国鉄からJRへ…激動の時代を「現場責任者」として生き抜いた’鉄道マン’の仕事論|鉄道博物館 館長 宮城利久さん

埼玉県・JR大宮駅からニューシャトルで1駅の場所に「鉄道博物館」がある。愛称は「てっぱく」。東日本旅客鉄道(JR東日本)の創立20周年記念事業のメインプロジェクトとして2007年に開館した。
公益財団法人 東日本鉄道文化財団が運営し、開館以来、累計来館者数は1000万人を突破している。
そして2018年7月、南館(新館)がオープン。従来の見どころだった車両展示に加え、「仕事」「未来」「歴史」をテーマにした展示や体験ゾーン、レストランなどが新設された。

南館オープンの約1年前に館長に就任したのが宮城利久さん。1980年、JRがまだ「国鉄」だった時代に入社し、運輸・車両の管理分野を中心に幅広い業務を経験してきた人物だ。
「民営化」という転換期も経て、鉄道マンとして何を大切に働いてきたのか、そして今、鉄道博物館の運営にどんな使命感や想いを抱いているのか。前・後編にわたってお伝えする。

時代の変化に応じて、変えるべきもの・変えてはいけないものを見極める

子どものころから乗り物への興味が強かったという宮城さん。いわゆる「鉄道マニア」ではなかったが、車窓からの景色を眺めるのが好きだったという。
「人のためになる仕事がしたい」という想いもあり、東京大学工学部卒業後、国鉄に入社。運輸・車両部門にて車両メンテンナンス、ダイヤ改正、列車の運行管理などを約20年、その後は経営管理を手がけてきた。

国鉄という巨大な組織、そして重要な社会インフラである鉄道業を運営する上で大切なこと。宮城さんがそれを認識したのは、入社5年目、地方勤務から本社勤務に移ったときだという。異動した直後、30年以上も前に作られた運転士の勤務規則の改善に取り組むことになった。

「大きな組織には当然『ルール』があります。それは時代の変化に応じて、実態にそぐわないものになっていく。『ルールだから』と守り続けるのではなく、変えるべきは変えていかなければいけない。けれど、その一方で、変えてはいけないものもある。それを見極めることの重要性を感じたのです」

勤務規則の改定に際しては、自身が所属する運行部門と総務部門とでは意見の食い違いが生じることもあった。立場によって重視する視点は異なる。すり合わせをしながら着地点を探った。

「このとき学んだのは、やはり『現場が第一』であること。現場の人たちが受け入れられる、納得できるようなルールを作らなければ、導入しても活きないということです」

「理念」をしっかり持てば、変化にもまれる中でも正しい判断ができる

さらに大きな「変革」に向き合ったのは、入社8年目。国鉄の民営化だ。
当時、宮城さんは千葉の管理局内の運輸系職場の現場責任者。民間企業に移行するにあたっての心構えを、現場に伝えて浸透させなければならない立場にあった。
民営化に伴い、職員たちはさまざまな変化にさらされることになる。当然戸惑いもあるだろう。ただでさえ、日々の業務に追われる中「走りながら考えなければならない」という状況だ。
そこで宮城さんがまず現場職員たちに伝えたこと。それは会社が掲げる「理念」だった。

「国鉄時代にも安全綱領はありましたが、民営化を機に、明確に企業理念として打ち出したのです。『最優先すべきは安全である』と。理念というものは、やはり文字にすることが大切です。明文化され、決意表明をしたことで、それがすべての判断基準となりました。『安全最優先』という理念にもとづいて、変えるべきもの、変えてはいけないものを判断していく。職員全員が理念を心に刻んで行動すれば、組織は揺るがない。盤石な会社にするために、理念は欠かせないものだと思っています

「安全が最優先」――宮城さんがそれを現場に浸透させようとしたのは、「会社の理念だから」というだけではない。何よりも自分自身が「安全を守る」という仕事に誇りと責任感を抱いていたからだ。

宮城さんの脳裏には忘れられない光景がある。
九州の管理局にいたころ、電車の運転士を務めていた時期があった。
そんなある日、駅の構内にいたとき、本線上を走っていく特急列車に何気なく目をやった。

「まず先頭車両の操縦席に1人ぽつんと座っている運転士が目に入った。そのすぐ後ろには10両ほどの車両が連なり、一つひとつの窓に乗客の姿がある。それが100kmほどの速度で、一瞬で走り抜けていったんです。自分もあの席に座っているとき、乗客の安全を守る立場にあることを強く認識しました。そして、この仕事を選んでよかった、と思ったんです。安全を守ることこそ、この仕事の価値であり大きなやりがい。それを現場のみんなに伝えたいですね」

「現場力」が、よりよいアイデアを生み出し組織を強くする

入社5年目のときに心に刻んだ「現場第一」の考え方も、変革を進める過程での指針になった。
会社は、民営化を機に「ボトムアップの重視」を打ち出した。トップが決めたことを現場に指示するだけではなく、現場から盛り上げていこう、という考えだ。この方針にもとづき、宮城さんも現場長として、職員たちが主体性を持てるように働きかけた。

現場の人たちに最初に伝えたのは、『社員のみんなに幸せになってほしい』ということです。では社員が幸せになるためにはどうすればいいか。それは会社が良くなるということ。国鉄時代は赤字だったけれど、これからは利益を挙げて会社を発展させることが、みんなの幸せにつながるんだ、と。それを強調して伝えました。そのためにみんなで考えよう、と」

もちろん、最初から意見やアイデアがどんどん出てくるわけではない。沈黙してしまったときは「例えばこんなことをしてみるのはどうだろう」とヒントを出した。職員たちは次第に「自分事」と捉え、意見を出し合うようになっていった。

「当時『オレンジカード』というプリペイドカードを販売していたんですが、『それを駅頭に立って販売しよう』という提案が出てきた。本来は裏方として運行管理をしているような人たちが、収益アップのために自分に何ができるかを考え、実行に移してくれたんです。うれしかったですね」

現場を重視する意識は、各部門の部門長を歴任する中でより強くなっていった。

「改善や変革を図ろうとするとき、実際にその仕事に携わっていない人が考えたことというのはどうもしっくりこない。現場でその仕事に携わり、不便や苦労を感じている人だからこそアイデアを生み出せると思うんです」

あるタイミングで出会ったのが「現場力」という言葉だ。
欧州最大の戦略コンサルティングファーム、ローランド・ベルガーの日本法人会長であり、早稲田大学ビジネススクール教授も務めた遠藤功氏によるベストセラー『現場力を鍛える』を読んだとき、日々感じていたことが理論として腹落ちしたという。以来、部門長や経営管理のポジションに就いても「現場の力こそ会社の力」と考え、現場力を向上させることを意識してきた。

そんな宮城さんにとって、「鉄道博物館館長」というポジションを打診されたのは「意外だった」という。

「私は学者肌ではありませんから。けれど、車両管理・運行管理に関しては幅広く携わってきたので、一応の知識はある。それに、さまざまな部署を経験してきた中では、イベント列車を企画・運営するなど、お客さまを喜ばせるサービスにも従事したこともありました。そうした経験を活かせるのではないかと、館長をお引き受けいたしました」

次回・後編では、鉄道博物館が掲げる理念、南館の見どころ、こだわりの展示などについてお話を伺います。

鉄道博物館HP

EDIT&WRITING:青木典子 PHOTO:平山 諭

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