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黒田勇樹、拒んでいた演劇界にカムバック「今の環境は奇跡」〜ウツケモノの履歴書vol.1(後編)〜

 性格はのび太くんで、スペックは出来杉くん。演劇仲間にそう言われたと笑う黒田勇樹さん(33歳)。「天才子役」としてその才能を認められながらも、「がんばれていない自分」にコンプレックスを感じ、俳優業を退いてからはコールセンターや引越し業者で働いていた。週刊誌に“転落人生”と書かれたのを機に「ハイパーメディアフリーター」を名乗り、ネットで注目を集めるも、離婚スキャンダルを機に引きこもり生活に突入(前編)。「がんばれないオレなんかが、やっちゃいけない」と底辺を這いつくばっていた黒田さんを変えたものとはーー

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黒田勇樹(くろだ・ゆうき)

1982年、東京都生まれ。幼少時より俳優として活躍。主な出演ドラマ作品に『人間・失格 たとえば僕が死んだら』『セカンド・チャンス』(ともに TBS)、『ひとつ屋根の下2』(フジテレビ)など。山田洋次監督映画『学校III』にてキネマ旬報新人男優賞などを受賞。2010年5月をもって俳優業を引退し、「ハイパー・メディア・フリーター」と名乗り、ネットを中心に活動を開始。2013年より俳優業に復帰。

 

“奇跡”は突然降ってくる

 「がんばってたまるか、この野郎!」

 離婚後、世間からフェイドアウトして、バイト先に出向く以外は家に引きこもっていた黒田さんが外に目を向けるようになったきっかけは、“忘れかけていた夢”と“親切なオジサン”との出会いだった。

 28歳で「がんばれてない」と役者を辞めた黒田さんのモチベーションは、離婚後31歳で地を這うようだった。そんな折、編集プロダクションから自主映画の出演依頼がくる。それまで断り続けていた演技の仕事だったが、金欠にあえいでいたため日銭欲しさに受けることにした。「二言三言、セリフを言って帰って来ればいい」と現場に向かい撮影を終えると、後日、映画ワークショップの講師をやりつつ、自主映画を監督として制作してみないかと思いがけない話を持ちかけられた。

「ああ、オレ、映画監督をやるのが夢だったなぁ」と、子どもの頃の夢が頭を過ぎった。「お金にはなるし、断る理由ねぇなぁ」と受けることにした。

 こうして緩やかに芸能活動を再開した矢先、決定的な転機が訪れる。ある番組で共演した“オジサン”から、「オレ、劇団やっているんだよね。黒田くん、観てよ」とDVDを渡され、自主映画に出演してくれる“オジサン”を探していた黒田さんは、「この人、絶対オレのこと好きだぞ!」とその場で出演をオファーした。すると、オジサンはふたつ返事で承諾。“オジサン”が熱演してくれた甲斐もあり、無事、映画を撮り終えることができた。その年末、撮影を通して、さらに仲良くなったオジサンとバーカウンターで飲みながら、いつのまにか酔いつぶれてしまった黒田さんが朝目を覚ますと、オジサンは涼しい顔で「昨日、出てくれるって言っていた舞台のスケジュールだけどさぁ」と告げた。「ん?」「やだなぁ、もう忘れちゃったの。昨日、黒田くん、『恩がありますし、やりますか』って言ってたよ」「んんん!?」

 こうして“役者・黒田勇樹”は、「『やります』と言った記憶はないけど、“オジサン”は自分の映画に出演してくれた恩人だし、『オレの舞台に出て』と言われたら、そりゃ断れない」状況を準備され、思いがけないかたちで復帰することになった。その“オジサン”こそ、お笑い芸人や劇団の演出を幅広く手がけるIKKANさんだ。

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 「不思議なもので、それまで頑なに拒んでいた自分が『これでコケたら二度と演劇界に戻れない』と肚をくくった瞬間、がんばれた。常々、周囲には「がんばれる」と思えるときが来たら、そのときはがんばると言っていて、それが今だと思った。だって、こんなことってないじゃないですか。奇跡としか思えない」

 それまで出会ってきた人たちとの縁も、きっと奇跡だったはず。宇梶剛士さんが飲みに誘ってくれたり、小学4年生で坂東玉三郎さんに師事したり、山田洋次監督の映画に出演してアカデミー賞を受賞したり…。けれど、大事にできていなかったら、そんなことが奇跡であると気づけなかったとかつてを振り返る。

 「たった1本の小劇場に出る。それまでも自分の名前を使えば、もしかしたらできたことかもしれない。けれど、頑なに拒んでいた自分がいた。そんな自分が再び舞台に立とうと思う。その環境が準備されたこと自体が奇跡だし、“できちゃった”」

 31歳で再び舞台に立った黒田勇樹さんは、この2年間で12本の舞台作品に出演。今年の12月末まで予定が詰まっている状況だ。

一流の人ほど「次にやりたいこと」が常にある

 役者を辞める前と現在との大きな違い、それは以前よりも向き合わなければならない無理難題が増えたことだと黒田さんはいう。「できることだけをやり続けるか、できないことをできるようになろうとするか。その違いは大きい」。

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 「以前は、がんばらなくてよかったから、できることだけをこなしていた。練習した通りにやって平均的な笑いを取ることで満足していたんです。でも、今は違う。『黒田勇樹が劇中で一番面白かった』って言われてやろうと思う。だって、ディレクターも演出家も、そのために呼んでくれているのだから」

 映像を中心に活動してきた飯田譲治監督が7月に手がけた初の舞台作品『戯曲Operation』では、最初はまじめで、徐々に狂気をむき出しにしていく医師の役を演じた。それまでにはなかった大人の役どころだ。

 稽古が始まってすぐ、飯田監督は黒田さんの心の内を見透かすように鋭い指摘をした。「お前、最初に色物の仕事で目立っちゃって、色物の仕事ばかりが来て、それで楽になって、それだけになっている。そのままだともったいないから、嘘か本当かわからないくらいイイ男の芝居をしてみろ。芝居の幅を広げるんだ」 

 自分にはまだできないことがある。30歳を過ぎてからそれに気づけたのはとても幸せだという。

 「飯田監督は稽古の間も、しょっちゅう海外の演劇論について語っては『現地できちんと勉強したい』と口にしていた。一流の人ほど『あれができるようになりたい』、『覚えたい』というし、人生を楽しみながら成功している人はそういう人。ドラクエに例えると、レベル2でクリアするのは簡単だけど、レベル29くらいでクリアするにはどうしたらいいかってところを考えられるようになると、人生ってすげえ楽しい」

「つまり、オレががんばればいいって話だよね」と言わせる敏腕彼女

 かつての自分とは比較にならないほど今では演じることが楽しい。そんな風に思えるのは、陰で支えてくれている恋人の存在も大きいという。

「今はがんばることを覚えちゃって、それを受け入れられる人としか一緒にいようと思わなくなった。太っていて、ヒゲ面で、坊主頭で、やさぐれていたオレが7キロ痩せて、かの飯田譲治監督に『イケメンで行け』と言われる。オレが出る舞台のひとつひとつを、きちんと成功させていることを誇りに思ってくれる人が隣にいてくれている。どん底の頃からの過程を全部知っていてくれている人だから、大丈夫」

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 離婚をネタにプライベートを切り売りしていた時期、「もう、やめたほうがいい」と真っ先にアドバイスしてくれたのも彼女だ。

「普通だったら、お金を稼ぐために来た仕事をやれと言う。でも、彼女は違っていた。『離婚のイメージでバラエティに出たら簡単にお金を稼げるかもしれないけど、才能があるんだからお芝居したほうがいい。がんばればできるじゃん』と言い続けてくれた。彼女がいなかったら、今の自分はないと思う」

 すでに埋まっている7月のスケジュールを眺めながら、『戯曲Operation』の出演依頼を断るか断らざるべきかと悩んでいたとき、「やらない理由が、稽古に通いきれそうにないから、セリフを覚えられない以外はないよね」と背中を押された。

「スケジュール的にも、この日のステージには立てるよね」

「そうだね」

「出られないことはないよね」

「そうだね…。え、つまりそれってオレががんばればいいってこと?」

「そうだね」

「わかった。オレ、がんばる!」

こうして黒田さんの目には見えない「がんばる」ハードルは日々、敏腕彼女の手によってグイグイと引き上げられている。

 

働くってことは自分の持っているスペックを最高にパフォーマンスさせること

 とはいえ、役者稼業は不安定なもの。来年のスケジュールがまだ埋まっていないことに不安を覚え、黒田さんがたった一言、「オレ、どうすればいいっすかね」と『戯曲Operation』演出家の久米伸明さんに相談したところ、「ちゃんと役者をやったほうがいいと思う」ときっぱりと言われたそうだ。

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 「その最後に彼が言っていたのが、『人間は自分の持っているスペックを最高にパフォーマンスさせることが幸せ』であるということ。『お前は演劇に対する勘がやばい。お前を使わないことは不幸で、お前を使うことは幸せなこと』と言ってくれた。自分が尊敬する人にそう言われて、すごくうれしかった。だから、働くって元来は幸せになることで、自分のスペックを最大限に発揮することなんだと思う」という。「コールセンターでも引越し業者でも食肉工場でも、その原理は同じはずで、でも、そこに喜びがあることに気がついてなかった。だから、手を抜いちゃって、不幸になっていたんだと思う

 人生を暇つぶしだと考えていた時期を経て、がんばることを選択したのは、暇のつぶし方でそちらのほうが面白いと知ったから。でも、がんばらなくても暇が潰せている人たちは、「がんばる面白さ」を知らないから、周囲がいくら「がんばれ」といってもがんばれない。逆に「面白くない」と言っている人たちは、面白かったときの記憶があるはずで、もし面白くしたいのであれば、過去の記憶にすがって、その再現性を高めていくしかないと思う。「『面白さ』を感じたことがない人たちに、『面白さ』とはなんたるかを実感してもらうためにエンターテイメントがあって、僕らが存在する。それを伝え続けることが僕の意地」。

 

今の職種を一言で表現するなら「演技者」

 現在、黒田さんは33歳。月2本の舞台を無事やり終えて今燃えているのが、今秋に保育園で演じるお笑い劇の脚本書きだ。メンバーの半数は元引きこもりという仲間たちで結成した『劇団八幡山ほしがりシスターズ』の次の舞台の観客は、2歳から5歳の子どもたち。大人と違ってごまかしがきかないぶんだけ、脚本を書くにも演出を考えるにも難しく、だからこそやりがいを感じる。「仲間からは今までで最高の出来だと太鼓判を押された」と自然と充実感がにじみ出る。

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 かつてネットユーザーの期待に応えようとウケることだけを考えて、自らを「ハイパーメディアフリーター」と名乗りだした彼に、今、肩書きをひとつに絞るならどう表現したいかを聞いてみた。「うーん」と唸りながら、だいぶ時間をかけて出した答えは「演技者」。

「久米さんと酒を飲んでいる時に『俺、セリフを覚えるのが苦手なんですけど』って言ったら、『それ、ほぼ演劇に必要なこと全部じゃん。で、何ができるの』と言われて、『舞台の上に立てます。それだけは誰にも負けません』と自然に答えていた。そしたら、『おい、かっこいい。なんだ、それって』って。だから、なんだろ。俳優かどうかっていうのは、それだけで飯を食えているわけじゃないから分からないけど、演技者ではあると思う。演技ができます、って言います」

 天才子役として脚光を浴びながらも「がんばれてない」自分をコンプレックスに感じ、演劇の道を一度は退いた黒田勇樹は、「がんばれない」時代を経て、今、がむしゃらに「がんばっている」。

「がんばるようになった理由は至ってシンプルで、そのほうがあとで飲むビールがうまいから。それはがんばったことのある人にしかわからない。『今、セリフを覚えておけば』と思いながら飲むのと、『オレ、これだけ練習したんだからビール飲んでいいや。こんなに気持ちのいいことないわ。うわっ、うめぇ』と思いながら飲むのと、やっぱり違う」

 「消極的に『できないっす』って言い訳をしながらやったことができなかったら、『だよな』とすぐにやめられるけど、今はあえて大口を叩くことにしているから、やめられない。失敗したときに『すみません、失敗しました!次がんばります。今回で学びます、僕』と深く頭を下げて、責任を取らざるを得ないところに自分自身を置く。それがまた、モチベーションにつながると思うし」

 もう、あの頃の後ろめたさは微塵もない。「もっとがんばったら、もっとビールがうめぇんじゃないかなという欲が出てきた」と言いながら、黒田さんは缶ビールの最後の一口をぐいっと飲み干した。

 

※うつけとは…「空け」と書き、愚かな、常識に外れた、という意味で使われる。織田信長が若い頃、「うつけ者」と呼ばれていた。

 

 >前編はこちら

next.rikunabi.com

 

取材・文:山葵夕子 撮影:ヒダキトモコ

 

information

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【黒田勇樹初監督映画 上映決定】
黒田勇樹が講師を務めた映像演技ワークショップ「フリーアクト」のカリキュラム内で撮影された短編映画3作品の上映会が今秋開催9月4日(金)の上映前に行われるトークショーでは特別ゲストとして「ロング・ロング・ロング・ホリデイ」にゲスト出演した春名風花の登壇が決定。撮影から2年、黒田勇樹監督作品初めての上映会となります

詳細HP http://www.facebook.com/kurodayuukisatsujinnjiken

【タイムスケジュール】
9月4日(金)「ロング・ロング・ロング・ホリデイ/黒田勇樹殺人事件」&トークショー開演19:00
9月6日(日)「恐怖!セミ男」&トークショー開演20:00
9月8日(火)「ロング・ロング・ロング・ホリデイ/黒田勇樹殺人事件」「恐怖!セミ男」&舞台挨拶 開演19:00
【料金】¥1,000
【場所】シアターカプセル 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-27-3 ハウス神宮前1F