NHKの経済番組が注目する「LGBTマーケット」の可能性

NHKの日曜朝の経済情報番組『サキどり』(毎週日曜日朝8時25分~)は、11月15日の放送で「LGBT」について特集する。

「LGBT」とは、レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(心と体の性の不一致)の頭文字をとった総称で、性的マイノリティを指す。渋谷区が同性カップルに「パートナーシップ証明書」を交付するなど、昨今LGBTの社会的認知が急速に高まっているものの、ややセンシティブと思われるこのテーマを今、“NHKの朝の経済番組”で取り上げる意図、背景は何なのだろうか。

番組放映に先駆け、同番組チーフ・プロデューサーの竜山典子さんと、今回のテーマを企画したディレクターの木村和穂さんに話を聞いた。

f:id:itorikoitoriko:20151113144441j:plain

日本放送協会(NHK) 第1制作センター 経済・社会情報番組部 

チーフ・プロデューサー竜山典子さん ディレクター木村和穂さん

LGBT層の購買力は約6兆円、日本経済にもたらす影響を探りたいと考えたのがきっかけ

11月5日、渋谷区において、同性カップルに「結婚に相当する関係」と認める「パートナーシップ証明書」の交付が始まった。事前にそのニュースを耳にした番組ディレクターの木村さんは、そのタイミングに合わせてLGBTについて何らかの形で取り上げられないかと考えた。

「電通ダイバーシティ・ラボによる調査では、日本の人口の7.6%がLGBT層であり、LGBT層の商品・サービス市場規模は5.94兆円と算出されています。これを見て、何て大きな市場なんだ!これって“レインボー・オーシャン”なのでは?と驚いたのがきっかけ。正直、初めは興味先行でした」(木村さん)

その後、独自に下取材を進める中で、さまざまな現状が見えてきたという。

「LGBT当事者からは、『私たちはマジョリティの人たちのサイフなの? LGBTを狙う企業からカモだと見られているの?』という戸惑いの声が聞こえてきました。今まで社会的には『存在しないもの』として扱われてきたのに、急に注目を浴びるようになって、新たな購買層として期待されることに違和感を持つ人が多かったのです。一方で、企業側も、LGBTの皆さんからマイナスに捉えられることに危機感を抱いていて、どうしたら当事者の困りごとを解決するサービスを、当事者の理解を得ながら展開できるのか、真剣に検討していました。単純に『日本経済の新しい光!』として取り上げられる話ではないと、気付かされましたね」(木村さん)

8,568通り、あなたはどのタイプ?

番組で取り上げることが、LGBT層の不安、不満、不利益を解消する一助になれば

f:id:itorikoitoriko:20151113144442j:plain

ただ、LGBTを番組で取り上げることに対する、当事者たちの賛同の感触は得られた。LGBT当事者というだけで、例えば部屋を借りる際に制限を受けたり、パートナーを生命保険の死亡保険金の受取人に指定できなかったりと、今までさまざまなことで不利益を被ってきた。当事者であることを隠して生きてきた人が大半であり、多くの不自由さを感じてきたはず。「LGBTについて、いろいろなメディアで正しく取り上げられることが、現状を変えるきっかけになる」との前向きな声に後押しされた。

また、LGBT層の人たちの不自由を解消するために、商品、サービス開発に真剣に取り組んでいる企業も思いのほか多いと気付かされた。また、自社の組織文化や制度を見直して、LGBT層を含め多様性を活かせる職場環境の整備に動いている企業も増えていると感じた。「経済情報番組として、そうした実態を丁寧に伝えることは大きな意義があると確認した」という。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

個性を発揮し活躍するLGBT層と、それに真剣に向き合う企業をレポート

f:id:itorikoitoriko:20151113144444j:plain

▲ゲストは写真家レスリー・キーさん、女装家・エッセイストのブルボンヌさん。スタジオトークは108枚のLGBTポートレイトを背景に

15日に放送される番組内では、大きく3タイプの企業の取り組み事例が紹介される。

■LGBTならではの感性を活かした商品やサービスが、ストレート(同性愛者以外の人)に広く支持されている企業例
■LGBT層の困りごとを解消するサービスを展開している企業例
■LGBT理解を深める社内の取り組みを積極的に進めている企業例

例えば、ある男性用下着メーカーは、ゲイのデザイナーが「男性下着はダークカラーの地味なものばかり。自分たちが履きたい下着がない!」と色鮮やかで遊び心あふれるブリーフを製作。それがストレートの男性や「彼にプレゼントしたい」と考える女性にウケているという。

ある不動産仲介業者は、「同性カップルでの入居が認められないから、一人暮らしと偽って入居し、トラブルになる」というケースをなくしたいとLGBT専用窓口を作り、誰もが安心して部屋探しできる体制を整えている。

また、ある外資系金融機関では、約10年前からLGBT層への理解を深めるための研修を全社員に毎年実施。さらに、LGBTの社員もその他の社員と同じようにパートナーとの結婚休暇や介護休暇を取得したり、健康保険の補助を受けられるようにしたりと、マイノリティにも働きやすい環境を作っている。

番組内では、これ以外にもさらに多くの企業の取り組み事例が詳しく紹介される予定だ。

また、前述の下着メーカーの事例に代表されるように、LGBT層ならではの「トレンドセッター(流行の仕掛け人)」としての側面もクローズアップされている。

世の中にある商品やサービスの大半は、暗黙のうちに「男用・女用」とで分けられている。一見、個人的なことだと思われている趣味趣向に関する意識だってそうだ。「こういうタイプに女性は惹かれる」「こういうファッションは男性ウケがいい」などの意識が、さまざまな情報を通して自然に刷り込まれている。

しかし、この流れに乗れないLGBT層は、自分たちで「自分が好きなもの、ほしいもの、知りたい情報」を集める必要がある。だからこそ、自然に情報感度が磨かれ、クリエイティブな感性を発揮する人が多いのだ。電通ダイバーシティ・ラボ調査によると、LGBT層は情報発信力も高く、SNSでの発信数はストレートの人の約2倍。新しいトレンドを作る力も強いと言われている。

15日の放送では、LGBT当事者を撮り続けている写真家レスリー・キーさんと、女装家でありエッセイストのブルボンヌさんが、LGBT層ならではの感性や魅力を語るという。

「結婚しているとかいないとか。切り口を変えればみんなマイノリティ」

f:id:itorikoitoriko:20151113144443j:plain

今回の番組制作を通して、竜山さん、木村さんとも、得るものが非常に多かったと話す。

「我々が生きている社会は、こんなにもストレート前提でできているのかだと実感させられました。この枠組みを少しずつ崩していくことで、もっと面白く、元気な世の中になると思いました。また、LGBTの方々は長年不自由な環境で生きてこられたためか、他人の痛みに敏感で、優しい方がとても多い。LGBTをサポートしようと真剣に頑張っている人を全力で応援する姿勢があると感じましたね。今回、番組にご登場いただく企業や、我々取材班に対しても、一生懸命応援してくれる。皆さんに助けられ、支えられたからこそ、この番組が実現できたのだと嬉しく思っています」(木村さん)

「あるLGBT非当事者の方が言っていた、『結婚しているとかいないとか、子どもがいるとかいないとか。LGBTじゃなくても、切り口を変えればみんなマイノリティ』という言葉にすごく共感させられました。LGBT層に限らず、マイノリティが輝ける社会は、実は誰にとっても心地よい社会なのだということ。…これを伝えられることも、番組の意義。一人でも多くの方に番組を観ていただき、それぞれがLGBTは身近な存在だと気付き、考えていただくきっかけになれば嬉しいです」(竜山さん)

おねえタレントを面白おかしく取り上げる、いまどきの番組とは一線を画す。日本人の13人に1人というLGBTの存在を、改めて考え、前向きに理解する機会になるはずだ。

f:id:itorikoitoriko:20151113144445j:plain

『サキどり』(毎週日曜日朝8時25分より、NHK総合にて放送)
特集「LGBTと切り拓く未来」は11月15日(日)朝8時25分より

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭

PC_goodpoint_banner2

Pagetop