【国産腰かけ便器100周年】今日もリフレッシュ!TOTO“ワーク・トイレ・バランスの軌跡”

 仕事でストレスが溜まるとひとまずトイレに駆け込みたくなる…そんな習性のあるビジネスパーソンは多い。それというのもトイレスペースに安らぎを感じるからだ。しかし、ひと昔前は違っていたらしい。「汚くて臭くてできるだけ寄りつきたくない場所」というイメージが強かったそう。一体、この劇的な変化はどのように起こったのだろうか。
 オフィスや工場、商業施設、交通施設などの快適なトイレ空間を企画提案しているTOTOテクニカルセンター東京の西川薫さんによると、パブリックトイレは、いまや単に用足しをする場ではなく、オフィスで唯一ひとりになれる場所としてリフレッシュしたり、同じ会社の仲間たちとコミュニケ―ションを図ったりする場所へと変貌している。

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▲1914年に誕生した国産腰かけ便器第一号.

 同社が行ったオフィストイレについての意識調査「オフィスビルで働くワーカーへのアンケート調査」(2009年)によると、「トイレ空間の快適性は仕事のモチベーションに影響しますか?」という設問に対して、84パーセントが影響すると回答。トイレが仕事のモチベーションを左右するのは明らかのようだ。
 日本の衛生環境を改善するため、TOTO創立者の大倉和親氏が私財を投じて国産腰かけ便器(以下、洋式便器)を誕生させてから今年でちょうど100年目にあたる。どのように現代の快適なトイレ空間が出来上がっていったのか。日本の“ワーク・トイレ・バランス”の軌跡について、西川さんに伺った。

60年代~70年代:和式から洋式へ

「汚い、臭い、怖い、壊れている、暗い」。TOTOのパブリックトイレへの取り組みは、このトイレの5Kを払拭することを目標に始まった。
 東京オリンピックが開催された1964年。公団住宅や公営住宅の建設が進み、洋式便器が標準仕様として採用されるようになってはいたものの、パブリックでは和式便器がまだ主流だった。現在、さまざまな国から来られる外国人旅行者の中には、洋式便器の座り方が分からずに靴のまま便座にまたがって汚してしまうこともあるようだが、当時の日本人も和式便器の要領で洋式便器にあがってはしゃがみこんでしまうため、便器の上面には無数の傷ができてしまっていた。そこで、洋式便器を出荷する際は、使い方を表示したラベルを添付していたという。
 そういった地道な普及活動の甲斐があって、1976年にTOTOでは洋式便器と和式便器の出荷比率が逆転。とはいえ、古い家はまだ和式便器の設置率が多く、パブリックスペースにいたっては、和式便器の中に1ブースだけ洋式を取り入れる程度だったという。

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▲60年代は「腰掛便器の使い方注意書き」ラベルを便座に添付して出荷していた.

80年代~90年代:女性の社会進出で“きれいなトイレ”革命が起きる

 1986年に男女雇用機会均等法が施行されたのを機に、女性の社会進出が始まると、パブリックトイレに求められる要素に大きな変化が起こった。それまでは女性が結婚すると退社し専業主婦をするのが当たり前だったが、結婚・出産後も女性が働きやすい環境が次第に整備されるなど、女性全体の雇用が著しく底上げされたのだ。
 これまで男性中心だった職場に女性が急増すれば、当然のことながら女性トイレの増設は必須となる。それに伴い、女性の困りごとが明るみに。そのひとつが化粧直しをする場所がないこと。限られた休憩時間のなかで洗面空間が混んでいると化粧直しができず不満に感じる女性が多くなった。
 TOTOの調べによると、オフィストイレにおける洗面空間の滞留時間(手洗い・洗顔・歯磨きなど含む)が、男性の場合は約2分46秒なのに対し、女性は約4分50秒もかかり、そのうちの約2分2秒を化粧直しに費やしているという。「女性の社会進出により、オフィスのトイレ空間は、ただの用足しの場ではなく、お化粧直しもしたい、友達や同僚とコミュニケーションも取りたいという女性のニーズに応える場に変化していったのです」と西川さんはいう。

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▲80年代のオフィストイレ

 もともと日本で一番トイレ文化が進んでいたのは、お客様サービス第一の百貨店の女性トイレだった。女性客が多いため、以前より女性配慮が進んでいた。そこにバブル景気が重なり、金メッキでできた輸入物の蛇口や壁や床に大理石を適用するなど、ゴージャスさを売りにするトイレが増えていったのもこの頃だ。女性配慮を軸にしたトイレ製品の開発や普及に力が注がれるようになったのである。
 そして1988年、用を足している最中の音を聞かれたくない女性心理を突いたあの大ヒット製品が発売される。当時、女性たちは1回のトイレ使用で平均2.5回も水を流していたという。そうした音消しのための水使用を減らすため、流水音を模した擬音装置「音姫※」は生まれた。中でも、多くの女性が使用するオフィストイレでの節水効果は高く、水道料金の削減にもつながるため、瞬く間に広がっていった。

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▲1988年に登場したTOTOのトイレ用擬音装置「音姫※」

2000年代:企業の建物選びの重要な要素に

 オフィスの供給が過剰となり、差別化のために既存オフィスのトイレ改修が活発化した2000年以降、トイレは企業が建物を選ぶ際の重要な要素になっていく。下記はすでに私たちにとっては当たり前となっている設備だが、オフィストイレをより清潔・快適にする重要な要素として、この頃から普及が始まった。

・乾式床

 ここ10年での大きなパブリックトイレの変化といえば「床」である。以前は、水を撒いて掃除をする湿式の床が主流だったが、今ではほとんど乾式に切り替えられている。菌は水が残っていると、どんどん繁殖し、臭いや汚れの原因となってしまう。そのうえ和式便器だと尿が脇に飛び散ってしまうため、余計臭いが強くなる。床が乾式になり、洋式便器に切り替えられたことで、より衛生的なトイレ空間の実現へとつながった。

・オート開閉式のフタ

 現在、パブリックスペースに使用されているトイレは、非接触の視点から、フタ自体がないものやオート開閉するものが多い。オート開閉式のトイレは、「フタや便座を手で触れたくない」というユーザーの生理的な不快感の解消に役立つだけでなく、腰を曲げてかがむ姿勢がとりづらい年配の方などへの配慮など、ユニバーサルデザインの観点から生まれた。

・オート洗浄

 洗浄用のレバーやボタンに触れる生理的不快感の解消や、流し忘れ防止に効果のあるオート洗浄式のトイレが普及しつつある。日本を訪れた外国人旅行者は、まずオート開閉するフタに驚き、音姫とウォシュレットに驚き、最後はオート洗浄に驚く。

・小さな洗面器、化粧スペース

 女性は化粧をしているため洗面器で顔を洗う人が少ない。となると、小さな洗面器で十分。そこで、化粧のしやすさを考えた、鏡との距離が近くなる・設置数を増やせる小さな洗面器を開発。また、手を洗いたい人と化粧したい人が洗面スペースに集まり混み合う問題を解決するため、手洗いとは別に化粧専用のスペース(パウダーコーナー)を設けるビルが増加した。

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▲TOTOが提案する女性に配慮した機能的な洗面空間

2010年代~:男性配慮の時代へ突入

 女性配慮がすすむ一方で、生活様式が著しく変わった影響もあり男性からも同じようなリクエストがあがるようになった。一番の要望は、大便器ブースの増設だ。
TOTOが実施した「外出先で使用するトイレに関する意識調査」(2013)によると、小便器ブースを使用する際、隣の人との仕切りが欲しいと回答した男性が約3割強。そういった声に応えるべく、最近では男性の小便器の間に間仕切りを設置したり、大便器ブースを増やしたりする改修工事が積極的に行われている。
 また、男性のOPP(お腹ピーピー)問題も大便器ブースの増設に拍車をかけている。男性はもともと下痢になりやすい体質の方が多い。ストレスやプレッシャー、緊張が引き金になって起こる「過敏性腸症候群(IBS)」が現代病の1つとして近年注目されているが、緊急を要してようやく大便器にたどり着いたらふさがっているとなると、事態は深刻だ。「月曜日の朝に会社へ行こうとすると緊張でお腹が痛くなるという男性は、『通勤途中にあるきれいなトイレや、万が一に備えて通勤時の各駅トイレ情報をすべてインプットしている』という声を時々うかがいます」と西川さん。
 また、前述の調査によると、男性の約4割が外出先のトイレで身だしなみをチェックしている。「オフィスのトイレにあるとうれしいもの」として、姿見や身だしなみコーナーをあげており、そういったコーナーを設けたパブリックトイレも増加傾向だ。
 さらに約8割の男子大学生が、自分が用を足す時の音が気になると答えている。90年代に「音姫」が発売された当初は、女性トイレを中心に広まり、男性トイレには設置されていなかった。それが2000年以降、「男性トイレにも音姫がほしい」という声があがり、今では「姫」を取り、「音」とだけ書かれた擬音装置が、男性トイレにも設置されるように。今の男子大学生が中年を迎えるころには、男性トイレも女性トイレと同じだけの設備が整っている可能性が高い。時代のニーズや生活様式の変化に応え、パブリックトイレは日々進化しているのだ。

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▲TOTOが提案する男性用パブリックトイレの一例。
間仕切りで仕切った小便器ブースや男性トイレにも身づくろい用のスペースを提案。

 たかがトイレ、されどトイレ。“きれい好き”で知られる日本人のパブリックトイレは、時代を先取りし、顧客ニーズをとことん追求するマーケッターや開発者たちの汗と涙の結晶だ。「トイレスペースが社内で一番落ち着ける場所」という感覚は、自然にそうなっているのではなく、パブリックトイレを快適にしたいという人々の思いから生まれたのである。

 いつも何気なく使っている洋式便器や洗面スペースに、こんな歴史やドラマが詰まっていたと知ると、今日からの用足しが何か特別な行為のように感じられはしないだろうか。

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取材協力:TOTOテクニカルセンター 東京
 1996年に開設し、2012年11月5日に南新宿に移転し新装オープン。日々進化するTOTO独自の技術を紹介する「技術展示コーナー」、建築用途に合わせた理想的な水まわり空間を紹介する「用途別空間展示スペース」などがある。建築に関わる専門家のお客様を対象としており完全予約制。また、一般住宅向けのショールームは全国に104ヵ所あり、こちらは予約なしで見学できる。

文・撮影:山葵夕子 画像提供:TOTO株式会社

※「音姫」はTOTO株式会社の登録商標です。

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