あと数日で2014年も終わりますね。
今から全力で大掃除という方も多いかと思います。
そんな方に、今回は掃除の大切さやおもてなしの心について、改めて考えさせられる記事を紹介したいと思います。
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『帝国ホテル流 おもてなしの心 客室係50年』(朝日文庫)の著者で、賓客やVIPをはじめ、これまでに担当したお客様は延べ7万人という、帝国ホテル宿泊部客室課マネージャー・小池幸子さんに、新人時代のお話やおもてなしの心について聞いてきました。
■新人の頃、トイレの中に素手を入れて、ヘチマで洗っていたと知り、大変驚いたのですが……?
採用試験の際にレストランで働きたいと希望をお伝えしていたので、客室係に配属され、自分の仕事は掃除なのだと知った時は、正直なところ3日で辞めようと思いました。今のように柄のついたブラシも、ゴム手袋もない時代です。トイレの水の中に手を入れて、素手で持ったヘチマでゴシゴシと隅々まで磨くように指導され、家でもそのような掃除をした経験はありませんでしたから、つらくて涙が止まりませんでした。
そんな時に先輩が「人間は、3日、3ヵ月、3年というじゃないか。このホテルで働きたいと思っていた人が、君のために入社できなかったことを思えば、その人のためにも頑張らないといけないよ」と励ましてくれたんですね。私は大変、上司や先輩に恵まれていたと思います。
そうやって励まされながら、トイレ掃除やベッドメイキングを毎日続けていると、不思議と楽しくなっていきました。仕事について知人から聞かれると、「客室の掃除です」と答えていたのが、時間が経つごとに「客室を隅々まできれいにして、お客様に喜んでいただく仕事です」と胸を張って答えられるようになりました。
■現在、定期的にパートナー企業の清掃スタッフさんへの研修も行っていらっしゃるんですよね。
月に2回ほど実施しています。客室というのは清掃があって成り立っているわけですから、どんな気持ちで清掃すればいいのかを知ってもらえる機会を持てることはありがたいです。わたくしたちとしては、パートナー企業の一スタッフとしてではなく、帝国ホテルの一従業員として働いていただいている、という意識でおりますので。
研修では、帝国ホテルの企業理念や行動基準、歴史、そして、おもてなしとは何かについてお話しいたします。お部屋をきれいにすることにより、お客様に心からくつろいでいただくことができます。「『きれいだな。ほっとするな』と言われる空間を、あなたたちが作っているのよ。それはあなたたちの力あってのことなのです」と伝えています。1ヵ所でも手を抜いて、お客様が1つでもゴミを見つけてしまったら、不快感を与えてしまいますから、嫌だ、嫌だと思わないで、お客様に喜んでいただける、心地よい仕事をしていると思うことが大事なんです。
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■50年以上、帝国ホテルの客室係として働かれて、今の気持ちを率直に教えてください。
わたくしも人の子ですので、1年に1、2回は落ち込むこともあります。それでもやはり「好きで入社してきた。絶対に全うしよう」と思うことにしています。何より、本当にお客様に喜んでいただけることがうれしいです。
若い頃はその域には達していなかったのですが、今この年齢になりますと、お客様の喜びが自分の喜びとして返ってきます。「小池さん、来たよ。小池さんの笑顔を見るとほっとするよ」と言われると大変うれしいですし、「ああ、ここで働いていてよかったな。お客様がこんなに喜んでくださる」と心からありがたく思います。わたくしは会社が好きなのです。
ですから、周りで働いている人にも同じように思っていただけるように、定年退職後も特別社員として働いています。今は辞めたいというスタッフがいたら、辞めないように導いてあげるのが、私の務めではないかとも思います。
■著書に書かれてある“一人十色”という言葉が印象に残りました。
どんな方でも、話しかけてほしい時もあれば、そっとしておいてほしい時もありますよね。お客様の表情や声のトーンから、「言葉にしないリクエスト」をくみ取り、常連のお客様に対しても、初めてのお客様をお迎えする時と同じ心構えでおもてなししています。
■お客様へのサプライズも大切にしてらっしゃいますよね。
大好物の甘い飲み物を毎回リクエストなさるお客様がいらっしゃって、ある日、そっとそれを冷蔵庫に入れて差し上げていたんです。そしたら、そのお客様、冷蔵庫を開けて、「あ、入ってる!」と大喜びしてくださいまして。それ以来、ずっとそうさせていただいていたんですが、やはり一人十色なんですね。ある時、「小池さん、年齢も年齢なので、飲み過ぎるといけないことになりました。大変ありがたいのですが、もう遠慮します」とおっしゃるんです。ああ、残念だわ。あの時、冷蔵庫を開けて喜んでいただいた笑顔が見られなくなってしまうと思うと、ほんの少し寂しかったです。
■好奇心を絶えず持ち続ける秘訣を教えて下さい。
40の手習いと言いますが、70になった今でも若い人から学ぶことだらけなので、いつも周りのことに好奇心を持って観察しております。若いお客様がいらした時のために、流行語も持ち合わせていなければなりません。もちろん、帝国ホテルの一従業員として、常日頃から謙虚さと上品さも心掛けなければなりません。日々精進ですね。
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小池さんによる「帝国ホテル流」おもてなし、さらに深く伺いました。次回に続きます。
※2014年3月29日「リクナビNEXT+1cafe」記事より掲載。会社名、部署名、年齢等は取材当時のもの。
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取材・文:山葵夕子 撮影:ヒダキトモコ