企業の価値を変える「プライシング」のプロが語る、変化の時代を生き抜く術

ビジネスにおいて「プライシング」が今、注目されています。プライシングは「価格戦略」とも言われ、企業の業績を大きく左右する要因になっています。
そんなプライシングのプロとして活躍するのが、プライシングスタジオ株式会社代表の高橋嘉尋さん。慶應義塾大学時代にプライシングの考えに出会って衝撃を受け、在学中にプライシングを事業化すべく起業しました。今回は高橋さんに、プライシングが企業に与えるメリット、そしてプライシングを事業化し軌道に乗せるまでの苦労などについて伺いました。

プライシングスタジオ株式会社代表・高橋嘉尋さん

「プライシング」とは、顧客価値をもとに製品・サービスの価格を決めること

「プライシング」とは文字通り、製品やサービスなどの価格を決めることです。「価格戦略」とも言われ、マーケティングの重要な要素の1つとしても知られています。

ビジネスは、企業が製品やサービスを通して顧客に価値を提供し、対価を受け取ることで成り立っています。その対価をいくらにするか決めるのがプライシングであり、この決断が企業の経営に大きな影響を及ぼします。

しかし実際は、多くの企業が何の根拠を持たずに価格を決めているのが現状です。
「これだけのコストがかかっているから、これぐらいの利幅を取ろう」とか、「競合他社が○円で売っているから、当社はこれぐらいに抑えよう」などという価格の決め方をしている企業が大半です。

もちろん、そういう値決めの方法もありますが、本来は製品やサービスが持つ「価値」から価格を算出すべきです。いいものを作っているならば、価格を上げても顧客はつくはずなのに、コスト主体・競合主体で考えているから、安い価格で値決めしてしまうケースが非常に多いのです。

現在、あらゆる分野で価格競争が激化していますが、価値に見合わない価格で販売すれば当然利益も減ります。そして、優秀な人材の確保も難しくなり、より良い製品やサービスの開発投資もできなくなることで、企業の価値もどんどん下がってしまうでしょう。日本がグローバルマーケットの中で影響力を失いつつあるのは、価値に見合わないプライシングも一因ではないかと感じています。

私が代表を務めるプライシングスタジオでは、顧客が自社の製品・サービスに感じている価値に基づいて価格を決める「バリューベースプライシング」を採用。プライシングのコンサルティングや、企業におけるプライシング担当者の育成などを通して、バリューベースプライシングの考えを広めたいと考えています。製品やサービスに対し、価値に基づいた適正なプライシングを行うことで、日本企業、そして日本経済全体を活気づけたいという使命感を持って臨んでいます。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

プライシングの考え方に衝撃を受け、慶應SFC在学中に起業

プライシングスタジオ株式会社代表・高橋嘉尋さん
私がプライシングスタジオを起業したのは2019年、慶應義塾大学総合政策学部(SFC)在学中のことでした。起業を志したのは大学1年生の時。そこから事業アイディアを考え続けて、約2年後にプライシングと出会い、起業を実現しました。

きっかけとなったのは、大学の授業です。大学1年の時に、毎週SFC出身の若手起業家による授業があり、彼らの話を聞いているうちに影響を受け、「起業家」がベンチマークになりました。
そもそもまだ19歳で、「就職して働くこと」の解像度も低い状態だったのですが、そんな中、第一線で活躍する魅力的な起業家から話を聞くことで、「起業家として働くこと」の解像度がどんどん高まり、自分も将来はこうありたいと思うようになったのです。

そこから、起業するにふさわしい事業アイディアを考え続けましたが、なかなか実行に移せるものがありませんでした。その後、スタートアップ企業数社でインターンとして働き、そこで得た知見をベースに恋愛ゲームや飲食店の動画サイトなどの事業アイディアを考え、着手してみたものの、軌道には乗りませんでした。

そんな時に出会ったのが、プライシングです。
事業テーマに悩んでいた時にお会いしたベンチャーキャピタルの方からプライシングの話を聞き、プライシングのエキスパートであるドイツのハーマン・サイモンの本を読んで、大きな衝撃を受けました。

本の中で「製品の価格が1%変われば、企業の営業利益は約20%改善する」と紹介されていて、「1%でそんなに変わるの!?」と驚かされました。さらに、世界の先進企業300社のうち、半数以上が明確なプライシング戦略を持たず、根拠なく製品やサービスの価格を決めていることもわかりました。

こんなに経営インパクトがあるのに多くの企業がプライシングに取り組まないのは、それだけ難しいものなのだと予想はできたものの、「大変だからこそ、ビジネスの拡大余地も大きいはず」とビビっときました。プライシングで国内の名だたる企業の収益を片っ端から改善すれば、社会に大きなインパクトを与えられるのではないか?とも考え、事業化に踏み切りました。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

BtoBの販路拡大とプライシング手法の確立に苦労

ただ、最初はなかなかうまくいきませんでした。学術的に証明されているプライシングのフレームワークをもとに、いろいろな手法を検討しましたが、企業が抱えているプライシングの課題は1社1社異なるため、フレームワークをその都度アレンジしていく必要があります。「これが正解」というものがない中、事例を増やして経験値を積み重ね、それをもとにプライシング精度を高めていくしかありませんでした。しかし、手伝ってくれる人はいたものの、基本的には自分一人。大学生が企業に直接アプローチするのは難しく、BtoBビジネスのハードルの高さを感じました。

このままでは前に進めないと危機感を覚え、以前インターンとして働いていた広告分析会社で、BtoB事業の立ち上げやプロダクト開発に関わっていた元上司をスカウト。彼にプライシング事業の立ち上げを担ってもらい、私自身は資金調達やマーケット認知の拡大、知り合いづての企業アプローチなどに専念することで、どうにか0→1を実現することができました。

幸いにして、国内にプライシング事業の競合はまだなく、急なアプローチでも興味を持ってくれる企業もあったほか、わずかながらホームページ経由の問い合わせもありました。競合がほとんどいない「白地」のマーケットを探す重要性を、身をもって体感しましたね。そうしてつないだ縁を大切に、1社1社の課題やニーズにじっくり向き合いながら、少しずつ実績を積み上げていきました。

転機になったのは、2022年の正月に行ったメディアプラットフォーム「note」への投稿。自社製品やサービスのプライシングに悩むビジネスパーソンに向けて、「プライシングの教科書」と題して投稿した内容が「バズった」ことで、さまざまなメディアからプライシングに関する取材や寄稿の依頼が舞い込むようになり、認知度が一気に上がりました。それに伴い、企業からの問い合わせが一気に増え、プライシング実績を増やすことができました。現在は、企業側から多数の引き合いをいただいている状況です。

「自分のため」だけだと、仕事のモチベーションは続かない

プライシングスタジオ株式会社代表・高橋嘉尋さん
全くのゼロからの起業だったので、振り返れば学びばかりですが、プライシングを事業化したことによる個人としての一番の収穫は、「社会に貢献したい」という思いを持てるようになったことです。

大学時代は、社会貢献欲求などまるでなく、世の中に対して自分ができることなんて何もないと思っていました。しかし今日までに、「当社がプライシングのコンサルティングを行うことで、業績が様変わりした」という事例をたくさん生み出すことができました。そして、プライシングで得た利益を従業員に還元したり、新たな挑戦につなげたりして、会社そのものが目に見えてイキイキと変化している。世の中の役に立てている実感を得られていることが本当に嬉しく、人として成長できたと思っています。プライシングと出会っていなかったら、おそらく今も私利私欲のみで生きているのではないでしょうか。

実は、19歳の時に起業家を志したもう1つの理由は、恥ずかしながら「高いお寿司を自由に食べられるようになりたいから」というものでした。完全に私利私欲ですね。上京するまで青森の田舎で育ったので、テレビや雑誌などで観た都心の高級寿司店やレストランに憧れがあり、「会社員だと稼げるようになるまで時間がかかるけれど、起業してそれが当たればすぐに高級店に行けるようになる!」と思ったのです。

でも、起業の0→1は本当にしんどいし、その後の1→10はもっと大変。当たり前ですが「高いお寿司を食べたい」ぐらいのモチベーションでは、到底乗り越えられませんでした。
プライシングで顧客価値を正当に価格に反映すれば、価格競争から脱して企業がイキイキと輝きだす。そしてひいては、日本経済全体が元気を取り戻す――この「社会のために」というモチベーションがあるからこそ、大変な局面も乗り越えられたし、今日にいたるまでずっと背中を押し続けてもらっていると感じます。

プライシングの考えが日本企業に根付かせるためには、プライシングのリテラシーを持った「プライシング人材」を企業で育成することも大切。そのためにも、成功事例をたくさん生み出し、さまざまなノウハウを確立していきたい。名実ともに日本を代表するプライシング企業になるべく、目の前のクライアントに地道に向き合い続けたいと思っています。

高橋嘉尋さん

プライシングスタジオ株式会社代表取締役CEO。2019年、慶應義塾大学総合政策学部在学中に「価格1%の見直しが、企業の営業利益を約20%改善させる」ということを知り、その影響力に魅力を感じて同社を設立。これまでに30以上の業界、100以上のサービスの値付けを支援している。著書に『値決めの教科書 勘と経験に頼らないプライシングの新常識』(日経BP)。2023年、Forbesによる「アジアを代表する30才未満の30人」に「ENTERPRISE TECHNOLOGY」部門で選出される。

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山 諭
PC_goodpoint_banner2

Pagetop