なぜ、日本は解雇が難しいのか?―海老原嗣生氏が語る「人事管理の側面から見る日本の働き方」②

日本型雇用のメリット/デメリットについて、企業側そして働く側の人間がきちんと理解すること。それが、働き方の「なぜ?」「どう(改革)すれば?」を解決する糸口になる。人事管理のプロ、海老原嗣生さんが語る。

日本では、なぜ解雇は難しいのか?

人事コミュニティ「グローバル人事塾」の2017年末の勉強会にて、海老原嗣生氏がその構造から日本の雇用問題を解説した。

>前編では、欧米のポスト主義、日本の職能主義の基本を理解することで「なぜこうなっているか」という現状を見てきた。ここでは、そのベースを踏まえて、その上で働きやすさをどう求めていくかを考えていこう。

*前半はこちら

株式会社ニッチモ 代表取締役 海老原 嗣生(えびはら つぐお)氏

2013年4月に施行された改正労働契約法(以下、改正労働法)の影響が出てくるのが、実はこの2018年だ。改正労働契約法のポイントは、大きく次の3点。

  • 無期労働契約への転換
  • 雇止め法理の法定化
  • 不合理な労働条件の禁止

つまり、改正労働法では有期労働契約者のための規定が整備された。
「有期労働契約が通算5年を超えて反復更新された場合、有期契約労働者の申込みにより、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換される」という無期転換ルールが定められた。これは、2013年4月1日以降に開始する有期労働契約が対象となっており、その5年目が2018年になる。

また、解雇について、最高裁判決で確立している権利濫用法理が規定された。

第16条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

実際それまでは何ら法的な規定はなかったのだ。
ただ、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」というのは、ごく当たり前の話であり、別になんら規制とはなっていない。

一方、欧米ではどうなっているかというと、これはかなり厳しく定まっている。たとえば、スウェーデンでは次のとおり。

  • 勤務2年目までの人で1ヶ月前に通知、2年から4年の人が2ヶ月前、4年から6年の人が3ヶ月前、10年以上の人は6ヶ月前までに通知することが義務付けられる

  • 67歳に達した月末まで継続雇用される権利を有する

  • 解雇通知に違反があった場合、損害賠償として、勤続5年未満の人で6ヶ月分、5年以上10年未満の人で24ヶ月分、10年以上の人で32ヶ月分

このように、法律で厳しく決まっている。それに比べると日本は緩いと言えるだろう。では、なぜ日本の企業は社員を解雇できないのか?



「解雇手続き、期間、法律的に決まっていることは標準以下、緩いんです。でも、解雇の困難性だけが高い。法規制ではなく、解雇の実質困難性が高いのです。それはなぜか? 日本は『限定的』に雇っているわけではないからです」


たとえば、東京支社の営業1課の平社員というポストがあって、不況なのでポストを減らすとなったときに、もしこのポストで雇っているなら「いらない」となる。

しかしそうではなく、会社に入るという契約であれば、では2課に行きなさいとか、他の支社に行きなさいという話になる。

日本型の無限定雇用では、必要なときに自由に動かすことができる人事権を企業は持つ。誰が抜けようが新卒を一人採れば補充できる。企業としては、これはプラスだ。しかしそのメリットを享受している分、ポストがなくなったとしても辞めさせることはできない。



「企業側のずるいところはメリットのところは忘れているんです。これは労働者側もそうです。異動させられるじゃんって文句を言うけど、その分、雇用が保証されているということを忘れている。

お互いに良いところを見ないで悪いところばかり言い合って、欧米の良いところだけを見てしまう。でも、欧米は人を動かせなくて大変です。労働者は良いポストが空いていなければ転職するしかないんです」


日本型で人事管理をしている企業だと、必要な部署に自由に人事異動さられる分、ポストがなくなったという理由で解雇はできない。裁判所が判断している「ダメ」というのはそういうわけだ。法律ではなくて、そういう雇用の仕方をしているからだ。



「たとえば、大手外資企業が医療機器系メーカーを買収したとき、買収元の人事は、その弱電技術が生かせる空きポストを提示して、受けたければら応募してと、斡旋するだけでした。異動とか配転などっせず、それしかやらないわけです。

でも、あちらはもう法律のプロだから、企業都合で動かした瞬間に雇用保障が発生してしまうとわかっている。それは絶対にやらないでくれと言われたそうです。日本において別に法律で決まっているのではなくて、人事運用で解雇できなくなるということです。だから、そんな運用はしない、うちはポスト型雇用を貫くと。わかっている企業はこういうふうにします」


全く異動をさせないか、異動させるときには本人からの同意を取るというような、人事権を行使しない運用をしている企業なら、ポストがなくなったら辞めさせることができる。これは、日本でも派遣で、たとえば庶務のポストで雇っている場合、ポスト型雇用なので、そういうことはできる。



「欧米の場合、解雇をする時に行われる常套手段として、企業はどうするかというと、人事編成をしてポストをなくしてしまうんです。

それを規制するために、フランスなどを中心に、ポストがなくなった場合、基本、どこかに転換させなければいけないというような法律や憲法を作っています」


このように欧米型雇用というのは、原則、ポストがなくなったら整理解雇が可能だ。また、社内の中に空いているポストがあっても、平社員クラスであれば、異動ではなく、あそこが空いているから応募したらどうかと斡旋する形になる。
(なお解雇が盛んな米国でも、最近は有無を言わさぬロックアウト型の解雇などはよほど年収の高い人が対象だそう)

今のは整理解雇の話だが、指名解雇でも同様だ。
指名解雇はいわゆる能力の不足、職務遂行能力の欠如による解雇で、本人の問題で能力がないからやめさせるというものだ。

日本型雇用の場合、たとえばこの人に営業能力がないとなっても、「営業で雇ったわけではないですよね。会社に入るというということで雇って自由に異動させている。じゃあ経理や人事など、営業に関係のないところで再起させてください」と言われてしまう。これが欧米の場合、基本はポストだから、仕事ができなければ解雇できる。



「今は欧米も厳しくなっているようですが、特に欧州の場合は試用期間が長いです。2年間くらいある。日本の試用期間はビヘイビアチェックですが、向こうは職務を見ます。やらせてみてできなかったら2年間のうちに解雇すればいい。そして、2年を過ぎるとなかなか解雇できなくなります。

ただ最近は辞めさせるとやはりいろいろと厄介なので、よくやるのが「PIP(パフォーマンス・インプルーブ・プログラム=業績改善計画)」です。期間を定め、その間に、「ここまで業績を改善すべし」という目標を提示する。

で、それが達成できない場合、降格となる。降格させるとどうなるか、向こうは転職の際に前職のポスト・給与が基本になるから、降格したあとの転職は安い転職しかできなくなる。降格させるよと通告すれば、その前に転職しますとなるわけです」


このように、ジョブ型というのはポストがなくなれば解雇する。そのポストで雇ったからそうできるのです。日本において解雇の難易度が高い理由は、企業が人事権を行使し、組織を動的に運営しているから。日本はポストが決まっていない。無限定だから解雇できない。要は、自由に人事発令できるメリットがある分、義務を負うということ。



「日本は自由に解雇できないと経営者は言いますが、その分、どれだけメリットがあるのか、欧米と比べて考えてみてほしい。これを労働者も理解してほしい。悪いこともあるが良いこともあるから成り立つ、裏と表なのです」


海老原氏は、濱口桂一郎さんの言葉を引用して、「世界中の雇用システムというのは、国よって大きく違う。けれど、すべてが一長一短だ。万能な労働システムはない」という。

つまり、人事というものはその国に合わせて制度を設計していくもので、良し悪し双方があるものだということ。そうして、考えていかなければならないものなのだ。

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日本で「人が育つ」仕組み

日本型の雇用システムでは、新卒で入って能力アップに伴い、等級やポストがアップしていくという仕組みだが、なぜ能力がアップするのか? 

理由は易しい仕事から始めて、慣れると女ジョン難しい仕事を任されるようになっているから。これも、日本が無限定雇用だから可能なことだ。

たとえば、経理の「け」の字も知らない、文学部や法学部卒の人が経理に入る。たぶん、彼らの1年目は主に債権管理という仕事をするだろう。この仕事は口座の入出金管理や、延滞している請求先への督促など、経理知識がなく行える。

その傍らで、他部署からも「誰にでもできる仕事」を振られるだろう。財務会計からは伝票のファイリングをやれといわれたり、管理会計からは進行表の中の数字入力をやらせられる。そうすると、毎日進行表に数字を入力しているうちに進行表が次第にわかってくる。ファイリングをしているうちに、勘定科目が読めてくる。

こんな感じで、誰にでもできる仕事を任されているうちに、経理のアウトラインがわかって来る。その頃には、債券管理を脱して、次に経理事務を仰せつかるだろう。

そこで、仕訳を覚えると、今度は支店会計を任される。そこで決算を熟せるようになると、今度は本社に戻り、決算チーム入りする。こんな形で、徐々に徐々に階段を上っていく。



「これが日本型の『無限階段』です。仕事は決まっていない、そして縦横自由に動かせる、だから債権管理で入った人がいろいろな仕事をやらされて、いつの間にかぐるぐるまわされて、一端の経理マンになる。これは、自由に異動させることができて、その仕事の中でも職務を自由に組み替えられるからです」


ここで、日本人の長時間労働の理由も見えてくる。習熟に応じて慣れると次の難しいタスクが与えられる。欧米のジョブ型/ポスト型ではポストで役割が明確になっている。そのため、任せる仕事の内容を柔軟に変えていくことができない。また、ポストも「債権管理→事務→支店会計」などと簡単に変えられはしない。

欧米型ポスト雇用では、決められたポストで仕事を全うする。そのため、慣れて早くこなせるようになれば、早く帰れるようになる。対して日本型は、仕事の内容が無限階段で変わっていく。そのため、長時間労働になりがちなのだ。

これは、ポストの穴を下から埋められる理由でもある。

再三繰り返すが、ポスト型雇用の欧米の場合、ポストを超えて優しい仕事を寄せ集めて新人用のパッケージを作ることが難しい。また、上の仕事を下に切り出して与えて、徐々に覚えさせるということも難しい。



「たとえば、日本では平社員でも、2年目、3年目になると、今度新しく入る新人の教育係をやってくれとなります。でも、欧米では教育はサブリーダーのポストにいる人がやります。だから平社員には任されません。

日本の場合、上から切り出されて、教育担当という一番最初のマネジメントを覚えてしまうのですね。そうして、マネジメントの敷居をちょっとずつ上がるから、係長、課長と誰でもなれるのです。上からちょっとずつ切り出されるからです」


なぜ登れるのかというと、日本が無限定雇用で、小さな階段の連続でできているからだ。これが欧米のポスト型雇用であれば、上位職と下位職が完全に区切られ、崖のようになっているから簡単には上れない。日本だと誰もが昇進昇格をしてそこそこの給与になれる理由はそこにある。

そして、この階段によって東大を出た人も登ってくる。そのため、欧米のように一部の人だけが高額な年収を得るということにはならないのだ。

欧米では、こんな感じで、上位と下位の敷居が高く、そこを上って行けるのは一部のやる気溢れる人間たちで、あとは下のままという、上下に分かれた社会構造になっていると海老原氏は言う。



「たとえばフランスの場合、階段を上らない大多数の人たちは、年収350万くらいで止まってしまいます。それではとてもやる気などでないでしょう。で、その帳尻を合わせるために、ワークライフバランスが必要となるんです。

協定で定められた40日の休暇を毎年全部取る。残業は一切しない。だから年間労働時間は1400時間しかない。出世せず350万円で一生過ごす分、ワークライフバランスという『飴』が用意されている。

で、350万円しか稼がなくて家に早く帰って来るような旦那では、奥さんに『飯・風呂』とは言えない。だから夫婦で家事を分担せざるをえない。こんな背に腹は代えられない形で、『ワ―クライフバランス』も『男女平等』も成り立っているんです」


みんなが階段を上る日本型では、正社員を続けていれば仕事は難しくなり、その分、年収は伸びる。大企業なら平気で1000万。中小規模の企業でも50歳なら600万円を超える。そのためには、階段を上り続けなければならないから、労働時間は伸びる。

その結果どうだろう。かなり高収入を稼ぎ、そのうえ残業は長い。そんな旦那が帰ってくると、「飯・風呂」となる。メンタリティの問題よりも、雇用システムの違いがやはり根底にはあるのだ。



「いつも階段を登るために忙しい。いつもたくさん重荷を背負っている。そういう状況では家事育児の分担ができない。そのため、夫婦ともにバリバリ働いてきた家庭でも、子育てや介護などで家事が増えると、女性が退職するしかない。

この階段があることは楽しいことで、働く人にとって差別的ではないものだけれど、結果として家事育児労働を女性に寄せるという形になってしまう。だから女性が活躍できない仕組みになっている。ここが日本型の悪いところです」


確かに、そう考えると難しい問題で、みんなが階段を登れるという仕組みは確かにいい。しかし、女性をある意味外すことになってしまっている。あるいは、階層社会にして登れない人を多くして、代わりワークライフバランスを充実させて男女平等にする。どちらがいいか、とそういうことなのだ。

雇用システムと人の暮らしは密接にセットになっており、簡単に「ワークライフバランスを見直そう」と言っても無理だ。メンタリティの問題ではないし、個人レベルで解決できることではないのだ。

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日本型雇用が生む社会的な課題とその解決

限定雇用の欧米とは異なり無限定だからこそ、ポジションチェンジが自由にできる。無限定だから階段も登れる、無限定だから新卒採用ですべてが埋まる。

欧米でも本人にやる気があれば自分で階段を作ることは可能だが、個人がそれぞれのキャリアを考え、自ら獲得する必要がある。日本は、玉突き解消人事の中で、それを会社がやってくれる。

こうした日本型のよいところはたくさんあるが、ただ、日本型に根ざした問題も出てきている。それが女性や高齢者の問題だし、非正規雇用の問題だ。

前述のように、みんなで階段を登っていくのは多くの人に夢を与える仕組みだが、このしわ寄せは女性にいく。また、役職が上がってハイレベルな仕事に慣れてしまった人は、営業や事務といった仕事ができなくなってしまう。

技術の進歩や法制度の変化などで、彼らが平社員時代にやっていた仕事の仕方はもう通じない。だから、定年退職でやめていくしかない。働けない高齢者の問題も、やはり「日本型のみんなが階段を上る仕組み」に根差している。

しかしながら、少子高齢化で労働者不足の現在にあって、女性や高齢者の参加抜きに、企業活動はもうなしにはやっていけない。女性や高齢者活躍できるよう、社会がシフトせざるを得ない。現在は、日本型雇用と女性・高齢者活躍の帳尻合わせをするかという段階で、各社が調整を始めている段階だ。

たとえば、みんなで上る階段を少し緩くして、昔は45歳までに課長に慣れなければダメの烙印を押されたものを、今なら、育児や介護で休んでも、50歳までに上ればいい、という風に、キャッチアップ可能な方向へと人事管理を進化させている。

高齢者の問題もいま5割の人が課長になれずに終わっており、海老原氏は、これを逆によいことだと思うべきだとする。官僚ぽくにならずにずっと営業や事務などの現場仕事をしていたら、腕が錆びないから、70歳でも仕事ができるのだから。

あとは非正規雇用の問題をどう解決するか。正社員は、徐々に階段を上り、仕事も給与もアップしていく仕組みを用意し、誰もがそこそこの年収にまで達するようになっている。

同時に、この仕組みは解雇難易度も上げた。とすると、厚遇を実現するうえで、会社側は景気変動や給与抑制のためのクッションボードが必要になった。それが、非正規雇用なのだ。

日本の非正規雇用者の待遇・労働環境は劣悪だ。同じように階段を上らない欧州のワーカーたちは、それでも年収350万円をもらっている。しかも年間労働時間は1400時間と、ワークライフバランスも整っている。この差は非常に大きい。



「この階段はすばらしいけど、やはりこういう問題がついてきてしまう。しかし、派遣とか請負というものに関して言えば、そこをフックに非正規の改革ができる可能性があります。

派遣企業というのは派遣社員の給与を上げれば、その分、自社に払われる派遣フィーも上がるため、給与待遇アップにある面前向きなのです。つまり、派遣企業が派遣社員と一緒になって非正規の待遇改革をしていくというのが本当は一番いい。

欧州ではどうしてワーカーの年収が350万円、しかも短時間労働ということが実現できるかというと、職業別労働組合という横の連帯があるから。束ねる人がいるからです。日本にはない。とすると、派遣企業と派遣社員が横断的に連携して、彼らが待遇改善を謳うのは、欧州の職業別組合と似た効果がある。

ここは、派遣企業と派遣社員が連携して、「企業横断型」の派遣労働組合を作ってみるのが良くないか。そうして、派遣社員の給与が上がれば、企業に雇用された非正規たちは、それを辞めて積極的に派遣へと流れるだろう。結果、派遣と直用型非正規で人の競争が起こり、非正規全体の待遇がアップしていくはずだ」


「今でも企業とは関係のない派遣ユニオンのような横断的な組合はできています。ただそれは、派遣をなくすべきもの、という意味合いが含まれた運動を展開しています。

そうではなくて、派遣企業と派遣労働者が、一緒に儲かる仕組みを考えよう団結するような、労使協調型でなおかつ企業横断型の派遣組合ができるべきです。

これは日本型の解決策の1つです。非正規問題はそれで変わると思っています。実際、派遣企業のOBがこうした業界の待遇を底上げするような横断型組合の設置を模索していると聞く。

社会というのはこのように、必要に応じて形が変わってくる。うまく帳尻を合わせる方向に来ていると思います」


派遣企業というのは派遣社員の給与を上げれば、その分、自社に払われる派遣フィーも上がるため、給与待遇アップにある面前向きなのです。つまり、派遣企業が派遣社員と一緒になって非正規の待遇改革をしていくというのが本当は一番いい。

⇒前編「なぜ、日本では転職が少ないのか?」を読む

構成・執筆・撮影:大内 孝子、写真提供:グローバル人事塾 編集:馬場美由紀

※本記事は「CodeIQ MAGAZINE」掲載の記事を転載しております。

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