っておくべき、たった一つのこと、を聞きました。
ブックライター 上阪徹さん
1966年生まれ。89年、早稲田大学商学部卒。アパレルメーカーのワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスに。経営、金融、ベンチャー、就職などをテーマに、雑誌や書籍などで幅広く執筆やインタビューを手がける。
著書に『文章の問題地図 ~「で、どこから変える?」伝わらない、時間ばかりかかる書き方』『マイクロソフト 再始動する最強企業』『超スピード文章術』『メモ活』『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか』『成功者3000人の言葉』『リブセンス』『職業、ブックライター。』『プロ論。』など。近年は、講演活動の他、「上阪徹のブックライター塾」を開講。
目次
文章が苦手な人も、LINEは楽しんでいた
本書では「とにかく時間がかかる」「書くことがない」「構成がうまくできない」「長さにひるむ」「手戻りが多い」「読みづらいと言われる」「伝わらない、刺さらない」「言葉づかいがひどいと言われる」といった悩みに対して、処方箋を提示しています。
文章を書くことを仕事にして20年以上になる私ですが、実はもともと書くことは苦手で嫌いでした。これは何度も本で書いている、本当の話です。最初は広告の世界から私の書くキャリアは始まるのですが、それは文章を書くのではなく、「言葉を見つける仕事」だと勘違いしていたからでした。
おかげで当初は、300文字を書くのに丸1日かかっていた日々を過ごしていました。ところが、だんだんと文章を書けるようになっていき、やがて1000文字、2000文字と文字量は増え、さらに10万文字を超える本を書くようにもなっていきます。
では、どうして苦手だった文章が書けるようになったのか。後に自分の本を書くことになり、私はさまざまに自問自答することになったのですが、そのヒントのひとつを与えてくれたのが、実はメッセンジャーアプリのLINEでした。
書く仕事をしていると、いろいろな人から相談を受けることになりました。「文章が書けない」「書くのが苦手だ」「つらくてしょうがない」「書いていて楽しくない」……。文章が苦手だ、という人は少なくなかったのです。
ところが、そんなふうに言っていた人も、LINEはやっていたのです。しかも、楽しそうに。毎日のように。飽きることなく、積極的に。LINEはスタンプもありますが、スタンプだけではコミュニケーションはできません。
では、何を使っているのかというと、文章です。なのに「文章を書くのが苦手だ」という人が、嬉々として使っていたのです。
「用件」以外のものを書こうとするから苦しくなる
「文章が苦手」なのに、LINEは楽しく使える。この違いはいったい何なのか、と思いました。そして、わかったことがありました。LINEは用件しか書いていない、ということ。必要なことだけを書いていたわけです。そして、十分にコミュニケーションは成立していた。これで良かったのです。
なのに、LINE以外の文章を書こうとすると、みんな途端に苦しくなる。それはつまり、「用件」以外のことを書こうとするからです。「用件」以外のものが、書くことを苦しめていたのです。
典型的なものが、形容する言葉や「それっぽい言葉」です。形容詞だったり、慣用句だったり。なんとか相手に伝えようとして、一生懸命に考える。思い出したり、見つけ出したりしないといけない。少しでもうまく見せられないかと頭を巡らせる……。これが書く人を苦しめ、書くことに長い時間を必要とさせるのです。
LINEにおける「用件」を、私は文章の「素材」と名付けました。コミュニケーションは「素材」で十分に成立します。LINEはそれで成立しているのだから。
そしてこのことに気づいていれば、もう文章は苦しいものではなくなるのです。「素材」を書けばいいからです。
小学校の作文の呪縛が文章を苦しくさせている
では、どうしてLINEなら「用件」で済ますのに、文章を書くとなると「素材」以外のものを書こうとするのか。それは、過去の呪縛があるからだと気づきました。
実は文章を習ったのは、小学校のときだけ、という人がほとんどなのではないでしょうか。そして、その習った文章はどんなものだったか。どんなものが、優れた文章として教わったか。
文豪の作品だったり、ちょっと難しい評論家の文章だったり、よくわからない詩だったり。教科書に載っているわけですから。つまりは、それがお手本になっていた。
また、優等生の書く作文もプレッシャーでした。今から考えると、ああいうものをスラスラ書けた子どもたちは、いわゆる文才のある子たちだったのだと思います。誰にでも書けるわけではないのです。
にもかかわらず、なんとなく、そういう立派なものを書かないといけない、という呪縛をみんな持ってしまったのです。それが、ずっと尾を引いている。実は私自身がそうでした。
しかし、そんな立派な文章は、そもそも日常的に使うことはありません。ビジネス文章にはまったく必要ないと言っても過言ではない。メールやレポートに、誰もそんな立派な文章は求めていないからです。
もっとわかりやすくて、簡潔で、スラスラ読めるもののほうがいい。求められている文章と、書こうとしている文章がズレている、ということです。
そしてその「書かなければいけないと思っている文章」を象徴するのが、表現する言葉だということに、私は気づいていくのです。そういうものを書かなければいけないと思い込んでいるのです。
表現しようとするから、文章が書けない
私は採用広告から書くキャリアをスタートさせましたが、新人が真っ先にやってしまうキャッチコピーがあります。
まさに会社を表現し、形容しようとしてしまう文章の典型例です。たしかに「いい会社」なのです。間違ってはいない。ただし、これではまったく伝わりません。どの会社でも言えてしまう。このキャッチフレーズで転職を決める人はまずいないでしょう。
そこでどうするのかというと、別の形容詞を必死で考えようとするわけです。
当社は、とても素晴らしい会社です。
当社は、とても見事な会社です。
極端な例ですが、さらなる表現に頭を悩ませてしまう。いくら表現しようとしても、ちっとも伝わらない形容詞を一生懸命に考えてしまう。まさにこれが、かつて私が300字書くのに1日かかっていた理由でした。
形容しようとするから、表現しようとするから、言葉を見つけようとするから、文章が書けない。時間がかかる。おまけに伝わらない文章になってしまうのです。
ここで発想を転換します。逆に「形容詞を使わない」と決めるのです。そうすることで、「素材」に目が向くようになります。要するに中身です。
この10年間、社員が1人も辞めていない
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どうでしょうか。「いい会社」「素晴らしい会社」と言われるのと、この3つの「素材」と、どちらが読み手に伝わるでしょうか。また、文章にできるでしょうか。すばやく書けるでしょうか。
「形容詞」を使わずに表現してみる
他にも例を挙げてみましょう。「すごく寒い」ということを書きたいとき、どうするか。ここでもやってしまうのは、形容詞に加えて強調する言葉を使うこと。
ただ、これでは「すごく寒い」がやっぱり伝わりませんから、言葉でなんとかしようと悪戦苦闘することになります。
今夜は、途方もなく寒い。
今夜は、びっくりするほど寒い。
これまた極端な例ですが、形容詞で伝えようとするのは、なかなか難しいのです。そして言葉を見つけるのに時間がかかってしまいます。
では、形容詞を使わないで、「すごく寒い」は表現できないのでしょうか。ここで「素材」を考えてみます。
軒下のツララは30センチにまでなっていた。
ポケットから出した手はすぐに真っ赤になった。
どうでしょうか。「すごく寒い」を形容詞で表現するのと、それを象徴する「素材」を書くのと、どちらが読み手に伝わるでしょうか。
私は素材には3つがあると思っています。
温度計もツララも事実そのものです。そして、数字を使うことでとても寒いということを表すことができます。エピソードはそれを示す象徴的な話やコメントのことです。
「素材」に目を向けると 、伝わる文章になる
これは、ビジネスの文章でも同じです。他にも例を出してみましょう。こんな文章を書かなければいけなくなることがないでしょうか。
しかし、これではどのくらい巨大なのかが伝わってきません。「巨大な」に変わる形容詞を見つけても同じことです。それより、「素材」に目を向けてみるのです。
ピーク時には200台のトラックが出発を待つ。
こんな大きな物流センターを国内で見たことがない、と専門家は語っていた。
形容詞を使わないと決めると、それを象徴する「素材」に目を向けざるを得なくなります。実は、形容詞は「素材」を見たときの読者の印象なのです。なるほど巨大なんだな、と読者はわかる。
しかし、それを書き手が先に言ってしまっては興ざめになってしまいます。それこそ、自分で自分を褒めているようなものです。そうではなくて、評価するのは相手なのです。その材料を提示するのが文章の「素材」なのです。
なんとか文章が書けるようになりたい、苦手意識を払拭したいと、「どう書くか」について印された、文章の書き方本を手にされる方も少なくないようです。文法について書かれているものだったり、書き方が解説されたものだったり、言葉にフォーカスするものだったり。でも、「読んだけれど書けるようになれなかった」という声もよく聞こえてきます。
しかし、目を向けるべきは「どう書くか」ではなく、「何を書くか」です。まさしく「素材」なのです。この「素材」をしっかりつかんでおけば、それだけできちんと伝わる文章が書けるのです。
「感想文」で多くの人が悩んでしまう理由
印象的なエピソードをひとつご紹介しておきましょう。私には娘がいますが、小学校のとき、授業参観に行った親は先生に感想文を提出しなければなりませんでした。300文字ほどの感想文です。
これに親御さんが悪戦苦闘されていたようでした。あるパパと話をしたところ、まずはどちらが書くかで夫婦で揉め、書かなければいけなくなって日曜日を1日使って悩んでしまった、と。先生に提出するわけですから、おかしなことは書けません。
そして、こう聞かれました。「文章を書く仕事をしているくらいですから、きっと早いんですよね。どのくらいで書かれるんですか?」と。申し訳ないので答えはお茶を濁しましたが、実は5分かからないほどで書いてしまっていました。
どうして私が5分で書けたのかというと、授業参観に行ったら、せっせと「素材」をメモしていたからです。教室にはどんなものが貼られていたか。先生の授業はどんなふうに進められ、どんな言葉が印象に残ったか。子どもたちの様子はどうだったか、象徴的なエピソードはどんなものだったか。
こういう「素材」は実はちゃんとメモしておかないと忘れてしまいます。家に戻って「さあ、書こう」となっても、なかなか思い出せないのです。人間は忘れてしまうので、必ずメモをしておかないといけません。
だから、私は学校に到着するなり、スマホを使ってせっせと「素材」をメモしていました。実のところ300文字では、とても書き切れないほどの「素材」がメモされていました。感想文を書くときには、そこから内容をチョイスして整理しておしまいです。5分もかからないほどでできてしまうのです。
これは、会社の研修の感想文や業務日報なども同じことがいえます。「素材」をしっかりメモしておけば、文章は怖くなくなるのです。
(まとめ)もっと肩の力を抜いて、文章とつきあおう
特にビジネスの世界では、文章は単なるコミュニケーションツールのひとつに過ぎません。それこそ、対面だったり、電話だったり、オンラインだったりで、しゃべって伝えるのと同じことです。それをたまたま文章にして伝えているだけに過ぎません。単なる情報伝達ツールなのです。
私自身、文章を書くことを仕事にしてだんだん強く実感していったのは、こういう思いでした。
「なんだ、これでよかったのか」
多くの人が、文章に対して肩に力が入りすぎている印象があります。もっとリラックスして、向き合ったほうがいい。
ぜひ知ってほしいことは、文章は「素材」からできているのだということ。それこそ「素材」を並べるだけでも、十分に伝わる文章を作ることができます。だからこそ、形容詞や表現に惑わされないこと。「素材」に目を向けることです。
御伝えしたい「たったひとつのこと」は、このことです。
立派な文章、正しい(と思える)文章を書かなければいけない、などと思い込まないこと。それこそ、しゃべるつもりで書けばいい。同じコミュニケーションのツールなのですから。
むしろ、形容詞は使わない、形容しない、と決めたほうが「素材」に目が向きやすくなります。そして、「素材」さえ揃えば、スラスラ書けるようになります。長文にも、ひるまなくなります。伝わる文章を、書くことができるようになるのです。
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