元ソフトウェア開発者のSF作家、藤井太洋さんに聞いた《前編》──未来を想像する方法とは

「テクノロジーとは何か?」「社会におけるエンジニアリングの価値とは?」についてじっくり考える本連載。第4回目のテーマは「未来を想像する方法」です。今回は、SF作家の藤井太洋さんにお話を聞いてきました。

元ソフトウェア開発者のSF小説家、藤井太洋さんに会えた!

現在、私たちの周りには、人工知能、ブロックチェーン 、自動運転、ドローンや量子コンピューターなど、未来に大きな変化を起こすであろうテクノロジーが数多くあります。

これらの技術がより進化したときに、「どのような世界であるべきか」「どのような人間像を描くことができるか」ということを想像する力が、エンジニアに求められています。

今回は、現在のテクノロジーや近未来を鮮やかに描く作品を執筆するSF作家の藤井太洋さんにお話を聞いていきたいと思います。

SF作家 藤井 太洋さん
1971年、奄美大島生まれ。2012年に電子書籍によるセルフ・パブリッシングで『Gene Mapper -core-』を発表し、Amazon.co.jpの「2012年Kindle本・年間ランキング小説・文芸部門」で1位を獲得。2013年4月に、9年勤務したソフトハウスを退職。『Gene Mapper -full build-』が早川書房から出版され単行本デビュー。2015年、『オービタル・クラウド』が「ベストSF2014[国内篇]」第1位、『オービタル・クラウド』で第35回日本SF大賞を受賞(同時受賞に長谷敏司『My Humanity』)、第46回星雲賞(日本部門)を受賞。第18代日本SF作家クラブ会長。


いきなりですが、藤井さんのファンなのでずっとお会いしたかったんです。


それは光栄です。ありがとうございます。


公正的戦闘規範』を読ませていただいています。普段SFを読むことはあまりないんですが、すっごく面白いです。


僕がSF小説を書き始めたのは2012年なので、今年で丸6年を迎えることになります。商業デビューしたのは2013年だから、ものすごくキャリアの浅い作家ですよ。


デビュー作の『Gene Mapper』が当時すごく話題になりましたよね。


はい、そうですね。iPhoneで書いた小説です。KindleやKobo、AppleのiTunesの電子書籍が2012年に始まったんですが、たまたま書き上がっていた小説を売り始めたら、他に新作の小説がなかったこともあって、Kindleでは日本で一番売れた文芸書になってしまったんです(笑)。


シンデレラストーリーですね! それまでは趣味で本を書かれていたんですか?


いや、書いていません。初めて書いた小説がそんなんなっちゃって。それまでサラリーマンだったのですが急に小説家になったんです。その後翌年に書いた『オービタル・クラウド』で日本SF大賞をいただきました。


藤井さんの作品にはエンジニアがよく登場しますよね。どの作品でもその描写がとてもリアルですよね。


イーフロンティアという会社に10年ほど勤めている間に、いろいろな現場を見ていたんです。


藤井さんご自身もプログラムを書くんですか?


書いてはいたんですけど、プログラムでお金をもらったことはほぼないんです。どちらかというとWebサイトを作ったり、アプリケーションのローカライズをする仕事をしたりとか。

イーフロンティアで、Shadeという3DCGソフトウエアの開発を指揮していたことがあります。その時にはコードを見たり提案したり、アプリケーションの資料を集めたりとか。そういう意味ではエンジニアではあるんですけど、仕事としてプログラムを書く側ではないですね。


そうなんですね。


趣味では書いていました。Twitterクライアントなんかも。Twitterが始まった頃ってAPIがまだまだ自由に使えて。TwitterのWebサイトで動くブックマークレット(Bookmarklet)を作りました


おおお、そんなこともしていたんですね。


当時は会話のスレッドがなかったので、スレッド表示するようにしたり、投稿されている画像を表示したりとかですね。ちゃんと学んだことはないので、見よう見まねでJavaScriptをやったり、動くコードに手を入れて、自分の好きなように使ったりすることが多かったです。


技術的にはもうバリバリのエンジニアじゃないですか。


めずらしい小説家ですよね。それにしても今回の瀬尾さんの眼の輝きがすごいですね。瀬尾さんもSFが好きなんでしたっけ?


そうそう、僕も趣味でSFのグループを主催しているんです。昨年も日本SF大会に参加したり。大きな声で言うのは恥ずかしいのですが、じつは、小説を書いては新人賞に落ちまくっています……。


今度読ませてください(笑)。


ぜひぜひ(笑)。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

エンジニアはどこまで社会に責任を持つべきか?


藤井さんの小説は、現実世界や少し先の未来を見る眼差しがすごく鋭いなと思いました。どのように世界を見ているのか、知りたいです。


たしかに。どの作品もそこまで遠い未来の話じゃなくて、「2~3年後には本当にこうなるかもしれない」という期待をもたせますよね。木星に行っている遠未来の作品もありますが、基本的には今どこかで起きているかもしれないような舞台設定です。

新しい技術として、ブロックチェーンや遺伝子の技術といったものをモチーフにストーリーを展開したり。そういった発想はどこから得ているんでしょうか?


技術的な移り変わりは作品の肉になる部分なので、ニュースは日々追いかけています。ただ、小説は人間の物語なので「人が何をするか?」というところが一番重要。それは結構必死で考えています。


なるほど。SF小説というと、人類が滅亡したりそこからアセンションして別のものなったりするような、ネガティブなエンディングが多いのですが、藤井さんのSF作品は、基本的にエンジニアがある程度の責任感や倫理感を持って活躍するのでポジティブな作品が多い印象です。


普通のSFのイメージとはたしかに少し違いますよね。

現在のエンジニアやテクノロジー企業に期待することや、「エンジニアはどうあるべきか」ということをお聞きしたいです。


「エンジニアがどうあるべきか」という理想像はあまり考えたことがないですね。だから登場するエンジニアのモラルは私のモラルにかなり近いところがあるんじゃないかなあ。


テクノロジーの発展によって倫理的な問題や責任問題が起きたときに、「エンジニアにも責任があるんじゃないか」ということがこの連載の問題提起なんです。


その時々で変わってくると思うんですね。例えば今さまざまな問題になっているTwitterですが、始まったばかりのTwitterに規制が求められたかというと、恐らく求められなかったと思うんです。


そうですよね。


@マークを使う返信機能すらなかった頃のTwitterに、社会的な問題解決を促すような仕組みを考える必要があったとは思えません。新しい機能をパブリッシュするときや、問題が起こったときに関わっている人間がそれぞれ考えていけばいいんじゃないかという気がします。

考えることは必要ですが、あらかじめエンジニアができることは少ないですよね。恐らくわからない。すごくクローズドだったFacebookにも同じことが言えます。


問題が起きたときに、その都度対応できる技術で対応していくという感じですね。


あとは、規模が変わっていったときですが、その時はもはやエンジニアリングの問題ではなくなっていると思います。


運営する人たちを含めた問題になっていきますよね。会社やプロダクトに責任を持つ人。


ユーザーもですよね。ユーザーがつくるわけですから。


そうですね。プラットフォームを使っているユーザーも、仕組みを完全にわからなかったとしても、自分が使っている範囲で把握できることがあります。そこに対して責任を取るべきだと思います。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

フィルターバブルをどう解決するのか?


藤井さんのインタビュー記事を読ませていただいたのですが、作家になったきっかけが東日本大震災だというお話をされていました「震災の時、原発に関するさまざまな憶測が飛び交って、テレビやラジオでさえ科学的な根拠に基づいた報道をしていないように思えた」という話です。


はい、そうなんです。


当時のことを思い出してみると、本当かどうかわからない情報や憶測がさまざまなメディアから次々に出ているなあという印象を持っていました。

読者は何が本当かをすべてを見抜くことはできないので、「信じたいものを信じる」ことになってしまいます。


今までの連載で何度か「フィルターバブル」の話をしてきました。そこから「正しい情報に到達するためにはどうすべきか?」という問いが出たんです。どのようにフィルターバブルを解決できるか、SF作家としてお考えはありますか?


とても難しいですね。メディアやニュース報道に関していうと、既存のメディアが、責任を果たしていると思われるような報道を繰り返すしかないと思います。それで圧倒していくしかない。

ただ、分断されていった人たちを引き込み直すのは、とてもとても難しい。ここはもう技術ではなくて社会的な運動でないと解決しないと思います。宗教団体にハマるのと同じですからね(笑)。一度切れてしまって、そっちからしか情報が入ってこないと、もう……。


なかなかそこから出られないし、他の情報はすべて嘘に聞こえちゃいますよね。


技術や制度というよりも「社会的なつながり」で頑張って引き戻していくしかないというイメージですかね。


そうですね。あとは意図的なトリミングをできるだけやらないとか。例えばインタビューの記事や動画で全文公開するようなスタイルがありますよね。


インタビューに解釈が入ってしまうからですよね。


あまり良いとは思えないんですけど(笑)。

ほかにも、記事には署名するとか、裏をとるとか、情報提供者を守るとか。つまり、メディアが倫理を保つために行っていることを、より厳密に行っていく必要があるとは思います。

日本の新聞って、URLが途中でなくなったりするという時点で、相当論外な状況なので、まずそこから直してくださいよとは思うんですけどね。ブックマークしておいた記事が消えるわけですから(笑)。


「あれ? あの記事どこだっけ?」ってこと、結構ありますもんね。

後編はさらにスケールの大きい話になっていきます。

  • ゲノム編集について
  • 人間とテクノロジーの共存について
  • テクノロジーは人間を幸せにするのか?

などを、掘り下げます。

⇒元ソフトウェア開発者のSF作家、藤井太洋さんに聞いた《後編》─テクノロジーとうまく付き合う方法

※本記事は「CodeIQ MAGAZINE」掲載の記事を転載しております。

「エンジニア哲学講座」ナビゲータープロフィール

田代 伶奈
ベルリン生まれ東京育ち。上智大学哲学研究科博士前期課程修了。「社会に生きる哲学」を目指し、研究の傍ら「哲学対話」の実践に関わるように。今年から自由大学で哲学の講義を開講。哲学メディアnebulaを運営。
Twitter: @reina_tashiro

 

瀬尾 浩二郎(株式会社セオ商事)
大手SIerを経て、2005年に面白法人カヤック入社。Webやモバイルアプリの制作を主に、エンジニア、クリエイティブディレクターとして勤務。自社サービスから、クライアントワークとしてGoogleをはじめ様々な企業のキャンペーンや、サービスの企画制作を担当。2014年4月よりセオ商事として独立。「企画とエンジニアリングの総合商社」をモットーに、ひねりの効いた企画制作からUI設計、開発までを担当しています。
Twitter: @theodoorjp / セオ商事 ホームページ

 

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