「やりたいこと」なんてわからないのが普通。むしろ、わかってるヤツが“異常”──元プロボクサーのクリエイター・伊藤康一の仕事論(5)

オリジナルデザインのTシャツとハンコをヒットさせた「伊藤製作所」代表の伊藤康一さんにこれまでのキャリアや仕事について語っていただく連載インタビュー企画。シリーズ最終回となる第5回では、今後の目標や若手ビジネスマンへのアドバイスなどを語っていただいた。

プロフィール

伊藤 康一(いとう・こういち)

1974年、愛知県生まれ。大学3年生の時にプロボクサーとしてデビュー。半年後、引退。実家に戻ってWebサイトの構築に励む。半年後、再び上京。フリーターに。この頃、「伊藤製作所」を立ち上げる。2005年、再び実家に戻り個人でTシャツ屋を始める。攻めたデザインで徐々にファンを増やす。2008年、再び上京。谷中に実店舗を開店。2009年「邪悪なハンコ屋 しにものぐるい」を開店。SNSのつぶやきをきっかけに大ヒット。

戦うTシャツ屋 伊藤製作所 https://www.ito51.net/
邪悪なハンコ屋 しにものぐるい https://www.ito51.com/

やりたいことを詰め込んだ「伊藤ビル」を

──今後の目標や新しいビジネス構想があれば教えてください。

僕の能力と今の環境では、今の商売の売り上げはある程度上限まで来てると思っています。それに万人受けしない商品を作っているという自覚もあるので(笑)、お店を5店舗、10店舗と増やしていくのも無理だと思っています。だから、今の延長で伸ばしていくのではなく、違う新しいことを始めたいですね。今はデジタルのおかげでいろんなことに挑戦できる、いい時代になりましたよね。

──もっと年商を上げたいという気持ちはあるんですか?

あります。とは言え、単純に年商を上げていきたいというわけでは決してなくて。もう少し大きくなった方ができることが増えると思うんです。最初に自分1人で商売を始めた時より今の方がスタッフも増えて、手伝ってもらえるようになって、できることは圧倒的に増えました。限界はあると思いますが、大きくなっていった方ができることが増えておもしろいと思うんです。

──具体的なビジネスの構想はどんなものがあるんですか?

将来的には、3階建てくらいのビルを建てて、自分がやってみたいと思ういろんな業態のお店を入れて商売したいですね。今は、谷中銀座商店街の集客力のおかげで僕のお店も売れてくれていると思うんですが、わざわざ来たいと思ってもらえるような「伊藤ビル」が作れたらめっちゃ楽しそうだなと思ってます。

▲インパクトのあるディスプレイ

脳みそに汗をかく仕事を

──若手ビジネスパーソンへのアドバイスを頂きたいのですが、仕事を選ぶ時にはどのようなことを重視すればいいと思いますか?

基本は、「いや、もう、好きなことやれよ!」ってだけですね(笑)。好きなことをやるとして、細かいところですが、例えば僕みたいな仕事で言うと、ものづくりをする人は2種類いると思っています。どんな物を作るかを考える、企画する人と、それを実際に手を動かして作る人です。実際に作る人は、その技術を習得するために何年も修行しなければならないだろうし、いざ作れるようになったとしてもその業界自体が廃れてしまうと食べていけなくなります。それに自分が手を動かす仕事には物理的な限界があるので、できる仕事の量の限界も簡単に見えてきます。

逆に、何かを考える、企画する仕事は、流行り廃りなど自分でコントロールできない影響を受けても、違う業界へ行って企画をすればやっていけます。これからあらゆる業界で幅を利かせると言われているAIにも最後まで代替されなさそうですし。だから、長く生き残るためには考える仕事、脳に汗をかく仕事を選ぶといいんじゃないかと思ってます。もちろん手を動かす職人さんも尊敬していますが、職人さんだとしても考えて仕事していかないと生き残れない時代だと思っています。

▲ハンコで一番人気は「大仏目からビーム」とのこと

やりたいことがあるならチャレンジすべし

それと、これを読んでるのは主に20~30代のビジネスマンとのことですが、一番よくないのは、「失敗するのは恐い、だったら行動しない方がいいじゃん」という思考です。最終的には動く時と動かない時を見極めて、動くべき時にきちんと動ける人間になれたらいいと思うんです。

ですが、もう、その動くべき時の見極めって、動いて失敗して、経験を積んでいかない限りわからないですよね。動かなかったら、その時、動いた方がよかったか、動かなかった方がよかったか判断できない。だから、なるべく若いうちにとにかく動いて、たくさん失敗して、見極める経験値を上げていくしかないんじゃないですかね。「むしろ失敗して普通!」くらいで。僕もこれからも失敗しながら頑張ります。

──今はチャレンジしやすい時代とも言えますよね。

デジタルの時代になって、それ以前では不可能だったことがどんどんできるようになりました。僕は学生時代にギリギリデジタルの時代に入ったので、この時代に産まれて本当によかったと思ってます。

これから社会に出る人や、若手の人はもっとデジタル化が進んでいるからうらやましいですよ。例えばTシャツ屋を始めた時、まだSNSがなかったので、少しでも多くの人に知ってもらうために愛知から東京まで深夜に車を走らせてイベントに出店してチラシを配る。また次の日深夜に車で帰って行く。そうやって地道な活動を積み重ねて僕のTシャツを知ってもらっていたのが、今ならSNSを使えば一瞬で簡単にすごい勢いで広められますよね。

また、何かを新しく始めたいと思った時も、以前は図書館に行って本で調べたり、話を聞きに行かなければならなかった、今ならGoogleで検索すれば一瞬でおおよそのやり方はわかる。Tシャツ屋を始めた時、Tシャツのイラストを作るのも、発注するのも、販売するのも、すべてパソコンの中で完結できてしまい、これなら東京でやってもどこでやっても一緒だ! と実家に帰る決心がつきました。

テクノロジーが手助けしてくれて、ある程度のところまではやれるので、あとは実際にやってみればどこを直せばいいかわかるし、自分の個性をそこに乗せていけば、日本全国で見れば興味をもってくれる人は一定数出てくる。そういう人たちに共感してもらえたら何とかなる世の中になったので、ものすごくいい時代に生きてると思います。だからやりたいことがある人はどんどんチャレンジしてほしいですね。

優先順位1位以外はいったん捨てる

──やりたいことで生計を立てるためにはどうすればいいと思いますか?

例えば、「やりたいことはあるんだけど、友達と遊んだりしつつ、土日はゆっくりしつつ、遊びにもお金と時間をかけつつ、でも夢をかなえたいんです!」って言われても、突っ込みどころ満載だと思うんですよ(笑)。だから優先順位の1番以外はいったんあきらめて、とにかく1番のことに集中してやることですかね。それで、1番のものが手に入ると、あきらめた2番目以降も元に戻るので大丈夫です。僕の実体験から断言できます。

──これまでインタビューしてきた人たちも目標を達成した人は覚悟と本気度が違うと感じます。リスクを取ることを恐れないってことも大事ですよね。

そうですね。僕の場合、そもそも就職してなかったから、リスクなかったですけどね(笑)。例えばもし正社員だったら、独立して失敗したらどうしようって不安に思うのはわかります。

──でも「30歳でTシャツ屋を始めるんだから3年以内に成功しなければ人生詰む」みたいな危機感を感じていたわけですよね。30歳から就職せずにTシャツを始めるってかなりのリスクがあると思うし、だからこそ必死で努力したわけじゃないですか。そもそも大学卒業する時に就職しないでプロボクサーになることも相当なリスクだと思うし。だから伊藤さんはけっこうリスクを取ってると思うんですよね。

そう言われればそうかもしれないですね。大学卒業後、就職しないでプロボクサーを続ける選択をしたことは、自分で決めたことなので、全く後悔がないんです。むしろ、大学を出て就職するという、いわゆる敷かれたレールから外れるという経験ができたのはとてもよかったと思ってます。たぶんこれが、初めて自分でちゃんと考えてできた決断だったんじゃないかと。

──自分が本当にやりたいという道を選んだら、結果がどうであれ後悔はないですよね。

そうですね。親に言われてとか、みんながしてるからと選んだことって、自分で選んだつもりで、実はちゃんと考えてないんじゃないですかね。そういう選択を積み重ねていくと、自分が何をしたいのかまでわかんなくなっていきそうで。

逆にやりたいこと、好きなことを見つけられれば、努力が努力でなくなって、人生が楽にも、楽しくもなるので、なるべく好きなことを見つけてほしいと思っています。好きなことだったら、仕事だろうと仕事でなかろうと、自分がやりたくてやってしまうし、どうすればうまくできるか工夫しちゃうし。好きなことをやってて過労死って聞いたことないし、つらいことがあっても好きだったらけっこう乗り越えられるし。天才じゃなくても、天才に勝てることだってあるかもしれない。

僕もTシャツ屋やハンコ屋を始めた時は使える時間はすべて使っていました。だから才能がそこそこでも結果が出たんだと考えています。そして、それができたのは好きだと思える仕事だったからなんですよね。

やりたいことなんてわかってるやつが異常

──やりたいことがわからないという人はどうしたらいいでしょうか。

僕は「20代でやりたいことなんてわかるわけない!」って思ってます。30歳くらいでやっと見つかるかも、くらいで。僕の場合、ボクシングを辞めて新しくやりたいと思えたTシャツ屋を始めるまで7年もかかっています。周りから見ればフラフラしてるだけに見えたと思うんですが、僕の中では一生懸命やりたいことを日々探してたんです。それでも7年かかったので、もう、「やりたいことなんてわからなくて普通。むしろわかってるヤツが異常」くらいに考えて(笑)、粘り強く探すしかないと思います。だから、焦りつつ焦らず、頑張ってくださいと言いたいですね。僕もこれからも探し続けます。

取材後記

実は伊藤さんには4年ほど前に某書籍の企画でインタビューさせていただいています。個人的にも、そのずいぶん前から伊藤製作所のファンでTシャツやハンコをいくつか購入していたので、あこがれの人に会えるというハイテンションでインタビューしたのを覚えています。

その時うかがった伊藤さんのこれまでの人生の歩みや仕事観、人生観がとてもおもしろく、多くの人に役に立つと思ったのですが、紙数が足りず、その半分も書けませんでした。それだけに、今回、前回うかがった話をベースにより深堀りでき、新しい情報も多数うかかがえたので、伊藤さんの仕事人としての真髄に迫れたのではないかと思っています。

また、伊藤さんのお話の中には、よりよい働き方・生き方やビジネスで勝つためのヒントなど、多くのビジネスパーソンにとって有益な情報がたくさん盛り込まれているので、少しでも刺さった人は、それを実践していただきたいと思います。

伊藤さんも何度もおっしゃっていた通り、結局はやるかやらないか。失敗しても当たり前だと思って、とりあえず行動してみることが大事だと改めて思いました。

第4回記事『ビジネスを成功させるには「とにかく行動」と「勉強を続けること」』はこちら

取材・文・写真:山下久猛

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