ウィーンで活躍する日本人ミュージカル女優が語る「“マイノリティーである自分”は武器」

 ショービジネスの世界で舞台にすべてをかける若者の姿を描いたミュージカル『コーラス・ライン』。無名の脇役であるコーラス隊のオーディションに参加するダンサーたちは、たった8人の採用枠に残るため、「君たちが知りたい」という新進演出家の問いかけに対して、とまどいながらも自身の半生を語り始める――。同作品は1975年にブロードウェイで初上演され、いまだ世界中で愛され続けている。

 劇中に出てくる中国系のコニ―・ウォングは、子どもの頃から「チビだ、チビだ」と馬鹿にされ、背が小さいために子役ばかりを演じてきた31歳の女性という設定。芸術の街ウィーン(オーストリア)のクラーゲンフルト劇場で、今年3月から6月までのロングラン公演が決まった同舞台劇で、このコニ―役をゲットしたのは日本人女優の吉村百合さん。

 ウィーンで生まれ育ち、中学3年生から日本で暮らすようになったものの、謂れのない差別や埋められない文化の違いに悩まされ、「コニ―と自分は重なる部分が多い」という。中欧を舞台に、ミュージカルスターへの夢に向けて1歩1歩前進する百合さんに、人生観や仕事観を聞いた。

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Copyright by George Otarashvili

吉村百合さん

ミュージカル女優。オーストリア・ウィーン生まれ。上智大学国際教養学部卒業後、ウィーンの演劇学校Sunrise Studios Viennaでミュージカルシアターのディプロマを取得。翌年、著名なミュージカル専門家が審査することで知られているRonacher劇場のミュージカル部門認定試験に合格し、ディプロマを取得した。幼少期からダンスを習い、バレエ、ミュージカルジャズ、モダンジャズ、アクロバティック、タップ、ヒップホップ、コンテンポラリーなど高いダンス技術に定評があり、数々の舞台劇や映画に出演。現在、オーストリアほか、ドイツ、スイスなど中欧を中心に活動の場を広げている。

差別や文化の違いに戸惑った思春期

ウィーンで生まれ育った百合さんの両親は日本人だ。自宅で日本語を話すことがあっても、外での会話はほぼドイツ語。現在オーストリアの人口は約850万人で、そのうち日本人は約2500人と少ないが、幼少期から思春期にかけて人種や国籍による差別を受けたと感じた経験はなく、のびのびと生活していたという。

 両親が音楽好きだったこともあり、幼少期からダンス学校に通い始め、中学の頃には本格的にプロのダンサーを目指すように。もともとクラッシックバレエから始めたものの、次第にジャズダンスやヒップホップ、コンテンポラリーなど自由に表現できるダンスに惹かれるようになったという。

「バレエは型が決まっていますが、ジャズやヒップホップはより自由に、より肉体を解放して踊ることができます。内にある感情や魂が、外へ外へと発散され、放出されていく感覚が好きなんです」

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Copyright by George Otarashvili

 ダンスを通して友人にも恵まれ、幸福だった百合さんの生活に異変が起きたのは両親の仕事の都合で日本の高校への転入が決まったあとだ。ヨーロッパの自己主張や自己表現をよしとする個人主義社会のなかで育った百合さんにとって、日本の集団主義に重きを置く学校生活は戸惑いが多く、特に体育祭や文化祭といったイベントは苦手意識が強かった。言葉の壁は、百合さんにとって深刻なものだったという。

「一番つらかったのは“日本人なのになぜ日本語もちゃんと話せないの”とか“日本人ならもっと日本人らしくしなさい”とが言われることでした。ヨーロッパでは2カ国語話せるのは当たり前で、4、5カ国語話せるひとも珍しくないけれど、日本だと、日本語が外国語訛りで、日本人らしく話せないというだけで見下され、差別されたと感じる経験がよくありました。ハーフやクオーターならまだマシだったのかもしれませんが、わたしは両親ともに日本人で、見た目も完全に日本人だから、より差別しやすかったのかもしれません。集団主義の裏返しというか、日本は排他主義で差別意識が強い国だと当時は感じていました

8,568通り、あなたはどのタイプ?

“生きることの意味”を伝えるミュージカル「RENT」に衝撃を受ける

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Copyright by Thomas Lerch

 見た目は日本人なのに、中身はオーストリア人。ウィーンにいた頃は、自分が「マイノリティーである」という認識はほとんどなかったが、日本に戻ってきてからは、その事実をネガティブにとらえて自分を持て余す日々が続き、心が晴れることはなかった。そんな百合さんに転機が訪れたのは大学2年生の頃。東京・赤坂で公演していたブロードウェイミュージカル『RENT』を観て、衝撃を受けた。

 同作品は、ニューヨークのイーストヴィレッジを舞台に、ゴーゴーダンサー、大学講師のハッカー、ドラッグクィーン、ハーバード大卒のエリート弁護士など個性の強いキャラクターたちが登場。ゲイやレズビアン、ヘロイン中毒、HIV陽性者などの深刻な問題を個々に抱えており、貧困と病魔に苛まれ、死と直面する“どん底”の日々のなか、若者たちがそれでも「生きることの意味」や「愛の意味」を追い続けるといったストーリーだ。百合さんは「RENT」に自身の半生を重ねると同時に、その舞台のすばらしさから「“生きることの意味”を伝え、人々に夢や希望を与えられるミュージカル女優になりたい」と強く思った。

 とはいえ、ミュージカルをやるには、ダンスのみではなく、未経験である演技や歌も必要だ。少しくらい不安になりそうなものだが、百合さんは「やったことがないなら一から始めればいい」とむしろパワーがみなぎってきたという。周囲が就職活動をはじめるなか、芸術の街ウィーンに戻る決意を固め、演技指導に定評のある演劇学校に願書を出した。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

“マイノリティーである自分”は武器

 大学卒業後、再びウィーンへと戻って来た百合さんは、演劇の専門学校、Sunrise_Studios Viennaで4年間学び、ミュージカル劇のディプロマ(卒業証明書)を優等で取得。翌年、ヨーロッパ全土でその名が知られているRonacher劇場が年2回開催するミュージカル部門の認定試験に合格し、同劇場公認のディプロマを取得した。同審査はオーストリア国内の著名なミュージカル専門家が携わり、これにより百合さんはヨーロッパ内で公式のミュージカル女優として認められることとなった。

 現在、28歳となる百合さんはプロダクションには所属せず、フリーで活動を続けている。マネジメントもすべてひとりで行い、ネットで検索して気になるオーディションがあれば、ドイツやスイスへも駆けつける。そんな百合さんの日常は、熾烈な競争を勝ち抜いて手にした『コーラスライン』の役柄、コニ―・ウォングと相重なる部分が多い。

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Copyright by Rainer Berson

“努力は身を結ぶ“なんて日本ではよくいうけど、この世界に限っては必ずしもそうではありません。どんなに才能があって人一倍努力している人でも、落ちるときは落ちます。アジア人だからと切られる日もあれば、役のイメージに合わないと切られる日もあるし、ディレクターの機嫌が悪くて切られる日もあるかもしれない。努力と同じくらい運が左右する世界です。それが不公平だ、理不尽だと常に不満に感じていると、ショービジネスの世界でやっていくのは非常に難しいと思います」

 一筋縄ではいかない世界。それでも、百合さんはショービジネスの世界に居続けたいと願う。たとえ今日、オーディションに落ちたとしても、「次、次」と頭を切り替えることで、運は切り拓けていくものという。運をつかむには考えるよりまず行動。「運を味方にできる唯一の条件があるとしたら、手にしたい役柄のオーディション会場に必ずいるということくらい」と天真爛漫に笑う。

「どのオーディションも何十倍、何百倍という競争率ですし、そもそも落ちる確率のほうがはるかに高い。不安や恐れはもちろんありますし、オーディションに落ちるたびに悔しさがにじみ出ます。でも、そういった経験があるからこそ、名のある役を掴んでハードな稽古を乗り切り、ようやく舞台の本番を迎えられる日の喜びや達成感はひとしおです。舞台の上に立っているその瞬間に湧き上がってくるさまざまな感情は、言葉では表せないものがあります。非常に厳しいなかでも、こういった素晴らしい瞬間を与えてくれる職業に私は魅力を感じています

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Copyright by George Otarashvili

 現在の百合さんは「マイノリティーである自分」をむしろ武器だと考えるようになった。今回のコニー役を手にできたのは、役柄のイメージ通り、自分が背が低いアジア人で、かつドイツ語がネイティブで話せるといった要素が大きいと分析している。

「オーディションを受けたアジア人自体がそもそも少なかった。それもまた運のうち」と百合さんはいう。無論、それだけではこうした舞台に立てるはずもなく、難易度の高い振り付けをこなせるダンス技術と、自分ひとりでオーディションに応募してはスポットライトを浴びる機会をコツコツと増やしてきた、その努力と演技力が評価されたのだ。

 「より自由に、より開放的に。舞台の上でパーンとパッションが爆発する瞬間が大好き」 イルミネーションが彩るウィーン市庁舎前で、華麗にポーズを決める百合さんの挑戦は続く――。

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今年公開予定の百合さんが出演するウエブ・ドラマ「Wienerland-The Series」トレーラー

取材・文 山葵夕子 写真 George Otarashvili 

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