「部下はいまどこに…」現代の中間管理職に求められるリーダーの資質とは【CBRE 坂口社長】に聞く

フリーアドレスやリモートワークが浸透し、管理職のあり方が大きく変わってきている。最先端のオフィス環境として大きな話題となり、見学者が2万人を超えた外資系不動産サービス企業、CBRE(シービーアールイー株式会社)の経営トップに、これからのリーダーに必要な資質を聞く。

プロに学ぶ仕事のヒントはこちら

最先端のオフィス環境「ABW」から見えてきたもの

オフィスに社員の固定席を設けないフリーアドレスを導入する企業が増えているが、この会社のオフィスは単なるフリーアドレスではない。広大なフロアには、大テーブル型の席をはじめ、PCモニター付きデスク、作業に集中するための個室ブース型、スタンディング席など9種類のスペースに15タイプの席が用意され、約600人の本社社員は好きな場所で仕事をする。

エクセルの資料を作成するときには、大型モニターがついた席に。契約書を作るときには集中したいので私語禁止で落ち着いた照明の席。周囲に聞こえない電話をしたいときには電話のブースへ……。そのときそのときの業務で席を選ぶのだ。

驚いたのは、昼寝ができる仮眠スペースや子育て中の女性のための搾乳室、シャワー室まであり、かつフロアの真ん中にはニュージーランド発祥の「モジョコーヒー(MOJO COFFEE)」が運営するRISE CAFEがあり、夕方には酒類も提供されるという。ちょっとした職場のパーティもできてしまえるとか。

このオフィスをつくったのが、世界111カ国に450拠点を構えるアメリカの不動産サービス会社、CBREだ。同社では、社員が自主的に働く場所を都度選択できるフリーアドレスオフィスの進化系、ABW(Activity Based Working)を導入している。

「アメリカ本社が、グローバルにこうしたオフィス環境を提供していこう、と考えたんです。新しい働き方を実現させていこう、と。営業がもっと外に長くいられて、情報共有が加速し、フレキシビリティも高まるオフィスです」。

こう語るのは、日本法人の代表取締役社長兼CEOの坂口英治さんだ。オフィスができたのは、坂口社長が入社する前。就任にあたっては、念押しされたことがあったという。

「みなさん驚かれますが、ABWでは社長にも役員にも部屋はないんです。社員と同じようにどこかのスペースで仕事をする。確認されたのは、社長室がない会社だけれどもいいか、ということでした」。

坂口さんの前職は投資銀行モルガン・スタンレー証券(現:三菱UFJモルガン・スタンレー証券)のマネージング・ディレクター。16年間にわたって個室で過ごしていたが、ABWにはまったく抵抗がなかったという。むしろ、大きな利点があったそうだ。

「個室で仕事をしていたときの社員は1100人いましたが、今ほど多くの人とのかかわりはありませんでした。しかし、このオフィスだと顔と名前がどんどん覚えられる。しかも、従業員同士の会話を聞いていると、カルチャーもわかるわけです。そこから、マネジメントの改善にもつなげていくことができた」。

例えば坂口社長が気づいたのは、部下からの質問を受けた上司が、すぐに答えを教えてしまっていたこと。

僕の知っているいい会社というのは、質問を受けたら上司が『君はどう思う?』と返すんですね。そうすることで、部下は自分で考える力がつく。こうして、部下に質問するカルチャーを作ろう、とメッセージしたんです」。

他にも「行動がすばやいのはいいが、少し立ち止まって戦略を練る」「ロジカルに考え、ロジカルに話すクセをつける」など、気づいたことを取り組みへと落とし込んでいった。

2014年にスタートしたABWは、社員の間でも、さまざまな効果を生んだという。

「社内でアンケートを取っていますが、オフィスが変わる前と、変わった後とで、84%の社員が生産性が上がったと答えています。また、『こんなオフィスで働きたい』と言ってくれる若い人は多い。採用にも大きなプラス効果を生んだと考えています」。

しかし、全社員が諸手を挙げて好評だったわけではない。とりわけ苦しんだのが、中間管理職のマネージャーたちだった。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

部下を見渡せない環境の中間管理職に求められるマネジメントスキルとは?

新しいオフィスになることが決まったとき、1年ほど前から準備が進められたのだという。いわゆるチェンジ・マネジメントだ。新しい環境では、どんな働き方になるのか。どんな過ごし方をすればいいのか。離れた席で、どんなふうに上司と部下は情報をやりとりするのか……。事前にトレーニングを受け、イメージを膨らませていたが、すんなりとは行かなかった。

「大混乱が起きました。とりわけ中間管理職から、どうマネジメントしていいか、わからない、と。従来のように固定席がシマになっていて、部下を見渡せるような環境にはない。オフィスのどこに座っているのかわかりませんから、目で見ることができない。その状況であっても、何が起きているのかは、把握しなければいけません」。

ABWの実現を可能にしたのは、テクノロジーの進化が前提だった、と坂口社長。ITを駆使しなければ、マネジメントは成り立たない。

「例えば営業は、1日どんな動きをしたのか、どんな状況にあるのか、すべて規定のフォームにスマートフォンなどでインプットできるようになっています。それを上司やメンバーと共有する。我々のサービスは、人に知られていない情報をいかに早くビジネスに転換するか、が勝負ですから、すばやく情報共有することには大きな意味があります」。

だが、報告がITで済んでしまえば、上司と会うことがない。席も自由だからだ。これが、従来型のマネジメントをしていた中間管理職を戸惑わせた。改めて見えてきたのは、先進的なオフィスでは、どんなマネジメントが重要になってくるか、だったという。

まず一番、求められてくるのは、コミュニケーション能力です。顔を合わせるときだけではなく、IT上でも、どのくらい部下とうまくコミュニケーションできるか。接する時間が短くなるわけですから、コミュニケーションを促すような取り組みや的確な指示が必要になる。それこそ、部下に数字を押しつけているだけではうまくはいきません」。

どうして数字が達成できないんだ、などという昔ながらの叱咤激励は新しい環境のもとでは効果を生まない。どんな戦略、戦術にするか、といった具体的な営業面でのサポートにもコミットしないといけない。

同時に重要なのは、権限委譲をしていくことです。上司としては部下を把握したいわけですが、限界がある。だから思い切って任せる。その度胸がなければ、仕事は大きくなっていかない。そのためにも、問題だけはとにかく早めに報告してもらう、などの意識づけも今まで以上に必要になってきます」。

新しい時代のマネジメントについて、もちろん会社もサポートするべく試行錯誤しながら仕組みを変えていった。坂口社長が取り組んだのが、組織管理の単位を小さくすること。

「かつては部のマネージャー1人に30人の部下、なんてこともありましたが、とても全員は見られない。そこで、5〜6人ごとにリーダーをつくり、そのリーダーをマネージャーがマネジメントするスタイルに変えました」。

そしてもうひとつが、社内のコミュニケーションをより活性化させるための取り組みだ。

「チーフコラボレーションオフィサー(CCO)を置きました。どこの組織でも、いい意味でおせっかいな人、世話好きな人がいるんですね。いろんな部署に顔を出していたりする。そういう人をCCOに任命しました。テクノロジーだけでは拾いきれない部門間の情報の共有を、マニュアルでやろうと考えました」。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

安定的に大きな収益を挙げるリーダーはチームを重視する

オフィス革命から4年。今なお戸惑うマネージャーがいる一方で、自然にこなせてしまう新任マネージャーも少なくないという。

「目の前にいないと管理できない、という固定概念がないことも大きいかもしれませんね。またチャットシステムなども使いやすくしていますが、うまく活用している。情報をどんどんシェアしていく意識が部下のフォロワーシップにもつながっていきます」。

個人の営業の状況や売り上げなどもITで管理されているため、定量的な評価は一目でわかる。上司による主観評価はほとんど必要ない。上司に問われるのは、どうすれば部下がもっと伸びるか、というサポートだ。

「それも、ハイパフォーマーたちがどんな形で日々、営業しているか、共有していますから大いに参考にできる。上司は、こうした情報をどんどん活かせばいいわけです」。

ただ、数字がはっきり見えるといっても、“数字さえ出せばいい”といったドライな個人主義にはならないという。

「アメリカ企業は個人主義だと考える人もおられますが、実はきちんと毎年、安定的に大きな収益を挙げていく人はチームプレーを重視するんです。しっかりしたリーダーほど、動くときはチームで動く。チームの中に役割をつくっていく。1+1をいかに3や5にできるか。アメリカの優秀な人はそういうメンタリティですよ。私から見ると、日本のほうが一匹狼が多い印象です。自分だけで稼ごうとしてしまう。1+1が3にも5にもなることに気づいていない。この気づきがあれば、意識はチームに向かうんです。そしてチームで結果を出した人に、次のチャンスを与えて単位を大きくしていく」。

坂口社長は1989年に一橋大学を卒業後、三井不動産に入社した。当初から、何十年も勤務するイメージはなかったという。バブル崩壊後、当時は最先端金融だった不動産証券化のビジネスに従事することになり、週末を使い、洋書などで独学で懸命に学んだ。

「それで投資銀行と取引するようになったのですが、不動産の証券化については私のほうが詳しかった(笑)。ならば、投資銀行でやってみたらどうか、と」。

世間的にまだ転職がメジャーではなかった時代。子どもも幼く、英語にも不安があったというが、決断。投資銀行の不動産ビジネスを切り拓き、39歳でマネージング・ディレクターになった。そんな坂口社長から、読者へのキャリアづくりのアドバイスを聞いた。

20代はとにかくガムシャラに興味を持ったことを突き詰めてみること。自己投資もする。当時は洋書が1冊1万円以上しましたが、惜しまず買っていました。30代は背伸びをする。自分がやるんだ、中心になるんだ、と背伸びしてみる。そして40代は、部下がいかに褒めてもらえるか、に注力する。それが自分の成績につながるんです。40代になっても自分を変えられないと難しくなると思う。私は幸運にも39歳で気づくことができました」。

ITの進展をはじめ、大きくビジネス環境が変わった今、改めて思うのは、ビジネスの原点ともいえるコミュニケーション力の重要性だったという。

「そのためにうまくテクノロジーを使い、活かすことです。チームとどのくらい、いいコミュニケーションができるかが、これからの大きなカギになると思います」。

文:上阪 徹   写真:刑部友康
編集:丸山香奈枝

 

 

PC_goodpoint_banner2

Pagetop