財政危機に直面しているギリシャ。先月6日、世界が注目する国民投票で、EUなどが求める財政緊縮策受け入れに「反対」を選択しました。ところが一転、チプラス首相が財政緊縮策の受け入れを表明。救済体制が整ったかに見えますが、依然として混乱は収まっていないようです。
この一連の「ギリシャ財政危機」に関する日本での報道で見ると、なんとなく「ギリシャ=怠け者で、責任感がない」という伝え方がされているように見受けられますが、果たして本当にそうなんでしょうか? ギリシャ人の父と日本人の母との間に生まれギリシャで育った関西大学准教授のカライスコス・アントニオスさんに、日本で報道されるギリシャとギリシャ人の実態のウソとホントについて答えていただきました。
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ギリシャ人は議論が大好き。誰かの意見を鵜呑みにするのが嫌いなんです
――唐突ですがカライスコスんから見て、ギリシャ人は本当に怠け者だと思いますか?
カライスコス・アントニオス氏(以下カ):怠け者ではないと思いますよ。仕事に対する責任感の強い日本人から見るとそう思えるのかもしれませんね。私自身は小さい頃から、日本人の母親に日本とギリシャの違い、特に日本人の責任感というものについては繰り返し教えられましたし、実際、日本に来てから責任感の強い国民性を感じるところが多々あります。
――労働時間が短く、残業はほとんどしないと聞きますが。
カ:残業に限っていうならば、「ほとんどない」というのが実情です。上の方のポスト、管理職の場合はそれなりに残業しているのですが、ごく一般的な公務員や会社勤めの人は残業をすることはほとんどないですね。特に、一部を除いてですが、公務員などは猛烈に働いているというイメージはありません。スローペースで働いている職場にひとり頑張っている人がいたら、存在が浮いてしまう傾向があるかも。そういう意味では怠けているという印象を与えてしまうのかもしれませんね。
――バカンスも長いと聞きますが。
カ:夏休みでいうとだいたい2週間ぐらいでしょうか。ただ、ヨーロッパの国々はだいたいそんなものですよ。来日してから気づいたのは、日本は諸外国に比べて祝祭日が多いということです。祝祭日までカウントするならば、バカンスが短いといわれる日本も極端に休暇が短いわけでもないかもしれません。
――民族的な特徴はありますか?
カ:過去ローマやトルコ、ドイツなどに占領されたことがありますが、そもそも「ヨーロッパとアジアの十字路」と呼ばれるだけあって民族的に純血とはいいにくいのです。ラテン系の人もいればゲルマン系の人もいるし、民族的な特徴というよりは個人個人がそれぞれ違う考え方を持っていて、それらが共存する社会というのが正しいと思います。ただ、90%以上がギリシャ正教の信者であるというのは大きな特徴です。
――ギリシャと日本それぞれの血を引くアントニオスさんは、両国の違いをどのように分析されていますか?
カ:日本で暮らすようになって改めて気づいたのは、ギリシャ人は議論好きなのだということです。そこが一番の違いでしょうか。一般的なギリシャ人は新聞やテレビで情報を仕入れて自分なりの考えを構築しているのが珍しいことではないんですよ。どんな話題であっても「あなたはこれについてどう思うか?」と尋ねると、ほぼ全員が「私はこう思う」と意見します。日本人は議論が苦手というわけではないと思いますが、ちょっと慎重すぎるところがあるのではないでしょうか。
――ギリシャ人は情報に敏感?
カ:そう思いますね。というよりも誰かの意見を鵜呑みにすることが嫌いなんですよ。別の言い方をすれば、他人の色に染まるのが嫌い。自分の意見を自分自身で作るというのが当たり前になっています。
――ギリシャの危機的状況、および国民投票が騒がれてから、メディアでギリシャ人の特異性について話題になることが増えました。まず、本当に公務員は多いのでしょうか。
カ:国民の4人に1人(※)などといわれていますが、正確なデータがないのでお答えすることはできません。しかし、他の国に比べて公務員の割合が高いというのは事実だと思います。「必要以上に多い」といってもいいでしょう。
※編集部注:OECDが調べた「労働人口における公務員比率」によると、ギリシャの公務員比率は、2009年度の約20%から2013年度は約18%と下降している。対して日本の公務員比率は約8%。
――昼休みが長くて、自宅に戻ってから昼寝しているという噂もありますが?
カ:ずっと以前はそういうこともあったかもしれません。しかし、近年はそこまでする人はほとんどいないと思いますよ。特にユーロ問題が浮上してからは、失業率が悪化したし、給与カットの影響で本職の給料だけで暮らしにくくなったはずです。日中は本職で働き、17~18時に仕事を終えてから警備員などのアルバイトに精を出すダブルワーカーが増えていると聞きます。
ギリシャの大学にサークルなんてありません。コネを作るために政党の青年部集会に参加するんです
――公務員が多いということは、もともと採用は甘かったということでしょうか?
カ:就職活動のスタイルが日本とはまるで違うんです。大学を卒業し、一旦社会に出てから勤め先を探す人が圧倒的に多いですね。もちろん、公務員でも民間企業でもエリートと呼ばれるようなクラスでは実力主義が採られることも珍しくありません。有能であれば満足な就職ができる場合もあるのです。ただ、ほとんどの場合では、コネの有無が重要になるんです。これは公務員も民間企業も同じ。コネがなければかなり厳しい。若い人の仕事が足りないのも事実です。
――日本でも縁故採用というものがありますが、ギリシャも同じなのですか?
カ:これもまた日本とはかなり違うと思います。日本の場合、コネというと「知人の知人」というケースが多いと思いますが、ギリシャのそれは、ほぼ政党がらみのコネクションなんです。だから、大学生の大半は何らかの政党の青年部に所属し、政党の集会にも参加します。これがキャリアに大きく影響するのです。日本の大学にはクラブやサークルがたくさんありますが、ギリシャの大学にはそういうものがほとんどありません。参加するとすれば政党に直結する組織が主なんですね。
――公務員給与の削減や年金のカットなどはどのような影響を与えていると思いますか。
カ:人生設計を根本から変える必要がありますから、深刻な問題だと思います。一般的な公務員はリタイアした後、自宅でのんびり余生を送ることが多いのです。何をするか? 孫の面倒を見るという人が多いですね。年金がカットされると、そういうことができなくなる。孫にお小遣いをあげられなくなるし、のんびりしていられない。だから、緊縮財政にも反対する人が多かった。
政治家に任せていられない。そう思うからこそ政治に関心があるんです。
――税金を払わない国民が多いという噂についてどう思いますか?
カ:日本と同じで給与所得者は基本的に脱税できません。また、これも正確なデータがないのですが、実業家や政治家はきちんと税金を払っていないともいわれています。真偽はわかりませんが、少なくとも国民の大半は「富裕層や政治家は税金を払っていない」と思い込んでいる。貧困層はそもそも税金を払うことができませんし、商売をしている人の中には「上の連中が払ってないのに払うつもりはない」という人もかなりいるんですよ。それに公務員が賄賂を受け取るケースも多いと言われています。1000ユーロ納税しなくちゃいけないが、賄賂なら500ユーロですむとなると、残念ながらそっちを選ぶ人が多いと聞くことがあります。
――政治家に対する不信感は大きい?
カ:政治参加意識は大きいのですが、政治家を信用しないのがギリシャ人。だからこそ、政治に関心があるといえるのかもしれません。日本の投票率の低さはギリシャとは対照的です。
――先の緊縮財政受け入れに関する国民投票でチプラス首相は「反対票を入れるように」と国民に訴えました。ところが、IMFとEU、欧州中央銀行(ECB)との会議で結局受け入れを表明。これをギリシャ国民はどう受け取っているのでしょう。
カ:チプラス首相は責任逃れをしたかったのではないかというのがギリシャ国民の見方にようです。あくまでも多くのギリシャ人が持っている印象に過ぎませんけどね。
もっと先を見据えた投資をしないとダメ。今回の危機は逆にチャンスになり得るのです
――ギリシャの課題は何だと思いますか?
カ:あくまでも私見ですが、これまでのギリシャはとにかく場当たり的だった。産業やインフラに投資すべきなのに、即効性のあるものばかりにお金を使った結果、今の状況を招いてしまったのだと思います。今後は持続可能で継続的な投資が必要です。
――日本のテレビ番組などでヨーロッパ諸国の大部分では「最も勤勉な国はどこか」という質問に対し「ドイツ」と答える国が多かったが、ギリシャ人だけは「ギリシャ」と答えるという話題が紹介されていました。これ、本当なんですか?
カ:本気でそう思っているかどうかはともかくとして、ギリシャ人はプライドが高いし、何よりギリシャという国が大好きなんですよ(笑)。それでも近年は国を憂う国民が増えています。今回の危機も前進のチャンスだと捉えるべきではないでしょうか。
カライスコス・アントニオスさん
関西大学法学部准教授。1980年生まれ。2005年アテネ大学法学研究科を修了後、2006年から日本へ留学。早稲田大学法学研究科博士後期課を修了した後、京都学園大学、立正大学を経て関西大学へ。母国語以外では日本語、英語、ドイツ語、フランス語をこなす。欧州消費者法が専門。ことさらオーバーに伝えられるギリシャ人の国民性に関する報道に疑問を感じテレビ番組で反論を展開した。
取材・文/田中裕