【連載・帝国ホテルのお母さん 2】おもてなしの伝統を引き継ぐということ

明治23年の開業以来、日本を代表して国内外の賓客やVIPをもてなしてきた帝国ホテル。今では当たり前となったホテルでの結婚式や披露宴、ブフェスタイルのレストランも、初めて取り入れました。

伝統を重んじながらも、それまでの慣習をも覆す先進的なサービスを次々と生み出してきた帝国ホテルでは、どのように世代交代や意識改革がなされているのでしょうか。

『帝国ホテル流 おもてなしの心 客室係50年』(朝日文庫)の著者で、多くのVIPをはじめ、これまでに担当したお客様は延べ7万人という、帝国ホテル宿泊部客室課マネージャー・小池幸子さんに、お話を聞いてきました。

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■伝統を守ることと、時代の移り変わりに適応することのバランスは、どのように取られていますか?

昔は通じたことが、今の時代は通じないということは多々あります。帝国ホテルのマニュアルも、今で3代目です。以前は、髪染めやマニキュアを禁止しておりましたが、今は制限つきで許されております。また、装飾品も前のマニュアルでは禁止されておりましたが、今ではスーツを着る職場の女性は、1点までなら付けても良いことになっています。

■先輩から厳しく教わってきたルールが変更される時、抵抗は感じませんか?

そこは柔軟性を持って、ケ・セラ・セラですよ。わたくしがいくらこうやってきたといっても、時代の流れに即さないなら、それは変えていかなければなりません。私自身、竹谷(※竹谷年子さん。帝国ホテルの女性客室係第一号で、エリザベス女王やロックフェラー、マリリン・モンローなどVIPを数多く接遇。国際親善に寄与した功績が称えられ、黄綬褒賞を受賞)の背中を見ながら学んだあとは、自分なりの道を築いてきました。ですので、私の跡を継ぐ人にも、「あなたの時代になったら、また違う道でしょう」とお伝えしています。どんなお仕事でも、悩んで、葛藤して、自分の道を作らなければならないのではないでしょうか。

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■竹谷さんと小池さんの世代での一番の違いは?

竹谷から教えていただいた“厳しさ”でしょうか。その時は、辛く感じることが多くありましたけど、今になって教えていただいたことはわたくしの戒めであり、財産です。

客室の壁にかかっていた絵をわざと外して、ベッド下に置き、「あなたが掃除した部屋の絵がないわよ」と、わたくしが正しく掃除をしているかを試されたこともありました。そうすることで、毎日客室をしっかり「見る」ということと、部屋に掃除に入ったときに、真っ先にベッド下に何かが落ちていないかを確認するという掃除の基本に気づかせてくれました。

ですが、今の人にそのやり方は通用しません。今はきちんと言葉で説明して教えなければならない時代です。やはり、きちんと「なぜ」を伝えることが必要だと思います。竹谷が教えてくれた時は、「なぜ」なんてありませんでした。私を見なさい、という背中で仕事をしていました。いつ見ても、後ろ姿がシャキッとしていました。

■竹谷さんからバトンを渡されるプレッシャーの重さは、想像を絶します。どのように払拭していったのでしょうか?

上司から「君は竹谷のあとを継ぐんだから」と、ようやく言われなくなり、やっと自分の世代だと思ったら、すぐに「君が次の世代に引き継がなければならない」と言われるようになりました。

とはいえ、竹谷から引き継がれる時も、具体的にこれというものはありませんでした。自分で苦しんで、苦しんで、現在のスタイルに至りました。今、私はひとりの女性に期待しているのですが、そのスタッフはとても機転の利く女性で、自然と自分から多くを学んでくれています。このまま、しっかりと伸びてくれると思うのですが、やはり私がやっていることを、全て彼女に受け継いでほしいとは思わないんですね。彼女も彼女なりの道を築いていくことでしょう。

■そんな小池さんも、新人の頃は、人と話すのが苦手だったとお聞きしたのですが……?

ひどいものでした。田舎から出てきたわたくしにとって、先輩たちもお客様もとにかく華やかに見えて、すごいところに来てしまったなと、いつも下を向いておりました。話すことなど到底できず、挨拶するのがやっとでしたよ。

■そこからどうやって今の小池さんを確立していったのですか?

キャプテンになり、支配人になり…年月を経て、大勢部下を抱えるようになった時です。それなりのことを話さなくてはならないですし、自分の下にいるといいものを得られないと思われるのもくやしかったので、教材を取り寄せて、毎日電車の中で勉強していました。負けん気がある人間だったものですから。当時は通信教育も全額負担していたのですが、今では会社が一部負担してくれるようになって、若い人たちも、どんどん勉強していますね。

■仕事を途中で挫折してしまうことについて、どう思いますか?

仕事は決して易しくありません。もともと厳しいものなんです。その厳しさを最初に知ってほしいんですね。よほど自分に合った仕事を見つけない限り、お休みを好きなだけ取れるような楽な仕事というのはありません。

いい仕事をしようと思ったら、自分の時間はどんどん割かれていきます。それは覚悟しなければなりません。このお客様がいらっしゃる時は絶対出社しなければならないと思ったら、これまでも休日を返上して接遇してきました。それが管理職ともなればなおさらです。

ですが、年齢とともに、肉体的には徐々に厳しくなります。長続きさせるためには、自分で自分を管理しなければなりません。そこで65歳を過ぎてからは、極力4時半にはスッと帰るようにしています。お付き合いの長いお客様には、「お客様、わたくしはそろそろ専業主婦に戻らせていただくお時間ですので、失礼させていただきます」と正直に申し出ると、お客様もお笑いになるんです。最近では、「小池さん、そろそろお帰りになる時間でしょう」と、教えてくださるお客様もいらっしゃり、本当にありがたいですね。

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さらに次回、“接遇は愛情”が座右の銘という小池幸子さんに、家族や仕事仲間、お客様への思いと、苦難の乗り越え方について聞いてきました。

※2014年3月31日「リクナビNEXT+1cafe」記事より掲載。会社名、部署名、年齢等は取材当時のもの。

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取材・文:山葵夕子 撮影:ヒダキトモコ 

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