ぼくが出会った●●なサラリーマンたち

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Photo by Pat Pilon

いろんなサラリーマンたちを、見てきた。

振り返ってみると、どうも「素晴らしく有能な人」よりも、どこか抜けていたりするのだけど、しかし周囲には理解できない奇妙なことに情熱を捧げていたり、社会人としてギリギリセーフな(いやひょっとするとアウトかもしれない)怪しい趣味に没頭したりしている人のほうが、強烈にぼくの記憶に残っている。

そして、彼らのことをふと思い出すたびに、ぼくは悪夢を振り払うように、つぶやくのである。

……アカンアカン、ああなったら、アカン。

だけど、ぼくはたぶん、もう気付いている。

人の生き方には正解なんてないこと。

そして、誰もが、他の人の人生を生きることなんてできなくて、いろんなものを背負いながら、他人から見れば奇妙で怪しい、しかし誰のものでもない人生を生きていくしかない、ということを。

今日は、そんな奇妙な人生を送っているサラリーマンたちについての思い出を少し話そうと思う。

なお、この記事は僕が出会った変わったサラリーマンをご紹介するだけのものであり、決してなにかの役に立つわけではないことを断っておく。

☆ プレゼン中に●●を飛ばすプランナー

ぼくにとってはじめての仕事の先輩は、働く上において、とても大切なことを教えてくれた人だ。

彼は、いつも完璧だった。

ビシっとキメたスーツ姿、自信あふれる話し方とキラキラした目の力、そして遠くのほうにいてもすぐに分かる存在感の大きさ。

徹底的に働き、徹底的に遊び、家族との時間も大切にする人だった。

そんな彼が一番得意なのは、プレゼンテーションだ。

とある、数社による競合案件、勝てばとんでもない予算が一度に下りる、そんな大きな仕事のときのことだ。

「お前に、本物のプレゼンテーションを見せてやるよ」

先輩はそう言って会場へと向かった。

ひよっ子のぼくは、ワクワクドキドキしながら彼の後を追いかけたのを、今でも憶えている。

プレゼンテーションが始まると、彼は突然、紙のお皿を取り出して言った。

「みなさん、これは一体なんだと思いますか?」

そしてニヤリと笑った。

「きっと多くの方はこれを紙のお皿だと思うことでしょう……しかし」

それを彼は華麗な手つきでひゅう、と空中へと飛ばし、確信と自信に満ちた表情で、こう言った。

「どうです! ひょっとすると、これはUFOだと言えるかもしれませんよね?」

ものすごい迫力だった。

「いいですか? 常識というものにとらわれない思考こそが、難しい課題を解決するカギとなるのです」

すごい!!! これが本物のプレゼンテーションなんだ……!!!!

それはぼくの想像をはるかに超えるものだった。あまりにも激しく、あまりにも情熱的で、あまりにも大胆だった。プレゼンテーションの神様というものがいるとしたら、きっと彼のような姿をしていることだろう。

すべての人の常識をふっとばし、新たな光を与えてくれる神……。今日は本当に、いいものを見せてもらった……。ぼくは深く、深く感銘を受けた……。

社に戻ると、すぐに得意先から連絡があったらしく、担当営業がその言葉を伝えにやってきた。

「さすがだ。こんなに早く連絡が来るなんて、やはり先輩のプレゼンは本物だ……」

僕は完全に先輩を尊敬しきっていた。

しかし。

「結果は……ダメだった……。それから……」

担当営業は続けた。

「今度から……UFOは……その……やめてほしい……ということだ……」

彼は競合プレゼンテーションに負けた。

しかし、あの日の彼の雄姿は、伝説のUFOプレゼンテーションとして社内で語り継がれることになったのである。

ぼくはこの先輩のことを思い出すたびに、顔が真っ赤になる。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

☆ すべてを●●にしないと気が済まないマーケッター

ぼくが次に仕事を教わることになったのは、頭脳明晰なことで有名な先輩だった。

彼はぼくに、仕事における課題を冷静に把握することの重要性を教えてくれた。

とにかく、いろんなものを表やグラフにすることで、さまざまな課題を可視化していくのである。

先輩はそれを正確に、しかもものすごいスピードでExcelに打ち込んでいくため、周囲からは「Excelの鬼」とも呼ばれていた。

ぼくはこの鬼に、データの作成と分析のやり方を、深夜までみっちりとたたきこまれていた。

そんなある日の深夜、ぼくの作業を見守っていた彼は、こんなことを言った。

「そういえば、オレもまだ自分自身のこれからの人生における課題は、明確にしていなかったな……。お前の仕事が終わるまでヒマだから、やってみよう」

そして、ものすごいスピードで未来に関するデータをExcelに入力しはじめた。

まだ出会ってもいない妻の年齢、購入の検討もしていない家のローン、まったく存在すらしていない第一子の学費、第二子の塾の費用、そして退職後の生活……。

それぞれの要素について仮説を立て、有意な数字の算出方法を見いだすのは、とても難しいことだったが、彼はたぐいまれなる根気と情熱によって、困難を乗り越えていった。

一心不乱にデータを打ち込む彼の全身からあふれてくる気迫が、隣にいるぼくにもビシビシと伝わってくる。

鬼だ……鬼がいる……。

データによって全てを見通し、天に逆らって己の運命を切り開こうとする、本物の鬼がここにはいる!!!

おそろしい……ああ……おそろしい!!!!!!

ぼくはその執念に畏怖した。

そして、彼はついに全ての作業を終え、出来上がった表を満足げに眺めていた。それから、こうつぶやいた。

「なんか、生きるのがつまらなくなってきた」

何もかもを見通そうとデータを駆使してこれからの人生を見通そうとした結果、見なくていいものまでも「見えちゃった」のである。

生きることの意義を見失い、がっくりと頭を垂れている彼を見て、さっきの感動を返してくださいと言おうとした口を、ぼくはそっとつぐんだ。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

☆ 割れてしまった●●で××をかき鳴らす営業マン

サラリーマンが会社から学ぶことができるのは、仕事についてのノウハウだけではない。

仕事だけではなく、音楽の世界をも徹底して追求し、海外でも知られるようになったミュージシャン兼会社員がいる。

笑顔がさわやかなイケメンで、どんなジャンルの音楽をしているのか本人にたずねると「ああ、ジャズの一種だよ」とのこと。

ぼくはジャズが大好きなので、彼のライブの予定を聞いて予定を調整し、ワクワクとしてライブ会場へと出かけた。

いつもと変わらず、スーツを着た彼がいた。

ギターを抱えてゆっくりと椅子に座り、少し客席に微笑みかけたあと、ギターを弾き始める。

冷静に、時に情熱的に、そして真剣に、彼はギターを弾いていくのだが、少し音がおかしい。

黒板を爪で引っ掻くような音しか聴こえてこなくて、おかしいどころか、不快なのだ。

この兼業アーティスト、割れたレコードでギターをかき鳴らしているのである。

驚いたぼくは、こっそりと客席を見回したのだが、お客さんはみんな真剣に聴き入っていて、なかには小刻みに首を振っている人までいる。

なんだこれは、ジャズはどこだ、ズージャーは?

このままでは、ぼくだけが楽しめていないことになる。

そうだ、意味だ! この状況に意味を見出さなきゃいけないのだ!

割れたレコードは、本来の機能を失ってしまった何かの象徴、たとえばダメなサラリーマンだ。

そして、その役に立たないものでも、ギターと出会うことで、別の役割を果たすことができる。

その音は不快だ、なぜなら割れたレコードには、壊れてしまった悲しみや理不尽さを奏でることしかできないからだ。

しかし、それを理解して、味わってくれる人にだけ、この音を届けよう。

これはそういうメッセージなのだ。

こうしてぼくは、彼の音楽を読み解き、深い感動をおぼえた。

後日そのことを彼に伝えたところ、一言。

「いやーあれはね、リハーサル中に割れちゃったんだよねー、まーいいかと思ったんだけど失敗だったね、キーキーうるさいし」

どうも壊れてしまったのは、ぼくの理性のほうだったようだ。

☆ 誰からも●●されないと我慢できないゆるふわ女子

会社員のありがたいメリットとして、部下や後輩からもいろんなことを学べる、ということがある。

ぼくの後輩に、一見ゆるふわな、スキだらけの人物なのだが、実はものすごいこだわりを持っている女性がいる。

彼女は絶対に誰からも愛されなければいけない、という覚悟のような何かとともに生まれてきた人物である。

その生き様はあまりにも見事で、美しい。

先日、とんでもなく声が小さい年配の男性と食事をする機会があった。

彼はかなりエラい立場の人物なので、ぼくらは最大の敬意と細心の注意を払わなければいけなかったのだけど、とにかく何を言ってるのか聞き取れない上に、他のお客さんの声がお店に響いていて、余計にわからない。

ぼくは、彼がしゃべっているのを一生懸命、文字通り耳を傾けて聞こうと努めていたのだが、さっぱり聞こえない。

「たとえばね」とか「要するに」とかいうフレーズは比較的聞き取りやすいのだけど、その先の大事な部分が聞こえないのだ。

ううむこれは参ったぞと、後輩女子のほうを見た時に、目を疑う光景がそこにはあった。

彼女は、この男性の肩にあごを乗せているのである。

しかし乗せられているほうはまんざらでもない様子で、むしろ嬉々として話が弾んでいるようにも見える(もちろん何を話しているのかは全然聞こえない)。

ぼくは驚愕した。

彼女の、誰からも愛されたいという執着心の強さには以前から一目置いていた……。

しかし、ここまではっきりと行動に出て、相手の愛情を無理矢理引っ張り出すのも辞さないとは、なんとも見上げた根性ではないか。

会が終わり、上機嫌で帰っていく男性を見送ったあと、ぼくはそのことを彼女に伝え、心からの賛辞を送った。

すると、彼女はキョトンとした顔で、こう言った。

「え? あたしそんなんしてました? とにかくあの方が何ゆってるんか聞こえなくて、聞こう、聞こう思って、気がついたらそんな感じになってたんですかねえ、なははははは」

なんだ、また勘違いか……と、がっかりしつつ、しかし少しホッとするぼく。

……待てよ?

本当に「勘違い」なんだろうか……「勘違い」と言い切れるんだろうか……相手は偉い立場の人間だ……まさか!?

* *

だけど、ぼくらは、自分がこだわっていることから目を背けなくてもいいのだと思う。

それは、否定しようが、うまく隠しているつもりでいようが、自分でも気づかないうちに、どこかしらから漏れ出しているものだからだ。

どっちにしたって逃れることができないものならば、優等生ぶるのはやめて、自分の執着していることを受け入れ、ちゃんと肯定したほうが、長いサラリーマン人生を豊かに暮らせるのかもしれない。

ぼくは、これまでに出会った変な人たちのことに思いを馳せるたびにそんなことを考える。

そして、ぼく自身も、もはや隠しきれない「書くこと」への執着心を剥き出しにして、ブログをいそいそと更新している自分に気づくのである。

自分だけは真っ当だと信じて疑わない世のサラリーマンたちよ、己の中に眠る狂気の存在に気づき、それを肯定していこう、そしてもっと変な人間になって、他人には到底知り得ない、素晴らしい楽しみを味わおうではないか。

著者:いぬじん (id:inujin)

いぬじん (id:inujin)

犬のサラリーマン/クリエイティブディレクター/中年大陸の冒険家。

中年にビミョーにさしかかり、色々と人生に迷っていた頃に、はてなブログ「犬だって言いたいことがあるのだ。」を書きはじめる。言いたいことをあれこれ書いていくことで、新しい発見や素敵な出会いがあり、自分の進むべき道が見えるようになってきた。コーヒーをよく、こぼす。

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