もし村上春樹が、もし太宰治が、もし小沢健二が。そんな「if」を詰め込んだ『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)がまさかまさかの10万部超えの大ヒット! 著者の神田桂一氏と菊池良氏に、100パターンにおよぶ文豪たちの文体を研究・分析し尽くしたことで、きっと見えてきたであろう「ビジネス文書の必勝法」を聞きました。
【プロフィール】
神田桂一 (写真右)
1978年生まれ。ライター・編集者。
一般企業に勤めたのち、週刊誌『FLASH』記者、ドワンゴ「ニコニコニュース」編集部などを等を経てフリーに。
宇宙のポッケ@『もしそば』4刷10万部! (@MacBookAirbot) | Twitter
菊池良 (写真左)
1987年生まれ。ライター・Web編集者。
学生時代に公開したWebサイト「世界一即戦力な男」がヒットし、書籍化、Webドラマ化される。
菊池良BOT⚡「もしそば」重版出来 (@kossetsu) | Twitter
自分の文体を持つことで個性が際立ってくる
— 今回の著書では文豪100人分の書き方を50ずつ分担して模写したそうですが、その作業を通してわかったことはありますか?
神田 最終的に感じたのは、村上春樹は偉大だってことですね。あの文体の強度というか、オリジナリティは本当にすごいなと思いました。一時期、自分の文体が村上春樹みたいになってしまったことがあって。そういう感染力もあるっていう。名曲のフレーズって耳にずっと残ってるじゃないですか。あの感覚に近いんですよ。だからこそ、幅広い層に支持されているのだと感じました。
菊池 僕は、この本を書いてから自分の文体が消えました。Twitterも迷走していて、「俺」という字をひらがなの「おれ」にしてみたり、いろいろ試行錯誤してるんですけど、どれもしっくりこなくて悩んでます。
— 文体迷子になってしまったんですね(笑)。
菊池 そういえば、この本のPRで高橋みなみさんのラジオに出演したんですけど、『リーダー論』(講談社AKB48新書)を参考に高橋みなみさんの文体模写もしたんです。そしたら今回の100パターンとはまた違った個性があって、奥が深いなと。やっぱり個性が際立ってる人って、文体も特徴的なんですよね。
— 個性と文体は表裏一体なところがあると。
菊池 この本に入っている文豪たちもそうなんですけど、文体が立っていると普通のことを述べていても内容が際立つんですよね。モデルの滝沢カレンさんのInstagramなんかも、内容は「収録がありました」ってことだけなんですけど、文体が独特だから注目されますし。
— 他の人より一歩抜け出すとしたら、自分の文体を見つけてみるところからはじめてみるのもいいかもしれないってことですよね。
菊池 そうですね。自分の文体を持ってTwitterでつぶやきまくったりしたら、仕事が舞いこんでくるかもしれないですよ。某暇な女子大生みたいに(笑)。
神田 今の時代って企業に勤めている人でも、他人とちょっとでも違うことをやっていかないと生き残っていけないと思うんですよ。だから、オリジナルの文体を持つことで個性を際立たせたらいいんじゃないですかね。
菊池 例えばビジネスメールって最初と最後の文言がだいたい決まってるじゃないですか。「お世話になっております。~よろしくお願いします。」みたいな。そういうところから変えてみたらいいと思いますよ。
神田 「お世話になっております~」の代わりに「こんにちは~」にするだけでも、個性でますよね。
菊池 普通はしない言い回しをされると気になるんですよね。だから、逆にへりくだった感じのメールは付き合いにくい印象を持たせてしまうと思います。「愚行を犯し~」みたいな感じで来られると、こちらもどうすればいいかわからなくなってしまうし。
神田 自分を下げてこられるのは、逆にやりにくくて嫌ですね。あと、個人的には「様」はひらがなにしてる方が柔らかい印象がしていいです。もしくは「さん」にするとか。
— 漢字が多いと、それだけで硬い印象になりますからね。
神田 硬い文章の人は関係も続かないことが多い気がします。
菊池 こちらも相手のテンションに合わせないといけないですからね。
神田 僕は目上の人にメールするときにもあまりかしこまらないです。「~しちゃいました」みたいなけっこう軽いノリのときもありますし。その方が懐に入りやすいと思っていて。
— 最近はメッセンジャー機能も充実してきているので、チャットに近い感じでやり取りする方が楽なんですかね。
神田 あと、肝心なところで村上春樹風の比喩表現を使ってみたらどうですかね。例えば「謝肉祭の季節を迎えたピサの斜塔みたいに前向きで、しっかりした勃起」とか「春の熊くらい好きだよ」みたいなウィットに富んだ一節を盛り込んでみたり。全然ビジネス関係ないですけど(笑)
菊池 メールってまさに文体模写だと思うんですよ。いろんな人のメールを見ながらどんどん真似するといいと思います。
まだ企画書フォーマットで消耗してるの?
— 今回の著書は、文体模写のおもしろさもさるところながら、企画自体に大きな魅力があると思いました。神田さんは下北沢の本屋「B&B」でイベントを企画したりしてますし、菊池さんはこれまでにも「了解しました・承知しました問題」をはじめ、ネットで盛り上がる話題を提供しています。
神田 でも、実際に通る企画って10個出したら2個くらいですよ。
菊池 僕も毎回「これはバズる」と思ってツイートしてるのですが、大体10リツイートくらいで終わるんですよね(笑)。3ヶ月に1回くらい5,000とか10,000とかいくくらいで。
神田 だから、企画は投げ続けるしかないんですよ。
— では、良いアイデアを出すために取り組んでることはありますか?
神田 僕は旅行ですね。ハイパーメディアクリエイターの高城剛さんが「アイデアと移動距離は比例する」っていう名言を残しているんですけど、環境を変えることで発想も変わるんですよ。同じことを考えても違うアイデアが浮かんできたりするんです。だから、2ヶ月に1回くらいのペースで行くようにしています。
菊池 僕はよく歩くようにしてますね。アイデアを紙に書いた後に持ち歩いてると、さらに良いアイデアが浮かんできたりするんですよ。だから、月に1回か2回は1日中歩いてますね。
— そうして浮かんだアイデアを企画書にまとめるときに意識することはありますか?
菊池 あまり企画書にまとめないですね。口頭で伝えて「それ、いいね!」ってすぐにならないものって、大体おもしろくないので。
神田 僕もフォーマットは気にしないです。昔、週刊誌の編集部に在籍していたことがあったんですけど、企画会議が毎週あって、そこに企画を3本必ず出さないといけなかったんです。時にはフエルトペンでチラシの裏に箇条書きにするくらいでしたし。それでもおもしろければ企画は通るので。
— 「一枚のスライドに伝えたいことはひとつだけ」みたいなことはやらないんですね。
菊池 企画ってロジカルにおもしろく組み立てることもできますけど、実際に動かしたらイマイチってことも多いと思うんですよ。パっと説明した瞬間に盛り上がらない案は弱いと思うんですよね。
神田 少なくとも僕たちの勝負している世界では中身がいかにおもしろいかで評価されますから。あんまりフォーマットを気にする必要はないと思うんですよね。業界によっては美しい企画書を作ることが評価されるのかもしれないですけれど。あとは、さっきも言ったんですけど、ひたすら投げること。そうすると、いつか何か引っかかるので。僕はその行動力だけで生きてきたようなものですから。
デキるビジネスメールを書けそうな文豪は?
-ところで、文豪たちの中でビジネスメールを書かせたら光りそうな人は誰かいますか?
神田 うーん、いるかな。やっぱり村上春樹かな。誰かいる?
菊池 村上龍さんですね。『eメールの達人になる』って本も出してますし。あとは星野源さんはおもしろいメールを書きそうですね。
神田 星野源ね。確かにのらりくらりと上司のお願いとかかわしそう(笑)。
菊池 ただ、やっぱり文豪はビジネスメールもクセがすごそう。
神田 文豪って普通の人と感性が違うから文体も個性的なわけで、そういう意味では焼きそばの作り方と同じように、光るビジネスメールを書く気がしますけどね。
『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』
宝島
神田桂一、菊池良
1,058 円(税込)
【取材協力】
ヴィレッジヴァンガード下北沢店
東京都世田谷区北沢2-10-15 マルシェ下北沢1F
03-3460-6145
10:00~24:00(年中無休)
下北沢ケージ
東京都世田谷区北沢2-6-2
取材・文:村上広大 撮影:今井裕治