社長がフルリモート&地方移住…パンツブランドTOOTが目指す未来とは?

コロナ禍を受けて、1年以上リモートワークが続いているという人も多いことでしょう。そんな中、社長にもかかわらず「完全フルリモート勤務」を実現し、この春に東京から岡山県に家族で移住したのが、メンズアンダーウェアブランド「TOOT」の枡野恵也さん。なぜ、彼は遠隔地でのフルリモートを決断したのか、そして、フルリモートで社長業を行うための工夫やコツとは?詳しく伺いました。

枡野恵也さんメインカット株式会社TOOT 代表取締役社長 枡野恵也さん
1982 年生まれ、東京大学法学部卒。マッキンゼーでグローバル企業の経営コンサルを務めた後、レアジョブに参画して法人事業を立ち上げ、ライフネット生命保険では海外事業展開など、創業期のネットベンチャー経営を経験。2015 年にTOOTの代表取締役社長に就任、2019年には同ブランドをミラノコレクションへと導く。今年3月に岡山県倉敷市に家族で移住、フルリモートで社長業を務めている。複業として、倉敷市のデニム企業「青鴉」代表取締役社長、福山市の「英数学館小・中・高等学校」広報部長。著書に『人生をはみ出す技術 自分らしく働いて「生き抜く力」を身につける』(日経BP)。

コロナを機に、即「全社員フルリモート」を推奨

――枡野さんはTOOTの社長ながらフルリモート勤務を実現し、現在は岡山県に移住して社長業をこなしているとのこと。きっかけは何ですか?

一番大きなきっかけはコロナです。昨年4月に緊急事態宣言が発令されてすぐ、全社員にリモートワークを推奨し、私自身もフルリモートワーク体制に入りました。

私自身は、かなり以前からリモートワーク推進派です。アメリカでは10年前から既に業務効率の高さが実証されていたこともあり、前職の生命保険会社でも社内でリモートワーク検討委員会を立ち上げ、実際に社員が実践していました。TOOTの社長就任後は、モノづくりの会社ということもありなかなかリモートワークを実現できずにいましたが、コロナを機に「今が挑戦するいい機会」と捉え、トップダウンで決断しました。

結局それから1年の間、社長であるにもかかわらず東京本社には10回くらいしか出勤しませんでした。社員も、生産に関わる一部の社員を除き、概ねリモートワークが定着。これなら私が東京にいなくても十分社長業をこなせると確信し、岡山への移住を決断しました。なお、同じタイミングで自社オフィスも半分の広さのところに移転縮小しています。

――1年かけて体制を整えたことで、地方でのフルリモートが可能と判断したのですね。なぜ、岡山県倉敷市を移住先に選んだのですか?

理由は3つあります。まずは何よりも、子どもの教育。現在6歳の娘がいるのですが、東京で小学校に通うと、どうしても時代遅れな偏差値競争に巻き込まれて疲弊しそうで、悩んでいました。そんな時に、国際バカロレアの教育プログラムを導入している英数学館という学校と出会い、人間の主体性や自律性の育成に重きを置いて、かつ教育の目的は「世界平和」だと断言するプログラムに一目惚れしてしまいました。今はその学校へ娘を通わせつつ、私も学校経営のお手伝いをさせてもらいながら国際バカロレアの実践方法を勉強して、TOOTの組織運営に還元しています。

2つ目は、妻のキャリアです。家族で移住となると、子どもの教育と親の仕事が2大障壁に挙げられますが、たまたま妻が岡山で勤務していたことがあって、土地勘があることも大きかったですね。今は、岡山県下の高校向けに「キャリア教育」のデザインをサポートするなど、手探りながらプロジェクトベースで新しい挑戦を始めています。

3つ目は、街と自然の距離がちょうどいい点です。「偉大な数学者の前には常に森があった」などと言いますが、脳科学的にも子どもは自然に触れたほうがいいというのが持論。もちろん大人の心身にも好影響しかありません。都心にも公園はありますが、こちらでは街中に田畑もあるし、車で15分も出れば本物の豊かな自然が待っている。一方で、日本最古の私立西洋美術館と言われる大原美術館もあります。事業家でありながら、自然と街の中心にアートを据えた街づくりを進めた大原一族は、言わばSDGsを100年先取りしていたようなもので、この倉敷に住みながら街から学び、これからの日本経済を担う志を養いたいと考えました。

倉敷での枡野さんご家族

▲倉敷の大自然の中で、2人のお子さんと

朝礼と夕礼、日報、手当…昭和的な施策でリモートワークの課題を乗り越える

――この1年、会社として完全フルリモートを実現するために、苦労したことや壁にぶつかったことはありましたか?

当社は都心のど真ん中にあるので、社員からは「満員電車に乗らなくていいのが嬉しい」、「通勤時間がなくなり効率的」などと歓迎する声が多く、移行は比較的スムーズだったとは思います。ただ、当社では以前から社員が自律的、自発的に働ける組織を目指していましたが、フルリモートになることで社員が自由を履き違えてしまい生産性が落ちる(=仕事をサボる)リスクがあり、かといって逆に監視体制を強めると組織のカルチャーを壊してしまうリスクもある。経営管理上は「自由と生産性のジレンマ」が強まりました。

そこで、割と昭和的な施策をいくつか導入しました。
1つは、Zoomによる朝礼と夕礼の実施。それまでも朝礼は行っていましたが、新たに夕礼も導入し、朝夕2回みんなで顔を合わせることで仕事にメリハリをつけたいと考えました。朝礼は私主体で全員参加で行い、夕礼は各チーム単位で行ってもらっています。

そして、新たに導入したのが日報と週報の提出。ただし社員を管理する目的ではなく、社員自身が自発的に目標を決め、自分で振り返りを行ってもらうのが目的だと強調しました。その結果、自分の仕事が可視化できるようになり、業務効率の改善はもちろん、社員の自己効力感が高まったと感じています。また、朝礼・夕礼に加えて日報・週報のコミュニケーションが発生し、リモートワークで起きがちな孤独感などの軽減が図れているとも思います。

一方で、組織論では最近トレンドの施策も導入しています。一番効果が高いと感じるのが、社員同士で報酬を贈り合う制度「ピアボーナス」の導入。1週間を振り返り、「お世話になった」「活躍していた」と思える社員1人に、プチボーナス(3千円)を贈るというものです。これにより、管理し合ったりけん制し合ったりするのではなく、リモート下でもお互いに感謝し合う雰囲気が醸成され、コミュニケーションの活発化につながりました。
なお、細かいことですがネット環境の整備などのためにリモートワーク手当も毎月出しています。

「決めて、任せて、支える」社長の仕事こそ、リモートに向いている

枡野恵也さんリモートワークのもよう

▲倉敷の自宅にて、リモートワーク中

――枡野さん自身の業務、いわゆる「社長業」はフルリモートでも滞りなく行えましたか?

当社のような小さな企業は、ともすれば社長がプレイングマネージャー的になりがちですが、私は社長の仕事は「決めること、任せること、支えること」の3つだと定義しています。「決めること」は社長の大役ですが、経営資料や経理・財務的な数字はリモートでも見られますし、コロナ禍で金融機関ともオンラインでやりとりできるようになりました。「決めること」さえできれば、あとはリモートでも「任せて支え」ればいい。

それに、倉敷は地球の裏側ってわけではないですし(笑)、必要があればすぐに東京に出ることができます。社長業が滞るのではないか、会社がうまく回らなくなるのではないか…などという不安はありませんでした。

――今後もフルリモートを続けていくうえで、想定しているリスクはありますか?

いろいろ考えましたが、特にリスクはないように思います。懸念していた社員の自律性やコミュニケーションの問題は、この1年で対策を打つことができ、現時点ではうまく回っています。オフィス縮小を始めコストも以前より下がっているし、業績もネット販売が増え、直販比率が上がったことで利益率も向上しています。

下着は人に見せるものではありませんが、TOOTのアンダーウェアはカラフルで個性的。在宅勤務でも気分を上げるために購入するという人も多く、巣ごもり消費の波に乗っているようです。

敢えてデメリットを言えば、新入社員やインターンを受け入れにくくなっているとは思います。入社後は一定期間対面で教え、伴走する必要がどうしてもあると思うからです。現時点で新規採用の予定はないですが、時が来たら私を始め育成担当者が交代で出勤することで対応したいと考えています。

このような環境下だからこそ自分にとっての豊かさ、幸せを追求してほしい

枡野恵也さんリモートワークのもよう

▲自宅近くの公園で作業することも

――今後、TOOTとして目指す方向性を教えてください。

コロナを機に、ローカル回帰の流れが顕著になっています。コロナで遠出ができない今、自分が今いる場所=ローカルを大事にせざるを得ないですし、「リモートでも十分に仕事ができる」とわかったことで私のような地方移住者が増えているという現実もあります。

そして、ローカルを起点に経済が循環するという世界は、SDGs(持続可能な開発目標)の思想にも合致します。
TOOTの本社は東京ですが、生産地は宮崎。今後、会社の存在意義を高めるためにも、ローカル性をもっと高めていきたいと考えています。参考にしているのは、イタリアのラグジュアリーブランド「ブルネロ・クチネリ」。イタリアの田舎を本拠地として、自社の儲けよりも職人、そして地域を豊かにすることに経営主眼が置かれている。TOOTも、こうありたいと常々思っています。

TOOTは世界中にコアなファンがいますが、これからは会社として芯の通った経営哲学を発信することが重要であり、見た目がクールなだけでは支持を集め続けることはできません。地方に根差し、地方と向き合い、商品のバックボーンとなり得る経営哲学を1日も早く確立したいと考えています。

――枡野さんは東大からマッキンゼーを経て、レアジョブ、ライフネット生命の立ち上げ期を経験し、そして今はパンツメーカーの社長という異色のキャリアの持ち主です。ご自身の経験を踏まえ、若手ビジネスパーソンにメッセージをいただければと思います。

日本は、豊かさも幸福度も低下の一途をたどっています。一人当たりGDPランキングは2000年の第2位をピークに下がり続けていますし、国連が発表している「世界幸福度ランキング」に至っては先進国にもかかわらず62位。2012年の44位から20ランク近く下がっています。

この流れを断ち切り、日本社会をガラリと変えるのは残念ながら難しいですが、若い人にはこのような状況下であってもぜひ「自分にとっての豊かさ、幸福さ」を追求してほしいと思っています。

私はもともと、「キャリアは人生におけるグリコのおまけのようなもので人生の本質ではない」と思っていて、おまけだからこそ、徹底的にやりたいことをやり、楽しみ尽くしたいと考えています。だからこそ「そんな道を選ぶのか」「そんなチャレンジをするなんて」と変人扱いされたこともありますが、やりたいことをやれているから自己肯定感は非常に高い。個人的には豊かだし、幸福だと感じることができています。

だから皆さんにも、世の中の閉塞感に捉われすぎず、自分と向き合い自分にとっての幸福は何かを、真剣に考えてみてほしい。そして、それに基づき新しいチャレンジをしてみてほしい。
リモートワーク拡大により浮いた時間で、副業に挑戦したり新たな趣味を始めたりするのもいいですね。もちろん、ボランティアでも資格の勉強でも、投資でも運動でも、何だっていいんです。まずは少しでもいいので、今の枠からはみ出してみれば、視界がぐんと広がるのではないかと思います。

 

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EDIT&WRITING:伊藤理子
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