少子高齢化が加速度的に進む日本。今を生きる現役世代にとって「老後」は濃い霧に包まれているかのように未知の世界だ。
公的年金制度の崩壊はずっと前から危ぶまれっぱなし。定年まで毎日あくせく働いても将来が保証されるワケではないし…。
30年後、40年後、50年後……。確実にやってくる老後の世界に向けて、僕たちはどんな準備をしておくべきなのか。個人の資産運用とライフプラン設計を専門領域とするファイナンシャルプランナー 伊藤亮太さんに話を聞いた。
目次
長生きがリスクに?イメージするべき自分の『明確な老後』の姿
「“90歳まで生きる”というのがライフプラン設計の前提です。“老後”というものをぼんやりととらえていては危ないですよ」
伊藤さんはそう切り出す。厚生労働省が発表する日本人の平均寿命は、すでに男女とも80歳を超えている。90歳、100歳まで生きることは今や珍しくも何ともない時代だ。
定年を迎えてなお生き続けなければならない「長生きリスク」を前提に自身のライフプランや資産運用を考えることが大切だという。
「公的年金制度には税金も投入されているので、完全に破綻するということは考えにくいでしょう。まったくあてにできない、というわけではないと思います。ただし、支給開始年齢が現在の65歳から70歳に繰り下がったり、国が提示するモデルから1〜2割は支給額が下がったりといった“縮小”は覚悟しておくべきですね」
「よくあるケース」ライフプランが浮き彫りにするリスク
実際にライフプランを作ると、どのような未来が見えてくるのだろうか。伊藤さんの監修のもと、とあるモデルケース(Aさん/男性)、およびその配偶者となるBさんの人生をシミュレーションしてみた。Aさんのプロフィールと、将来起こるライフイベントは以下の通り。
「シミュレーションでは上記のようなライフイベントを設定していますが、実際に自身のライフプランを考える際にも“将来起きること”を予測していくことが大切です」
こうして、28歳から90歳までのAさんの人生を数字で見ていくことにしよう。ちなみにAさんが90歳になるのは2077年としている。
収入シミュレーション
支出 シミュレーション
「このように項目を立て、毎年の収入・支出をエクセルシートに落としていくという作業です。難しく考える必要はなく、今ひとつピンと来ない金額はざっくりで構いません。人生を見渡して、大きなお金の流れをつかむことが大切なんです」
病気になれば90歳で残る資産はギリギリ?!
このシミュレーションでは28歳から90歳までの合算で、大きな支出が発生する年はマイナスが出たり、65歳から70歳までの「年金支給の空白期間」には毎年245万円の赤字を出したりしつつも、Aさんの手元には最終的に1887万円が残る。
何らかの資産運用策を導入したわけでもないのに、一家が無事に生活し、子どもに相続できる資産が残ったのだ。
あくまでもこのモデルケースの場合に限られるが、もしかすると思っている以上に「老後はヤバくない」のだろうか?
「そう考えるのは早計です。このシミュレーションはあくまでもすべてが順調に進んだ場合。でも、長い人生で大きな病気一つしないということは考えづらいですよね。夫婦どちらかが働けなくなるようなことがあれば、シミュレーションは大きく崩れます」
厚生労働省が健康保険の医療費支出などから算出している数値によれば、人が一生に使う医療費の平均は2500万円だという(出典:厚生労働省「医療保険に関する基礎資料」平成24年度)。
3割を自己負担するとしたら750万円の支出、夫婦2人分だけでも1500万円が消える計算となる。現実的には、90歳で残るお金は400万円弱。これでも十分と考えるか、不安要素が大きいと考えるかは人それぞれだろう。
また健康面だけではなく、勤務先の会社が倒産したり、リストラを余儀なくされ年収が激減したり……まさに人生「一寸先は闇」。いずれにせよ「90歳まで生きるとしたらギリギリのお金しかない」ということだ。
漫然と生きれば資金はショートする。大切なのは計画と再検討
伊藤さんは、こうしたライフプランを定期的に見直し、再検討していくことが大切だと語る。
「まずは仮定で構わないので、ざっくりと人生をシミュレーションしてみてください。そして、毎年実際に起きたことや計画の変更を反映して1年ごとに見直していければベスト。先行きが不安になるのは、計画をしていないからです。
人生に必要なお金を長い目でシミュレーションする習慣を身につければ、漠然とした不安を抱えるだけではなく、“どれだけの貯蓄を実行していけばよいのか”という方向性が見えてくるはずです」
僕たちを待ち受ける未来が不確実であることには変わりはないけれど、その未来をどう迎えるかは僕たち自身にかかっているのだ。資産運用を始めた周りの姿を見て焦る前に、まずは自身のライフプランを俯瞰し、数字で未来を見渡してみてはいかがだろうか。
「ライフプラン」を数字で見つめ、取るべき対策にいつ取り組むか
伊藤さんが個人向けに手がける「ライフプラン」設計の提案は、相談1回につき1時間1万円。これを人生の設計コストとして高いととるか、安いとるか。
何かに3万浪費しているお金があれば、それを貯蓄に回せば30年で1000万。単純な計算かもしれないが、上記を知った上では決して無視できない要素とも言える。
年間収支がプラスとなるようにライフプランをシミュレーションし、「老後にいくらお金が残るのか」を可視化する作業にいつ向き合い、いつ再検討するのか。僕らに残された時間は、実はそう多くないのかもしれない。
伊藤亮太さん
1982年3月4日生まれの33歳。世界基準のファイナンシャルプランニング資格であるCFPを学生時代に取得。証券会社での経営企画業務や投資銀行業務を経て、個人の資産設計を中心としたマネー・ライフプランニングの提案を行っている。資産運用に関するセミナー講師や講演、執筆などの実績多数。
文:多田慎介+プレスラボ