【この美しさ、解けますか】 スマホ製造装置で世界展開する町工場が、なぜ「数楽アート」を生み出したのか?

100年続く町工場であり、かつ高い技術力から「世界のOHASHI」と称賛される大田区の大橋製作所。1970年代から下請け型事業からの脱却を図り、今では産業用機械メーカーとして世界に名を知られた存在だ。ところが2010年、同社は初のコンシューマー向け商品として「数楽アート」を発表。さまざまな数式をステンレス製の立体構造で表現したオブジェである。これが大好評を博し、ビートたけしさん司会のテレビ番組で取り上げられるほどに。町工場が、なぜ数学?その真意を株式会社大橋製作所代表取締役の大橋正義氏に伺った。

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株式会社大橋製作所代表取締役 大橋正義氏

8,568通り、あなたはどのタイプ?

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■装置メーカーとしてはすでに世界ブランド  

大橋製作所の事業内容は「実装装置の開発」、とHPに書いてありますが、これでは普通の人には何のことかわからないでしょう(笑)。ですから最近では「スマートフォンや携帯電話などを作るための工程に必要な産業用機械装置の開発」と説明しています。これが世界ブランドとして評価をいただき、装置メーカーとして名を知られたことが、当社にとって最大の転機だと言えますね。

当社の歴史は板金加工の下請け仕事から始まっています。自社製品の開発は第2次オイルショック以降のこと。それなしでは適正価格決定権が持てず、顧客企業からはコストダウンを求め続けられる。そんなわけで脱下請けを目指し自社製品の開発を模索するようになったんです。チャレンジの90%以上は失敗に終わりましたが、90年代に独自の「ACF実装装置」(液晶パネル等に基盤を設置する産業用機械)の開発に成功し、日本経済新聞「日経優秀製品・サービス賞」を受賞。これが大橋製作所の名が世に出るきっかけになりました。

でも一方で、従来からの板金の分野は下請けのままでした。産業用機械装置事業が伸びていくのとは裏腹に板金加工事業は右肩下がり。これをテコいれするため「板金技術をベースに何か新しい試みを」との考えたことが、後の「数楽アート」に繋がっていきます。職人がこれまで蓄えてきた技術を何か別の世界で生かせないか、という問題意識です。

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z=axyの関数から生まれた数楽アート「PEGASUS Ⅰ」。馬の鞍のような形状

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■作ってみてから「これは一体なんだろう?」

2009年、当社の営業マンが、ある大学の産学連携部門にいる数学者を訪ねたときのことです。当時「一辺の長さが等しくないサイコロを振るとき、その出目の確率を計測する装置を開発したい」との依頼を受けていましてね。最近の学生は数学の問題の解き方を知っていても、数学をビジュアルでイメージできないから数学が嫌いになる、だから「理論をカタチにして見えるようにしたい」と先生はおっしゃっていた。

そのとき研究室に飾ってあったのが、先生が作った立体模型です。先生は、2変数関数が描く軌跡に沿って紙を切り、その紙を格子状にくみ上げたものと説明してくれました。要するに、その関数が示す立体像を表現したものであると。そしてこうも言った。「これがステンレスで出来たら、美しいだろうな」。

「じゃあ弊社が挑戦します」と、何ができるかわからないのに営業マンが答えたことが全ての始まり(笑)。しかし、現場の職人たちが力を尽くしてくれました。彼らの叡智、つまりそれまで培ってきた金属加工技術のおかげで、驚くべき作品ができた。レーザーを使った精密な板金加工の技術により、ステンレスの表面にキズをまったくつけずに切断。切り出した一片一片を、今度は職人が手作業でくみ上げました。

つくって完成して、先生にお見せして、そこで終わりにするのが普通の経営判断なのでしょう。美しいけど売れるかどうか。でも、完成したものには「これは一体なんだろう?」と人々に考えさせる不思議な魅力がありました。

先生と一緒になって、「これは一体なんだろう?」とさんざん議論したものです。関数の曲線をもとにつくったステンレス製の立体オブジェ。カタチそのものは目新しいかもしれませんが、その本質は数学の美しさであり普遍的。つまり人々に広く深く届くはず。これは面白いと、弊社にとって初めてのコンシューマー向けの製品、数学とアートをかけあわせた「数楽アート」として発売することになったんです。

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数楽アート「偏心波紋」。たゆたう波を思わせる。

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■「わからない」ことは「おもしろい」

現在、数楽アートのラインナップは10種ほど。ステンレス製のものは1万円台から16万円台まで。最近、紙製の「数楽クラフト」も発売しまして、こちらは1500円からお買い求めいただけます。2014年には、数楽アートと数楽クラフトを合わせて600台以上の販売がありました。

その反響は当初から、私の想像をはるかに超えるものでした。新聞、雑誌、TVに次々に取り上げられ、ビートたけしさんの数学を楽しむ番組にも使ってもらいました。多分、きっかけは丸善書店で販売会を催したこと。丸善の小城武彦(当時)社長が、数楽アートの理念に賛同してくださったんですね。「こういう作品は世界で初めて。失敗しても自分たちで責任もてますか」と聞かれて、当然「持てます」と答えました。その販売会が大成功、そこから評判があちこちに飛び火していったようです。数学の普遍性からか、今では数学者のみならず、音楽家、芸術家、数学になじみのない方なども、見る角度によって多様な顔を持つ作品を気に入って関心を持って下さいます。スタンフォード大学の生物物理の研究者とコラボして作った製品もあるんですよ。

アートとしての美しさもさることながら、コンセプトをわかりやすく整えたことも功を奏していると思います。中小企業支援の専門化である小出宗昭さんと作り込んだものです。やっぱり「これは一体なんだろう」というところからね(笑)。小出さんにはたくさんのヒントを出してもらいました。

例えば「これは答えのある美しさである」ということ。芸術作品は見る人によってさまざまな解釈が可能であり、1つの答えというものはない。でも数楽アートには数式というはっきりとした答えがあります。馬の鞍のようなカタチをしたオブジェ「PEGASUS Ⅰ」にしても、「z=axy」の曲線から成っている。そこから「この美しさ、解けますか?」というキャッチフレーズが生まれました。一見なんだかわからない、しかし、わかりたいと思わせる魅力がある。そして、確かに答えはある。そこが面白いんところなんです。

だから、数楽アートは鑑賞の楽しみに終わらない。数学そのものを考え直すきっかけにもなるんです。大学や高専などに教材として導入されているのは、そのためでしょう。これまで2次元的にしか捉えてこなかった数学を、3次元で捉え直す。手によって自由に観察する。それが数学の理解を促すはずです。

数学というものは、考えていくほどに奥深い。これまで私たちは道具としての数学なら仕事上親しんできたわけです。むしろ数学は美しいなんて考える技術者は少ない。残念ながら、それは学校教育のなかでも同じでした。子どもたちは数学の解き方は教わっていても、数学の意味や美しさを学んではいません。数楽アートがその溝を埋める。そんな未来を期待しています。

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「数楽クラフト」。クラフト紙により購入者自ら組み立てる学習用キット

取材・文 東雄介

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