家庭は、戦場だ。
一瞬でも油断すればゲーム・オーバー。
妻の機嫌は何の前触れもなく、いきなり悪くなる。
諸君も、あの女神のような笑顔が突如として、この世のすべてを巻き込んで荒れ狂う凶暴なハリケーンへと変貌を遂げた場面に出くわした経験が、必ずあるはずだ。
だが、我々もそんな状況にただ指をくわえて立ち尽くしていたわけにはいかない。
今日は、この過酷な状況の中で諸君が生き残るためのヒントを用意した。
過去に不運にもトラップを踏んでしまい、散っていった数々の戦士たちの最期の肉声をもとに作り上げた、大切な10の教訓だ。
うまく活用してくれ。
そして、生き残ってくれ。
目次
1)帰宅時間は必ず予定より少し遅めに伝えよ。
いいか、生き抜くためには狡猾さが必要だ。
なんでも正直に伝えればいいわけではない。
いってきますのチューをするときに「今日は早く帰ってこれそお?」とやや甘えた感じで聞いてくるかわいらしい妻。
けなげな妻にさみしい思いをさせるわけにはいかない、ここは……
「がんばって20時には帰るよ!」
残念……ここでゲーム・オーバーだ。
考えてみろ、これまで20時に帰宅できたことがどれだけある?
その確率は何パーセントだ?
いいか、戦場では甘い読みこそ最大の敵なのだ、もし予定どおり20時に帰ることができなかった場合、どうなる?
今日に限って妙にあふれ出てくる大量のタスクを必死にやりきっても、帰り際に役員につかまってつまらんゴルフの話に付き合わされても、そして会社から駅までの道のりを全速力で走り抜いた上に電車に飛び乗りヒザを痛めても、妻には何にも伝わらない。
な、ん、に、も、伝わらない。
そこには20時に間に合わなかった、という厳然たる事実が横たわっているだけだ。
うそつき。
妻はそう、口に出さずとも思うだろう、何かが彼女の中でコトリ、と音をたてて崩れる。
夫は何も気付かない。
もちろん、今晩起こる悲劇のことも。
いいか、だから必ず、帰宅時間は1時間は遅めに伝えろ。
2)不用意なサプライズは控えよ。
いわゆるモテテクニック的なコンテンツや夫婦円満のヒケツ的な話題でよく挙がるこの「サプライズ」。
だまされるな。
結婚したら、サプライズなんてものは妻にとっては「必要経費のムダづかい」。
夫はいつまでも恋人気分で、君はいつだってボクのナンバーワンなんだよ……などという自己陶酔的な演出がしたいのかもしれないが、妻からすれば「いや子供もいるし……2位じゃダメなんでしょうか」と仕分け対象になるうえに、微妙にネタが古くて心苦しい。
バラの花束を買うお金があるなら、育ちざかりの子供たちに肉をもう一枚食べさせてあげてほしいと、彼女はそう思っている。
また、サプライズに使った費用がそれなりにかかった場合、その出所についていらぬ嫌疑がかかる可能性がある。
特に小遣い制の者は、来期の予算削減の理由を与えてしまう危険性もあるから、ゆめゆめ不用意なサプライズは避けなくてはいけない。
3)給料が上がっても過度にアピールするな。
男は本当に情けない生き物である。
ほんのわずかでも自分の能力を誇れるチャンスがあれば、すぐに浮かれて過剰にアピールしようとする。
気をつけろ。
給料が上がったかどうかなど、家計のやりくりに熱心な妻ならすぐに気付く。
いちいちそれをアピールする必要はない。
問題はむしろ給料が下がったときだ。
それは今までエラそうにしてきた夫のプライドを徹底的にへし折る絶好の機会なのだ。
自分に取って都合のいいことばかりを、調子に乗って針小棒大に語ってきた夫は、必ず痛い目にあうだろう。
4)職場の人間模様はしっかりと語れ。
仕事の話を家庭では絶対にしない、という人間がいる。
やめておけ。
ヤツらは特殊部隊だ。
家に帰れば仕事のことは完全に忘れて完璧な家庭人を演じきるなど、優れた技術と人並み外れた精神力がなければ遂行できない。
普通は、ちょっとは自分の仕事について理解してもらえたほうが、ありがたいものだ。
だから素人は基本から始めろ、まずは自分の職場の人間模様について、つぶさに語れ。
まるで妻もその人と何度も会った気になるくらいの、丁寧な描写で語れ。
単純に出来事を話すだけではなく、その際に人物評を織り交ぜるのがポイントだ。
そのうち妻が「あ~その人ならやりかねないよね」などとコメントしはじめたら、こっちのものだ。
「ごめん、部長につかまっちゃって」「あ~あの部長、急に用事言ってくるもんね~」
「先輩も車、買い替えたんだよ」「え~あのクソドケチが? じゃあウチも考えてもいいのかもね~」
ただし調子に乗って使い方を誤ると命に関わる。
「そうだよ、会社の人はだいたいみんな車、買い替えてるよ」「みんなって誰のこと? 全員の名前をここに書きなさい」
扱いには十分に気をつけろ。
5)ORMを忘れるな。
ORM、つまり、お義母さんリレーションシップマネジメントだ。
ここのところ土日もずっと忙しくて、やっとゆっくりできると思っていた休日の早朝、突然訪問してくるお義母さんに対して、不機嫌な態度をとるなど言語道断だ。
「あら……お疲れのところごめんなさいねえ……いつもお仕事忙しいのねえ……」
と一瞬こちらを気遣う発言の後、お義母さんはコーヒーを一口飲んでから、自分の娘に話しかける。
「そういえばお隣の息子さん、あの人毎日早く帰ってくるのに、もう部長になったらしいわよお、ああいう大きな会社だとお仕事にも余裕があるのかしらねえ」
夫婦の命運は、すべてお義母さんが握りこんでいることを、決して忘れるな。
爆発物処理班のごとく、いつなんどきも慎重に、丁寧に、対応せよ。
6)自分が悪者になることを恐れるな。
個人差はあると思うが、うちの妻はよくパニックを起こす。
こうなってしまうと、制御不能だ。
いきなり何のいわれもない汚名を着せられたり、股間のところがすっかり黄色くなったお義父さんのお古のパジャマを節約という名のもとに着せられたりする。
すべて受け入れよ。
いったん、受け入れよ。
ゆめゆめ自分の正しさを主張しようとムキになってはいけない。
パニックを起こしている時に、怖い顔をして何かを言ってくる人間は、敵と認識されて誤射される危険性がある。
下手に動くんじゃない。
やられるぞ。
7)プレゼンテーションはタイミングを見極めよ。
何か欲しいものがあるときや、飲み会のための緊急予算が必要な場合は、緻密な計算と大胆な行動が必要だ。
平日は基本的に避けろ。
忙しすぎる。
日々のタスクをこなすだけでもお互い必死なのに、自分の要求だけを押し通すなど、危険すぎる。
流れ弾に当たるぞ。
ただし、休日の前の晩は別だ。
「いやあ今週も忙しかったねえ、ところでお疲れのところアレなんだけどさ……」と、リラックスした状態でのぞめ。
繰り返すが、プレゼンテーションにも「サプライズ」は不要だぞ。
殺伐とした週末をすごしたくなければ、気をつけろ。
8)自分だけの場所を持て。
戦場の基本は、安全地帯の確保だ。
誰からも干渉されずにいられる場所を確保しろ。
とはいえ書斎などという非常にうらやましい装備を持っている者はともかく、われわれ一般兵にはなかなか隠れられるスペースというものはないのが現状だ。
いろいろと探して、いろいろと試せ。
少し変化球となるが、何か勉強をしている姿を見せるのも、戦意がないことを示すには役に立つ。
間違っても、安易にトイレに長々とこもるな。
戦場で異臭をプンプンさせてウロウロするのは、命取りだぞ。
9)共通の目標を持て。
この個人主義が浸透した時代、夫婦であってもそれぞれが違う価値観を持っており、人生における理想のイメージもビミョーにちがったりする。
それはかまわない、好きにしろ。
だがそれはそれとして、妻とは何でもいいから共通の目標を持つことが、このソーシャルでサステナブルでストレスフルな世の中を生き抜くサバイバル技術だ。
目標は、より具体的に。
2人で合計10キロやせる! マイホームを5年以内に買う! 股間のところが黄色くなったパジャマは3年以内に捨てる!
そうだ、忘れるな、サラリーマンであっても夫婦というのはひとつの事業体だ。
この孤独な宇宙の中で二人手を取り合い、同じ目標のために力を合わせ、試行錯誤しながら新しい家族のカタチを作っていく。
ひとつのベンチャー企業なのだ。
それは、この上なく楽しくて、とても創造的な活動だということをしっかりと胸に秘め、今日も一日を生き延びろ。
10)愛されることを求めるよりも、愛せ。
……マジで。
以上で、教訓は全てだ。
諸君の健闘を、切に祈る。
解散!
著者:いぬじん (id:inujin)
犬のサラリーマン/クリエイティブディレクター/中年大陸の冒険家。
中年にビミョーにさしかかり、色々と人生に迷っていた頃に、はてなブログ「犬だって言いたいことがあるのだ。」を書きはじめる。言いたいことをあれこれ書いていくことで、新しい発見や素敵な出会いがあり、自分の進むべき道が見えるようになってきた。コーヒーをよく、こぼす。