この仕事は本当に恐い。「つまらない生き方」していたら、「つまらない写真」しか撮れないから――写真家・西澤丞の仕事論(4)

“立入禁止の向こう側”に入り、日本を支えている重要なヒト・モノ・コトを伝えることをライフワークにしている写真家・西澤丞さんの仕事論に迫る連載インタビュー(→)。第4回は仕事の喜び、やりがい、写真家としての矜持などを語っていただいた。

プロフィール

西澤丞(にしざわ・じょう)

1967年愛知県生まれ。愛知教育大学美術科卒業後、自動車メーカーのデザイン室、撮影プロダクション勤務を経て2000年、フリーの写真家として独立。「写真を通じて日本の現場を応援する」というコンセプトのもと、科学や工業に関する写真を撮影し、自身の著作物や雑誌などで発表している。日本における工業写真の第一人者。2018年3月、福島原発を撮影した写真集『福島第一 廃炉の記録』(みすず書房)を出版。現在も福島第一原発に通い、撮影を続けている。

公式Webサイト http://joe-nishizawa.jp/index.html

撮影している時が一番生きている実感を得られる

──仕事の魅力、一番幸せを感じる瞬間は?

写真なんか大きな目的・目標を叶えるための手段の1つにすぎない、なんてことも言ったけど、やっぱり一番楽しくて大好きなのは撮影なんですよ。撮ってる時が一番生きてる感じがする。例えば立入禁止の所へ入っていけるワクワク感。実物をこの目で見て、被写体と対峙し、間合いを計る時の緊張感や、世の中で起きていることを肌で感じることの高揚感がたまらない。それを写真として残せる満足感。どれもアドレナリンがぶわ~っと出るのがわかる。一度体験するとやみつきになります。

──テレビのドキュメンタリー番組で西澤さんが撮影しているシーンを見たことがありますが、子どもみたいにめちゃめちゃテンション高くて楽しそうですね。

うん、それはどの現場に行ってもいろんな人に言われます(笑)。僕が撮ってる現場ってどこも非日常空間なんですよ。僕が大好きなSF映画の世界と同じ感じ。多くの人たちは遊園地などに行って非日常の世界を楽しんでいますが、僕が入る現場って全部本物ですからね。一歩現場に足を踏み入れた瞬間、僕らの暮らしや日本そのものを支えているもの、すごい熱量・質量をもった本物がガガーン! ドーン!と目の前にあるわけですよ。その存在感、迫力たるや何とかランドの比じゃない。あんなおもしろいところないですよ(笑)。造船所なんて1000トンのもの部品がクレーンでゴゴゴと来るわけよ。だって車1000台分がぶら下がってるようなもんだからね。そりゃテンション上がるでしょ。うおー!!!って。

▲造船所では想像を絶する大スケールの作業に感動(撮影:西澤さん 撮影地:ジャパン マリンユナイテッド株式会社)

あとね、そんな場所で撮ったいい写真を自分の手元にいっぱいもっておきたい(笑)。自分で撮って、コレクションしたいの! コレクターなんだよ。だから他の写真家がいい写真を撮ってるのを見ると悔しい。あれ、俺のコレクションにならねえやと(笑)。

もちろん、ただそれだけじゃなくて、普通では立ち入り許可の下りないところを撮影することこそ、写真撮影を職業としている人間が行わなければいけない仕事だと考えてるんだよね。人生において、今まで誰もやっていないことを見つける機会はそれほど多くはないから、そのような困難な撮影を実現させることにやりがいを感じているんです。

読者からの声が一番のやりがい

──写真家になってよかったと思う点は?

いろいろあるけど、一番は読者からの生の声ですよね。写真集『イプシロン・ザ・ロケット』の出版記念サイン会で、ある若者から「写真集『Build The Future』を高校の時に図書館で読んだことがきっかけで、大学の進路を決めました」と言われたことがあるんですよ。さらにそれからしばらく経って、「研究機器を設計する会社に就職しました」と教えてくれました。こういう時、この仕事をやっててよかったなと思いますよね。あとは撮影した現場の人が喜んでくれるのもうれしい。

──まさに高校時代に思ってた人の役に立ちたいという思いが実現できてるわけですね。

そうそう。それはうれしいしありがたいことですよね。読者からの感想は出版社経由でももらうけど、FacebookなどのSNSで直接もらうことの方が多いかな。講演会や昨年スピーカーとして登壇したTEDxHimiでは聞きに来てくれた人と直接話ができるので、僕が伝えたかったことがちゃんと伝わってるんだなと実感がもてるからいいですよね。一方で、そういう声が届くと手が抜けなくなるんだよ。いい加減な仕事できないなというプレッシャーを感じるから(笑)。それも含めていろんな意味でいい刺激をもらっています。

▲2018年12月にはスピーカーとしてTEDxHimiに登壇((CC)写真提供 TEDxHimi CC BY-NC-ND 4.0 撮影:山下久猛)

あと写真集が売れて増刷がかかった時もうれしいですね。取材に協力してくれた取材先、出版社、編集者、デザイナーなど関わった人みんなが喜んでくれて、仕事をやる意義のもう1つの柱である「人の役に立つ」という実感も得られるから。

また、今振り返るといろんな苦労があったけど、現場で作業をしている人たちと同じ場所で撮影できたことは、僕にとって非常に価値のあることだったなと思いますよ。僕は伝えることを目的に撮影していて、そのためには当事者の視点に立って初めて第三者に伝わる写真になるからね。

一番重要なのは“立っている場所”

──写真家にとって一番重要なことって何だと思いますか?

撮影者自身がどこに立っているかが一番大事だと思いますね。例えば最高のモデルの写真を撮りたいと思ったら、スーパーモデルの前でカメラを構える立場になっていなきゃいけないですよね。スーパーモデルは当然実力や実績のない無名の撮影者には撮れませんよね。だから「立場」というのは地位・ポジションという意味もあるし、撮影できる現場にいるという物理的な立ち位置でもある。どちらかが欠けても撮りたいものは撮れないので、両方の意味でどこに立っているかが重要です。

──望む立場に到達するためにはやっぱり地道に実績を積み重ねるのが一番なんでしょうか。

いや、まず必要なのはこれを撮りたいという強い意思です。そして行動に移すこと。実績はその後かな。例えば僕は、以前はロケットを撮ることが最大の目標だった。でもロケットは国家機密でもあるから撮りたいと言ってもそうすぐには撮れない。だからまずは他の撮りたいもので比較的難易度の低いものから形にしていこうと、片っ端からアタックして許可を出してくれたところから撮影して実績を積んでいった。そして、実績ができたら「これまでこんなところを撮ってきたので今度はぜひロケットを撮らせてください」とお願いしました。その方が許可をもらえる確率は上がるだろうという戦略です。実際、7年かかったけれど最終的に許可をもらえたのは、この戦略が奏功した部分もあると思っています。

──物理的に狙ったシーンを撮影できる場所に立つために必要なことは?

まずはあきらめの悪さでしょうね。先日、有名な動物写真家と話した時、「この動物を撮るために、ジャングルの中で10日以上カメラを構えて待っていた」と言ってて驚きました。だからとにかく撮りたいカットを撮るまで絶対にあきらめないという粘り強さ、あきらめの悪さが必要。その証拠に、素晴らしい写真を撮る写真家はみんなその資質をもっていて、それがない写真家は長年にわたって第一線で生き残ることは難しいでしょう。

もう1つはいかに偶然を引き寄せられるか。写真なんてたまたま現場に行ったら撮れたということが多いのですが、その現場にたまたまいることが何より大事なんです。当たり前ですが、そうじゃなければ撮れないから。いい写真を撮れるかどうかは、その“たまたま”をいかにたくさん起こすかにかかっている。だから偶然に出会う確率を上げていくのがいい写真家かどうかの分かれ目だと思ってます。

──その確率はどうやって上げていくのですか?

さっき話したしつこさだったり、撮影までの入念な段取り、準備だったり。一枚の写真を撮るための時間的・労力的なコストをいかに惜しまないか。それに尽きると思います。

写真とは「恐いもの」

──西澤さんにとって写真とは?

ひと言でいえば、僕が人々に伝えたいことを伝える手段であり、人生そのものです。というのはね、写真ってカメラのシャッターボタンを押せば写るんですよ。しかも今はカメラやレンズの性能がものすごく良くなってるから、昔みたいに知識や経験がなくてもそこそこいい写真が撮れる。だから技術的にどうこうじゃなくて、一番大事なのは、撮影者が社会とどう関わっているかということだと思うんですよ。

なぜなら、写真家が考えていることや生き様がそのまんま写真に出るから。つまり、写真は自分の鏡なんですよ。自分がつまらない考え方、つまらない行動、つまらない生き方をしていれば、つまらない写真しか撮れない。だから恐いんだよ、写真って。写真に全部現れるから。写真を見れば撮影した人がどの程度の人間かわかっちゃう。だからこの道で生きていきたいならば、写真に人生を懸けなければならない。そうじゃないといい写真は撮れない。

裏を返せば、人を驚かせたり感動させる写真を撮るためには、普通じゃない、おもしろい考え方や行動をしてなきゃいけない。だから日々精進するしかないってことです。だから普段の考え方、生き方が大事。社会と関わるために、自分自身で何を考え、何を見て、何をしたいと思っているか。視点が大事。だから何も立ち入り禁止の現場に行かなくても、近所を散歩してるだけでも、視点が違えばいい写真が撮れるかもしれない。逆にぼーっと歩いているだけじゃ絶対に撮れない。要は自分の頭で考えることが大事ってこと。

だから会社員の時、趣味で撮る写真では我慢できなかったんですよ。当時はいくら撮っても自分で納得できる写真ではなかった。モヤモヤ感を抱えていた。納得するためには、立ちたい場所でカメラを構える人間になるところから始めなきゃいけなかった。人より奥へ突っ込もうと思ったら会社員という立場では無理だった。

──撮った写真で人間性から何から全部わかってしまうってものすごいプレッシャーですね。もう写真家を辞めたいと思ったことはないんですか?

確かにそのプレッシャーはすごいよ。だからその重圧に耐えられなくて、日々酒を飲んじゃうわけ(笑)。毎日自分で自分にプレッシャーをかけてるようなものだからね。写真なんかやんなきゃよかったとかは思わないけど、そもそも写真はお金にならないから、もっとお金になることが得意だったらよかったのにな、くらいは思いますよ(笑)。

あと、さっき話したけど、経済的に困窮していた頃は1回か2回、写真家を辞めてほかの仕事を探した方がいいかもと思ったことはある。でもそれはあくまで経済的につらかったからで、写真が嫌いになって辞めようと思ったことは1回もないです。

社会との関わり方を常に考える


──先ほど「社会と関わるために」と言ったり、撮影活動の基本的なコンセプトの話でも社会との関わりを重視していますよね。それはなぜですか?

写真の最大の特徴って、現実に存在するものしか撮れないという点。であれば、社会と関わらざるをえないわけです。そして撮影した写真には、必然的に社会との関わりが映し出される。自分にとっては、「僕は社会との関わりをこういう形で表しています」と宣言しているのが写真であり写真集。

芸術家ならば社会との関わりなんて考えずに、何でも好きなように表現すればいい。でも僕は自分のことを芸術家だと思ったことはない。出版社から写真集を出すというのは、商業印刷をするということだから芸術じゃないんですよね。でも、今までその辺りを混同している人が写真集をたくさん出して来ちゃったんで、写真集ってわかんないもの、つまんないものだと一般の人に思われちゃってるんだよね。本来、写真ってそういうもんじゃなくて、もっとわかりやすいもののはずなんだけど、わかりにくくしちゃったんだよ。写真てもっと伝わるものだし、もっとおもしろいものだし、もっと社会と関われるものなんだけど、そこから目を背けてきちゃったから、それを変えたいんです。

──写真家とは自分自身や感じたことを表現したいという芸術家としての側面が強い職業かと思っていました。西澤さんは自らの肩書きを写真家としていますが、お話をうかがっていると一般的な写真家の定義とは違うようですね。

そうですね。肩書にあまりこだわりはないのですが、本当は海外でいうところの“Photographer(フォトグラファー)”だと思います。ただ撮りたいから撮るだけの人じゃなくて、写真を通して社会とどういうふうに関わるかを考えている人が多いので。でもフォトグラファーって日本では馴染みがないし、“カメラマン”は僕の中では依頼されて撮る人だから違う。だから写真家でいいかなと。

仕事とは誰かの役に立つためにやるもの

──西澤さんにとって仕事とはどういうものですか?

ひと言でいえば、「誰かの役に立つためにやること」ですかね。そのために、「自分にできることとは?」「自分がやらなければならないこととは?」を自問自答してます。

──やっぱり人の役に立ちたいという思いが強いんですね。

だって、取材先や読者、クライアントが喜ばない撮影なんてやっててもおもしろくないからね。喜んでもられば自分もうれしいし。それがないとやりがいはないですよね。喜んでくれるってことは役に立ったってことだから。

──現時点での「やらなければならないこと」とは?

日本にとって重要なことは、研究開発や物を作ることを通してよりよい未来を提案してゆくことだと思います。 その中で僕がやらなければいけないことは、その提案を、より多くの人に伝えること。得意とする写真を撮影し発表することで、未来に関わっていく。それが、自分のやるべきことなんじゃないかと思っています。

 

次回は写真家としての最終目標や納得のいくキャリアを構築するために必要なことなどについて語っていただきます。こう、ご期待。

取材・文:山下久猛 撮影:守谷美峰
PC_goodpoint_banner2

Pagetop