10代からアイドルとしてステージに立つ一方、ドラマ『新撰組』『西遊記』、映画『ザ・マジックアワー』『人類資金』など俳優として、さらには個展も開催するアーティストとして活躍する香取慎吾さん。新たな挑戦は、「愚か者たちの衝撃のヒューマンサスペンス」と銘打たれた映画『凪待ち』だ。主人公となる絶望的なダメ男を演じた。そんな彼の、良い仕事をするヒントとは?共演で恋人役を演じた西田尚美さんとのスペシャルインタビュー。
役に入る前に、考えたりしないんです
俺はどうしようもないろくでないしです――。俺がいると悪いことが舞い込んでくる――。そんな人間観を自ら語る、香取慎吾演じる主人公は、毎日をふらふらと無為に過ごしていたが、恋人とその娘とともに彼女の故郷・石巻で再出発しようとする。しかし、小さな綻びが積み重なり、やがて取り返しのつかない事態が起こる。次々と襲いかかる絶望的な状況から、主人公は次第に自暴自棄になっていく。監督は『孤狼の血』『凶悪』の白石和彌。
香取慎吾 1977年1月31日生まれ、神奈川県出身。アイドル・アーティスト・俳優。
西田 尚美 1970年2月16日生まれ。広島県出身。女優。
――衝撃の役柄です。最初に脚本を読まれたときは、どんな印象を持たれましたか?
香取:脚本だけでは見えない部分がいっぱいあった映画だったので、最初はちょっと不安がありました。静かな話ですし、台本を読むだけで、これは面白い作品になるぞ、と盛り上がるような映画ではないですし。派手なシーンやアクションの部分も、実際できあがったものにはあるけど、台本では一行、「主人公が殴られた」、とかしかない(笑)。そこから想像するのがなかなか難しかったです。でも、始まったら一気にすごく広い世界になっていきました。
監督からは最初に、人間ドラマやヒューマンという領域はあまりやってこなかったから、そういう映画を作りたいんです、と言ってもらっていました。ところが、撮影が始まったら毎日、羽交い締めにされたり、ボコボコにされたりする日々で(笑)。監督ちょっと最初に言ってたのとちがくないですか、なんて言いながら撮影してましたね(笑)。
役に入る前にいろいろ考えたりとかは、僕はまったくしないんです。いつも現場で、監督に言われた通りにやっているだけです。こういうろくでなしみたいな人はまわりにはいないからどうやって役作りをしたのか、と聞かれますけど、そんなに特別なことではなく、孫悟空を演じた時と同じです。孫悟空の気持ちなんてわからないじゃないですか(笑)。それと同じなんです。
西田:舞台が石巻だったので、これは行ってみないとわからない映画だな、と最初に感じました。石巻には私は行ったことがなかったので。きっと、街というか、空気感とか、地域に助けられる映画になるんだろうな、と。
あとは、本当にダメな人の映画でしたから、これを香取さんがどんなふうに演じるんだろうと思って、それは楽しみでしたね。でも、現場に行ったら、香取慎吾さんではなくて、すでにダメ男の主人公がそこにいたので、すごい、と思いました。もうアイドルじゃなくなってた(笑)。
テレビではまず見られないような衣装を着て、無精ひげを生やして、髪の毛もボサッとなって。でも、そのやさぐれている感じが、ものすごい素敵で。たぶん何もしていなくて、普通の香取さん、寝不足だったんだと思いますけど(笑)、目の下のクマの感じとかも、ものすごくリアルで自然な感じで、本当にこの街に住んでいる人のように存在していました。改めて、映画って、すごいなぁと思いましたね。
近所の民家にしょっちゅう遊びに行っていた
西田:そういえば、石巻での撮影の合間、ロケで借りた家の近くの民家によく行かれていましたよね(笑)。
香取:はい、漁師さんが住まわれてて、いっぱいご馳走になりました(笑)。
西田:海のもの、本当においしかったですけど、たまたまご近所に住まわれていただけの方ですよね。
香取:はい、ロケですし、ずっと外にいるじゃないですか。そうしたら、そこに家があったので。
西田:そりゃ、家はあります(笑)。
香取:なので、ピンポン、とお邪魔させていただいて。
西田:(取材陣に向かって)本当に、溶け込んじゃってたんですよ(笑)。
香取:はい、合間合間に行っていて、そのおうちのリビングが、僕の控え室みたいな(笑)。お父さんとか、おじいちゃんとか、とてもよくしてくださって。
西田:最初の頃は、現場に置いてあるディレクターチェアに一人で座って風に吹かれていたじゃないですか。ところが、あるときからいなくなったと思ったら、「西田さん、こっちこっち」って窓から、まるで我が家のように(笑)。
香取:毎日、行ってましたね。撮影が終わったら、お父さんに挨拶に行って、またビールをご馳走になって(笑)。
西田:ものすごく楽しそうでしたね(笑)。
――俳優として、映画の共演にあたっては、何か心がけることとか、あるんですか?
香取:あんまり、こうしよう、とか考えてないですね。自然な感じで。
西田:そうですね。余計なことはしないほうがいいんじゃないでしょうか。ほら、近づくと、逃げちゃうじゃないですか。子どももそうだし、動物もそうだし。だから、特別なことをするよりも、ずっとそこにいるだけで、同じものを作っているからいいものにしていこう、ってみんな自然になっていくと思うんですよね。
香取:近所に家もありましたしね。やさしい家(笑)。
西田:あの存在はほんと、香取さんパワーだと思いました(笑)
誰でもダメなとき、下を向くことがある
――ろくでなしのダメ男の話なのですが、主人公をどう思っていましたか?
香取:演じながら、ほんとにダメなヤツだなぁ、と思いました。この主人公と比べたら、僕はいろいろしっかり頑張っているほうだと。でも、初めて感じたんですが、やさしさって、時には痛いんだなぁと。僕は、ダメな人がいるとやさしくしちゃうほうなんですが、相手からすると実は痛いんだということがわかりました。やさしさがつらいこともあるんだと。それを初めて知りました。
「この役のこんなところは慎吾ちゃんにはないんじゃないか」なんて言われたりもしたんですが、それは違うと思います。誰でもダメなところはあるし、下を向くときもいっぱいある。人間だから、うまくいかないこととか、つらさを感じたり、苦しいこともいっぱいある。それこそ、自分の半分くらいは、今回の主人公みたいなところがあるんじゃないかと思います。
でも、僕はアイドルなんで、やっぱり笑顔じゃないとダメじゃないですか(笑)。アイドルで、主人公(映画のリーフレットを指さして)みたいな顔をしているわけにはいかない。でも、共感するところはいっぱいありました。
西田:私は恋人役ですが、やっぱり放っておけないんだと思うんですよね。だから、ダメなんだけど、一緒にいてしまう。好きだから、言葉で「いいかげんにして」ってきついことを言っても、離れられない、何かつながっているようなものがあるんだと思うんです。そういう弱さが、この恋人にもあるんだと思っていました。
――途中で、取り返しのつかない事態を引き起こすシーンが出てきますね。
香取:あのシーンを思い出すとつらいです。あの瞬間、ちょっと何かが違ったら、その後のことも変わっていったんだと思うんです。でも、現実にはこういう狂った瞬間というのが、起こるはずのない次の出来事を起こしてしまうんだと思いました。だから、ものすごくリアルに感じましたね。
西田:リアルでしたよね。書かれたセリフなんですが、その場で出た生のリアクションのようなものを、監督が採用してくださって。だから、セリフが、ものすごくリアルになったと思います。主人公は、この後、一生これを引きずって生きていくんだと思ったら、辛かったです。
フィクションから学べることもある
――そして主人公は、それでも愚かな世界から抜け出せません。
香取:そこが、ドラマなんだけど、ドラマじゃないというか。ドラマだったら、ここで行動を変えて前向きになって、ちょっとでも光が射しそうかな、なんだけど、主人公にはそれがまったく訪れないのが、現実感があるんだと思うんです。怖いですけど。でも、だからそんな彼を見ると、フィクションから学べることもあるのかな、と感じました。
実際、一人で歩いてるだけでも、いろいろ考えているんだと思うわけです。考えていないからうまくいかないんじゃなくて、いろいろ考えているんです。心を閉ざすところもわかります。それは、共感できる感じがする。
西田:人間は、そんなに強くないですよね。だから、弱さを見せられたりすると、何をするわけでもないけど、一緒にいてあげたいと思ってしまうんだと思う。寄り添うだけでも、違ったりしますから。
そんなにみんな立派じゃない気がするんです。表向きちゃんとしている人でも、裏の顔というか、普段は隠している部分があって。それを表に出せる人もいるけど、出せない人もいる。主人公のような人は、たくさんいると思う。それを放っておけない人も。
――映画を観て、どんなことを感じてほしいですか?
香取:もがきながらでも、あきらめなければ、見えてくるものがあるんじゃないか、ということは感じられるかもしれない。エンターテインメントとして、最後に光がパーッと射す映画もあるかもしれないけど、そういう映画とはちょっと違う。でも、主人公にはあきらめの瞬間って何度もあるんですが、かすかにあきらめないんです。それが人生をつないでいく、ということを、ちょっとだけ感じさせてくれて映画が終わっていく。この空気感が、僕はすごく好きですね。
西田:彼はどっちに行くんだろう、っていう微妙な揺らぎが明確じゃなくて。船の上で揺らいでいるような感じで、もやっとして終わっていく。それが、この映画のいいところ、という気がします。見た人それぞれがそのときに感じる気持ちがある。私は主人公の恋人役を演じたから、どうぞ救ってください、と思いました。報われてほしい、と。みんなどう感じるんだろうな、って気になります。
生きるって、大変じゃないですか
――読者に向けて、いい仕事をするためのヒントをお聞きするとすれば、どんなお話をされますか?
香取:自分の意見を言ったほうがいいですね。ちょっとずつ、僕は言うようになりました。みんながうなづいた瞬間に自分もうなづいて、でも家に帰ったら、やっぱり違うんじゃないか、と思ったこともあって。でも、思いは言っておいたほうがやっぱり自分の行動が変わりますよね。
若いときはあまり言えないけど、もっと早くから言えていたら違っただろうな、と最近思います。それによって失敗することもあるかもしれませんが、気持ちはすっきりします。
西田:何の仕事をしてもそうだと思うんですが、人と人じゃないですか。だから、一緒に仕事をする人を信頼することが大事だと思っています。私たちの仕事なら、監督やスタッフ、共演者を信じてやっている。いい作品を作ろうと、思いはみんな一緒だと思うわけです。それがあるから、いろんなものが生まれていく。なのに、大丈夫かな、と思って入っていくと、いろいろ違ってきてしまうと思います。信頼から入ることです。
――お二人とも長く活躍されています。20代と30代では、仕事への向き合い方は変わりましたか?
香取:変わっているところはあると思います。僕は、10代からやっていますが、10代、20代、30代、40代でも変わっています。経験値がどんどん貯まって、いいことも悪いことも知っていくじゃないですか。
人としてはいつまでも変わりませんけど、仕事に対する意識はいい意味で変わっていっていいと思っています。
西田:元の部分はきっと変わっていないけど、年齢を重ねるからこそ、言えることもあるし、見えて来ることもありますよね。
――映画のパンフレットのインタビューでは、「大変じゃない、ってつまらない」と香取さんはおっしゃっています。
香取:生きるって、大変じゃないですか。だから、大変さを避けて行っちゃうと、やっぱり面白くないと思うんです。実際には、避けようとしても、避けられないですけど。
大変なこと、辛いこと、苦しいこと、どんどんやってきますから。だから、そこから逃げずに行く。全部、勝て、ということでもないけど、少しは向かっていかないと。それは面白いことだ、と思ったほうがいいですよね。
僕だって、大変なこと、たくさんあるんですよ。そうは見えないかもしれませんけど(笑)。
西田:やっぱり人生、いろいろありますよね、本当に。冒険しているようなもので、いいこともあれば、いろんなことも起こる。そこに、みんな向かっている。
香取:必死ですよね。僕も、必死に生きてます。
『凪待ち』
2019年6月28日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
出演:香取慎吾、恒松祐里、西田尚美、吉澤健、音尾琢真、リリー・フランキー
監督:白石和彌 脚本:加藤正人
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