タクシー会社、ロボットメーカー かつての“男性社会”で必要とされている女性の力

前回は江崎グリコが女性活躍のための土台づくりに着手している事例を紹介しましたが、「お菓子と女性は親和性が高そうだからいいけれど、うちはそうじゃないからなあ」と考える人もいるかもしれません。

しかし、圧倒的な男性社会といわれる業界であっても、女性の力を積極的に取り入れていこうとする企業があります。たとえば、東京に本社を置くタクシー会社、国際自動車株式会社。東京都のタクシードライバーのうち、女性は割合にしてわずか1.3%です。「女性には向かない」とされていた業界で、女性ドライバーを増やそうとするのはなぜなのか。人事責任者の川田政さんにお聞きしました。

「東京のタクシー2015」東京タクシーセンター調べ

f:id:k_kushida:20160318144621j:plain

▲国際自動車株式会社 人事責任者 川田政さん

「男性には自宅を知られたくない……」 見えていなかった女性ドライバーのニーズ

f:id:k_kushida:20160318144756p:plain

「女性はタクシードライバーに向いていない」。

少し前までは、それが社内での共通見解でした。こちらから働きかけなくても応募してくる女性がいたから採用していましたが、積極的に動いていたわけではありません。2008年には、三鷹営業所に女性乗務員用の設備も設置しましたが、これも女性を採用する以上、作らなければならないから作ったというものでした。

来てくれた人は採用するという受け身の姿勢で女性ドライバーを採用していた時期はしばらく続きますが、すでに変化のためのヒントが現れはじめていました。女性ドライバーの数は非常に少ないにもかかわらず、成績順位表で女性の名前を見るようになる。乗客から女性ドライバーのサービスに対してお褒めの言葉が届きはじめる。

「ん?」と思いましたね。そこで女性ドライバーたちに話を聞いてみると、見えてきたのは女性乗客の満足度の高さでした。「女性の運転手さんで安心したわ」「今度、家まで迎えに来てくれない?」。女性ドライバーはお客様から、そのような声をいただいていたんです。それから、男性がドライバーだと、女性乗客は自宅を知られたくないという心理が働き、100メートルぐらい離れたところで降りて、あとは歩く。一方で、女性ドライバーたちは「私たちのときには、ちゃんと玄関までお送りできます」と言うわけです。

彼女たちと話していて、女性ドライバーのニーズが確実にあるのだと気付かされました。そもそも社会全体で見れば、男女は同じ数います。でも、会社には男性ばかり。そんな“男所帯”に染まりきっていたために、これまで見落としてきたことがまだまだほかにもあるのではないか。そう考え、社内の女性にアンケートを取ることにしました。ドライバーだけでなく、女性社員全員が対象です。それ以降、ヒアリングやアンケートで、積極的に意見を吸い上げるようになりました。これが今から3年ほど前のことです。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

女性の声に耳を傾け、会社を変える取り組みが始まる

f:id:k_kushida:20160318144833p:plain

いろいろな声が集まりました。たとえば、「相談したいのに話を聞いてくれる女性がいない」という意見。男性の上司には相談しにくいこともあります。女性の管理職はまだいませんので、育成するつもりはあるが時間がかかる。だから、男性であっても彼女たちの話を聞くことができるように体制を整える必要があるのですが、男性は男性で、彼女たちとどのようにつきあえばいいかよくわからないというのが本音でした。「女性は答えをもらうために相談するのではなくて、話を聞いてもらいたいだけなんですよ」と話す女性もいたので、ますます混乱しましたね。

そこで、男女の脳の違いについての研修も行いました。最初は男性管理職だけ参加させようとも思いましたが、講師の方からアドバイスをいただき、男女一緒になって研修を受けました。「女性の話を聞くときは『共感すること』が何より大事だ」「男性は話の冒頭で結論を聞きたがるから、女性は気をつけてみましょう」。そんな話を聞きながら、お互いの違いに気づき、理解を深められたと思います。

f:id:k_kushida:20160318144947j:plain

▲昨年の脳差セミナーの様子

セクハラの研修もやりましたね。“男所帯”だったころの話ですが、仮眠する前にシャワーから出てきたときには首からタオルをかけて、上半身は裸なんてこともありました。セクハラに注意を払うなんて文化は皆無だったんです。どちらの研修も、男女ともに「やってよかった」という意見でした。最初のほうは経営層や上級管理職が対象でしたが、今後はさらに受講する層を広げていくつもりです。

f:id:k_kushida:20160318145047j:plain

▲昨年のセクハラ研修の様子

ヒアリングやアンケートと同時期に始められた女性座談会は、今も続いています。ドライバーの女性は今ではあちこちの拠点にいて、異動することもほとんどありませんから、エリアごとで座談会を行っています。だいたい2カ月に一度ぐらいのペースで集まり、好きなように話をしてもらう。女性の話を聞く体制はまだまだ十分とはいえないので、離職防止のためにも、どんなことを考えているか、不満に思っていることはあるかを聞く重要な場になっています。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

運送約款改訂や“トイレマップ”作成 女性が働きやすい環境を整備中

f:id:k_kushida:20160318145140j:plain

▲トイレマップ

取り組みを始めた3年前には10名ほどだった女性ドライバーが、今では130名ほどに増えました。これから積極的に女性を採用していきますよとアナウンスしたときは、現場の営業所での反発もありました。「ちょっと注意したら泣かれてしまった。やっぱり女性への対応は難しい」。そんなことを言う男性もいた。だけど、女性が増えるにつれて、職場が明るくなっていくのを感じました。社員同士の会話も増えたし、しわしわのシャツでも平気だった男性たちが身なりを気にしはじめた。

そういった変化を見るだけでも、女性が職場にいることの意義を感じます。彼女たちが働きやすい環境をどんどん整備していきたいのですが、産休や育児休暇に関しては、法律上の義務を最低限果たしているだけの状態ですし、女性社員自身も制度の認知が進んでいないので、勉強会や説明会が必要です。

一方で、弊社独自の取り組みとしては、最近問題になっている乗客からのセクハラやモラハラからドライバーを守るため、今年の2月から、毅然とした対応が取れるような運送約款に変更しました。一般のタクシー会社は、標準運送約款をそのまま採用していることがほとんどです。それから、女性ドライバーが安心して使える、きれいなトイレはあまり数が多くありません。「常にどこのトイレに行こうかを考えながら営業エリアを決めています」というような意見もあったので、仕事中に使っているきれいなトイレを教えてもらい、女性ドライバーのためのトイレマップをつくりました。

女性の活躍で会社だけでなく、業界のイメージまで変えていきたい

f:id:k_kushida:20160318145347j:plain

私たちがいろいろな取り組みを通じて女性社員を増やそうとしているのは、会社を成長させるためなんです。タクシー業界は人手不足だし、女性からしか出てこない意見があるから、女性客を取り込むためにも、女性の感性を生かしたサービスを提供したい。

今後、女性比率を上げるためには、女性の採用を増やし、今いる女性が辞めないようにケアし、働きやすい環境整備するだけでなく、タクシー業界のイメージを変える必要もあります。業界にずっといると、業界の常識にどっぷり染まり、それが社会の非常識であっても気づきません。そんな状態では「タクシー業界で働きたい」と考える人は増えないでしょう。

弊社の場合も、経営トップが旧態依然としたタクシー会社のままでは生き残れないと考えてアクションを起こしましたが、実際にアイデアを生み出すのは若い人たちです。そのアイデアをかたちにし、ウェブなどを使って積極的に発信していけば、業界の門戸を広げることも可能だと考えます。女性が職業の一つとしてタクシードライバーを選択することが普通のことになるようにしなければいけません。

私たちは2020年までに全社員の約15%にあたる1000名を女性にすることを目標に掲げています。女性ドライバーが増えたといっても、まだ全ドライバーの2%強程度。このぐらいの比率だと、女性を特別扱いしてしまっているような場面にも出くわします。女性がいて当たり前という、男女ともにフラットに働ける職場環境に早く変えていきたいですね。以前は結婚・出産を機に離職してしまう女性社員もいましたが、最近になって、出産後に復職する社員も出てきました。これから女性ドライバーが増えてくれば、お客様の満足度は間違いなく上がることでしょう。


労働時の負担を軽減させるロボット「パワーローダー」を開発するアクティブリンク株式会社。社員19名のうち、女性は5名です。女性活躍推進法では従業員が301名以上の企業には行動計画の策定などが義務付けられますが、300名以下の規模の場合、努力義務が課されるにすぎません。しかし、社長の藤本弘道さんは、「性差は、いい意味でのギャップ。そこから新しいアイデアが生まれるはず」と、女性の採用に積極的です。

f:id:k_kushida:20160323144002j:plain

▲アクティブリンク株式会社 代表取締役社長 藤本弘道さん

「性別」は、多様性のひとつ

f:id:k_kushida:20160323144109j:plain

私たちの製品は、力が弱い人に力を与え、新たな可能性をもたらします。当然、それは女性の助けになるものですから、開発には女性のエンジニアもかかわるべきだとは考えています。ただ、このジャンルで優秀な女性を国内から採用するのは簡単なことではありません。弊社の女性技術者にしても、現在は1人。日本では、進学時に機械系の学科に進む女性がそもそも少ないうえに、私たちのようなベンチャーよりも安定した大企業を選ぶ傾向がとくに強いから仕方ないとは思うのですが、いっぽうで「少し視野を広げると女性にはいろんな可能性が開けるのにもったいないな」とも感じますね。

そういうこともあって、弊社では設立当初から海外の人材獲得も意識しています。世界には優秀な女性エンジニアがたくさんいる。そういう人に来てもらって、一緒に最先端の仕事をしていきいたい。会社を奈良に置いたのも、海外の人材を意識してのことです。日本で働きたいという外国人は、日本の文化が好きです。いうまでもなく、奈良はそれを象徴する存在で、東京や大阪に近い位置づけの大都市は世界にいくつもあるけど、奈良のかわりになる都市はほとんどありません。その時々の為政者や、時代ごとに生まれるテクノロジーの影響を受けて社会は進化し、文化は変容していきますが、奈良には日本のルーツともいえる文化がいまなお共存しつつ残っている。そんな都市だから世界中の人たちが魅力を感じるし、そこで働くことにも興味を持ってくれるんです。実際、海外からの問い合わせは少なくないですね。

実はグローバルな目で見ると、性差というもののとらえ方も少しちがってきます。そもそも国籍はもちろん、宗教や人種もさまざまですから、違いがあるのが当たり前。ちょっと極端かもしれませんが、「男性だから」「女性だから」という性差は、その違いのひとつにすぎないともいえる。いわば、性別は多様性の要素のひとつなんです。

出産や育児は会社にとって“コスト”ではない

ですから、男女の違いだけを取り上げて、まるで“厄介な問題”のようにネガティブに扱うのは、ちょっと違うんじゃないかと私は考えています。性別によって向いている仕事があるのは事実でしょうが、男性しか必要ない仕事や、女性しか必要ない仕事というものがあるわけじゃない。性別はけっして厄介な問題なんかじゃなく、その違いにこそ価値があると思うんです。

たとえば、経営者のなかには「女性は出産や育児で仕事ができない期間があるから、できるだけ採用したくない」と考える人もいます。でも、「仕事ができない期間は無価値」とみなしてしまうと、新しいものを生み出すせっかくのチャンスを逃してしまうことにもなりかねません。男性にはできない妊娠や出産を経験した女性には、その経験があってこそ生まれてくるアイデアがあるはず。はなからそのアイデアの存在を否定してしまってよいのでしょうか。

人間を社屋と同じようにコストとしてとらえだすと、新しい挑戦をせずに、できるだけ安く済ませることばかり考えるようになってしまいがちなんです。人間は成長すれば、より高い価値を生み出せるようになるのだから、社屋と同じではありません。そんな社員が最大の価値を生み出せるようにするのが経営者の仕事だし、とくにベンチャーは新しいことをやろうとしている集団なので、挑戦しなければ、そもそも存在する意味がないとさえいえるかもしれません。

性別を含め、すべての個性は武器である

f:id:k_kushida:20160323144207j:plain

要は、ギャップがあるところには、新しいアイデアは生まれるということ。性別にかぎらず、育った文化の違い、考え方の違いによってもギャップが生まれる。多様性が必要なんです。違いがあるなかで頭を使って考え、お互い助け合えば、新しい何かをつくりだすことができる。

弊社には今、育休中の女性が2人います。私は彼女たちに復帰してもらうのが楽しみで仕方ないんですよ。女性ならではの新たな経験を積んで戻ってくるわけですから、きっといろんなアイデアが生まれるはずです。もちろん、期待しているのは、子どもがいる女性だけじゃありません。子どもが欲しくて、まだ授からない女性も、子どもをつくらないと決めた女性も、その人たちなりにいろんなことを経験し、考えているはずで、その立場だからわかることがあります。どれが正解とかではなく、全部正解。いろんな人がいて、そこにギャップがあるからこそ、新しいものが生まれてくるんです。

「苦しい状況にある会社はそんなこと考えていられない」と言われてしまうかもしれませんけど、イノベーションを起こし、本当に新しいものを生み出していくためには、性差を含めて、いろんなギャップを思いきって取り込んでいったほうがいい。個人にとっても、企業にとっても、すべての個性は武器なんです。

≫前編「女性の活躍を通じて社内変革! 多様性獲得を目指す江崎グリコの挑戦」はこちら

文:唐仁原 俊博

PC_goodpoint_banner2

Pagetop