「消費にシビアな時代」に何が売れる?商品ジャーナリストが語る「2016年ヒット商品」の条件

2015年も数々生まれたヒット商品。北陸新幹線、Apple Watch、『火花』、ガウチョパンツ…「買った」「利用した」という人も多いだろう。ヒット商品は、世の中の動きや消費者の志向を色濃く反映する。2016年のヒットの傾向をつかむことができれば、的を射たビジネスアイディアも浮かびそうだ。

昨年に引き続き、元『日経トレンディ』編集長で、現在は商品ジャーナリストとして活躍する北村森さんに、2016年の動きを予測してもらった。今年のトレンドを、ぜひビジネスのヒントにしてほしい。

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プロフィール

北村 森さん

1992年に日経ホーム出版社(現・日経BP)に入社し、『日経トレンディ』『日経おとなのOFF』などの編集に携わり、2005年に『日経トレンディ』編集長に就任。2008年に商品ジャーナリストとして独立し、製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を行うほか、地方自治体と連携し地域おこしのアドバイザー業務などに携わっている。著書に『ヒット商品航海記』(日本経済新聞出版社:共著)、自身の体験を元にしたノンフィクション『途中下車』(河出書房新社)など。

無駄になり得るものは安くても買わない。「価値あるものを吟味し、お金を払う」傾向が続く

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「2016年は、景気の先行きが見通しづらい状況にある」と北村さんは予測する。

2014年4月に消費税が8%に引き上げられ、来年4月には10%へと再度引き上げられる見通し。増税の端境期にある今、消費マインドがこれ以上温まることは考えにくく、今後も「消費にシビアな状態」が続くと見ている。

「実際、『安くて品質はそこそこ』の商品・サービスは昨年来総じて失速しています。大手ファストフード、居酒屋チェーン、有名ファストファッション…いずれも一時期の勢いは感じられません。無駄になりそうなものはいくら安くても買わないが、価値のあるものにはお金を惜しまないという傾向は、2016年も続くでしょう」

一方で、「地方に注目が集まる年になる」とも分析する。

ここ数年、お取り寄せブーム、ふるさと納税人気などの影響で「地方発」の商品が注目され続けてきたが、今後はそのブームがひと段落し、地方発商品の中での「勝ち負け」が明確になると見ている。

「安倍内閣では、成長戦略の一環として農業、漁業などの一次産業の『六次産業化』を掲げています。この『六次産業化』とは、一次産業が生産だけではなく調理、加工、流通、販売までを一元的に担うことを指す言葉であり、参入業者も増えたために地方発人気が盛り上がったわけですが、まだ大ヒットと呼べる商品がさほど生まれていないのが現状。六次産業という言葉がクローズアップされるにつれ、地方の一次産業業者の“戦略”に注目が集まり、売れ行きを左右することになりそうです」

以上の時代背景を考慮して、北村さんは2016年のヒット商品の条件として「過剰品質」、「必然性」、「あなたさま仕様」という3つのキーワードを挙げている。それぞれどういう意味なのか、順に説明していこう。

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古くから日本に根付いてきた「過剰品質」は、日本の強みになり得る

第一のキーワードは「過剰品質」。そこまでやるか!?という予想を上回る驚きを人々に与えるものは、嬉しさとともに「人に語りたい」という思いが刺激され、財布の紐が緩む傾向にある。

「『過剰品質』は時として、日本のものづくりにおいて悪い部分のように言われてきました。しかし、それは一部のデジタル系ガジェットに限ったものであり、その他の分野では逆に日本ならではの強みになり得ると思っています。そもそも日本においては、古くから過剰品質を愛で、大事にする文化が根付いています。例えば、日本料理で汁椀を開けると、蓋の裏に蒔絵が施されている…というような演出がそう。2015年のヒット商品で言えば、洋服にシミがついたらすぐに洗いたいというニーズに応えた、世界最小のハンディ洗濯機『COTON』や、文具各社が発売した『折れないシャーペン』、ハチミツが垂れにくい『くるりとハチミツスプーン』などが挙げられます」

このキーワードで今年話題を集めそうなものとして北村さんが挙げるのは、愛知ドビーという名古屋の鋳造メーカーが作る「バーミキュラ ライスポット」だ。

「この会社は、2010年に鋳物ホーロー鍋『バーミキュラ』を発売し、最長15カ月待ちの大ヒット商品になりましたが、これはその大ヒット鍋の周りをさらにIH熱源で包んだもの。バーミキュラが持つ熱効率の良さ、気密性の高さという特徴に加えて、火にかけることなく煮炊き、炊飯ができるという優れもの。料理が苦手な人ほど活用範囲の広い調理器具であり、家庭料理の世界をガラリと変える可能性を持った商品だと感じています」

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▲鋳物ホーロー鍋の周りをIH熱源で包んだ「バーミキュラ ライスポット」。もはや調理に火もいらない。

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なぜこれが世に出たのか?ルーツが明確な商品に人は惹かれる

第二のキーワードは、「必然性」。なぜ、その商品を世に出したのか、作り手の意思が明確であるものは、消費者の納得感と共感性を呼ぶからだ。

「このキーワードは特に、前述した『六次産業』において当てはまります。六次産業のものにヒット商品は少ないと申し上げましたが、その理由は『なぜ、この商品を出すのか』が明確でないケースが多いから。だから、地方発の六次産業系商品と言えばジャムやジュース、ドレッシングばかりになってしまうんです」

その中、「なぜこれを出すのか?」を追求し、2015年に大ヒットしたのが三重県のトマト農園「デアルケ」が発売する「極上200%トマトジュース」。低温で7時間以上煮詰め何度も漉して作られた、うま味が凝縮したトマトジュースで、500ml・3,480円と高額ながら飛ぶように売れている。普段使いではとても手が出ない値段だが、消費者がオカネを最大限有効活用しようと考え抜いた結果、「これなら」と納得のうえ、プレゼント用途や記念日に購入しているという。

「この流れを踏襲するものとして私が今年注目しているのは、鹿児島県南さつま市にある笠沙漁港が手掛ける『さつまからすみ』。からすみは、ボラの卵巣を加工したもの。通常ボラは河口や内湾に生息するため臭みが強く、卵巣以外は捨てられることが多いのですが、笠沙で水揚げされるボラは外海を巡ってくるため臭みがなく、身が刺身で食べられるほど。その卵巣で作られたからすみは濃厚な香りと味、ねっとりとした触感で得も言われぬ旨さ。まさに『ここでしか獲れない名産』であり、笠沙のものを買う意味がある商品だと、誰もが納得するはず。このように、消費者が商品のルーツに納得できることが、ヒットを生む必須条件になると思っています」

「あなただけに」と提供された商品に、消費者は価値を感じる

そして第三のキーワードが「あなたさま仕様」。ターゲットを消費者1人にまで絞り込み「あなたのための商品」と提供されれば、誰もが心惹かれ、価値があると感じるからだ。

2014~2015年にヒットし、いまも品薄状態が続いている時計ブランド「Knot(ノット)」は、時計本体が約20種、ベルトが約200種もあり、それを自由に組み合わせて自分だけの時計が作れることで人気を集めた。ムーブメント、ガラス板、ベルト、そのほとんどがメイドインジャパンで、ベルトは京都の組み紐、栃木のレザーなどバラエティーに富んでいる。

「このキーワードで2016年に注目されそうなのが『テレファーム』というリアル農業ゲーム。農場や牧場のシミュレーションゲームはいくつもありますが、このゲームはプレイヤーが農作物を育てると、実際に同じものがリアルな畑で栽培され、ゲーム上で収穫期を迎えると現物が送られてくるというもの。バーチャルながら、まさに“自分が育てた、自分だけの農作物”が送られてくる楽しさ。すでに話題になりつつあるゲームですが、今後さらに注目が集まるでしょう」

「今話題の『電力自由化』もこのキーワードに当てはまります。4月1日の電力自由化を機に新規参入する『新・電力会社』は通信会社、ガス会社などさまざまありますが、各社ともエネルギーとインターネット、通信などを組み合わせたプランを提案する見通し。1社でライフラインをまとめることで、お得にサービスを提供し、新規顧客を取り込もうとしています。いかにユーザー一人ひとりに沿った、リアリティーのあるプランを提供できるかが各社の腕の見せ所でしょう」

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▲「テレファーム」の栽培シミュレーション画面

以上の「過剰品質」、「必然性」、「あなたさま仕様」という3つのキーワードから考えると、「2016年は大企業よりも中小企業にチャンスが大きい年になる」と北村さんは見ている。

「中でも『過剰品質』のテーマは、一定以上の品質のものを多くの人に広く届けるという使命を背負った大企業には難しく、中小こそが取りやすいスタンス。『必然性』『あなたさま仕様』のテーマもフットワークの軽い中小企業に強みがありそう。さまざまな地域、さまざまなジャンルから、思わぬ着眼のヒットが飛び出してくると期待しています」

守るべき部分は死守し、引くところは引く…自身の仕事の「生命線」を決めることが価値ある仕事につながる

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ビジネスパーソンは、時代の流れをつかみ、それに沿った企画や提案を考えることが重要だ。2016年の流れをつかむために、ビジネスパーソンはどんなことにアンテナを張り、どんなスキルを磨いていけばいいのだろうか?数々のヒット商品を見続け、その開発者、企画担当者の話を聞いてきた北村さんは次のように分析する。

「ヒットする商品を見ていると、発想力だけでなく“説得力”も非常に重要なスキルなのだと感じます。自身のアイディアをどのように社内の関係者に伝え、商品化につなげるためにいかにうまく説得して巻き込むか――ひとつの発想を商品化につなげる過程にこそ、開発者、企画者の努力と苦労があるのだと。

たとえば、昨年発売され、今も人気が続いているホンダの新型軽自動車『S660』は、軽ながらスポーツカーのようなスペック、スタイリッシュなデザインが支持されています。先日、内装、外装デザイナー2人と対談する機会があったのですが、彼らがいかに社内各署と折衝を重ね、『守るべき部分は死守し、どうしても引かねばならないところだけ引く』を徹底したのかが伝わり、非常に感心させられました。

“軽自動車でもスポーツカー並みのスペックとデザイン”がS660の生命線。そのため、軽では珍しく、オリジナル部品が多数使われています。しかし一方で、コストはできるかぎり抑えなければならない。そこで、内装パネルなどは安価な素材を採用しているそう。これが彼らの『引いた部分』です。しかし、決して安い素材には見えない仕上がりになっているのが素晴らしい。安価な素材でも、いかに高スペックに感じてもらうか。単に『引く』だけではだめ、ということ。試行錯誤を繰り返し、その過程でさまざまな部署と交渉を重ねて、S660というヒット車種が生まれたのです。

企画・開発担当者に限らず、ビジネスパーソンは普段の仕事の中で常に『高品質』と『納期厳守・コストダウン』の両立を迫られていると思います。もちろん、納期やコストを守るのは大切なことですが、担当者として“絶対に守らなければならない生命線は何か?”を理解し、通すべきこと、引かねばならないことをとことん考え抜くことが、より価値のある仕事につながるのだと思います。それに、『これだけは守る』と決めた生命線をつかめていれば、『もう無理!』と思っても、そこからもうひと頑張りするパワーが生まれる。そう感じています」

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山 諭

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