映画『半世界』に学ぶ。“年齢の壁”との「正しい」向き合い方とは?【阪本順治監督×渋川清彦】独占対談!

稲垣吾郎、長谷川博己、渋川清彦の3人の人気俳優が39歳の同級生を演じる映画『半世界』が2月15日(金)から公開される。オリジナルで脚本を書いたのは、阪本順治監督。ポスターのキャッチコピーは「描いた人生になってる?」。諦めるには早過ぎて、焦るには遅すぎる40歳目前。大人の友情、壊れかけの家族、向き合えずにいる仕事の中で、人生をどう折り返すのか、がテーマの映画。阪本監督と渋川さんの特別対談をお届けする。

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写真向かって右:阪本順治監督、左:俳優の渋川清彦さん

39歳は人生にとっての節目の年

映画『半世界』の舞台は、海と山に囲まれた地方都市。父から仕事を継いだ炭焼き職人(稲垣吾郎)と大家族で暮らす中古車屋の独身の跡取り息子(渋川清彦)のもとに突然、元自衛官(長谷川博己)の同級生が戻ってくる。3人は中学時代の仲良し同級生、39歳。ワケありの仲間の帰還が、残りの2人にとっては「これから」を考えるきっかけになっていく。

――どうして39歳だったのでしょうか?

阪本:みなさんが同じ思いかどうかわからないんですが、39歳って微妙な年なんですよ。勝負をかける、というか。僕自身も映画監督として節目の年だった覚えがあるんです。40代になると、子どもみたいなことは言えなくなるし、作風についても越境したい気持ちが出てきて。ちょうど藤山直美さん主演の『顔』を企画して、準備していたのが、この頃です。初めての女性主演、普段は舞台俳優さんですから、映画に出ていただくのに、どんな価値を見い出せるのか。僕にとっても冒険であり、ひとつのワンステップでした。

渋川:自分はちょっと違うかもしれません。

阪本:じゃあ、僕だけか?(笑)。

渋川:40歳は男でいうと厄年。40歳、41歳、42歳は厄と言われていますけど、僕はこのときすごく良かった記憶があるんです。20代の頃は、心身ともに元気だし勢いもあるので、身体を壊してしまったことがあった。40代になると、今度は身体の内側が厳しくなるんじゃないかと思ったんですが、それも来ることはなくて。

仕事に関しては、いい流れでした。験担ぎで、役者は厄を払わない、なんて言って、厄払いもしませんでした。厄を払わなかったから、役が来たのかな、と(笑)。賞もいただけて。

阪本:僕は30代が終わるとき、もう新人監督じゃない、という意識を持たせられたような気がするんですよ。でも、それで自分も変われる気がしたし、実際に藤山直美さんと出会って、何かしましょう、ということになって。

僕は厄払いしましたけどね。それで、いいことばかりあった。そうか、役者の「役」と「厄」をかけたのね(笑)。

大きな「世界」と、目の前の「世界」と

世界で戦ってきた元自衛官が世界の広さについて語るのに対して、地元で妻も子どももいて、家族との人間関係の難しさも味わっている炭焼き職人がこう返す。「こっちも世界なんだよ」。印象的なこのセリフが、タイトルのベースになっている。

――やはり地方都市に生きる人々を描きたい、という思いだったのでしょうか。

阪本:僕はこの5年間、海外ロケが多かったんです。自分が出した企画でもありましたが、ニューヨークに行き、ウラジオストックに行き、タイに行き、極めつけはキューバに行った。国境を超えて通訳を交えて仕事するのも、すごくスリリングだったんですけど、そういうのを続けていると、どこか反動で日本語が通じる世界でやりたくなって。

撮影をした三重県は僕の地元ではありませんが、日本という地元に帰ろうという思いでした。都心部ではなくて、自然豊かなところで、気持ちも新たに仕事したい、と。ロケ地そのものは、実際の炭焼き小屋を借りて職人の指導を受けながらリアルを追及できる場所を探しているうちにご縁があって南伊勢に決まりました。炭焼きって365日ほとんど、休みのない世界なんですよ。

海外ロケをしたときは、やっぱり世界を語るというテーマを含んでしまうんですけど、世界というワードで映画を撮りつつ、結局、自分の実生活は、というと、地方で暮らす人々と変わらないわけです。飯食って、寝て。そういう映画、しばらくやめていたんですが、自分がどういう生い立ちで、どんなふうに親と関わって、今この時代にどんな生活しているのか、カッコ良くいえば、自分を振り返ったんです。けっこう僕の実体験みたいなものからこの映画は生まれています。オリジナルだから、できたことですよね。

渋川:現場を振り返り、改めて思い起こすと今回の3人って、全員合わせて阪本監督なんじゃないか、という気がしたんです。ちょっとずつ、阪本監督になっている。

阪本:自己中で、おせっかいで、ウブでナーバスか(笑)。

渋川:いろんな世界もご存じですし、それを組み合わせてる。

阪本:オリジナルで描くときは、よくこういうことをやるんですけどね。

渋川:それにしても「こっちも世界なんだよ」は響きました。出身地の群馬にいる自分の友達とかを思っても、「こっち」が完全に世界ですよね。僕も子どもが生まれてから地元にいる奴らの気持ちが少しはわかりました。友達にも家族にも、みんなに気を遣って生きてるんです。そうそう遊びにも出られなくなったりして。そのうち、自分を置いといて、子供中心の生活になる。まぁ当たり前のことですが。たまにツーリングとか行ったりして、自分を解放するんです。

地方の暮らしってシンプルなんですよね、すごく。仕事やって、それ以外の遊びって、パチンコや飲むことくらいで。家族を持つと休みが合わなくなっていく中で、たまにみんなで飲んだりして、これが楽しい。自分は東京にいますけど、気持ちは「こっち」に近い気がします。俳優をやっていても、どっちなのか、いろいろ考えます。

なぜ「東京国際映画祭」で評価されるものが生み出せたのか

2018年11月に行われた第31回東京国際映画祭のコンペティション部門で「観客賞」を受賞した。記者会見で、阪本監督は主演が稲垣吾郎だったことに「肩の荷がおりました。僕の方から稲垣くんサイドに『僕でよければ』と言った以上、つくる映画を面白い作品にしないといけないという責任は重いと感じていたので。こういう華やかな場所で初上映ができて観客賞ももらえて、肩の荷をおろしています」と印象的なコメントをしている。

――プレッシャーもある中で、結果を出すことができた要因はどんなものでしたか。

阪本:これはちょっと暴論になっちゃうかもしれませんが、僕は僕のために映画を撮っているんですよ(笑)。かつて母校で講演をしたとき、女子高生の一人が「はい」と手を上げて、こんな質問をしてくれたんです。「芸術って、何ですか?」と。そんな質問は前の日にいただかないと、答えられないですよ(笑)。そして、そういうときは、聞き返すんです。「君はどう思うの?」って。そうすると、「自己満足だと思います」と返してくれた。「そうだよね」と答えたんです。

自分が満足できないものを、人に提供できない。しかも、お金を取るわけです。映画は商品でもあり、出資していただいた方々の声を聞かないといけないことも多々あるけれど、自分で「これでよし」となって、これは大好きになれそうだ、という思いで撮影するほうがむしろ丁寧に撮れるんです。ああ言われたから仕方なく、とかではなく、そういう思いで実際にやってきた。

結果は評価や数字とかになるんでしょうけど、そういう自分の向き合い方が、時代とうまくマッチングすれば広がってくれるだろう、見てもらえるだろうといつも思っています。どちらかというと作品という意味で語っているのかもしれませんが、商品ということも考えているんです。「品」という文字が両方とも付きますからね。ただ昔は作品であり商品という語りができたんですが、今、気を付けないといけないのは、もうひとつ「品」があることです。消耗品です。単に消耗されるだけ。これは避けたいという思いがあります。

渋川:大事な映画にキャスティングされて、ものすごく気持ちが上がりました。自分にとっての勝負になる、という気持ちも正直、持ちました。やってやろう、と。

阪本:渋川さんとは初めての仕事でしたが、脚本を書いたとき、「あ、彼とやるのは今だな」と思ったんです。楽器に例えると、どれだけ楽器が違うか、なんです。みんな楽器は違うんだけど、それでいかにセッションをするか。それを考えて、今回だな、と思ったんです。

中古車屋の役ですけど、中古車屋って、どこの田舎にも必ずあるんですよ。軽トラとかが多いですけどね。地方都市を表すとき、中古車センターというのは、すごく大事なんです。その職業に合っているか、の前に、どういう顔を揃えるか、からでしたけどね。

絶妙のリアリティはどうやって生まれたか

主人公の炭焼き職人の妻を演じるのは、やはり中学の同級生という設定の池脇千鶴。仕事を理由に家のことはすべて任せっぱなしで、中学生となる一人息子にも関心を持たない夫との会話は、まさにリアリティ満載。人々の暮らしが、絶妙に描かれている。

――演じるときは、どんなことを意識しておられるのでしょうか?

渋川:自分は阪本監督の書いた脚本を自分なりに解釈をして、あとは現場で阪本監督に預ける、といういつもの撮影スタイルでした。独身の中古車屋の設定でしたけど、どうして独身なのか考えたり、親を大事にし過ぎているのはなぜなのか、どんな性癖があるのか、など考えて、そこに自分の中で思っていることを加えて。

阪本:あの役は、個人としての自由があったから独身でいたんですよね。大家族で暮らしていくことで、逆に自分の自由が得られるんです

渋川:だから、好きなことができるということですね。

阪本:でも、僕はほとんど演出してないですよ。現場で、こういうパフォーマンスして、と言ってるだけです。それはもう新人さんではないし、場面ごとに役柄の気持ちを説明する必要もないし。奔放にやってもらって。

渋川:最初、あっと思ったのを、よく覚えています。床に落とした箸を1本ずつ拾いながらセリフを言ってくれ、と言われて。それだけでも、なんとなく意識は変わりますよね。2本とも落ちた箸を2本まとめて拾うか、1本ずつ拾いながら喋るのか、あるわけですよ。そうすると、なぜ箸を落としているか、を考えることになるし、ちょっとおっちょこちょいなのか、と気づいたり。これだけでもイメージは広がりました。これが最初で。

阪本:カマかけるわけじゃないんですけど、役者さんって台本読み込んで演じてる自分をイメージしてくるんです。だから、それを初っ端から壊してやろう、ということはありますね。あのね、箸を落としたのよ、と言って、一回まっさらになってもらう(笑)。そうやって、台本からの脱皮をしていいんだ、と気づけるわけです。

実際、映画の中で二等辺三角形で3人の仲間を説明するシーンがあるんですが、それをそこにあった靴でやり始めるわけです、渋川さんが。その場で何を見せてくれるか、という面白さができる瞬間がある。そうやって丁々発止というか、なんかちょっといじって面白くするんですよ、勝手に。

渋川:あと、覚えているのは、もみあげをちょっとかくクセがあるんです。そういう設定なんですね。これが、印象を作ってくれている。

阪本:稲垣くんも、口になにか入れるたびにフキンで口を拭くクセがある設定なんですね。それは、完全に僕なんだけど(笑)。こういうのをひとつ物理的に入れることで、何か固まってしまったものがいい意味で解放されていくんです。ちょっと大げさですけど。

映画から何をつかむことができるか

39歳という年齢の男3人の視点を通じて、「人生半ばに差し掛かったとき、残りの人生をどう生きるか」という誰もが通る、ある地点の葛藤と、家族や友人との絆、そして新たな希望が描かれる。

――映画をどんなふうに捉えてほしいとお考えですか?

阪本:印象に残るシーンは、観る人それぞれで違うと思うんです。3人の男性たちの話だったり、池脇さん含め家族の話だったり。

映画が沁みるときって、画面という単なる平面の中に、主人公たちと同席してる感じがする、と僕は思っているんですね。どんな方法を取れば、それができるのかはまだわかんないけど、僕自身が人の映画を見に行って沁みるときって、そこに同席している感じなんです。なんらか自分の実生活と交わりがあったりとか、そういう瞬間。

だから、年齢によっても違うと思う。かつて39歳だった人は、己の姿を見る。若い人は、未來を想像して、なるほどねと思う。

渋川:自分は、地方にいて映画をほとんど観ない友達に観てほしいと思っています。ちゃんと真剣にセリフも聞いて、表情も細かく追いかけて。そういう映画の楽しみ方を、もっともっと多くの人に知ってほしい。

今はいろんなものがわかりやすくなっていますけど、そうでないところで、いい言葉が埋もれていたり、ドキッとすることが見つけられたりする。それは、ちゃんと聞いたり、見たりしないとできないんです。映画って、そういうものであってほしいし、そういう映画の楽しみを知ってほしいんです。

阪本:ひとつ影響を受けた映画に、インディーズなんですけど、『画家と庭師とカンパーニュ』というフランスで大ヒットした作品があるんです。これが同級生の話で、一人が不意にいなくなるんですね。これがとても印象に残っていて。

実は僕は仏壇屋の息子なんですよ。昨年、僕が自分の責任で廃業したんですけどね、営業不振で。そういう環境だったこともあり、小さい頃から人の人生の最後に触れる機会が多かったんです。店先で泣かれたり、早くに亡くした息子の話をうちのオフクロにずっと話しているお客さんとか、ご遺体の横に仏壇を配達したこともあります。

子どもの頃は、亡くなった人たちはどこに行くのか、とずっと思っていました。その疑問が『団地』というSFコメディで面白おかしく触れるんですけど。結局、思ったのは、命とか死とか、身近な人が不意になくなったとき、一時は涙にくれるだろうけど、その人が生きてきたものがゼロになるわけではないということです。どこかで生きているんです。

そういう思いが、僕の中にずっとあるんですよね。そして弔いのあと、時間が経ったとき、その人が残していったものを感じ取るんです。

文:上阪 徹   写真:刑部友康
編集:丸山香奈枝

 

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