「テクノロジーとは何か?」「社会におけるエンジニアリングの価値とは?」について考える本連載。今回のテーマは「メディアとテクノロジー」。
BuzzFeed日本版創刊編集長古田大輔さんをゲストに迎え、現在メディアが直面している問題、メディアの意味、そしてメディアに貢献できるテクノロジーやエンジニアのあり方についてお聞きしました。
ナビゲーターは、哲学に詳しくないエンジニア代表・瀬尾浩二郎と、哲学に詳しいライター・田代伶奈が務めます。
▲左から、ナビゲーター田代伶奈、BuzzFeed Japan 創刊編集長 古田大輔さん(ゲスト)、ナビゲーター瀬尾浩二郎
記者に「無知の知」が必要な理由
前回「フィルターバブル」のお話がありましたよね。そこから「正しい意味のある情報に到達するためにはどうすべきか?」という問いが出ました。
そうでしたね。Web上ではフェイクニュースも正しいニュースも同じように流れてくるので情報に対する正しさの判断基準を持ちにくいですよね。古田さんはどう思われますか?
最初に考えないといけないのは「正しい意味のある情報とは何か?」ですよね。これを「自分にとって心地よい情報」と定義してしまうと大きな間違いになる。心地よいものが正しいとは限らないですから。
BuzzFeed Japan 創刊編集長 古田 大輔さん
朝日新聞社で社会部記者を経て、東南アジア特派員として現地の政治経済や社会を幅広く取材し、シンガポール支局長も務める。2013年の帰国後は、「朝日新聞デジタル」の編集者として、インフォグラフィックスや動画などを使ったコンテンツや、読者参加型のコンテンツ制作に携わった。また、朝日新聞社の新しいWeb媒体「withnews(ウィズニュース)」で新興メディアについて執筆するなどの経験と実績を経て、BuzzFeed Japan創刊編集長に就任。
そうですよね。
読み手が、この記事はファクトが押さえられているということを確認できるのが理想ですが、それって非常に難しいんですよね。
情報リテラシーをどう身に付けるかという話でもありますよね。
僕はこの業界に入ってもう15年になるので、ぱっと読んだら、あっこれは怪しいなと大体はわかります。あんまり自信を持たずに書いているなあとか、書きぶりや言葉の使い方を見れば。
すごい……!肩書とかなしでも?
はい、大体分かりますね。ただ困るのは相手が自信満々で間違えているときや、本気でこっちを騙しにきているとき。自分に知識がない限り、まずわからない。毎日浴びるほどニュースを読んでいるニュースの専門家の僕でもわからない時があるんだから、一般の人はもっとですよね。
どうすればいいのでしょうか?
うーん。まず「わからない」という前提に立つこと。そして、信頼できるところを見つけるしかない。信頼できるところは、情報の目利き、信頼を置ける人に教えてもらうのが一番。そこがスタートなんじゃないかなと思うんです。だから一番初めに教えてもらう人が間違っていたら、もうそこでおしまい(笑)。
でもスタートが人を信頼することであれば、最初からバイアスがかかっちゃいますよね。
そうなんです。しかもある分野に関しての専門家の人が他の分野に関して専門家であるとは限らない。哲学の専門家が経済のことよく知っているわけではないし。その逆も真なりで。なので全体的にメディアの情報に対しては、抑制的、批判的になったほうがいいと思います。
読者も記者も「わからない」という前提に立つべきなんですね。
そうそう。記者は「あることを知っている人」ではなく「あることに詳しい人を知っている人」です。記者自身が専門家なわけではない。
「私が書いたら、取材したら間違いはない」という態度で臨むと、やっぱり結果は厳しいものになるでしょう。記者の仕事は、どの人に取材に行くのが正しいかを見極めるところから始まります。
なるほど。
はい、「無知の知」を持たないと厳しいでしょう。
おおお、ソクラテス……!「無知の知」が大切ですね。
メディアに中立性はありえるのか?
メディアの中立性について、そしてメディアとは何か?といった哲学的なことを少しだけお聞きしたいと思います。メディア論で有名なマクルーハンが、「メディアはメッセージ」という言葉を残しています。
メディアと聞くと普通はWebやテレビといった入れ物を指しますが、マクルーハン的に考えてみると、メディアが本当にただの透明の入れ物なのか?という疑問があります。
なるほど。
メディアはそもそも「媒介」という意味なので、愛のキューピットみたいな存在じゃないですか?
愛のキューピット!?
そうそう。キューピットって、くっつけたい二人がいるからくっつけるし、関心があるから対象と人を結び付ける。メディアがそもそも中立性を保てるのか?その中立性が本当にいいことなのか?という質問なんです。
箱的なものを指してメディアというのか、それともコンテンツを指してメディアというのか。マクルーハンのようにメディアという有機体自体が何らかのメッセージ性を含んだものであるという捉え方をするのか、ですよね。
はい。
僕は中立性はあり得るし、絶対にないといけないと思っています。よく「メディアに中立性なんてない」って言われますが、そうは思いません。
どうやって中立性を実現するんでしょうか?
取材相手が好きとか嫌いとか、どういうイデオロギーを持っているとか関係ない。そんなものは信頼に足る情報を発信する時には邪魔でしかないんです。
取材する事柄が持ついい面も悪い面も両方書く。それが中立性のある記事の書き方だと思います。それは一記事の中でもメディア全体でもいいですし。
全体として中立的であるということですね。
読者に情報を提供するときに、大切にしているものは何ですか?
大切なのは「論理」です。ファクトに基づいて論理的にわかりやすく書くこと。好みや自身のイデオロギーを一回置き、個々のコンテンツを真剣に書けば客観的な記事になります。
もう一つ、「人情」も大切だと思います。人として、それはどうなのかと問う。「情と理」です。
なるほど。ただ「何を書くか?」ということですでに価値観が入っちゃいますよね。
それはそうですね。例えばBuzzFeedは経済の記事をあまり書いていない。理由は経済記者をまだ採用していないということなんですが。なぜBuzzFeedは医療を始めたのに経済はやらないのかというと、僕がプライオリティを医療に置いたからですよね。
そこには編集長の価値観がすでに入っているので、「中立性がない」という言い方もできるかもしれない。でもBuzzFeedが書く記事の中で、編集長の僕の価値が働いて、ある特定のグループを一方的にディスるようなことは絶対にしない。そこには中立性が働いています。
エンジニアってメディアに何ができるの?
5、6年くらい前に電子書籍の案件をいくつか担当したんです。その時に「記事のこの部分を切り出して、みんなでコメントを残せるようにしよう」とか、いろいろな技術アイデアを出して、出版社や新聞社の方と話し合っていました。ただ最近はそういった試みがひと段落している印象があります。
メディアを取り巻く新しい問題が出てきているということもありますが、メディア側から「エンジニアと新しいメディアの形を考えてみたい」という要望などあるでしょうか?
2014年にデータジャーナリズム・ハッカソンを100人ぐらい集めてやったんですね。
ハッカソンですか!
そうです。2008年以降くらいからメディアのビジュアライズをを考えることがすごく流行ったんですよね。2012年くらいまでそういう流れがあって、動くチャートを作ったりしました。
その流れの次に来たのが、データ分析や、より本質的なシステム部分をどう作っていくかということです。個々のコンテンツの見せ方はある程度行き着いちゃった感があったし、みんなスマホで見るようになったので動くチャートを作っても見づらいので(笑)。
そうですね(笑)。
世界でも大きなメディア関係の組織の一つにGlobal Editors Network(GEN)というものがあるんです。もう一つOnline News Association(ONA)というものもあります。GENはヨーロッパで強い組織なんですが、年に1回Editors Labというハッカソンを開くんです。
各国で予選をして、優勝チームが年に1回開かれるGEN Summitの会場に呼ばれて決勝戦をやるんです。今年初めて日本大会があったのですが、僕はそれに出場して優勝してウィーンの決勝に行ってきたんです。
おお、おめでとうございます!日本でも盛り上がっているんですね。初めて知りました!
日本では、今年は10社くらいでしたね。GENのイベントなんですけど、事務局を僕も所属するOnline News Association Japanが務めたんです。今回大会はYahoo! JAPANのエンジニアと一緒にチームを組んだんですが、タイトルが「Keep it simple, stupid」で、つまり「記事が長くて分かりづらいから、簡単にしろよボケ」(笑)。
面白いですね!
エンジニアが、メディアやジャーナリズム、表現に貢献できることは山ほどあると思うんですよね。ジャーナリストは何もできないので(笑)。
僕らメディア側にはもっとこうしたい!という願望は山ほどあります。でも、それを実現できるのはエンジニアだから、やっぱりメディア側とエンジニアが普段から一緒に仕事をすることがすごく大切だと思います。
今回の大会でも優勝したのはBBC、2位がNATIONAL GEOGRAPHIC。3位がLa Stampaというイタリアの新聞でした。この三つのメディアはどこもエンジニアとジャーナリストの距離が非常に近い。作品を見たときに、普段から二者が一緒に考えているということがよく分かるんです。
エンジニアも対等なんですね。
そうそう。だから発注、受注関係にない。一緒のグループとして新しいものを作り出そうとしている。
いいですね。
あと、日本のメディアよりも他のアジアのメディアの方がデジタル対応が進んでいるんですよ。
最近は電子通貨などもアジア諸国の方が進んでいる印象があります。
はい。新しい取り組みは、タイや台湾のメディアから学ぶところが多い。
それはなぜでしょう?
英語です。今、Googleのツールは英語にしか対応していないものが多いんです。それをちゃんと使いこなせるかどうかで大きな差があります。日本の場合、メディアでGoogleのツールは使っちゃ駄目というところが結構多いんですよね。
そうなんですか!
そうそう。英語とGoogleのツールを使えないので、すごく大きな差が開いています。英語が使えるエンジニアが入ったら劇的に変えられるだろうなあと思います。
エンジニアの責任って?
この連載の大きなテーマは、「エンジニアの責任とは何か」なんです。新しいメディアを作る際もちろんエンジニアも何らかのかたちで関わると思うのですが、エンジニアはどういう責任感を持つべきか、ご意見を伺えますか。
うーん。AIは、ゲームのルールが定まっているものに対しては強いんですよね。オセロ、チェス、将棋、囲碁。最終的にゲームのルールが決まっているものに関しては、最終的には絶対にAIが人間に勝つ。
たしかにそうですよね。
でも今のところAIは、ゲームのルールを作ることはできないんです。人生ってルールがないものじゃないですか。何を達成したら誰が勝ちっていうのがないからすごく難しい。
「人生ゲーム」みたいにはいかない。
一番初めの問い「正しい意味のある情報をどう手に入れればいいのか?」を考えるためにもまず、正しい意味のある情報を定義するところから始めないといけない。で、それはAIにできないんです。
エンジニアのプログラミングや論理立ての仕方は、基本的にはAIに近いところがあると思うんですよね。でも、そのプログラミングを始める前に、エンジニアだけでなくみんなで考えないといけないのは「何のためにやるのか」ということだと思うんですよ。
人間がやるべきことは、目的を設定することですね。あとは、ルールを決めたり定義づけしたり。
そうですね。さらに、わたしたちは最善がわからない中で答えを模索していかないといけない。そのときに比較考慮をして、「完璧ではないけれど、こっちのほうが世の中はマシになるかもしれない」「こっちのほうがユーザーにとっていいかもしれない」ということを考えるべきです。
なるほど。
で、その時に恐らく数値化できないものが出てくるんですよね。でもめんどくさいから「取りあえず数値化できるものから始めましょう」ってなるじゃないですか。解決可能な問題から片付けていくことはすごく大切なんですが、みんながみんなそれをやると解決できないものがどんどん溜まっていって、結局、袋小路に陥ってしまいます。
余裕がないと数値化できないものに対応できないですよね。
そうですね。人間はそうなりがちであるということを、常に自戒として持っておかないといけないんじゃないのかな。「納期が〜!」とかね、いろいろあるから。
エンジニアはディレクター職と比べると、比較的売上的なところとは切り離されたポジションにいると思っていて。エンジニアのほうからボトムアップ的に数値化できないものの価値を意識して進めていくことが今後大事だなと僕は思っています。
はい。BuzzFeedのモットーの一つは「Reporting to you」なんです。つまり「あなたにちゃんと届く」。「届く」に込めている意味は、単に書いて終わりではなくて、相手に理解してもらえるものをちゃんと届けるっていうことです。そして、それを助ける力がエンジニアにはあると僕も思っています。
最後に毎回ゲストの方に問いを一つ立てていただいているんですけれどお願いしてもいいでしょうか?
僕もずっと考え続けていて分からないことがいろいろあるんですよね。その一つが4年くらい前にMITメディアラボの研究者と話したことなんです、当時からフィルターバブルってずっと言われているんですよね。
その当時僕が「フィルターバブルを打ち破るにはどうしたらいいんだろうね」と言ったら、その研究者が「ある情報を読むときにその情報とは違うもの、その情報から離れた情報をブリッジする仕組みを考えているんだけど、すごく難しいんだ」と。
なるほど。
「何で?」と聞くとその研究者はこう答えたんです。
「ある情報に近い情報を定義することはできる。でも離れた情報は難しい。例えばホロコーストの記事を読んだときに、それとは違う離れた情報としてホロコーストはなかったという情報をブリッジさせても意味がない。嘘だから。ファクトはかっちりしているけれども、オピニオンの部分で違うものとか、捉え方が違う問題とか、意見が違うとか。そういうものを定義付けすることがすごく難しいんだよね」と。
だから、本当の意味で多様性があって、しかもファクトと論理の面で両方とも間違っていない情報を幅広く取り入れていくためには、どうしたらいいんだろう?ということを常に考えています。これが僕の問いかなあ。
それこそエンジニアが技術的に貢献できる問題かもしれませんね。
インタビューを終えて
BuzzFeedのモットー「Reporting to you」は、前回の及川さんとの話にも出てきましたね。
そうでしたね!今回、実は不勉強ながら海外でメディアのハッカソンが大々的に行われているとは知らなかったです。
エンジニアと一緒に作るWebメディアや出版社が日本でもっと出てきてもいいですよね。そういったところも最近は増えてきましたが、さらに活性化すると面白くなると思います。
そのためにも古田さんがおっしゃったように、エンジニアはテクノロジーで変わっていく世の中をしっかり見据え、「何のためにやるのか」ということをしっかり考えないとですね。あと、プログラミングや論理立ての仕方がAIに近いという話も示唆的でした。
もちろんそれも大事ですが、前半で話したように、「中立性とは?」「そもそもメディアとは?」ということを考えたり、ルールを作ったりすることができるのは人間だという考えは非常に哲学的だと思います。
そのルール作りにおいて、エンジニア的な発想が生きるところは多くあると思います。あと、エンジニアは技術的なことを答えることはできるのですが、自分から他分野に興味を持ち、知ろうとすることはもしかしたら苦手かもしれない。
エンジニアも「無知の知」の姿勢を持ち、新しい分野にもっとコミットしていけるといいですね!
※本記事は「CodeIQ MAGAZINE」掲載の記事を転載しております。
「エンジニア哲学講座」ナビゲータープロフィール
田代 伶奈
ベルリン生まれ東京育ち。上智大学哲学研究科博士前期課程修了。「社会に生きる哲学」を目指し、研究の傍ら「哲学対話」の実践に関わるように。今年から自由大学で哲学の講義を開講。哲学メディアnebulaを運営。
Twitter: @reina_tashiro
瀬尾 浩二郎(株式会社セオ商事)
大手SIerを経て、2005年に面白法人カヤック入社。Webやモバイルアプリの制作を主に、エンジニア、クリエイティブディレクターとして勤務。自社サービスから、クライアントワークとしてGoogleをはじめ様々な企業のキャンペーンや、サービスの企画制作を担当。2014年4月よりセオ商事として独立。「企画とエンジニアリングの総合商社」をモットーに、ひねりの効いた企画制作からUI設計、開発までを担当しています。
Twitter: @theodoorjp / セオ商事 ホームページ