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【隠れたトップシェア企業の経営者】傘の神様と呼ばれた男

国内の「傘」トップシェアを誇る洋傘メーカー、株式会社シューズセレクション。500種類を超える良質・ユニークな傘を廉価で販売している。社員数わずか35人の小さな優良企業を率いるのは、林秀信社長。すべての傘のアイディアを1人で生み出し「苦労など1つもない」と言い切る。ひたすら傘を追究する、その半生について、話を伺った。

 

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林秀信さん

株式会社シューズセレクション代表取締役社長。1946年、長崎県生まれ。高校卒業後に上京、飲食店経営などを経て、1986年、洋傘の生産から加工、販売までを一貫して行う同社を設立。有名ブランドのOEM生産をしながら、自社ブランド「ウォーターフロント」を立ち上げる。2000年、500円の折りたたみ傘「スーパーバリュー500」シリーズを発表。超薄型の折りたたみ傘「ポケフラット」は月間売上30万本のヒット商品となった。現在、社員35人、年間販売数1870万本(2013年)、全国シェア17%。

 

■「自分はこういう傘が欲しいな」で500アイテム

2月に開催する、2015年の春夏新作発表会では、148アイテムの新作を用意する予定です。毎年、20アイテム程度が普通なんですが、今年は史上最多。といっても、特別頑張ったわけじゃなくて、僕はいつも傘のことを考えてますから。自然にアイディアが出てきちゃうんです。次は、秋冬の新作を考えなくては。

148アイテム、色や柄の違いばかりじゃありません。機能面でも進化した新しい傘がいくつもあります。たとえば「とにかく軽い傘」。強度を保ったまま、どこまでも軽くしようと思ったら、100グラムを切りました。これは女性には便利なはずですよ。それから「ワンタッチで閉じる傘」は、大きな手荷物があるときなんか便利。

新作に限らなければ、全部で500種類以上の傘があります。ユニークなものなら、桜島の火山灰がかからないよう身体をすっぽり覆ってしまう「桜島ファイヤー」とかね。売れ筋となると、うんと薄くしようと思ってつくった薄さ2.5㎝の「ポケフラット」、うんと細くした直径3.5㎝の「ペン細」、うんと短くした5段式の超小型折りたたみ傘「スーパーポケミニ」あたりでしょうか。まあ、実にいい傘が揃ってるんだ(笑)。500種類を一望してみたかったら、自由が丘にある、われわれのお店「クール・マジック・シューズ」に来てみて下さい。4階建ての建物がぜんぶ傘で埋め尽くされていますから。晴れた日にゆっくり傘を選ぶ楽しさを、味わっていただきたい。

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鹿児島向けに開発された、桜島の火山灰から身を守る「ご当地傘」こと、「桜島ファイヤー」

 

傘というのは、昔ながらのスタンダードな形があります。ただ作って売るだけなら、そういうアイテムに絞ったほうが楽だし、低コストかもしれない。でも僕は、こういう傘があると便利だな、自分はこういう傘が欲しいな、と思うわけですね。まったく傘づくりにだけは、才能があるんですよ。携帯も持たないアナログ人間だけど、アナログなりに、傘のことだけ考えていられる。社員が言うには、こうして人と話していても、ふと頭が傘の世界にいってるときがあるらしい。雨が降った日には、「傘がたくさん見られるからいい天気だな」といって、笑われました。

 

■新しいものを手に入れたければ古いものを捨てる

はじめて傘のことを意識したのは5、6歳の頃だったと思います。近所に、内職で番傘をつくっている人がいまして、よく見にいってたんです。傘のたたずまい、美しさに、何だか魅入られるものがあったんですね。職人さんが、油紙を竹の骨に貼っていく様子が、頭にずっと残っています。

高校を出ると、東洋医学の治療院を開いたり、飲食店を経営したりで、40歳まで働きました。やっぱり、いきなり「傘を仕事に」という発想はなかったんですね。若かったせいか、自分の力を試してみたい、大きな商売してみたいという思いがありました。事業は成功していました。飲食店は20店舗ほどありましたが、自由が丘のスイーツショップでは「サンドケーキ」というメニューを出して、大繁盛。

でも、40歳で全部手放しました。ただ売るのではなく、自分でモノをつくってみたくて。治療院をしていたときから思っていたんです。病気を治して健康を取り戻してもらうのは大切な仕事。治療院も盛況でした。でも「このままだと、お金以外、後には何も残らないのではないか」と。若かったのかな。とにかく、モノ作りに向かうエネルギーがあったんですね。最初は靴を作りました。衣服を作ったこともあります。でも何かしっくりこなかった。

最後に巡り会えたのが、傘だった。5歳で傘に魅入られてから、ちょっと周り道しましたけど、傘づくりを始めたら、ようやく満たされた。自分は傘に呼ばれたんだな、と思いました。やっぱり傘なんだ、と。それからは傘一筋です。

飲食店はぜんぶ売るか畳むかしました。新しいものを手に入れるには今持っているものを手放さないといけない、というのが僕の哲学なんです。というか、僕にはいろいろ一遍にやる能力がないんですね。土地や建物にしても、借りるんじゃなくて全部自前で買わないと気が済まないから、事業もそんなに広げられない。そのかわり、ぜんぶを1つに注ぎ込む。お店や土地を売ってつくったお金で、茨城県の古河市に土地を買い、工房を建て職人さんを集め、傘づくりを始めたのが、1986年のことでした。

 

■「晴れた日でも売れる傘」でブレイクスルー

国内有名ブランドのOEM生産(発注企業のブランドで製品を生産すること)をする傍らで、自社ブランド「ウォーターフロント」を展開しました。まったくの「傘の素人」でしたけど、OEM生産に傾注していたおかげで、工場を回すだけの仕事ができ、また傘作りや売り方のノウハウも吸収することができました。例えば、僕たちが下請けとして1500円で納めた傘を、有名ブランドは7000、8000円で売っていた。それがブランドの価値かもしれませんが、僕はもっとお客さんに喜んでもらいたかった。だったら、自社ブランドでやれば、いい物を安く売れるじゃないか。「ウォーターフロント」の原点はそこにあるんです。

はじめての傘作り、楽しかったですよ。傘のアイディアならどんどん湧いて出てくるし、業界のことは知らないことばかりでね。部品1つ1つが分業化されていて、1つ1つにいい仕事と悪い仕事がある。例えば、布を裁断する専門の「断ち屋さん」に、縫う専門の「中縫いさん」。バネだけ作っている人もいれば、傘を開いたときにカチっと止める部分の「はじき」だけ作っている人もいる。みんながいい仕事をして初めていい傘ができる。傘は、そういう意味では芸術品ですよ。

「ウォーターフロント」の名を知っていただくきっかけになったのは、2000年の「スーパーバリュー」のヒットだと思います。当時3000円程度が主流だった折りたたみ傘を、タクシー初乗り料金より安い500円で販売しました。何十色も揃えて、もちろん品質は落とさない。2000円以上の価値がある傘を500円で売るのが、ブランドのコンセプトでした。

厳しい条件であることは確か。でも先に「500円で売る」と決めて、実現する方法を後から考えていきました。資材や生産ラインを見直すのはもちろんですが、売り方にもアイディアがあったんです。年間を通してコンスタントに売れれば、材料の調達費や工場の稼働にかかる費用を平準化できます。要は、「晴れの日でも傘が売れたら、値段を下げられる」。そこで、書店や靴店、ドラッグストアなど、それまで傘を置いていなかった業態に販売ルートを広げました。それから、「アソート販売」です。普通、傘売り場というと黒か紺が中心で地味な印象があります。そこで、色とりどりの傘を組み合わせたセットで小売店に卸し、売り場をカラフルに演出、ユーザーの興味を喚起しました。そこには傘を「選ぶ」という楽しみがある。だから、晴れの日でも傘が売れるようになったんです。

今も、小型の折りたたみ傘は500円~1000円で売っています。安売りのビニール傘が傘の主流のご時世ですから「品質はどうでもいいから、もっと安くしてほしい」という声も聞こえてくる。あまり賛成できませんね。あくまで「いいもの」を安く、これがわれわれの商売だと思っているんです。

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薄さ2.5㎝の折りたたみ傘「ポケフラット」は、主力商品の1つ

 

■ゴールは「人類を傘から解放する傘」

夢としては、いつか万年筆ぐらい細い折りたたみ傘をつくってやろうというのがあります。胸ポケットにしまえて、その存在を忘れてしまうような傘。「人類を傘から解放する傘」ですね。何度も試作してるんですが、なかなかうまくいきません。それから今年の初詣のときにひらめいたのが、「傘の神様」がデザインされていて、その傘を差した人の願うが叶う、みんながハッピーになれるような傘。早速1つデザインしてみましたが、ちょっとまだ見栄えが悪い。まあ、そういう傘が出来たら満足、お終いということもなくて、きっとまた作りたい傘が出てくるんでしょうけども。

とにかく、ずっと傘を作り続けていくのはまちがいない。ほかに才能、ないですからね。昔を振り返ってみると、ただ商売するだけ、大きく儲けたいと思うのなら、傘は選ばなかったと思います。根っこにあるのは、すごく無邪気で、子どもっぽい気持ち。傘で喝采を浴びたい、すごいねって褒めてもらいたい、みなさんが喜ぶような、驚くような傘をつくって世に問いたい。それはとても、とても楽しい仕事です。「傘は俺のロマンだ」というと、ついてきてくれる社員に悪い気もするけど(笑)。

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2014年、自由が丘にオープンさせた世界最大級の傘専門店「クール・マジック・シューズ」。店内には約500種類、1万本の傘が並ぶ

取材・文 東雄介