サイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)がイノベーションを起こす「モノづくり×イノベーション×はたらく論」対談企画第3弾――ブリヂストン・先端技術推進本部長・音山哲一氏×『リクナビNEXT』編集長・藤井 薫

変化のスピードが加速する時代、多くの企業が生き残りをかけて「イノベーション」の創出に力を入れています。同時に、未来の創発を生み出す、個人と組織の関係にも変化が起きつつあります。

「モノづくり×イノベーション×はたらく」をテーマとする本連載企画では、日本のメーカーにおいてイノベーションの現場の最前線で活躍する方々をゲストに迎え、『リクナビNEXT』編集長・藤井薫と対談。「イノベーションを生み出すために必要なものとは」「個の力と組織の力が響き合う鍵とは」について語ります。

第3回となる今回は、ブリヂストン入社後、材料開発、グローバルマーケティング、商品戦略と多様なフィールドで活躍し、現在は先端技術推進本部長兼先端技術戦略部長として、オープンイノベーションの推進、デジタルトランスフォーメーションをけん引する音山哲一氏です。

ブリヂストン・音山氏とリクナビNEXT編集長・藤井薫 イノベーション対談

プロフィール

株式会社ブリヂストン 先端技術推進本部長兼先端技術戦略部長

音山 哲一氏(写真左)

2001年、株式会社ブリヂストン入社。開発部門にて、世界最高峰の四輪レースのF1向けタイヤの材料開発を担当。二輪レースのMotoGP用タイヤの材料の配合開発を経て、12年グローバルマーケティング戦略部門へ異動、トラック・バス向けタイヤのグローバル商品戦略に携わり、新興国向けの商品企画業務に従事。17年10月、モビリティソリューション戦略部門にて商品、メンテナンスなどのサービス、IT/センシング技術を組み合わせたソリューションビジネスモデル構築業務を担当。18年7月、全社のソリューションビジネスをけん引するグローバルソリューション戦略部門にて、鉱山ソリューション向けの商品戦略業務に従事。19年9月、先端技術戦略部門へ異動、イノベーションによる新価値創造、オープンイノベーションの強化、技術センターの開発効率化を狙いデジタルプラットフォーム構築業務を担っている。

株式会社リクルートキャリア 『リクナビNEXT』編集長

藤井 薫(写真右)

1988年にリクルート入社後、人材事業の企画とメディアプロデュースに従事し、TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長などを歴任する。2007年からリクルート経営コンピタンス研究所に携わり、14年からリクルートワークス研究所Works兼務。2016年4月、リクナビNEXT編集長就任。リクルート経営コンピタンス研究所兼務。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)

日本メーカーのトランスフォーメーションを体現するキャリア

ブリヂストン・音山氏とリクナビNEXT編集長・藤井薫 イノベーション対談風景1

藤井薫編集長(以下、藤井):音山さんは、技術者として10年の経験を経て、グローバルマーケティング戦略や商品企画へ、さらに現在は技術、ビジネスモデル、デザインを組み合わせたイノベーションによって、新しい価値創造を推進しているとのこと。まさに音山さんのキャリアの変遷自体が、日本のメーカーのトランスフォーメンションの象徴に見えます。実際にどのような経験をされてきたのでしょうか。

音山哲一氏(以下、音山):ブリヂストンには社会人3年目に中途入社し、開発部門の材料開発部に配属されました。入社半年でF1タイヤのグリップ(路面と接するゴムの摩擦力、タイヤが食いつく力)の向上に貢献する材料である樹脂の開発を2年半、そして材料のグリップ評価をする部門で3年半担当しました。そのあとはMotoGPタイヤのトレッドゴム(路面と接する部分のゴム)のコンパウンド※開発を担当しました。ブリヂストンは素材技術がコアコンピタンスの一つで、当時新しい材料がどんどん開発されていたため、社内でも注目が集まる部門でした。

※天然ゴムや合成ゴムに補強材や各種薬品を配合したタイヤ材料

藤井:その後はコンパウンド開発から、グローバルマーケティング戦略部門に異動されていますが、どんなきっかけだったのでしょうか。

音山:入社して10年経った頃、独力でビジネススクールを利用して、マーケティングを学び、技術だけでなく、ビジネス全体を捉える必要性を上司に働きかけていました。すると、2012年7月に社内で初めてグローバル全体で商品戦略・企画を含めたビジネスモデルを構築するグローバルマーケティング部門が立ち上がった際、上司の配慮もあって声がかかったのです。開発部門から本社へ、異例の異動でした。

藤井:テクノロジー(技術)からストラテジー(戦略)へ、ひとつの商品から商品全体、マーケティングまで携わるようになったのですね。

音山:商品企画業務では、メーカーとして大事なバリューチェーン全体、開発から設計、生産、そして物流、販売という流れを捉えることができました。メーカーのイノベーションを考える上で「技術からビジネスモデルへつながる全体プロセスを把握する、そして全体感を見失わない」ことが重要だと実感できた、自分のターニングポイントでした。

技術と技術を組み合わせればいいモノはできるのですが、技術のみだと一過性のものになってしまいます。技術のみならず、ビジネスモデル、デザイン、との融合が必要で、そこで生まれた新しい価値を継続的、持続的に発信することが、メーカーのイノベーションにつながると思っています。

藤井:高い機能価値だけに満足せず、心地よい経験価値に練り上げて、持続的にマネタイズする。テクノロジーとビジネスとデザインの三重奏。これこそ、デジタル時代・カスタマーサクセス時代の競争力の源泉なのですね。

音山:その後、2019年9月から開発部門に戻りました。役員配下の先端技術部門に先端材料技術とデジタルエンジニアリングの二本柱があり、そこを横断する役割で私の在籍する先端技術推進本部があります。イノベーション創出、オープンイノベーション強化、そしてデジタル基盤構築を担当しており、ここまでの私の経歴自体がメーカーのトランスフォーメーションではないかというご指摘を受けて、もっともだと思っています。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

顧客の声に耳を傾ければ、日本メーカーはもっと伸びる

ブリヂストン・音山氏とリクナビNEXT編集長・藤井薫 イノベーション対談風景2

藤井:ブリヂストンという、日本を代表するメーカーのトランスフォーメーションを体現している音山さんから見て、日本のメーカーがイノベーションを起こすための強みと弱みはどのように見えるのでしょうか?

音山:日本はものづくりが得意で、商品の機能が素晴らしく、高い品質を生み出せる点が強みです。一方で弱みは、顧客の価値を感覚として捉えることが苦手な点でしょうか。

例えば、お客様である運送会社に対して、技術者は「摩耗に強いタイヤは、嬉しいですか?」とヒアリングします。お客様は「摩耗に強いタイヤはもちろんいい」と答えます。しかし本当のお客様の価値はそこじゃないのです。ドライバーが少なくて、タイヤを換える時間すら勿体ない。だからタイヤは長く使える方がいいから、摩耗に対して強いタイヤがいい。つまり、摩耗に強いタイヤは、タイヤを長く使うための要素であって、運送会社のニーズの本質ではないのです。

藤井:技術者がディマンド(需要)サイドに立てば、見える景色は変わりますよね。

音山:はい。その立場から、お客様の本質的な価値を理解していったら、機能だけを追求する技術開発の違和感に気づくはずです。そういうところが泥臭くできたら、日本のメーカーはもっと伸びるのではないかと思います。

さらに、今後はお客様の価値と社会価値が一対にならないものは、淘汰されていくだろうと考えていて、お客様の価値は大前提として、さらに社会の価値を創っていこうとしています。それがイノベーションに繋がるのではないかと思っています。

藤井:独創性や技術開発の強みを武器に、内にこもって誰も気づかないレシピを開発することもできるけれども、外に開かないと本質的な顧客価値に気づかないし、社会価値とも連結しない。―強みと弱みはコインの裏と表ということですね。

音山:また、オープンイノベーションを積極的に推進するための一つの取り組みをご紹介させて頂きます。「セレンディピティ」(偶発的な幸運)という言葉がありますが、これを実現するために、とにかくタッチポイントを増やそうという動きをしています。以前オープンイノベーションを推進するために「オープンイノベーショントライアル」という企画を開催して、いくつかの企業と技術交流会のような催し事を行いましたが、こちらの困りごとをお話さしあげると、皆さん自分事のように協力してくれるのです。弱みや困りごとを見せて、こちらがオープンになることで、さらにタッチポイントも増えて、セレンディピティにつながっていく、オープンイノベーションへの一つの合言葉にしています。

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心理的安全性があれば、チャレンジが、イノベーションにつながる

ブリヂストン・音山氏とリクナビNEXT編集長・藤井薫 イノベーション対談風景3

藤井:会社を外に開き、弱みや困りごとをあえて見せていく。そこには組織としての仕組みや風土も必要に思えますが、どういうカギが必要なのでしょうか。

音山:組織論にもイノベーションにも通じるのですが、「サイコロジカルセーフティ(心理的安全性)」という言葉が注目されていますよね。イノベーションを加速させるための意見は様々ありますが、私が到達したのがこれです。心理的安全性が担保されていないと、前向きにもなれず、イノベーターにもなれない。周りに何を言われようが、やっていくのは自分たちなのです。

藤井:お話を伺っていて、幼児の養育行動におけるセキュアベース(心理的安全)の研究を思い出しました。ハイハイする幼児が振り返ったとき、母親の姿を確認できた幼児はさらに前進し、できなかった幼児は引き返してしまう。心理的な安全基地があるからこそ、外の世界へ冒険し発達成長できる。その意味では、母親のような見守る眼差しこそ、組織風土には不可欠なのだと感じますね。

音山一人一人が少しだけ自分の範囲を越境して慮ったりすることで、それぞれ相手の心理的安全性が担保され、うまくことが回るのです。実は無意識のうちにこういうことが担保されています。例えば、担当者が変わったら「あの人には言わなくてもいいかな」と、今まで言っていたことを言わなくなったりします。メーカーは一人一人がバリューチェーンなので、こうした変化によってバランスが崩れていきます。全員がちょっとずつ歩み寄って安全性を担保すると、安心感につながる。この安心感がイノベーションが生まれやすい環境をつくると思うのです。

藤井:最近、日本のラグビーで有名な「one team」という言葉のほかに「same page」というものがあります。ノールックでもパスができるのは、お互いが同じ絵、フューチャー(未来)を見ているからだと言います。困っている人を助けたいという、社会全体の課題に向かって、お互いが同じページを見ていれば、小さなポジション争いは起こりにくいでしょう。

音山:個人と組織が響き合うためのカギで、特に若手の方に向けたメッセージで一つお伝えしたかったのが「今こそ出発点」という言葉です。京都の大徳寺大仙院というお寺の名物和尚さんの言葉で「人生は毎日が訓練である わたくし自身の訓練の場である 失敗もできる訓練の場である…(中略)…いまここで頑張らずにいつ頑張る」というものです。中学生の修学旅行で目にして感銘を受けたのですが、今の若手に「訓練」っていうと引かれそうですね。ただ、毎日新しい出発点だと思って、昨日失敗しても、気持ちを入れ替えて、毎日新しい気持ちで頑張ってもらえれば、イノベーションも起きていくのではないかなと思うのです。

先日、嬉しいことがありまして、他社のイノベーションスペースに開発部門の若手5人を連れて行ったところ、先方との打ち合わせでたくさんの質問をしていたのです。普段社内ではそんなに質問しないらしいのですが、若手だけで自由に1時間半ほど見学した後に、打ち合わせに入ったところ、相手の方が困るような質問も出てきたのです。心理的安全性にもつながるのですが、それぞれが秘めているものを、解放していいという安心感があれば、チャレンジできるのですよね。

藤井:大リーグやリーガ・エスパニョーラのようなスポーツの世界は、新人でも実力さえあれば、大谷選手や久保選手のように、すぐに先発で出場することができます。年齢や年次ではなく、その能力や姿勢を評価する仕組みがあり、心理的安全性の風土がファンや社会インフラにあるのでしょう。音山さんご自身もそういうご経験はありましたか?

音山:そうですね。良かったのは本社へ移動した際、役員との距離が近かったことです。常日ごろ一緒にいると意見を聞いてくれるようになりました。その際、「あなたはすべてに対してフェアに見る人だから、あなたの話は聞くよ」と言われました。あるときはファクトベースで、またあるときは仮説ベースでと、生意気でしたが客観性は大事にしました。そういう意味ではこの会社は、上司が話を聞いてくれる、チャレンジできる環境かなとは思います。

藤井:技術開発拠点のある小平地区を再構築し新たに開設する、B-Innovation(2021年竣工予定)も、共感~共創を通じたオープンイノベーションの推進を掲げています。心理的安全性が担保され、社内外で言いたいことを互いに言い合える場となっていきそうですね。セレンディピティを生むための仕掛けもあるのでしょうか。

音山:自ら動きたくなる状況を作りたいと思い、講演会で本業と関係ないデザイナーさんを招いて、違うことを考えさせる機会を作ったりしています。違う世界観の人と会うとこんな面白いことがあるのだとわかると、そういう人たちは自然と外へ目が向いていきます。

もう一つは、若手を始めとした、考えていることはあるけど出す場所がない人たちに対して、チャレンジルールという仕組みがあります。やりたいことがあれば、進言した予算内でチャレンジできます。中には実際の事業につながったテーマもありました。そういう場や機会を作っていくことが大事ですね。

社会課題と向き合い、パーツメーカーから移動ソリューションコントリビューターへ

ブリヂストン・音山氏とリクナビNEXT編集長・藤井薫 イノベーション対談風景4

藤井:2019年1月には、Tom Tom Telematics社(現Webfleet Solutions社)※を買収しましたが、いよいよMaaS(Mobility as a Service)の世界でデジタルプラットフォームを手掛けていくようになるのでしょうか。

※Tom Tom Telematics社…欧州最大のデジタルフリートソリューションプロバイダー。運送及びパーソナルモビリティ分野で業界をリードするデータプラットフォームを提供し、ドライバーや運行状況に関する様々なデータの管理・提供を通じて、ドライバーや運送業者の安全性・効率性・生産性の向上に貢献。

音山:商品とメンテンナンスなどのサービス、サービスネットワークをデジタルでつなぎ、新たな社会価値・顧客価値を提供するソリューションプラットフォームをBridgestone T&DPaaS(Bridgestone Tire&Diversified Products as a Solution)と定義し、その展開を進めています。背景の一つには今までのモノ売りから、コト売りへ移行しようというものがあります。単純にタイヤを売っているだけでは、本当の意味でお客様や社会に価値を提供できないと改めて気づいたことから始まりました。

例えば、お客様である建機メーカーへ直径約4メートルのタイヤを提供するのですが、現場ではリアルタイムで様々なオペレーションをしていて、24時間365日動いているような状況です。彼らは少しでも早く走れれば生産性が上がるというのです。私たちは、もはやタイヤ自体をどうするというより、お客様のオペレーションそのものをどう改善するかにフォーカスが変わっていきました。先ほどの、社会課題の手前の顧客価値をともに考えるということです。

藤井:「自社によるモノ作り」から「顧客とのコト作り」、そして「社会との意味創り」へ。タイヤと接するあらゆるヒト・モノ・コト・情報が、新たな価値を生んでいくのですね。

音山:はい。 90年近く皆さんの足元をタイヤで支えてきた経験を活かし、スマートシティ化するモビリティ社会の足元を支えていこうという思いがあります。EV(電気自動車)やパーソナルモビリティが走って、街と生活がシームレスにつながる世界で、クルマの部品の中で唯一路面に接し街中を往来するタイヤの生み出す価値は益々高まるとみています。スマートシティにおいてタイヤから収集できるデータを活用し、皆さんの暮らしを豊かにする取り組みを進めていきたいですね。

将来のモビリティ社会では、シェアドサイクルやカーシェアリングのように、今まで個人の所有だったものが、企業所有になっていくものとみています。公共物はどうしても使い方が荒くなるため、特にメンテナンスなどのサービスが重要になります。商品とサービス、サービスを提供するネットワークをデジタルで繋ぐことで、一人ひとりの移動をより安全で効率的にする価値を提供していけるのではないかと考えています。ブリヂストンはこれまで、タイヤでクルマの走りを支えてきましたが、これからは進化するモビリティ社会全体を支えていくソリューションコントリビューターになっていきたいですね。

藤井:全世界でのタイヤ接地面積を考えると、そこから得られるセンサー情報は、まさにビッグデータになりそうですね。タイヤ開発からソリューションコントリビューターへとトランスフォームする。社会も会社組織も働く個人も、タイヤのようにスマートにワクワク転がる未来。興味が尽きない日本メーカーの未来の挑戦に期待しています。

ブリヂストン・音山氏とリクナビNEXT編集長・藤井薫 イノベーション対談風景5

WRITING 衣笠可奈子 PHOTO 平山 諭
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