異例の大ヒット「明治 ザ・チョコレート」は、まだ真の成功ではない|明治のチョコレート革命

従来のチョコレートのイメージを打ち破った「明治 ザ・チョコレート」は、誰も見たことがない画期的なコンセプトであるがゆえに開発時は思い切った手法をとったといいます。前編に引き続き、株式会社明治 菓子商品開発部 専任課長 スペシャリティチョコレート担当の山下舞子さんに、着想までのプロセスと具現化の工夫をお聞きしました。

実現したい世界観は、一気に見せるしかない

2015年1月始動のプロジェクトを経て、山下さんたちは自社商品ポートフォリオを分析した1冊の社内資料をまとめました。

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「大きな結論として明治の無垢チョコレートのカテゴリーの軸足を3つに定めました。具体的には、スペシャリティ・健康志向・スタンダードという領域です。これを踏まえて数ある明治のブランドを戦略的に整理し、位置づけていくことになりました。『明治 ザ・チョコレート』を含むスペシャリティチョコレートの目標は、今の輸入品が担っているようなブランド力・品質の商品をメーカーとしてもっと手頃な形で多くの方々に届けることだとはっきりしたんです」

山下さんが新生「明治 ザ・チョコレート」の開発を始めたとき、過去の商品をベースにしながら考えることはなかったといいます。

過去の商品そのものだけを見直しても意味がないと考えていました。商品の印象ではなく、なぜカカオにこだわった大人の嗜好品という領域ができないのか、潜在的なニーズは何か、根本を突き止めたかった。これは今のお客様のさらに先にある誰も知らない領域です。嗜好品として足りないところを食品以外のジャンルからも洗い出して、もう一度自分たちが持っている資源や価値に立ち戻ることに集中しました」

やはり明治の資源は、カカオ豆の生産・開発から携わる「MCS(メイジ・カカオ・サポート)」が生み出した高品質なこだわりのカカオ豆。2014年の「失敗」を踏まえ、うまく商品化につながるように山下さんは思い切った決断をしました。

「商品を大刷新するために、今までのパッケージワークは絶対にやらないと決めました。中身の写真を載せたりトロリとしたシズル感を出したり、文字で特徴や成分を強調するデザインのままでは何も変えられません。それよりも、持っているだけで嬉しいとか人にあげたくなるとか、チョコレートが持つ『気持ちを癒す部分』や、作り手の想い、こだわりを堂々と表現したいと考えました」

山下さんと社内デザイナーの女性は「今までと全く違う世界を作ろう」という気持ちが沸々としていたといいます。

「やりたいことをストレートに表現した世界観は、一気に見せるしかないなと思ったんです。人は見たことがないものについては判断できないですよね。でも何か叩き台があれば世界観を伝えられて意見も受けられる。そこでデザイナーに『今までのパッケージデザインのセオリーは抜きで、このコンセプトの世界を表現してほしい』とお願いして、30種類近くのパッケージ案を作ってもらいました。」

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「とてもバラエティに富んでいるので、今でも見た方はびっくりすると思いますよ。ずらりと会議室のテーブルに並べて幹部役員に提示したとき、みんながどよめいて呆気にとられていたのはよく覚えています。『ここまでやるの??』とも言われましたが、極限まで飛んだデザインから比較的穏やかなものまで、とにかくやりたいことを形にして見せたかったんです」

今までにない「飛んだデザイン」を発注する段階で、開発チームや社内から反対意見はなかったのでしょうか。

「一歩を出しあぐねているとき、開発やデザインの上司からは『やってみたらいい』とアドバイスがありました。絵に起こすこと自体は何の問題もありません。それにやっぱり何事も『行き切ってみないと限界が分からない』。開発としてまず踏み出すことが必要で、極限まで行ってしまっても違っていたら戻ればいいという発想でした」

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市場を変革したい思いと、客観性を根拠にする

山下さんは、チョコレートの新しい世界観だけでなくメーカーとしての商品設計も大切にしています。たとえ高品質のチョコレートを作り、おしゃれなパッケージに入れたとしても、それが500円や1000円もするようではダメだと言い切ります。

良いものを高く売ってしまうのは明治がやることではないと思います。明治がメーカーとして持っている使命は、良いものを全国津々浦々の方々に手頃な価格でお届けすること。一部の人が享受する価値ではなく皆さんに楽しんでもらわなければいけない。だからコンセプトを商品化するときは必ず設備や調達、流通のコストも視野に入れます。ただ、今までにないチャレンジをする場合は現場に納得してもらうための説得が必要です」

例えば「明治 ザ・チョコレート」では板チョコ感を保てるように箱の厚さは10mmに設定。しかし現場は1時間に何千個も大量生産するスピードと精度が求められます。当然、箱に余裕があったほうが封入しやすく不良率が下がるため、どこまで「板」感を極めていくか調整を要しました。

「箱を開けたあとに見える個包装も、苦しいセッションで解決を見出したところです。できれば3つの個包装をすべて違う柄にしたかったのですが、切断箇所の管理がとてもシビアになり採算が合いません。そこでデザイナーに『切ったとき絵柄が変化して見える模様にしてもらえないか』と頼んでパターンの模様を作り、切断によって柄がランダムに出るようにしたんです」

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たしかに箱を開けると上部の柄がすべて違う個包装が並びます。これも今までにないチョコレートという特別感を演出し、楽しさや面白さを感じさせる部分です。取り出して3つの個包装を縦に並べると模様がつながり(封入の組み合わせによってはつながらないこともある)、デザイナーの苦心がわかります。

「個包装の切り口部分も改良しています。実は、発売当初はギザギザから縦に割こうとするとうまくいきませんでした。なるべくタイトに包装することを優先して、長さの余白が取れず開けにくかったんです。別の手段として包みの後ろから開ける方法を図示したんですが、これだとせっかくのチョコレートデザインが見えなくなってしまう。お客様からもご指摘を受けて、今は包材のスペックを変えてほぼ100%縦割きできるようにしました」

自分が実現したいことと、現実に置かれた条件の不一致は必ず起こります。新しい試みほど、効率を求める生産や流通の現場との交渉が欠かせません。山下さんはどうやってそのギャップを克服したのでしょうか。

「一つは『チョコレート市場を変えていきたい』という思いを伝えること。明治のこれからのチョコレートを支える一番の強みがわかったので、それを世に広めるため必要な商品なのだと説得しました。2014年の初代『明治 ザ・チョコレート』を開発したとき『MCS(メイジ・カカオ・サポート)』の存在が社内で知られ、原料へのこだわりを納得しやすい状況になったのも幸いしたと思います。その点では初代も『失敗』ではなく、今回の成功の要素だといえます。もう一つは客観的なデータです。使っているカカオ生産の背景や品質、それに消費者調査の結果は揺るぎません。明確な根拠を示して『だから大丈夫』と言える。この2つの柱は、ずっとぶれずに持ち続けています」

「明治 ザ・チョコレート」の開発は明治の組織づくりにも新たな風を送り込みました。2016年4月からブランド専任のチームができ、集中してブランディングする環境になったのです。

「商品に愛情を注いで集中できますが、言い換えればもう逃げ場がなく大きな責任を負う立場になりました。ただ、だからといってやるべきことが変わるわけではありません。常に全力でやってきたので、これからも同じように全力で走ります」

今回の開発経験から後輩に伝えていることは何でしょうか。

一回俯瞰して、お客様にとってなぜこのブランドが必要か、明治にとって本当に必要か考えてみることを勧めています。その時代だけに求められるものもあると思いますし、長く続くものもある。『明治ミルクチョコレート』のような商品は揺るがない普遍性と必要な役割があるから続いているはずです。同じように普遍性を持った要素があるか、商品から見つけられるかどうかはどのブランドでも課題です。俯瞰してみると見えなかったものが見える感覚は、プロジェクトで明治の軸を決めたときに染み込みました。見えたものをロジカルに説明して形にすると、ほかの人も同じように納得できる。今回の商品も最初は『自分ごと』だったのが『組織ごと』に変わり、『会社ごと』になって、やっと『世の中ごと』になってきました

しかし、これは「まだ真の成功ではない、まだまだ瀬戸際」と山下さんは気を引き締めます。

「このブランドが成功したといえるのは10年後も残っていたときかもしれません。担当は変わっていくけれどブランドは変わらず残るように自走できる状態が理想です。それにはやはり10年かかるな、と思います。同時に、お客様がチョコレートをきっかけに興味や消費を広げられるような新しい提案をこれからも続けていきたいと思います。チョコレートの世界は本当に奥深いんですよ。製法や作り手によっても味は大きく変わる。その魅力をこれからもどんどんお見せしていきたいですね」

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前編はこちら

meiji THE Chocolate(明治 ザ・チョコレート) | 株式会社 明治

インタビュー・文:丘村 奈央子  撮影:菊池 陽一郎

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