新しいことに挑戦したいのに動けないのはなぜ?不安を解消する思考法を紹介

「新しいことに挑戦したい」という気持ちはあるものの、不安にかられてなかなか行動を起こせないビジネスパーソンは少なくないようです。なぜ新しい挑戦に踏み出せないのか、どのようなアクションを起こせばいいのかについて、「行動分析学」研究者の第一人者の一人である杉山尚子さんにアドバイスをいただきました。

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なぜ、新しいことに挑戦したいと考えるようになるのか

そもそも、なぜ人は「新しいことに挑戦したい」と考えるようになるのでしょうか。一言で言えば「現状に満足できていない」ということです。

「行動分析学」の観点からもう少し詳しくお話しましょう。行動分析学とは、文字通り行動を分析する、すなわち行動の原因を明らかにする科学です。そこで重要なのは、原因についての考え方です。

行動分析学では行動の原因は行動の後続事象であると考えるところに特徴があります。そして、後続事象によって、その行動の将来の生起頻度が増減します。生起頻度が増えることを「強化」、減ることを「弱化」と呼びます。

後続事象には好子と嫌子の2つあります。行動によって好子が出現したり、嫌子が消失すればその行動は繰り返され(強化)、好子が消失したり嫌子が出現したりすれば、その行動は減っていきます(弱化)。

現状に満足していないのは、日々の仕事(行動)をしても達成感や成長感などの好子が出現しにくくなり、行動が強化されないからです。行動が強化されなくなると、別の行動が生まれやすくなります。これが「新しいことへの挑戦」と言えるのではないでしょうか。

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なぜ、新しいことに挑戦することに不安を感じてしまうのか

新しい挑戦をしたいと考えていても、最初の一歩を踏み出せない人は多いようです。どのような不安が挑戦への第一歩を阻んでいるのでしょうか。

新しいことに挑戦したくても、行動を起こせない理由

行動分析学の観点では、新しい挑戦は「やらなくて当たり前」です。なぜなら、その行動によって「好子」を得られた経験がまだないからです。また、行動が強化されるためには、好子が「明確」「確実」「直後」に出現することが重要です。

例えば「勉強」という行動も、今日始めてすぐに成果が出るわけではありません。成果が直後に出現せず、また、成果が出るかどうかが明確でも確実でもない訳ですから「強化」はされにくいといえます。

仕事においても同じことがいえます。新しい挑戦をしても、すぐに成果を出せる訳ではないでしょう。既存の仕事と新しい挑戦を同時進行し、既存の仕事での好子(評価・収入など)をキープできるのであれば、新たな挑戦もしやすいでしょう。

しかし、時間には制限があるため、より「明確」「確実」「直後」に好子を得られる今の仕事を優先するのは当然です。ましてや、今やっていることを捨てて新しい挑戦をするとなれば、好子がゼロになる可能性もある。新しい挑戦に踏み切れないのも無理はありません。

新しいことに挑戦するための気持ちの切り替え方

新しい挑戦をしたいと思いながらも踏み出せていない人は、「向上心がない」と自分を責めるかもしれません。

しかし、そんな必要はありません。行動の原因は当事者の属性ではなく行動の後続事象にあるあるからです。先ほど述べたような理由で、踏み出せないのは「当たり前」なのです。まずは「行動の原理から考えれば、挑戦できないのは自分が弱いわけではない」と開き直ってよいのです。

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新しいことに挑戦するためのアクション・マインド

新しいことへの挑戦は、どんなことからスタートし、どんなマインドを持って進めていけばよいかをお伝えします。

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目標を近い位置に置く

新しい挑戦をしたいと考えたとき、その達成目標を高い・遠い位置に置いてはいないでしょうか。遠くて高い最終目標への挑戦は1回の行動ではなく、繰り返し累積することで成り立つ行動です。

しかし、行動は明確、確実、直後の後続事象で強化されるものです。今日の1回の挑戦で、すぐに遠くて高い目標を達成できるわけではありません。

そこで、高くて遠い目標を「中期」「短期」にブレイクダウンし、1回の挑戦、早い段階で好子を得やすい最初の目標を設定します。そうして、一つずつ一つずつ小さな目標を達成しながら進めていくことを考えます。

皆さんは昭和の時代に活躍した力士・千代の富士をご存じでしょうか。歴代3位(当時は1位)の通算勝ち星1045勝を誇る大横綱です。

千代の富士が1000勝を達成したとき、インタビュアーが「次の目標は?」とたずねました。インタビュアーや視聴者はおそらく「1050勝」などのような大きな目標を予測したでしょう。しかし彼は「1001勝」と答えたのです。

当然、ご自身は高い長期目標もお持ちだったでしょうが、まず次の1回の挑戦で1勝という小さな(決して小さくありませんが)好子を得ることを考えていた訳です。そのスタンスが大記録の樹立につながったのでしょう。

元メジャーリーガーのイチロー選手も同様の発言をしていました。大きな実績を残す一流アスリートは、累積的にしか得られない遠くて高い目標だけでなく、ブレイクダウンした小さな目標を一歩一歩達成しているのだと思います。

日々の行動を記録し、可視化する

目標を立てて行動を開始したとしても、進歩している手応えを感じられなければ不安になり、めげてしまいます。自分を客観的に見られないと、実は進歩していても気づくことができません。

そこで、「行動を記録する」ことをお勧めします。記録のメリットは2つあります。進歩に気づくことが一つ。もう一つは、記録の上でも進歩が見られない場合でも、行動を記録することによって、「やった」という実績が残ることです。毎日筋トレやストレッチをしてもすぐに体型や体重に変化が見られないとしても、運動をしたという行動の記録が好子として、筋トレやストレッチを強化することができます。

「本を1時間読んだ」「○○のセミナーに参加した」「○○部署の人に相談した」など、自分が実践したことを記録しましょう。行動を可視化することで「強化」につながります。

私が教えていた大学の女子学生のエピソードをご紹介しましょう。学生が自分自身の行動変容に挑戦したときのことです。その学生は就職に備え、通学のために毎日往復2時間乗る電車の中で読書の習慣を付けようと考えました。

そこで、「電車移動中に読書した時間」を記録し、目標を達成できたら好子としてシールを貼っていました。もちろん、最初から2時間ではなく、小さな目標から少しずつ時間を延ばします。ところがそのうち、「もうシールは要らなくなりました」と言うのです。

「同じ車両に乗っている同世代の子たちを見ると、居眠りしたりスマホを見たりして過ごしている。私も以前はそうだったけど、今は本を読んでいる。すごく優越感を感じます。」

つまり、初めのうちはシールが好子でしたが、優越感がそれに取って替わったのです。
この学生の例のように、達成しやすい小さな目標から徐々に最終目標を目指し、行動を記録することで自身の成長を実感することができれば、それ自体が好子となり、次の行動へつながります。

なお、記録し続けていると、なかなか成果が出ないときに「どこが間違っているのか」を検証しやすくもなります。目標に近づくために適切な行動をとれているかを客観視するためにも、記録する習慣をつけるといいでしょう。

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目標・行動を第三者と共有する

目標を持って行動をしていると、「他の人」と比べたくなるのが人間です。他の人と比較して自分の状況を認識することは、マイナスになることもありますが、刺激を得てプラスの効果をもたらすこともあります。

そこで、同じ目標を持って行動している仲間を見つけ、コミュニケーションをとるのもいいでしょう。取り組むテーマのSNSコミュニティなどを活用すれば、仲間を探し出せるかもしれません。

このとき、自分よりずっと先を進んでいる人と比較するよりは、自分と同レベルか少しだけ進んでいる人を相手に選び、競い合うことをお勧めします。

また、自分が新しい挑戦を始めること、そのための行動を周囲の人たちに向けて発信すれば、称賛や激励のメッセージをもらえるでしょう。自身の気分も高揚します。そのような「好子」も、行動の強化につながります。

なお、発信することで「嫌子」も同時に生まれます。「宣言したからには、行動しないと皆から責められる」というプレッシャーがかかるからです。この嫌子もまた、「やらなくてはならない」と強化を促進する作用があります。

今すべきことを見つけることが第一歩

新しい挑戦に踏み出せないのは、自分の心が弱いわけでも、向上心が乏しいわけでもありません。これまで述べたように、行動の原理から考えれば、新しい挑戦という行動は強化されにくいのです。

本当に新しいことをやりたいのであれば、高い目標を立てると同時に、その達成のために「今すべきこと」を見つける。それが第一歩です。目の前の小さな目標から、一つずつクリアしていきましょう。

MSPO 医療安全高等教育院 院長 杉山 尚子氏

MSPO医療安全高等教育院院長_杉山 尚子氏_プロフィール画像東京都生まれ。専門は心理学の一学派である行動分析学。1988年、慶應義塾大学大学院社会学研究科心理学専攻博士課程修了。山脇学園短期大学・准教授、星槎大学大学院・教授を経て、2023年より現職。日本行動分析学会常任理事、日本行動科学学会運営委員、公益社団法人日本心理学会代議員、日本動物看護学会副理事長などを歴任。著書に『行動分析学入門 第2版』(産業図書、2023年)、『行動分析学マネジメント:人と組織を変える方法論』(日本経済新聞出版社、2008年)、『行動分析学入門:ヒトの行動の思いがけない理由』(集英社新書、2005年)など。

取材・文:青木典子 編集:馬場美由紀
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