ドラマ『わたし、定時で帰ります。』プロデューサーが語る、“控え目・マイペースな主人公”を通して伝えたいこと

▲写真提供:TBS

現在TBS系列で放映中のドラマ『わたし、定時で帰ります。』(火曜夜10時~)。「残業ゼロ!定時で帰る!」がモットーの主人公・東山結衣(吉高由里子さん)が、曲者ぞろいの上司や同僚たちの間で奮闘し、さまざまな問題に立ち向かいながら、「何のために働くのか?」「自分や仲間を大切にすること」などのシンプルなメッセージを伝えています。

このドラマのプロデューサーは、『リバース』や『中学聖日記』、『アンナチュラル』など話題を集めた大ヒットドラマを手掛けた、新井順子さん。各企業で「働き方改革」が推進されている今、このドラマを通じて何を伝えたいと考えているのか、詳しく伺いました。

プロフィール

株式会社TBSスパークル
エンタテインメント本部 ドラマ映画部 プロデューサー

新井順子さん

大阪府出身。ドラマプロデューサーとしてさまざまな大ヒットドラマを手掛ける。主な担当作品は、『中学聖日記』『アンナチュラル』『リバース』『私 結婚できないんじゃなくて、しないんです』『結婚式の前日に』『Nのために』(TBS)など。趣味はドラマ鑑賞。

「働き方改革」の波を受け「今、取り上げるテーマ」と確信

このドラマの原作は、朱野帰子氏の小説『わたし、定時で帰ります。』(新潮文庫刊)とその続編となる『わたし、定時で帰ります。ハイパー』(新潮社刊)。会社員経験を持つ朱野氏ならではのリアルな描写と軽快なタッチが、20~30代を筆頭に多くの読者に支持されている。

小説自体は以前から知っていたのですが、この4月から働き方改革関連法が順次施行され、「タイミングとして今取り上げるべきテーマだ」と考えました。

実際、うちの会社でも昨年から「働き方改革」の波が来ていまして。ドラマ制作の現場はスケジュールがタイトなうえ、俳優さんの数もスタッフの数も多く、とても定時では帰れない状況ではあるのですが、その中でもスケジューリングを工夫するなどして業務効率化を図るべく努力しています。こういう実体験に加えて、撮影現場でも俳優さんに付いているマネージャーさんが交代制になったりしているのを見て、私自身「働き方」について考える機会が増えていたことも、ドラマ化への意欲につながりました。

 

これまでに6話が放送されているが、どの回のエピソードも実にリアル。双子の子育て、仕事・キャリアを両立させようと葛藤する賤ケ岳八重(内田有紀さん)、叱られると口癖のように「辞めようかな」とこぼす新人社員の来栖(泉澤祐希さん)、「何にもない人生のこと考えると滅入っちゃう」との理由から、家に帰らず非効率な働き方を続ける吾妻(柄本時生さん)…。「うちの会社にもこんな人いる!」「まるで自分を見ているようだ」などといった感想を持つ人も多い。

▲第6話では、なかなか弱みを見せられなかった種田(向井理さん)が、結衣の言葉によって殻を破ることができた。(写真は第7話より 写真提供:TBS)

「リアル」はとても意識しています。台本を作る前には、結衣世代の女性を中心に、さまざまな年代のビジネスパーソンにアンケートを取ったり、実際に会ってヒアリングしたりして、働き方に関するリアルなエピソードを収集しました。

双子の子育てに追われながら、でも仕事もしたいしキャリアも追いたい…と奮闘し、潰れそうになる賤ケ岳のエピソードは、特にリアルだという声がありましたが、実は産後3カ月で職場復帰した友人のワーキングマザーにみっちりヒアリングしました。実在の人物に生の話を聞いて、それに肉付けをしているから、リアルに感じていただけるのかもしれません。

怒られたくなくて逃げ出してしまう新人の来栖も、モデルがいます。以前現場で働いていた新人なのですが、寝坊して上司に「すぐ来い!」と電話口で怒鳴られて電車に飛び乗ったものの、「会社に行ったらまた怒られる…」と思うとどうしても電車を降りられなくなって、箱根まで行ってしまった(笑)。

アンケートでは、できるだけ多くの人のリアルな考えを知りたくて、アンケート用紙3枚にわたる調査を数百人に行いましたが、発見だったのは、世代問わず「好きだからこの仕事をしている」人よりも、「何となくこの仕事に就いている」人のほうが圧倒的に多かったということ。テレビ業界は「この仕事がしたい!」という熱い人ばかりが集まるので、この結果は新鮮でした。出世したいとか、やりがいを得たいとかではなくて、「旅行に行きたいから」とか「おいしいものを食べたいから」働いているという意見が多く、働くことに対して冷静というか、フラットという印象を受けました。

主人公の結衣も同じで、あまり仕事に執着がないタイプです。通常ドラマの主役は、みんなの先頭に立ってグイグイみんなを引っ張っていく系が多いですが、結衣は先頭に立つ人の後ろに隠れて一歩引いて見ている感じ。世の中的にも結衣のようなタイプの人が多いと感じたので、ドラマでは原作よりもさらに控えめな言動にしています。

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仕事はしっかりやる。でもそれより大事なものがある

▲結衣は「やるべき仕事」はきっちり終わらせる、責任感のある女性(写真は第7話より 写真提供:TBS)

視聴者が我がことのように感じられ、共感できる、等身大の主人公。ただ、「控え目」なだけに、初めは台本作りに苦労した…と振り返る。

主人公が控え目という設定だと、波風立たないから何もドラマが起こらない(笑)。皆でいろいろ話し合い、主人公を「控え目だけれど巻きこまれ体質」にして、同僚と関わり合う機会を作り出していきました。もともと結衣は、定時には帰るけれど、それまでにやるべき仕事はしっかり終わらせる、責任感のある女性。上司の福永部長(ユースケ・サンタマリアさん)に「手伝って」と言われればちゃんと手伝う。でも、仕事よりも大事なものが他にある…という彼女の思いを描きたかったんです。

こういうドラマなので、視聴者の方には気楽な感じで観てほしいですね。

第4話で柄本さん演じる吾妻が「将来どうなりたいわけでもないし、どうせ出世もできないだろうし、才能もないし夢もないし楽しみもない」と結衣に打ち明けるのですが、結衣は「私たちには給料日がある。私はそれを楽しみに生きているよ!私は定時で帰ってビール飲んでドラマ観て好きな人とおしゃべりして…そういう時間を楽しめたらそれでいいかなって。その程度かと言われるかもしれないけれど、私にとってそれが一番の幸せだから」と。

そして、「やりたいことって別に大きな夢や目標じゃなくても、自分が楽しめることだったら何だっていいんじゃないかな。人生の使い方なんて人それぞれだと思うんだよね」って言うんです。

吾妻と同じような思いを抱えている人はきっと少なくないと思うのですが、そんな人が結衣の言葉で「肩の力を抜いていいんだ」とじんわり癒されたら嬉しいな、と思っています。実際、吉高さんが言うと本当に自然で…現場スタッフみんな癒されているんです(笑)。

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モンスター社員に見える人も、その人なりの「正義」がある

▲今後、より「モンスター化」していく福永部長に注目!(写真は第7話より 写真提供:TBS)

結衣を取り巻くのは、みんな一癖ある人ばかり。『わたし、定時で帰ります。』は、控え目でマイペースな結衣が、そんな彼らに振り回されながらも向き合うことで、少しずつ成長していくドラマでもある。

結衣の周りで問題を起こす人たちは、一見モンスター社員に思えるのですが、実はそうではありません。「育児と仕事を両立したい!」と奮闘しすぎて空回りする賤ケ岳や、「仕事命!」で自分のやり方を新人に押し付ける三谷(シシド・カフカさん)など、思いが強いが故に、主人公から見るとちょっと変わっているように見える。でもそれが、その人なりの正義であって、言い分は間違っていない。それがわかると、「モンスターも普通の人なんだ」と気づくことができます。

結衣は、みんなに翻弄されながらも相手の考えを否定せず、最終的には「それでいいんじゃないですか?」と受け止めています。

人はそれぞれの考え方があるし、求める働き方も異なります。職場でも、「あの人はモンスターだから…」と避けるのではなく少しだけ関わってみると、相手の見え方が変わってくるかもしれないし、「もし相手の立場だったら?」と考えられるようになるかもしれませんね。例えば、「子どもが熱を出したから」と賤ケ岳が早退しても、「仕方ないなあ…」ではなく「いいんじゃないですか?」と思えるようになるのでは?そんな考え方が、もっと社会に広がればいいなと思いますね。

休日もドラマ漬け、ひたすら録り貯めたドラマの「展開」を見る

そんな結衣を描きながらも、新井さん自身の生活はハードだ。部下を多く抱える社員として「働き方改革」を推進しつつも、いくつもの大ヒットドラマを生み出すプロデューサーだけに、休日もインプットのために録り貯めたドラマを観たり、映画や舞台を観たり。「完全オフ」という日はなかなかない。

20代のころは、本当に休む暇がありませんでした。1つの連ドラが終わったら、またすぐ次が始まります。その間のわずかな隙間に、3日間で海外旅行に行ったりしていましたね。あまりに仕事漬けで、プライベートを少しでも充実させないとバランスが取れなかったんです。当時はドラマの現場は昼夜ない状態でしたが、仕事が終わった後もすぐに帰って寝ればいいのに、毎日飲んでいました。結衣が仕事終わりに上海飯店でほっと一息ついてから帰るのと、同じ感覚かもしれません。

今は、週2日は撮影がない日を作るように努力しているので、かなり楽になりました。撮影も、なるべく同じ場所でのシーンをまとめて撮るなどして効率化したり、AD、スタッフの休みを確保しています。

私自身は、休日は寝だめするか、1日中ドラマを観るか。もともとドラマが好きなのもありますが、ほかのドラマの「展開」が知りたくて観ています。前クールは、働き方に関するドラマがいくつかあったので、1話1話じっくり見て、「まずい、同じような展開だな…少し切り口を変えようか」なんて考えて…休みだか仕事だか、わかりませんね(笑)。

ドラマを作るうえで心掛けているのは、「やりすぎない」。多くの場合、「突拍子もないこと」って人生においてそんなに起こりませんよね。「こんなのドラマだから起こるんだよ!」と思われないよう、オーバーなエピソードは避けてリアルを意識して、でも全くのゼロだと「日常」になってしまうから少し残して…その微妙な匙加減を追求するために、常に試行錯誤しています。

 

きょう5月28日の夜は、第7話が放送される。終盤に向けて、どんな流れになっていくのだろうか?

▲結衣と種田、今後二人の関係は一体どうなる?(写真は第7話より 写真提供:TBS)

▲父親の働き方に違和感を持つ結衣…(写真は第7話より 写真提供:TBS)

第1話の時点では、会社の人にほとんど興味を持っていなかった結衣が、さまざまな人と関わることでチームワークの大切さを感じるようになっています。第1話でぶつかった三谷とはたまに上海飯店に飲みに行く仲だし、問題児だった来栖にも愛情を持って接しています。回を追うごとに、少しずつ結衣の感情が豊かになっている…と感じる方もいらっしゃるのではないでしょか。

ただ、ここから部長の福永がさらにブラック化します。自分を守るため、そしてチームを守るため、結衣が働き方を変えることになるかもしれません。ずっと控え目だった彼女が意思を持って立ち上がる姿を、ぜひご覧いただければと思います。

<番組情報>

『わたし、定時で帰ります。』(TBS 火曜 22時~)

朱野帰子の同名小説を原作に、社会人が持つべき“ライフワーク・バランス”とは何かについて問うお仕事ドラマ。ヒロインの東山結衣は「残業ゼロ!定時で帰る!」がモットー。Web制作会社を舞台に、彼女を取り巻く上司や同僚たちの生き方を通して、これからの働き方について探る。脚本は奥寺佐渡子氏、清水友佳子氏。出演は、吉高由里子、向井理、中丸雄一、柄本時生、泉澤祐希、シシド・カフカ、内田有紀、ユースケ・サンタマリア 他。

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO(新井さん写真):中村健二
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