【稲垣吾郎】インタビュー「新しい環境、踏み出した第一歩」への想い。映画『半世界』は自身の転機

2月15日から公開が始まった映画『半世界』。稲垣吾郎、長谷川博己、渋川清彦の3人の人気俳優が39歳の同級生を演じる。諦めるには早過ぎて、焦るには遅すぎる40歳目前。大人の友情、壊れかけの家族、向き合えずにいる仕事の中で、人生をどう折り返すのか、がテーマの映画だ。父から受け継いだ山中の炭焼き窯で、備長炭を製炭することを生業としている主演の紘を演じる、稲垣吾郎さんのスペシャルインタビューをお届けする。

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まさか、で真逆の世界を演じることになった

海と山に囲まれた風光明媚な地方都市。妻と中学生の息子を持つ炭焼き職人(稲垣吾郎)と、大家族で暮らす中古車屋の独身の跡取り息子(渋川清彦)のもとに突然、海外派遣されていた元自衛官(長谷川博己)の同級生がふらりと戻ってくるところから、映画『半世界』の物語は始まる。3人は中学時代の仲良し同級生、39歳。ワケありの仲間の帰還が、2人の日常を変えていく。

最初、阪本(順治)監督とホテルの一室でお会いして「稲垣君で映画をやりたい」と言っていただきました。そのとき、もう企画のプロットがあったんですね。短くまとめてありましたから10分ほどでその場で読んだんですが、僕はてっきり海外から帰ってくる役をやるんだと思っていて。ところが、まさかの地元の炭焼き職人のほうで。これには実は最初びっくりしました。

監督は、土の匂いのする男の役をやらせてみたかった、とおっしゃっていました。僕はそういう役のイメージがなかったし、そういう役も演じてこなかったんですね。むしろ、真逆の人間の役が多かったですから。

僕がこれまで演じてきたのは、自意識が強くて、自分に対して興味のある人ばかりでした。僕はバッジをつけた役と呼んでいますが、弁護士や医者、刑事のような。でも、今回は自分に対して興味のない人ですから。その意味でも、真逆ですよね。

「半世界」という言葉は、初めて監督に会ったときに、これをタイトルに使いたいと言われていました。なんだろう、でも惹かれる言葉だな、と思いました。それぞれで、いろんなイメージが浮かぶ。地元でずっと生きてきた世界もあるし、海外に出て行った自衛隊員が見てきた世界もある。人生の半分、残りの人生という意味での半世界、というのもある。

映画を観る人によって、いろんなイマジネーションで、それぞれの解釈ができる。いいタイトルだと思いました。

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家族や子どもを持ったら、きっとこうなった

世界は市井の人々の小さな営みでできている、というのが、阪本監督の視点。主人公の紘は、地方都市でなんとなく父から仕事を継ぎ、家族を養うために、ただやり過ごすだけの日々を送っている。けれど、仕事を理由に家のことは妻(池脇千鶴)に任せっぱなし。息子は反抗期の真っ最中で、学校でイジメも受けている様子だが、紘はうまくコミュニケーションがとれない。それを同級生たちに鋭く指摘される。稲垣は、そんなどこにでもいそうな中年男の役を見事に演じている。

僕自身、東京出身で東京育ち。独身ですから、見たことのない人生ですよね。でも、こういう人生もあるんだよな、と改めて思いました。そして自分は、やっぱり相当、特殊な世界にいたんだな、こっちが普通なんだよな、と。いろんな人に支えられて、人は生きていて。

僕は子どもの頃から芸能界にいたので、地元の友達や幼なじみもいないんです。みんな、大人になってからの友達です。香取(慎吾)くんや草彅(剛)くんは、ある意味、子どもの頃からずっと一緒にいるので、この3人は近いかな、とも思いますけど、彼らは仕事でのパートナーなので、やっぱりちょっと違う。だから、同級生との友情とか絆って、うらやましいとも思いますよね。

その意味でも、同級生の幼なじみがいる紘は、僕と真逆です。でも、僕に紘を演じさせるというのは、監督の確信犯だと思います。僕がそういう人間じゃないことは監督もわかっていた。ただ、どこかで僕の中にある土のようなものを感じ取り、こういう世界が僕の中にあると汲み取ってくださったんでしょうね。

実際、僕自身は、芸能界にいて作られた人格ですから。芸能界に入らないでいたら、こういう人になっていたかもしれない。ベートーベンを演じたりして、違う意味で対極にある人を演じているな、と感じたことはありますが、今回は近いけど遠い、みたいな不思議な感じがしました。

表面的には真逆だけど、魂のレベルで惹かれあって、共感できる部分があったというか。実際、家庭があったり、子どもがいたりすると、こうなっていただろうな、とすごく思いました。絶対、映画みたいに、息子に対してどう接していいかわからなくて、下手に応じていたと思う。きっと、ああいう感じになっちゃいますね。僕も父親とは、不思議な距離感を持っていましたし。

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仕事の環境が変わり見えなかったものが、見えるようになった

世界で戦ってきた元自衛官の抱える苦しい過去を知った紘は、仕事や家族と真剣に向き合う決意をする。ただ、自衛官が世界について語るのに対し、市井を生きていく厳しさも味わっている紘はこう返す。「こっちも世界なんだよ」。最近、いろんな世界が見えてくるようになった、と稲垣は語る。

僕自身は、竜宮城みたいな世界にいたんだと思っています。最近になってようやく、現実世界に上陸したみたいな感じですね。

芸能界というのは、キラキラしていて、ときにギラギラもしている世界。僕らが仕事をしてきたのは、バブルが崩壊してからですが、それでもまだキラキラしていた時代でした。まさに平成を駆け抜けてきた、という感じですが、本当に刺激が強かった。そこに14歳の頃からいるわけです。

大学を卒業して、社会人として会社員生活を送って、途中からこの世界に入ってきたら、おぼれちゃうんじゃないか、と思うことがあります。それくらい、特殊な世界です。でも、僕らは子どもの頃からやっているので、慣れている。環境に順応していますけど、一般的にはとてつもない世界なんだろうなと思います。

ただ、最近は仕事の環境が大きく変わったこともあって、今まで見えてないものも、見えてきたりしているという実感があります。例えば、今まではやっていなかったSNSを始めて、ファンの方一人ひとりとつながれたわけですね。大多数のみんな、じゃなくて。

そうすると、みなさんの人生とか生活とか、そういうものをのぞかせてもらえるようになったんです。ブログであったり、インスタであったり、ツィッターであったり。交換日記みたいにキャッチボールすることで、いろんな世界が見えてきた。

実際、僕らのファンは僕の中では出会った頃の同世代のままでした。例えば、ティーンエイジャーだったり。でも、気づけば僕も40代。ファンのみなさんも、それぞれいろんな人生のステージを歩んでいるんです。結婚があったり、子どもが生まれたり。だから、いろんな方々のいろんな人生を見ることができるようになった。このことで気づかされたことは、とても大きかったです。

ちゃんと地に足がついてきたというか、年齢的なものもあるかもしれないし、いろんなものに気づけるようになってきたかな、と。もちろん、紘のような役を演じることで、気づかされることもあります。

ただ、芸能界にずっといて、慌ただしい毎日の中で、単純に時間もないし、見ることができなかった、ということもあるんです。立ち止まることができない世界でしたから。マグロみたいですよね(笑)。おぼれちゃうから、走り続けないといけないようなところがあった。

今はちゃんと前後左右、周囲360度、いろいろしっかり見て、一歩一歩、進めていけていると思っています。今までのめくるめく時間で、それはそれで鍛えられたと思うので、過去を否定することはしません。

今回は、自分にとってとてもいいタイミングで、このいい作品に出会えました。個人の仕事として、新しい環境として、踏み出した第一歩の映画作品でしたから、今の自分がやらせてもらえる作品としては、これ以上のものはないというくらい、素晴らしい作品に出会えましたよね。

「半世界」に限らず演じるときに、いつも特別なことはしない

紘の妻を演じるのは、やはり中学の同級生という設定の池脇千鶴。夫婦の厳しい掛け合いから密かな思いやりまで、その生活シーンは驚くほどのリアリティに満ちている。命の通った夫婦のドラマをどんな意識で演じたのか。

実は演じるときに、いつも特別なことはしないんです。これだとインタビューにならないかもしれませんけど(笑)。自然に溶け込んでいくというか。

何かのきっかけで、役が憑依するとかなくて、やっぱりだんだんと馴染んでいく、溶け込んでいく、というのが、僕のイメージですね。はっきりしたスイッチもない。そもそも演じるって、一人ではできませんから。スタッフあってですから。

今回の役に関しては、ロケ地になった三重県の南伊勢町という土地にいざなわれた、というのが大きいと思っています。1カ月間、ずっとロケをしていたんですが、土地に引っ張られて、そこの人間になっていく。まさにそんな感じでした。

何かデフォルメして作ろうと思っても、どんどんウソになってしまいますから。だから、その土地の引っ張る力が大きかった。もう秘境みたいで別世界な感じのところなんです。地形とか不思議で、初めて行きましたが、ものすごくきれいで。

映画でも映像は本当に美しいです。この景色が、うまく映画の中で使われています。それこそ、僕が目で見ていた景色以上に美しく映っているかもしれない。その風景とか音とか空気とか、映画では、その土地でしか出せないものがすごく映されている感じがしましたね。特にラストは、ものすごくいいシーンになっています。

阪本監督からも、そこに行けばだんだん引っ張られるから、と僕が思っていたことを言われました。ゆっくりやっていこう、みたいな。だから気を付けたのは、ちょっとした動きとか仕草とか、そういうものに自分が出ないように封じ込めたことです。それでも、まったく別人の動きにはならないですけど。

あと、しゃべり方とかですね。ご一緒した長谷川さんもそうですが、僕も舞台をやらせてもらっているので、滑舌がよくなっちゃってるんです。でも、監督の書くセリフって、滑舌よくしゃべっちゃうと、はまらないんですよね。ボソボソしゃべるセリフが、リアリティがあるんです。それも気を付けましたね。

結局、土地の力、共演者の力、美術や撮影などスタッフみんなの力です。この世界を作るために一生懸命やっている。そこに徐々に入っていく。夫婦役をご一緒した池脇さんも、本当にうまくて。お母さんの感じも見事で。ここにも引っ張られる感じがありましたね。

それにしても、ロケ地で撮影していた時間が、なんだかもう夢みたいな感じなんですよ。あれは本当に現実だったのかな、と。役の中に入り込んでいたわけではないですが、そこで生きていた感じがあった。不思議な時間でしたね。

続けることが、やっぱり大切

数多くのドラマや映画に出演。2017年には、草彅剛、香取慎吾らと共に出演したインターネットテレビ局AbemaTVの『72時間ホンネテレビ』で総視聴数7400万超えなど次々と記録を樹立。幅広く活躍を続けている。

今回の映画で感じたことでもありますが、いつ何が起きるかわからない、というのは事実ですよね。運命にはあらがえないと思う。だからといって、精一杯生きろ、なんて言っても、それはみんなやっていることだとも思っています。

ただ、やっぱりなるべくモヤモヤしているものは早くぬぐい去って生きていたいなぁ、と思うわけです。それもまた、一生懸命生きることの意味なのかな、と。だから、もっと精一杯生きないといけないのかもしれません。

僕が仕事を始めたのは14歳ですから、仕事と思っていなくてやっていたことが、実は仕事だったと気づいて今の自分がいます。そこで改めて思うのは、続けることって、やっぱりすごい大切なのかな、ということです。

実際、若い人と話をしていたりして、もうちょっと続けていればよかったのに、もったいないなぁ、と思うことが多いんです。オヤジの説教臭いのは嫌なんですけど、僕らは続けるしかなかったし、続けたからこそ好きにもなったし、スキルも上がったし、社会的にも認められたんだと思うんです。

当たり前のことかもしれませんけど、続ける、ってやっぱり大事なのかな、と思います。いい仕事って、その先にあるんじゃないかと思うんですけど、どうですか。合ってますか(笑)。

◆ヘアメイク:金田順子
◆スタイリスト:細見佳代(ZEN creative)
◆衣装クレジット:LAD MUSICIAN(ラッド ミュージシャン)

【阪本順治監督×渋川清彦】独占対談はこちら

文:上阪 徹    写真:刑部友康
編集:丸山香奈枝
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