「“社会の歯車になる”も大切や」 髭男爵 山田ルイ53世のキャリア観に迫る

2008年に一斉を風靡したお笑いコンビ「髭男爵」のツッコミ担当、山田ルイ53世さん。2015年に著書『ヒキコモリ漂流記』で、神童と呼ばれた幼少期から一転、ひきこもりの過去があったことや、そのきっかけに“ウンコ漏らし事件”があったことを明らかにし、あらためて注目を浴びました。

そんな山田ルイ53世さんが、ひきこもりからお笑いの道へ進むことを選択した裏には、“社会の歯車になりたい”という思いがあったといいます。

いったいなぜ、山田さんは社会の歯車になりたかったのか……。「自分をあきらめてあげることが大事」と語る、山田ルイ53世さんのキャリア観に迫ります。

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ひきこもりのきっかけは“ウンコ漏らし事件”

——山田さんは名門の中学校に入学されて、神童と呼ばれていたそうですが、ひきこもりになったきっかけは?

学校が山の上にあったので、最寄りの駅から学校に着くまで、かなり距離があるんですよ。その通学路の中盤あたりで、便意を催したんですね。 「これは、やばいぞ」と思い、いろいろ策を練った結果、「最寄り駅まで戻るよりは、学校のグラウンドのトイレを目指した方が良いだろう」と判断して。もう前へ進むしかない状態でした。

でも、とうとう途中で我慢できなくなって、少しずつ小出しにしていたら、学校に着く頃には全部出てしまっていて……(笑)

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トイレで一生懸命パンツを洗ったのですが、初夏だったこともあり、授業を受けている途中でにおってきたんです。周りもにおいに気付き始めて、その状況に耐えきれずに、スッと学校を出て行った。

その出来事がショックで、それ以降ひきこもってしまいました。

——恥ずかしくて、もう学校には行けないと?

今だったら全然、余裕なんですけどね(笑)当時は学年で3本の指に入れるくらいの優等生でしたし、部活もサッカー部で最初からレギュラーを取っていたし……。自分で言うのもアレなんですけど、リーダー的な存在だったんですよ。

そんな自分がウンコを漏らしたっていう現実を受け止めきれなかった。自分で自分のことを崇め過ぎていたんでしょうね。

——それからいつまでひきこもっていたのですか?

20歳手前までですね。その後、なんとか社会復帰をしようと大検を取って、四国の大学へ入学したんですけど、結局大学も中退してしまって。ひきこもっていたときの劣等感をまだ引きずっていたので、やっぱり「学歴社会の世界では、自分は勝たれへんな」という思いがあったんですよね。

その後、大学を中退して上京したとき、知り合いから「漫才をしよう」と誘ってもらって。履歴書の経歴もボロボロなので、まともな就職なんてできないと思っていたし、「一般的な就職活動と全然違うカテゴリーに行ったら、学歴なんて関係ないやろうし、もう俺にはこれくらいしかないんやろうな」と、お笑いの道へ進むことにしたんです。後ろ向きな理由なんですけどね(笑)

でも、大学を中退してから上京して、芸人として食べられるようになるまでの間も、心理的にはずっとひきこもっていたのだと思います。

“社会の歯車になる”も大切だと思いますね

——“心理的なひきこもり”とは?

あまり社会に属せてないというか。“社会の歯車になれていない”という思いが、ずっとあったんですよ。

よく“歯車になりたくない”とか言われますけど、とんでもないことやと思いますね。僕は「歯車になりたい!」って、いつも思っていましたから。でも僕は、社会にぴったり合う“純正の部品”じゃないから、社会の歯車にはなれなかったんです。

『ミラーズ』って映画、知ってます? ドラマ『24』のキーファー・サザーランドが主演した、B級ホラー映画です。鏡の向こうにいる霊のせいで、いろんな事件が起きていて、主人公がその悪い霊を倒して「やったー」と思ったものの、実は自分が鏡の中の世界に閉じ込められていたということに気が付いて終わる……っていう。

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鏡の向こうから現実世界は見えるのに、触りたくても触れない、入っていけないっていう主人公の苦悩が、まさにひきこもっていた頃の自分と重なるんです。

つまり、社会は見えるのに、入っていけないという。その映画はヒットしなかったので、なかなかわかってもらえないんですけど(笑)

——歯車になるのは、大事なことですか?

大事だと思いますね。“社会に入っていけない”とか“歯車にすらなれない”しんどさって、人生で最大級に近い苦痛だと思うので。あんな虚しい日々というのは、二度とイヤです。

「ひきこもった経験があるから今がある」という人もいますが、自分に関しては、ひきこもった期間は完全に無駄だったと思っています。絶対に外へ出て遊んだほうがよかったし、友達と思い出を作ったほうが充実するんですから。ひきこもりを美談として肯定するのは、あまり好きではありません。

みんな主人公になれるだなんて、幻想ですから

——最近、ひきこもりの増加が問題になっていますが、その原因は何だと思いますか?

みんなメディアの発信する“キラキラ”に毒されすぎているんですよ。今は「キラキラしてないと悪!」みたいな風潮じゃないですか。例えば、パーティにいる自分の写真をSNSにアップしたり、パティシエを目指す若者ばかりがやたらとメディアに取り上げられたりね。

僕は「みんなそんなにキラキラせな、生きていかれへんのかな?」っていう気持ちが、すごくあるんですよ。みんながキラキラ輝く主人公になれるだなんて、幻想ですから。世間なんて大半は脇役、エキストラなんですよ。それなのにみんな、自分を過信しすぎて、勝手にハードルを上げ過ぎてるんですよね。

僕がまさしくそうだった。「頭も良くて、運動もできて、俺はできるやつなんや!」って自分でグイグイハードルを上げたせいで、それを越えられなくなった結果、ひきこもってしまったのだと思います。

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——憧れは持たないほうが良いということですか?

いや、憧れるのも良いし、やってみればいいと思うんです。でも、やってみてダメだったら、そこでちゃんとあきらめないといけないですよね。

「自分にはその能力はないんだ」って、しっかり自覚しないとダメ。結局「もっと素敵な自分にならないとダメだ」っていう思い込みから、理想と現実との差が生まれて苦しむことになるので。 自分をあきらめてあげることが大事。「これは自分には無理」って気が付いたら、ちゃんとそれを受け入れて、あきらめていく。

“可能性の断捨離”っていうのかな。自分の可能性をひとつずつ削ってあげる。そうすることで、逆に選択肢が出てくると思うんですよ。僕だって、正統派の人生を歩むことができていたら、芸人になってなかったですから。

一回挫折して、自分を受け入れてあげればいいんです

——失敗や挫折は悪いことではない、というわけですね?

うん、別に悪いことじゃないと思いますけどね。 たとえば北斗の拳のラオウは、自分のことを強い存在だと思いすぎて、地に膝をつけなかったから、非業の死を遂げた。

確かにそんなラオウはかっこいいんですけど、みんな別にラオウみたいな、主人公クラスの存在じゃないから。一回、両膝をついて「挫折」して、自分を受け入れてあげればいいんですよ。

よく考えてください。地面に両膝をついて座るって、何ですか? 正座ですよ。挫折した時には、正座で居住まいを正して、問題を直視する。これが大事なんじゃないでしょうか。……なんだか宗教っぽくなってきましたけど(笑)

——挫折して膝をつくことは恐れなくていいということですね。

そうですね。「膝でうまいこと歩けるようになれば、えぇやん」と思います。人生って、審判が自分しかいないまま、ずーっと試合は続行されるじゃないですか。止まろうと思っても、止まれない。だったら、膝で少しずつでも前に進んでいたほうが、楽だと思うんですよ。

失敗や挫折したことは、下手だったり間違ったりしていたのかもしれないけれど、だからって別に悪いことではないと思うんでね。

——たしかに膝をついたときに、正座で踏みとどまったり、膝で歩ければいいですが、そのまま突っ伏して起き上がれなくなる人、つまり本当に落ち込んで、どうしようもなくなってしまう人もいるのではないかと思います。

そういう人は、やっぱりあきらめきれてないんですよ。言い換えれば、「まだできるんちゃうか」って思ってしまって、自分をゆるしきれていない。

「あいつにはできたのに、なんで自分はあかんかったんや」という思いもあるでしょう。僕も妬み嫉みは、山ほどありますよ。でも僕も今は娘もいて、家族を養う責任がありますから、それでもがんばるしかない。

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そういうときは他との比較じゃなく、自分に集中して、「自分ができることを積み重ねていけばいいんだ」と、大人になってやっとわかりました。僕の場合、自分なりにちょっと文章を書いてみるとか、ひとりでやっているラジオ番組で面白さのクオリティを保つとか、小さいことですけど、そうやって他人を視界に入れずに自分と向き合うのが大切なのかなって。

——成功する前に挫折したのであれば、比較的楽にあきらめることができるかもしれません。しかし一度成功してからの挫折だとしたら、あきらめることも難しくなりませんか?

たしかに、髭男爵は2006年のM-1の敗者復活でものすごくウケてから、2008年にかけてバーンッと仕事が増えたんですね。それから徐々に仕事は減っていって、2009年の暮れから2010年の1年間くらいは、メンタル的に厳しかったですね。勝手に上がってしまったプライドみたいなものがあるものですから。

でも僕の場合、良い中学に行ってから、ひきこもりでガクンと落ちた経験があるので、「あぁ、またあのパターンが来ましたか。知ってる、知ってる」という感じで、仕事が減ったことも比較的冷静に受け止められました。

そもそも、僕は自分に起こる“良いこと”に対して、ものすごく懐疑的なんですよ。仕事が増えても「いやいや、これはすぐに終わるぞ」という気持ちがどこかにあったんです。

僕は“飯を食うこと”が仕事そのものだと思っていて。つまり僕は最低限、飯が食えている状態であればいいんです。みんな遠くを見過ぎなんですよ。“夢への視力”が良過ぎ。とりあえず目の前のことだけを精一杯やれば良いのにね。

山田ルイ53世

本名、山田順三(やまだ・じゅんぞう)。お笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当。 兵庫県出身。地元の名門・六甲学院中学に進学するも、引きこもりになり中途退学。大検合格を経て、愛媛大学法文学部の夜間コースに入学も、その後中退し上 京、芸人の道へ。1999年に髭男爵を結成。2008年頃よりTVにてブレイク。現在は文化放送「ヒゲとノブコのWEEKEND JUKEBOX」、「髭男爵 山田ルイ53世のルネッサンスラジオ」、山梨放送「はみだししゃべくりラジオ キックス」など幅広く活躍中。

WRITING:野本纏花 PHOTO:河合信幸

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